第04話 偽装計画
俺はアリサたちの話を聞きながら、これまでの流れを整理していた。
いま、王国内部でも騎士団を中心として変革の芽が生まれつつある。
■アリサ
王国の体制そのものを刷新し、近代化・国際化を実現。
前王妃の権威+ヴィエールの武威を背景に、不満分子を糾合し「新騎士団」を創設。
■ベアトリス
大臣マルセルやヴァルトといった、腐敗した既得権益層を是正。王国の体制を「内部から」クリーン化。
現行制度の枠内で、秩序と改革を両立させる。
方法は異なるが、目指すところは同じだ。どちらが良い悪いというものでもない。
そして、現体制打倒のために、王都騎士団から離脱というアリサの理屈は理解できる。
しかし、その方法が問題だ……。
そこに、隣の部屋から魔王の声が聞こえた。
***
「いかに凶悪な盗賊団相手とはいえ、濡れ衣をきせるというのは……感心できませんね」
魔王の穏やかな声に、アリサとカインは沈黙するしかなかった。
反論の余地など、どこにもない。
とはいえ――と、魔王は肩をすくめる。
「正直に話してくれたおかげで、こちらも対策を練る余裕ができました。……追って考えましょう」
そして、穏やかな笑みを浮かべる。
「本来なら許しがたいのですが……団長から、どうしてもとアリサさんのことを頼まれてますからね。まあ、なんとかなるでしょ、はっはっ」
その言葉に、アリサは安堵の吐息をこぼし、顔を上げた。
「団長さんって……良い人なんですね。私、義賊のことを誤解していました。
でも、何で私のことを知っているんだろう?」
アリサは首を捻るが、誰もその答えは知らない。
俺は苦笑した。
……まあ、略奪は事実だからな。完全に誤解というわけでもないが。
しかし、ゲームで知っている彼女と変わらず、まっすぐな性格のようで良かった。推して悔いなしだ。
隣の部屋に潜む俺の安堵に気づかず、アリサは目の前の一同を見渡す。
「あの……精霊共鳴のことは正直よく分かっていません。
けど――私にできることがあるのなら、この閉じた国を、世界へ開きたいと思っているんです」
最初は恐る恐るの口調だったが、だんだんと力強く確信に満ちたものに変わってきた。
「私の夢は――この国が魔導ギア産業を再興して、契約労働者なんて間違った制度をなくして――いろんな国と対等に手を取り合える未来をつくることなんです。
きっと、いつの日か、世界から素敵な国だねって言ってもらえるようになりたいんです!」
瞳を輝かせ、弾む声が心地よく響く。
「そして、みなさんのビジネスは、この国の希望です。絶対成功させましょう! 私も騎士として戦います!」
その瞬間、空気が一変した。
アリサを中心に風が駆け抜け、俺の心臓を直接叩くような感覚が走る。
モヒカンが思わず目を見開き、リスティアは小さく微笑んだ。
――これが、彼女の精霊共鳴。
さっきまでと同一人物とはとても思えない、圧倒的な波動の奔流。
ティナの共鳴は静かに場を整えるもの。
だが、アリサのそれはまるで炎だ。魂を鼓舞し、理想のもとに立ち上がれと、力強く呼びかける。
やっぱり、この子は物語の主人公だ。
そしていま、彼女の掲げた言葉が、この国の未来を照らす“旗”になった。
魔王とゼファスも、ゆっくりと頷いていた。
そのとき、ミアが転がるように部屋に飛び込んでくる。
「ちょっと! 何ごと!? ものすごい気配感じたんだけど!」
そして、アリサを見て唖然とした顔をする。
「えっ?……あんた、何か雰囲気変わった?」
リスティアが苦笑して代わりに答えた。
「離れてても精霊さんの気配を感じ取れるなんて、さすがミアだね。
これが精霊共鳴……ここまで強力なのは他にないから、よく覚えておくと良いよ」
えー、それほどでもあるけど……と、照れるミアだったが、ふと思い出したように告げる。
「あー、そうだ。またお客さん。なんか、国境警備隊だって。
ベアトリス? とかいう人の紹介らしいけど……どうする? 」
国境警備隊――アリサたちの合流地点。
味方と見ていい……はずだ。
