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第10話 魔力干渉

「あー、もう! こっちは徹夜だってのに。ちゃっちゃと潰すわよ」


ライナが黒縁眼鏡を拭きながら、ブツブツと愚痴をこぼしつつ入ってくる。

仮眠中に叩き起こされ、露骨に不機嫌だ。


だが、俺に労わる余裕はなかった。


モニターには、大剣を地面に突き立て「装着!」と叫ぶ男──サーフレイスの姿が映し出されていた。

もう一人、年配の男も同じく大盾の装備を構えるが……こちらは恥じらいがあるのか、黙々と準備に取り掛かっている。


次の瞬間、大剣と思われた魔導ギアからパーツが分離。

キャストオフされたパーツは、どういう仕組みか自動的にサーフレイスの身体にガシン!とまとわりつき、鎧を形作っていく。


「おおおおおおっ!」


俺は、興奮せずにはいられなかった。


ゴーレムは全身を隙間なく覆うフルアーマー。

それに対して、いま目の前で展開しているのは部分装着タイプ。


しかも──剣から鎧に変形だなんて、ロマンがすぎるだろう。

これこそ、俺が夢にまで見たファンタジーだ。


──どっちも大好物だ。

というか、あれ欲しいぞ。


ライナも、さっきまでの不機嫌がどこへやら。

「へえ……」と興味深そうにモニターを眺めている。


ただひとり、ゼファスだけが冷静だった。


「なあ、同志。敵は隙だらけなんだが」


……変身中の攻撃はご法度だ。それは、美学というもの。

というか、光学迷彩のゴーレムに易々と接近を許したやつらに、今さら何を言うんだか。


そこへ、ドランの声が飛んだ。


「こいつは驚いたな。騎士団の一級兵装じゃねえか」


やはり今回も騎士団……ガーランド絡みか。

しかし、こんな趣味丸出しの兵装を採用するとは。

騎士団にも、なかなか話の分かる調達担当がいたらしい。


「なあ、一級兵装ってのはどういうものなんだ?」

俺はドランに問いかけた。


「聖剣ほどじゃねえが……旧世代ギアの中じゃ、トップクラスの性能だな。

たしか五種だったかな。どれも変形タイプだ」


モニターに映るのは、大剣と大盾、そしてバリスタのような弩砲。


大盾の方も大剣と同じく分離パーツが展開し、分厚い鎧を形成していく。まるでタンク型の防御ユニットだ。

一方、バリスタは若い男の素早い操作で形を変え、籠手(こて)と胸当て、そしてボウガンへと変形した。


──超長距離と中距離を自在に切り替えられるのか。

……これも欲しい。


だが、五種あるということは、まだ伏兵が残っている可能性もある。

こいつらから情報を吐かせるしかないな。


そのとき、ライナがぽつりと呟いた。


「資料でしか知らないけど……王国の魔導ギア。

なかなか素敵ね。馬力もありそうだし」


ドランが誇らしげに胸を張る。


「おうよ。一級兵装は、うちのジジイが設計・開発したギアだからな。

まあ、ちっとばかし燃費は悪いが──今でもバリバリいけるぜ」


ドワーフ商工会のギルドマスターか。

……俺とは趣味が合いそうだな。


そんなふうにのん気に談笑しているあいだに、モニターの向こうでは装着が完了していた。


サーフレイスの大剣は、パーツ分離後に扱いやすいサイズの片手剣へと変形。

それを高々と掲げ、「むん!」と気合いのポーズを決める。


……気持ちは分かるが、こっちは待ってやってるんだぞ。


盾のほうは、身の丈を超える大きさからサイズこそ変わらないが、厚みが減り、分離したパーツが鎧となって装着者を覆っていた。


「悪党め! いざっ参る!」


芝居がかった口調でサーフレイスが片手剣を突き出し、ゴーレムへと突撃してくる。

だが、その剣先は届かない。


「ライナさん。ゴーレムの物理障壁、三枚抜かれました」


ティナの冷静な報告に、ライナが口角を吊り上げる。


「ふうん……やるじゃない」


嬉しそうに笑う彼女に、ドランの豪快な声が重なった。


「あたぼうよ!

ドワーフの名工が鍛えたアダマンタイト製のブレードだからな! 業物だぜ!」


……こいつら、ゴーレムの性能に完全に油断してやがる。


だが、わざわざ待ってやったのは舐めプがしたいからじゃない。

情報を引き出すためだ。


俺はゼファスに問いかけた。


「なあ、こいつらの仲間が砦に向かっている可能性は考えられないかな?聞き出したいんだけど。

それと、この武装を捕獲したいな」


決して、個人的に欲しいからではない──とは言わない。

だが、騎士団の兵装が紛失したとなれば……間違いなくスキャンダルだ。

この機を逃す手はなかった。


ゼファスは少し考え込むと、ライナに向き直った。


「ライナくん、捕縛用のユニットはないのか?」


ライナは小さく首を横に振り、淡々と答える。


「電撃を浴びせるとか、氷漬けにするとかならできるわ。確実に動きは止まるでしょうね」


ゼファスはさらに思案を巡らせた。


「いや、それでは情報を得るどころではなくなる。

なら──ゴーレムの魔法障壁の流れを変えられないか?

