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第12話 ファンタジーは甘くない

風に揺れる草原の道を、荷車の車輪がぎこちなく(きし)んで進んでいく。


背後には砦が遠ざかり、前方には穏やかな丘陵と、ところどころに点在する畑の跡が広がっていた。

人影はなく、木々を揺らす風の音と鳥の鳴き声だけ。


流れる白い雲。

日差しは柔らかく、絶好のホワイト日和ってやつだ。


俺は村からの略奪品を満載した荷車を引いている。これを今から返還する予定だ。

荷車を後ろから押すのはモヒカン。砦には馬なんていないため、一番体力が余っている男を抜擢(ばってき)したのだ。


気持ちの良い陽気のなか、世界の不幸を背負ったような顔でモヒカンは(つぶや)く。


「なあ、ボス……ほんまにやるんか?」


それは何度も聞いた。しかし、俺は決心を変えるつもりはない。

そこで、テンション高めに振り切ることにした。


「もちろんだとも! ホワイト改革の第一歩だからな!」

振り向き、ドヤ顔で親指を立ててみせる。


「はあ……」

モヒカンは盛大にため息をついた。


前方に先日略奪した村が見えてきた。

村は簡素な囲いでおおわれ、こじんまりとした家が点在している。

こういってはあれだが、寒村ってやつだな。


(まったく、こんなところから略奪なんて。血も涙もないやつらだ)


物資が戻って、喜んでくれると良いけど。


俺は村人たちの笑顔を想像し、暖かな気持ちになっていた。


***


村の入り口に荷車を止める。

そして、できるだけ明るく元気な声で、大きく手を振りながら声をかけた。


「はーい、みなさーん! こんにちわー!」


しかし、返ってきたのは凍りつくような沈黙だった。

ざわ……ざわ……と村人たちが遠巻きに俺とモヒカンを見ている。


けれど、誰も俺たちと目を合わせようとしない。

母親が子供の手を引き、急いで家に入りガチャリと鍵をかける音が聞こえた。


(あれ? 怖がらせないようにしたつもりなんだけどなあ)


仕方ない……。

俺は一人の男に歩みよった。


他の村人は蜘蛛(くも)の子を散らすように逃げていく。しかし、その男は俺が目線を合わせた瞬間から硬直して動けないようだ。


そんなに緊張しなくても良いのに。


俺は精一杯の笑顔で話しかけた。


「えーっと、ですね。今日はちょっとご挨拶(あいさつ)に……。代表の方、いらっしゃいますか?」


男は口を開いたまま何か言おうとしているが、言葉が出てこないようだ。

暑くもないのに全身汗で濡れている。


まいったな……と思っていた矢先、村人に押されるようにして年配の男がヨタヨタと歩いてきた。


「……な、何か御用ですかな」


俺は社畜時代に鍛えたビジネスマナー全開で年配の男に向き合った。


「ああ、どうも! こないだちょっとビジネス? で……弊社(へいしゃ)がご迷惑をおかけした件でお伺いしました」


45度の角度で頭を下げる。


「そこで、反省とお詫びを兼ねて、略奪品をお返しに来たわけです」


……ざわめきが大きくなった。

「おい、なんだあれ」「絶対裏があるって」「何する気だ?」そんな声が聞こえる。


目の前の年配の男も、真意をはかりかねるような表情をしている。

だが、俺は謝罪を続けるしかなかった。


「それでですね、物資とケガ人の手当費も込めて、多少のお詫び金も──」


言いかけたとき、モヒカンが唐突に割って入る。


「おうおうおう、ワレらァ! ボスがこうやって誠意みせとるんやろがいっ!」


モヒカンの怒声に、村人たちは全員びくりと肩を震わせた。


……おいっ!


俺は慌ててフォローに入る。


「まっ! まあ、まあ、まあ、まあ……そこのモヒカンくん落ち着いて。ね? ハウスっ!」


必死に手を振ってモヒカンをなだめたが、村人全員からのドン引きの視線が痛い。

もはや何を言っても逆効果な気がする。


……仕方ない。こうなったら。


俺は静かに荷車を村の中に引きいれ、一礼すると「……では、失礼しまーす!!」と言って(きびす)を返した。


そして、ダッシュ。


「ボスー!? 待ってやー!!」背中を追いかける声を置き去りにして草原を駆け抜けた。


(やっぱり、ああなるよな。世間の目は厳しいぜ……)


***


砦に戻ると、俺は腰を下ろしてため息をついた。


まあ、なんにせよ、略奪品の返還はできたわけだ。 最初からすべてが上手くいくわけじゃない。トライアンドエラーだな。


気を取り直そう。次だ。


そして俺は、ヴィオラに声をかけた。


「なあ……思ったんだけどさ。俺たち、非合法団体なんだよね?」


ヴィオラが微妙な表情で応じる。


「え?……まあ、そうね。合法の盗賊団というのは珍しいんじゃないかしら?」


やっぱり。これでは持続可能な集団とはいえないな。

そこで俺は前向きな提案を行うことにした。


「ホワイト改革を本気で進めるなら、きちんと法人化すべきじゃないかな」


和尚(おしょう)が興味深げに問う。


「それは、どういうことだ?」


話に食いついてきてくれたことに、俺は少し嬉しくなった。


「きちんと定款(ていかん)を決めて登記して、税金払って、堂々と盗賊団として活動するってことだ」


何か根本的におかしいという疑問はあるが、論理は正しい……はずだ。


和尚は静かに(うなず)いた。


「ボスの言うことは難解だが、志は高いな」


俺は自信を深めた。そこで、ヴィオラに向き直る。


「ということで、申請先ってどこなの?」


ヴィオラは、まるで理解できないと言った表情だが、あえて逆らう気もなさげに、事務的に答えた。


「この辺だと、リエンツ郡長が自治を担当しているわね」


(そうか。村のときみたいになると困るから俺だけで行ってくるかな)


