第03話 討伐フラグ?
「おい、大丈夫か!?」
アリサは気がつくと、カインに肩を揺さぶられていた。
戦闘は終わり、辺りに狼のような魔獣の姿はもうない。
「……あれ? あ、あの……魔獣は?」
カインはようやく安堵の息を吐いた。
「撃退には成功した。ついでに、やつらの巣もモヒカンと一緒に叩いてきた。
これで、もう被害が出ることはないだろう」
「……そ、そうですか……」
アリサはまだ震える指先を見つめ、実感が追いつかないまま呟いた。
しかし、とカインは声を落とす。
「あの戦闘力……王都騎士団の精鋭以上だ。
ホワイトシーフ商会とかいったな――ただの冒険者集団じゃない」
そこに、ミアが気の抜けた調子で歩み寄ってくる。
「はい、おつかれー。
いやー、お兄さんやっぱ強いわ。魔導ギアなしであそこまで戦えるなんて、A級冒険者並みの実力はあるんじゃないかな~」
その一言に、アリサとカインは同時に反応した。
王国では禁制とされる魔道具。だが、モヒカンの常人離れした膂力や、ミアの魔法を説明できるものなど、それしか考えられなかった。
アリサはミアに疑問を投げかける。
「あ、あの……魔導ギアって、使用が禁止されているんじゃ……」
ミアは、一瞬きょとんとした顔をすると、ヘラヘラと笑った。
「そんなの国の勝手な押し付けじゃん。
それとも何? 使わない方が良かったのかな?」
アリサは手をぶんぶんと振って否定する。
「い、いえ。さっきは本当に助かりました。
それにしても、魔導ギア……少しだけ聞いていましたけど、想像以上でした」
ミアは得意げに杖を回す。
「まあね。でも、道具があっても腕がなきゃ。
あたし、精霊契約術師・リスティア大センセーの一番弟子だから☆」
精霊契約術師という言葉も聞いていた。
世界でも希少な、精霊の力を顕現することのできる存在。
アリサは目をキラキラさせた。
「精霊契約術師! すっごい人なんですね、ミアさん!
本当に世の中は広いなー。私、ワクワクが止まらないです!!」
ふっふーん、とミアは得意気だ。
そこにモヒカンが割って入る。バットを肩に担ぎ、ため息交じりに言った。
「おい、報酬の話やけどな。ワシらも経費入れたらカツカツなんや。
こいつが考えなしに大魔法つかいよるから……」
「なによ、ケチ臭いなー!」
ミアがすぐさま噛みつく。
「バトルは派手にドカーンといかないと盛り上がらないでしょ!?
あたしの魔法がなかったら、あの群れどうなってたと思ってんの!」
「落とし穴と柵だけで良かったな。
なあ、ボスはああ見えて収支には細かいんやで。こいつらに分け前渡したら赤字なんやねどな」
モヒカンは見た目とはうらはらに、計算はきちんとしているようだった。
アリサは、シュンとしてモジモジしながら言った。
「あの……私たち、やっぱり余計なことしちゃったみたいで。お二人で充分だったみたいですね」
それを見たモヒカンは、慌てだした。
「い……いや、余計なことなんてないで。そっちの兄さんには助けられたしな。
それに罠とかの仕掛けはあんたらのおかげや」
そして、不意にじっとアリサの顔を見つめる。
「なあ、あんた。
さっきホワイトとか言ってなかったか? それ、聞き覚えのある言葉なんやけどな」
アリサは、ぱっと顔を輝かせる。
「はい。私、ホワイトな騎士になるんです!」
カインが慌てて制止に入るが、すでに遅かった。
アリサも、言ってから「しまった」という顔をする。
「ホワイトな騎士……やて?」
モヒカンはアリサをジロジロと見ると……。
「なあ、ミレーヌって騎士、もしかしてあんたらの知り合いか?」
アリサは意外な名前に、思わずカインと顔を見合わせるのだった。
***
俺は大広間の扉を細く開け、そっと中を覗き込んだ。
――アリサ。
そして、カイン。
ついに“メインキャラ”の登場だ。
アリサはリスティアと笑顔で談笑している。
一方カインは、和尚が注ぐ盃を無言で受け取り、淡々と口に運んでいた。
……ゲームの中と変わらず、やはりクールなやつだ。
「どうしたのかな、団長」
背後から穏やかな声がした。魔王だった。
俺は視線を外し、曖昧に答える。
「いや……ちょっと因縁があってさ。説明が難しいんだけど……直接顔を合わせるのは避けた方がいい気がして。その、例のアリサって子なんだけどさ」
別に何も起こらないかもしれない。
だが――胸の奥に、直感に近いざわめきがあった。
魔王は俺の様子を察して、静かに問いかけてきた。
「彼らの目的の聞き取り、そして必要に応じて支援……それで良いのかな?」
さすが魔王だ。
俺はコクリと頷き、すべてを託すことにした。
***
「なるほどね……。新しい体制作りですか。それで現体制の騎士団を脱退したと」
魔王は、うんうん、と頷く。
傍らにはゼファスとリスティア。そして、モヒカンが腕を組んでいる。
「え……と。はい。
私たち、これから国境警備隊で合流して、エルンハルト領に向う予定なんです」
ミレーヌを通じて、ベアトリスとは協力関係にある。
その言葉はアリサを信用させるに充分だった。なので、包み隠さずに話すことにしたのだ。
「それにしても……盗賊団とミレーヌ先輩が。ちょっと意外でした」
アリサの素直な感想に、ゼファスが口を開いた。
「盗賊団は以前の姿を捨て、いまは魔導ギアと精霊エネルギービジネスを立ち上げようとしている。
そのためには王国の国際化が不可欠でね。……そこで、彼女とは利害が一致したというわけだ」
ごくり、と喉を鳴らしてアリサは思い切って言葉をかける。
「じゃあ、私たちとも協力できますか?
