第09話 索敵
現在、砦は謎の敵――おそらくブラック冒険者ギルドによる襲撃を受けていた。
敵の人数は不明、武装も不明。
ただひとつ確かなのは、長距離からの高威力射撃を備えているということ。
だが初撃からしばらく経っても追撃はない。
となれば、連射性のある武器ではなく、一撃必殺のロマン砲なのかもしれない。
しかし、次がいつ飛んでくるかは分からない。
猶予はなく、急ぎ迎撃体勢を整える必要があった。
こちらの戦力は、精霊契約術師リスティア。
そして、パワードスーツ型魔導ギア『ゴーレム』と、その操縦者ユリィ。
もしモヒカンや和尚、さらにはS級冒険者レナがいてくれれば、状況は大きく違っただろう。
だが、前回のA級冒険者襲撃のように――土壇場でバーンと助っ人が現れる、そんな都合のいい展開は二度は期待できなかった。
俺はいまドワーフ商工会にいて、ゴーレムの支援システム越しに現場へ指示を出す立場となっていた。
そのとき、ゼファスとドランが慌てた様子で飛び込んでくる。
新拠点のオフィス構想を楽しげに打ち合わせしていたふたりに、緊急連絡を飛ばしたのだ。
仮眠中のライナのもとへも使いをやったはずだが、まだ姿は見えない。
「同志、現在の状況は?」
ゼファスの問いかけに、簡潔に説明する。
人的被害は出ていないと聞き、彼はわずかに安堵の色を見せた。
だがすぐに表情を引き締め、眼鏡の位置をクイッと正した。
「指揮官は同志だ。私も全力で補佐しよう」
心強い言葉だった。
ゲームでは外道じみた魔法を連発して、こちらをブチギレさせる存在だったが……味方となると頼もしい。
そして、ゲームといえば――。
さっきはリスティアに否定されたが、一応確認しておくことにした。
「なあ、魔王なんだけど。戦闘はどうなんだ?」
俺の脳裏には、アリサと戦ったときの魔王の姿がよみがえる。
もっとも、ゲームで描かれていたのは“美麗な闇のイケメン大王”で、今とはビジュアルがだいぶ異なるのだが……。
それでも、隕石にブラックホール、全部盛りのチート攻撃をぶちかましてきたラスボスのスペックには――どうしても期待せざるを得なかった。
「魔王様か……」
ゼファスはそう呟くと、フッと微笑み、眼鏡に指を添えた。
それだけ。
……おい、どっちなんだよ。
しかし、俺の追及はそこで打ち切られた。
ティナが鋭い声で報告を入れてきたのだ。
「ユリィ、装着完了。行けます!」
眼前のワイドモニターには、ゴーレムのカメラが映し出す全方向の視界に、レーダーや各種センサーの情報が重ねて表示されていた。
索敵範囲は5km――しかし、その網の中に敵影はない。
次の瞬間、超高速の反応が出現。
「ユリィ、15時方向! 防いで!」ティナが短く指示を出し、同時にキーボードを叩く。
ゴーレムがとっさに反応し、砦の外へと飛び出した。
カメラが巨大な輝く矢を捕らえる――
だがゴーレムの張った障壁の前に、ふいに掻き消えた。
ティナは息を吐き、落ち着いた声で報告した。
「ゴーレムの魔法障壁が反応。属性は……土と雷」
ドランが低く唸る。
「複数属性だと? ……相当な高性能じゃねえか。それに、あの出力。ブラック冒険者ギルドの違法ギアとは思えねえな」
確かに――。
やつらの非正規認証品の魔導ギアは、俺も以前に使ったことがある。
だが、砦の壁を吹き飛ばすほどの威力なんて、とてもじゃないが出せなかった。
そのとき、リスティアの声が飛んできた。
「ねえ、方向はもう分かったんだからさ。行くよ? やっちゃうよ?」
……さっきからそればっかだな。
俺はゼファスをちらりと見やる。だが彼は静かに首を振った。
「敵が移動していないとは限らない。また、伏兵が潜んでいる可能性もある。
リスティアは砦の守りに専念させるべきだろう」
スピーカー越しに、「えーっ!」という不満げな声が響いたが、ここはゼファスに理がある。
俺は方針を決めて現場に指示を出す。
「そういうわけだ。索敵はユリィに任せる。
リスティアは防衛に専念。魔法攻撃だって分かったからな――障壁は頼んだぞ。
それと、通信ギアをゴーレムと同じチャンネルに合わせておいてくれ」
スピーカー越しに、「うーん……。りょーかい!」という明るい声が返ってきた。
どうやら切り替えてくれたらしい。
彼女は自分勝手に暴走するタイプではない。安心して砦を任せられる。
「なあ、ティナ。ゴーレムのレーダー、範囲を広げられるか?」
ティナはすぐにタッチパネルとキーボードを操作した。
モニター上で索敵範囲が拡大していく。
「精度は落ちますけど……さっきの魔力の方向を辿れば――13km地点に、大きな熱源反応があります。ただ、伏兵までは拾えません」
射程13kmか……。
想像以上に長い。これは、なかなかの脅威だ。