彼らの体内魔力に干渉して、少し狂わせれば動きを封じられるのではないかな」


ライナは不満げに肩をすくめる。


「……できるとは思うけど、ずいぶん地味な作戦ね」


いや、デバフ系を侮るんじゃない。

ロマン火力ばかりがタクティクスではないのだ。


「あーでも……」と、ふいにライナは楽しげな口調になる。


「体内魔力操作……これは面白い応用ができそうね。

人体の魔力回路はまだまだ未知数。たとえば──超人類『ブーステッドマン』が作れるかもしれない!

……興味深いテーマだわ」


その瞳に熱が宿り始める。

……今はそういう話をしているんじゃないんだけどな。どんな発想の飛躍だよ。


「もっとも、操作を間違えればぶっ飛んじゃう可能性もある。

でも──進歩のためには糧が必要よ。彼らは、その尊い犠牲になるわ」


サラッと、とんでもない危険思想を口にする。

相手は敵とはいえ、もう少し人道というものを考慮すべきだろう。乙女ゲームなんだぞ。


ゼファスは低い声で釘を刺した。


「──少しだけ干渉するんだ。出力は抑えるようにな」


俺たちが話し込んでいるあいだにも、モニターの向こうでは戦闘が続いていた。


***


「おいおい……なんだよ、この化け物は」


冒険者パーティの最年長、マニッシュが呻く。


サーフレイスは何度も袈裟懸けに斬撃を叩き込むが、一向に通じない。

ボウガンから放たれた魔力を帯びた矢も、命中する前に霧散していた。


騎士団一級兵装。

一個小隊で城をも落とすと謳われる強力な魔導ギアのはず……なのだが。


目の前の黒い鎧は、ただ突っ立っているだけだった。


「あのー。もう、やめません?」


その姿に似つかわしくない少女の声が響く。


「私……戦争じゃなくて人を助ける仕事をしたいんです。

みなさんだって、本当はこんなことをしたくて冒険者になったわけじゃないんじゃないですか?」


「だまれ、盗賊風情が!」


聞く耳を持たず、サーフレイスが上段から斬りかかる。

だが、その剣は不可視の障壁に弾かれるだけだった。


……だめだな、これは。


マニッシュは、ボウガンを構える若い男──リハルトに目を向ける。

彼も同じことを考えていたのか、黙って首を振った。


性能が上とか、そんな次元じゃない。まるで異界の存在だ。

王国の過去最高技術すら通じないとは……。


──なんなんだ、この魔導ギアは。


唯一の救いは、相手に戦闘の意欲が無さそうなことだった。

おそらく、本気を出せば瞬時に鎮圧できるだけの能力を備えているだろう。


マニッシュは決断し、黒い鎧に交渉を持ちかける。


「なあ……さんざん攻撃しといてなんだが、俺たちがおとなしく撤退したら見逃してくれるかい?」


ユリィの声が、ぱっと明るく弾んだ。


「はい! あ、でも……。

もし他にお仲間さんがいたら教えてほしいのと、できればその装備は置いていって欲しいんですけど」


その一言に、サーフレイスが顔を真っ赤にして叫んだ。


「追い剥ぎとは、強欲な盗賊めが!

それに、この白銀の騎士に仲間を売れだと──無礼も大概にしろ!」


マニッシュは深くため息をついた。

……こいつを黙らせない限り、話し合いにならない。


そこに、リハルトが説得に加わる。


「おい。白銀の騎士の剣がまったく効いてないんだがな……。

プロなら状況判断も大事だろ」


「き、きみまで日和ったか!」


サーフレイスはキッと鋭い視線をリハルトに向ける。

その目は、仲間に裏切られたとでも言いたげに燃えていた。


リハルトは肩をすくめ、呆れ顔で返す。


「そういう問題じゃなくてだな……。

俺たちは殺されても文句言えないところを、見逃してくれるってんだ。

これ以上突っかかってどうすんだよ」


そして、黒い鎧に向けて声を張った。


「この装備だって通用しなかったんだしな。

持ってても仕方ないだろ。──まあ……グレイスさんには怒られるだろうけど」


しかし、ふと。


「あ……それもいいかも……」


ボソリと呟いたリハルトの性癖に、マニッシュの顔が引きつった。


***


俺はモニターの向こうの進行状況に、少しだけ安堵していた。


「なんとかなりそうじゃないか。

あのサーフレイスとかいうやつ以外は、まともそうで助かったな」


だが、ライナは面白くなさそうに鼻を鳴らす。


「ふたりは降服するみたいだし……一人くらい潰しちゃっても良いんじゃない?」


いや、いや。

ここは穏便に済ませないと、残りのふたりだって逆上しないとも限らないだろう。


俺はゼファスと視線を交わす。

彼はゆっくり頷いた。


「よし、ユリィ。さっき話した作戦に移るぞ。

ティナ、魔法障壁の操作を頼む」


「魔法障壁、出力ダウン。──いいよ、ユリィ」


ティナが淡々と指示を伝える。


次の瞬間、モニターいっぱいにサーフレイスの驚愕の表情が映し出された。

ユリィが超高速移動で至近距離に接近したのだ。

魔力干渉を最小限で済ませるためには、直接接触する必要があるらしい。


そしてそのまま──


バシンッ!


サーフレイスの頭に、ゴーレムの右手が勢いよく叩きつけられた。

直後、彼の身体は糸が切れたように崩れ落ちる。


「体内魔力に干渉。ターゲット、沈黙しました」


ティナが事務的に報告する。


今のは……物理攻撃にしか見えなかったのは俺だけか?


隣では、ゼファスが満足そうに「作戦成功だな」と呟いていた。

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