善は急げ、だ。俺は立ち上がった。


「ちょっと出てくる」


ヴィオラはまさか行動に移すとは思っていなかったようで、「えっ? 行くの?」と目を見開いた。


討伐フラグの行方が分からない以上、やれることは全部やらないと安心できない。


俺は壁に()かっている地図を眺めた。

リエンツ……郡都はここか。それほど離れていないな。


俺はヴィオラ達に背中を向けて歩き出した。


「夕食までには戻るから!」


***


リエンツ郡都。街の門前──


街全体がぐるりと高い石造りの壁でおおわれている。さっきの村とは大違いだ。

そして、門の前には数人の衛兵。手には槍を持ち、鎧が陽光にきらめいている。


人や荷馬車が頻繁(ひんぱん)に出入りしていて、活気がある街だ。

衛兵たちも特に何かするわけでもなく、門の出入りが厳しい様子もない。


なので、俺は普通に通り過ぎようとした。


「おい、止まれ」


衛兵が鋭い声を発し、俺は数人に取り囲まれた。

めちゃくちゃ殺気立っている。


……おいおい、何もしていないだろう。


俺は相手の警戒心を解こうと、できるだけフレンドリーに対応することにした。


「どうもこんにちは! ちょっと用事があって」


笑顔で手を振るが、誰も表情を緩めない。


「この街に何の用だ?」


「職質ですか? 任意ですよね?」

軽くジャブを返したつもりだったが、衛兵の顔がさらに険しくなる。


「わけのわからんことを言うな」


一歩踏み出す音が、やけに大きく響く。


(……やばい、メンドくさくなりそうだな)


俺は観念して、訪問の目的を正直に告げることにした。


「ええっと……われわれの組織はホワイト改革を進めていて、この度、法人化を目指しております」


「ほわいと……何?」


俺に相対している衛兵が眉をひそめる。

取り囲んでいる者たちから、「エルフ語か?」「ばか、エルフに見えるかよ」と声が聞こえてくる。


「つきましては、自治体の登録窓口と税務課へ……」


「?????」


全員の頭上に疑問符が見える気がした。


だとしても仕方ない。嘘は言っていないのだ。

一通り説明すると話を切り上げた。


「というわけで、怪しい者ではないので……」


通り過ぎようとする俺に、衛兵はさらに一歩踏み込んで道をふさぐ。


「怪しいな。お前、こっちへきてもらおうか」


「え? ちょ、あの。善良な盗賊団ですよ? こっちは」


「盗賊?」


……。


(しまったあああああ!!)


次の瞬間。

俺は盗賊団首領の威圧を発するとともに「あーーーーーーー!!」と大声を出した。


取り囲んでいた衛兵が一瞬たじろぐ。

その隙を見逃さなかった。


「用事思い出したんで帰りまーす!!」


俺は体をひねり、包囲の隙間をかろやかに抜け猛ダッシュ。

衛兵の怒声と金属音を背に、街道を駆け抜けた。


(クソッ! こっちは真面目に納税しようとしただけなのに……ファンタジー、甘くねえ……!!)


***


砦に帰ると、出迎えてくれたのはティナだ。


ホワイト略奪のときに救出した、元奴隷……いや、元・契約労働者の少女。


当初は()せすぎで今にも倒れそうだったが、盗賊団の一員になってからはきちんと食事をとり、毎日清潔な衣服を身に着けている。


すっかり血色も良くなり、明るい顔を見せるようになっていた。

ボサボサだった髪もヴィオラが整えてくれて、こうしてきちんとした恰好(かっこう)をしていると、なかなか可愛い。


俺を見ると泣いていたが、何日かして害意がないことがわかってくれたのか、今では普通に会話もできる。


俺にとっては、年の離れた妹のような感じだ。

……いや、娘といってもおかしくはないのかもしれない。


ティナは自分から掃除や洗濯といった団内の下働きを買って出てくれていた。

荒くれ者たちの中で大丈夫かな? と心配したが、意外と癒し系アイドルとして人気が高いと聞いている。


そんなティナが俺に声をかけてきた。


「団長さん! おかえりなさい。どうでした?」


笑顔がまぶしい。

俺は、門前払いどころか投獄されかけたことを思い出し、目の光が(くも)った。


「……今は、まだその(とき)ではなかっただけさ」


意味がわからず首を(かし)げるティナに、俺は照れ隠しに笑う。


すると、ティナもふわりと笑った。


「よくわからないですけど……団長さんが、一生懸命みんなのこと考えてるの、ちゃんと伝わってます。頑張ってくださいね」


……ああ、天使だ。

狂気の集団の中に咲く可憐な花。守りたい。


「私、団長さんに助けてもらって、本当に嬉しかったんです。ヴィオラさん優しいし、モヒカンさんたちも面白くて……盗賊団って、怖い人たちかと思ってたけど、私、みんなのこと好きです」


俺は目に光が戻ってきた。

そうだ。一度や二度の失敗がなんだってんだ。


そして最後にティナは、「“ホワイト”……今度、教えてくださいね?」と言って最大級の笑顔を見せた。


その言葉に俺は震えた。


──そうだ、もうホワイトは俺だけのものじゃないんだ。


盗賊団ホワイト改革……本気でいくぞ。

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