この国を変えたいのは、私も同じなんです」
アリサの訴えに、リスティアはゼファスと視線を交わし、ふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
「私たちの力なんて必要ないくらい――ずっと前から、あなたには強力な味方がついてるんだけどな。……まだ気づいてない?」
アリサは思わず首をかしげる。
「強力な……味方?」
リスティアはアリサを真っ直ぐに見据え、静かに告げた。
「精霊共鳴。あなたの心は、世界を変えることができる」
「私の心……?」
戸惑うアリサに、リスティアはやさしく頷いた。
「会って確信した。普段は抑えられてるけど、あなたには――とてつもない可能性がある。
精霊さんたちに、とても好かれてるね」
その言葉に、アリサは思わず胸に手を当てた。
ずっと心の奥で、誰かに寄り添われているような温もりを感じていた。
それが何なのか、初めて“名前”を与えられた気がした。
リスティアは簡単に説明を行うと、最後に付け加えた。
「精霊共鳴は、あなたの想いや在り方そのもの……。それを大切にね」
そして、柔らかな笑みを浮かべた。
「でも――それでも困ったことがあったら、何でも言って。
……そうだよね、モヒカン?」
「そうや!」
モヒカンは大きく頷き、ニカッと笑みを浮かべる。
「ボスにも頼まれとるしな。
それに、契約労働者のために戦うんなら……ワシらの同志。味方になるで」
アリサは胸が熱くなるのを感じていた。
たった五人で騎士団を抜け、この先は不安ばかりだった。だが――思わぬところに同志がいたなんて。
その時、ふと重大なことを思い出し、血の気が引いた。思わずカインを見る。
「ど、どうしましょう、カインさん……。
やっぱり、まずいですよね。盗賊団の方がこんなに良い人だって知ってたら、私……」
カインも困ったように眉をひそめ、しばし沈黙する。
だが、アリサの動揺を見て、彼は自分が言うしかないと覚悟を決めた。
「協力には、本当に感謝する。
……ただ、ひとつ謝らなければならないことがある」
重々しい声で、今回の作戦行動を語り始めるカイン。
***
魔王はゼファスと視線を交わし、苦笑した。
「なるほど。凶悪な盗賊団討伐の任務を隠れ蓑にして離脱……。これでは、我々の悪評はますます広まりますね」
アリサとカインは、言葉もなく頭を下げる。
だが、モヒカンは気にも留めなかった。
「なんや、そんなもん今さらや! ボスなら笑って済ますで!」
豪快に笑い飛ばす。
……いやいや。
隣の部屋で聞き耳を立てていた俺は、心の中で盛大にツッコんだ。
――それは笑って済まされないだろ。
騎士団の先遣隊が盗賊にやられて全滅、なんて報告が上がれば……。
王国は必ず討伐軍を追加派遣してくる。
その矛先は――間違いなく俺たちの砦だ。
背筋を冷たい汗が伝う。
まさか、ここで破滅エンド……?
だが、もうゲームのシナリオからは大きく外れてしまっている。主要キャラは全員俺たちに協力的。先の展開は完全に未知数だ。
――なら、せめて。
アリサのバッドエンドだけは絶対に回避する。
俺はそう心に決め、静かに息を吐いた。