魔王は、通すようにミアに指示した。
***
俺は、相変わらず隣の部屋のドアの隙間から様子を伺う。
現れたのは四人。
クラリス、セリーナ、リュシアン。そして、もうひとりは見知らない女性――国境警備隊の所属だろう。
クラリスはカインを見て、額に手を当てながら盛大にため息をついた。
「……おい。グランフィールがこうならないように、お前と組ませたんだがな。
集合場所に現れないのはどういうつもりだ? 大義のために戦っている自覚はあるのか?」
鋭い叱責。
クラリスの性格も変わっていない。
最強の脳筋騎士――盗賊団首領の天敵……。俺は、緊張が一気に跳ね上がっていた。
そこに、セリーナが静かに口をはさむ。
「アリサさんも相変わらずですね。
そして……ホワイト盗賊団の方々、先日はミレーヌがご迷惑をおかけしました。彼女にはしっかりと釘を刺しておきましたので」
こっちは、少し印象が違うな。
俺の知っているセリーナは、もっと物静かで控えめだったが……まあ、それでもミレーヌよりはまともそうだ。
セリーナは、ちらりとカインを見ると言葉をかけた。
「今回の作戦行動のことはすでに?」
カインが黙って頷くのを確認すると、セリーナは深々と頭を下げた。
「私からもお詫びいたします。あなた方がこの国にとって、かけがえのない存在とは知らず……。
今後の動きも想定して、国境警備隊のヒルダ=ヴィエールさんにも同行していただきました」
なるほど。クラリスの親族らしく、いかにも武人といった感じだ。
ヒルダはきっぱりとした口調で話を始めた。
「クラリス達の失踪を巡って、いまリエンツ軍の中で情報漏洩の疑いが浮上している。王都騎士団との間もお互いに疑心暗鬼さ。
もともと精強な軍でもないし、盗賊団にはなるべく手を出したくないってのが本音だろうね」
そこで一拍置き、声を落とす。
「けれど、放置すれば王国の沽券に関わる。
遅かれ早かれ、騎士団の大隊か中央軍が派遣される可能性が高い。その前に手を打ちたいんだ。
――気の毒だが、あんた達には“ヴィエールの国境警備隊に討たれた”ことにしてもらえないか?」
淡々と伝えるべきことを告げると、ヒルダは魔王の目を見据えて判断を待った。
「つまり、我々も偽装全滅を行うと……そういうことですかな?」
魔王が答えると、ヒルダはニヤリと笑う。
「話が早くて助かるよ。ホワイト盗賊団はきれいさっぱり消滅――そう見せなきゃ収まらないんだ。
あんた達、ドワーフと組んでるんだろ? ボンクラ役人は何も気づいてないけどね」
ゼファスが真意を探るように問いかける。
「確かに、ホワイトシーフ商会として表に出る頃合いかもしれないな。
だが……どうして国境警備隊がそのような提案を?」
ヒルダは肩をすくめた。
「何度も国境を越えて行ったり来たり……私たちが何も知らないとでも?
最初は泳がせて、ドワーフともども叩こうと思ってた。けど――アリサのおかげだよ」
きょとんとするアリサに、ヒルダは笑みを向ける。
「“義賊は味方かもしれない”って言ったのはあんただろう?
あれから独自に調べさせてもらったよ。……ドワーフのギルドマスターからも聞いた。
なかなか面白いことをやってるじゃないか」
アリサは「あ、あはは……」と間の抜けた声を出す。
隣の部屋で俺は大きくため息をついた。
助かる道筋は見えたが……アリサのあの反応、その場のノリで言ったことをすっかり忘れていたな。
――まあ、そういう子だ。
「それにしても……」ヒルダは呆れたように声を漏らした。
「まさか魔族とエルフまでいるとは思わなかったよ。そこまでは掴めてなかった。……まったく、うちの連中もツメが甘い」
「えっ? エルフ?」
アリサは、キラキラした眼差しでモヒカンの方を見る。
どう見ても違うだろ。どこまで天然なんだ。
しかし、国境警備隊か……。
俺たちのビジネスは、いずれ国外との取引拡大を狙っている。彼らとの関係は大切になるだろう。
砦を失うことになるのは痛いが……俺はもう次に向かって考えを進めていた。