しかも、この静かに獲物を狙い澄ますような動き。
正面から殴り込んできたレオンたちとは、まるで毛色が違う。
――ブラック冒険者ギルド、思っていた以上に層が厚いじゃないか。
「よし、索敵精度を上げる方に切り替えてくれ。ユリィ、移動頼む」
「ラジャー!」
ユリィの元気な掛け声とともに、ゴーレムはスナイパーの方角へと駆け出した。
***
「……標的着弾前にロスト」
スコープを覗いていた若い男が、淡々と呟く。
傍らの年配の男が、大げさに声を上げた。
「おいおい、今のを防いだってのか!? どうやってだ!」
若い男はスコープから目を離し、首を横に振る。
「わからん。こいつに映るのは点と線だけだ。
ただ――着弾していれば、それと分かるようにはなっている」
年配の男が、うーんと唸る。
「さすが、レオンたちをやっただけのことはあるな……。
俺はあっちに行かなくて良かったぜ。なあ、リハルト」
そう言って、立てかけていた身の丈を超えるほどの大盾をポンポンと叩いた。
リハルトと呼ばれた若い男は、薄く笑い口を歪める。
「こっちも安全とは限らねえよ。
……一発撃ったあとは冷却と再装填に時間がかかる。その間に攻め込まれたらアウトだ」
視線の先には、大型の弩──バリスタを思わせる攻城兵器。
砲身がバチバチと電気を発し、白く光を散らしていた。
「だからこそ、この私がいるのです」
そこに割り込む、涼やかな声。
すらりとした長身に、肩まで伸びた銀髪を風になびかせる美男子。
彼ら三人はブラック冒険者ギルドのA級パーティ。
レオンたちとは別のチームである。
美男子の手には、その姿に似つかわしくないほど大振りの剣が握られていた。
そして、満面のドヤ顔で大見得を切る。
「この白銀の騎士、サーフレイス!
いかなる敵であろうと、必ず打ち砕いてみせましょう!」
芝居がかったその口調に、リハルトと年配の男──マニッシュは思わずポカンとする。
「おい……騎士団の装備を借りただけで、その気になってんじゃねえよ」
マニッシュが笑いながらツッコむが、白銀の騎士は意に介さない。
「何をおっしゃる。騎士団の装備を纏うから騎士なのではない。
騎士であるこの私にこそ、相応しい装備が巡ってきた──それだけのことです」
そしてサーフレイスは額に手をやり、憂いを帯びた表情を浮かべる。
「ああ、麗しのセラ嬢。
あのような下賤の輩に……きっと筆舌に尽くしがたい辱めを受けたに違いない。
この私が必ず、一人残らず殲滅して差しあげましょう!」
その言葉に、マニッシュが笑顔で反応した。
「お前、セラちゃん推しかー。分かるぜ、うん。
でもよ、ミアちゃんも可愛いんだよな……迷うぜこれは。
なあ、リハルトはどっち派だ? それともエミリアさん派か?」
リハルトがふいっと横を向くと、マニッシュは畳みかける。
「なんだよお前、つまんねえな。こういうボーイズトークは潤滑油だろ?
言っちまえよ、ほら」
リハルトは、ボソッと一言。
「……グレイスさん」
その瞬間、マニッシュは露骨に引いた顔を見せた。
──と、そこへ。
「あのぉ……お話し中、すみません」
聞き慣れない少女の声が割り込んだ。
三人の肩が同時にビクリと揺れる。
前方の空気がゆらぎ、そこから黒い鎧の巨体が徐々に姿を現す。
ゴーレムの光学迷彩──彼らは気付かぬまま、接近を許していたのだ。
***
俺は、敵の緊張感のなさに思わず苦笑する。
姿を見せないまま片を付けてもよかったが、「騎士団の装備」という言葉に引っかかるものがあった。
もしうまく立ち回れれば、これはガーランドの失点となる……。
そしてそれは、ベアトリスの支援に繋がるかもしれない。
モニターの向こうでは、三人の男が一瞬動揺の顔を見せたが、すぐさま顔を引き締め戦闘態勢に入っていた。
***
ユリィは、できるだけ相手を刺激しないように話し始めた。
「ブラック冒険者ギルドの人ですよね?
こういうの、迷惑なんです。もしケガ人でも出たら……私だって怒っちゃいますから。
もうやめるって言うなら、許してあげてもいいですけど」
しかし、サーフレイスは胸を張り、威風堂々と応じた。
「はっ! 盗賊風情が。不意打ちとは卑怯な真似を」
いや。本当に不意打ちしていたら、とっくに勝負はついてたんだがな。
装備の性能差に気づいていないのか、それとも他に自信があるのか……。
だが、マニッシュは冷静だった。
「……こいつは驚いた。
こんな魔導ギアがあるとは。盗賊団ってのは、想像以上に厄介な連中らしい」
そう言ってサーフレイスに視線をやり、クイッと顎を引く。
「おい、いくぞ。お前の見せ場がやってきたぜ」
そう言いながら大楯を構え直す。
サーフレイスは大剣を地面に突き立てると、気合いの声を発した。
「──装着!」
その瞬間、俺の胸はかつてないときめきを感じていた。