第01話 王都騎士団の動き
王都騎士団。ベアトリスの執務室。
帰還したミレーヌによる報告がもたらされていた。
その内容に、ベアトリスは思わず深いため息をもらす。
「……つまり。ホワイト盗賊団は魔導ギア産業の再興を目指し、さらにWSO(世界精霊機関)との関係改善にも意欲を示している……そういうことなのね」
なぜ盗賊団がそんな方向へ?
わからないことが多すぎて、ベアトリスは眉間を押さえた。
契約労働者ライネルの魔力印解除には取引が必要だろうが、それ以上の関わりはない。
レイラから多少は「話の通じる相手」とは聞いていたが、やはり盗賊は盗賊。
民に悪逆を尽くしてきた彼らを利用してアリサたちを助けられるなら、それでよいと思っていた。
だが、実際に耳にしたのは――過去はどうあれ、今は王国の再建に寄与しようとする姿。しかも確かな実力を備えているという現実。
自分の判断が浅はかだったと、認めざるをえなかった。
そんなベアトリスの胸中を知らず、ミレーヌは誇らしげに言葉を重ねる。
「はい! ですので私、WSO本部で宣言してきました。
──いずれ必ず、ベアトリス様が王国代表として正式に外交窓口を開かれると」
その瞬間、背中にひりつくような視線が突き刺さり、ミレーヌは言葉を止めた。
セリーナだった。
「ミレーヌ……あなたね。今回ばかりは目に余るわ」
冷ややかな声で指を折り、一つひとつ数えていく。
「任務はあくまでレイラさんの警護だったはず。
それを放棄して勝手に国外へ渡り、一介の騎士の身でありながらWSOで国の代表を気取る。
挙句の果てには盗賊団と手を結んだ──」
セリーナはにっこりと笑みを浮かべ、言葉を結ぶ。
「ベアトリス様。どう処分なさいます?」
ミレーヌの顔から血の気が引き、汗がつっと流れた。
「えっ、い、いや……その……。
そ、そうよ! 例の契約労働者の解放の件! あれで盗賊団のボスから“どうしてもエルフ国に同行して欲しい”って交換条件を出されて……。
出発が翌日だったから、現場判断しかなくて……もう、私としても苦渋の決断だったのよ!」
必死に弁解するミレーヌ。
だがセリーナは微笑みを崩さぬまま、さらに追い込んでいく。
「そんなわけないでしょう?
初対面の騎士を同行させて、盗賊団に何のメリットがあるの?」
ミレーヌの喉が詰まった。
──おかしい。セリーナは本来、ここまで踏み込む性格ではなかったはず。自分の知らぬ間に、いったい何があった?
ベアトリスなら最後には許してくれる。
そう読んでいた。だが思わぬ伏兵に、目論見はあっけなく崩されていく。
がっくりと肩を落とし、ぽつりと呟く。
「だって……エルフ国に行くって言うんだもの。
私、この国のことも、外国のことも何も知らなくて。だから、この目で見てみたくて……どうしても」
ベアトリスはそんなミレーヌを見つめ、柔らかな眼差しを向ける。
「ねえ、セリーナ。
確かにミレーヌの行動は行きすぎだったかもしれないけれど……外の世界を知ること自体は、決して悪いことじゃない。
この国を変えるためにも、必要な経験だと思う。だからここは──」
その言葉を、セリーナがぴしゃりと遮った。
「それとこれとは別です。
ベアトリス様……あなたには王国の秩序を回復するという使命がある。
その立場で“優しさ”を理由に規律を曲げるのは、ミレーヌのためにもなりません」
静かな叱責に、ミレーヌもベアトリスも同時にうつむいた。
その沈黙を破ったのは、落ち着いた少年の声――リュシアンだった。
「まあまあ、セリーナさん。
言いたいことは分かりますけど……ミレーヌさんが持ち帰った情報は、とても有用だと思いますよ。
マイナスだけじゃなくて、プラス面も考慮してあげないと、かわいそうです」
セリーナはリュシアンをじっと見つめ──そして。
「そうね。その通りだわ!」
ぱっと表情を輝かせ、なんのためらいもなくリュシアンの頭を撫で、ぎゅっと抱きしめた。
……はあ!?
ミレーヌは言葉を失った。口をパクパクさせながらベアトリスの方を見るが、彼女は気まずそうに視線を逸らす。
セリーナは、何事もなかったかのように再びミレーヌへ向き直った。
「考えてみれば、そのホワイト盗賊団と協力関係を築けたのは、確かに大きな功績ね。
魔導ギアの最先端技術を持ち、精霊契約術師までいる。
彼らの力は──私たちやアリサさんたちの助けになるかもしれないわ」
微笑みを崩さぬまま続ける。
「よくやったわ、ミレーヌ。
……けれど、ここから先は勝手な行動は許さない。いいわね?」
その言葉には、有無を言わせぬ力が宿っていた。
ミレーヌは返す言葉もなく、コクコクと首を縦に振るしかなかった。
***
「それで、アリサたちの動きは?」
場が落ち着いたところで、ミレーヌはベアトリスに説明を求めた。
すでにアリサたちは出立した後だった。
「ヴィエール隊の任務は、リエンツ郡の常駐軍と合流しての盗賊団討伐。
ただし、合流前に“盗賊団の襲撃”という形で消息不明となる手はずです」
ミレーヌは顎に手をあて、しばし考えたのち口を開く。
「盗賊団のボスは、なぜかアリサのことを気にかけていました。
事情を話せば、おそらく悪いようにはしないと思います」
ベアトリスは、その一言にかすかな希望を見出した。
「では、私に考えがあります。
彼らと連絡を取りたいのだけど……」
ぱっとミレーヌの表情が明るくなる。
「では、その役は私が──」
しかし、セリーナが即座に遮った。
「今回は、私が参ります」
返す間もなく、言葉を畳みかける。
「──ミレーヌ。あなたが勝手に放棄したレイラさんの警護は、いまや盗賊団が引き継いでいるのでしょう? なら、彼らに任せる方がよほど安心だわ。
あなたは当面ここで、きちんと学びなおしなさい。……そうですよね、ベアトリス様?」
「そ、そうね……」とベアトリスは戸惑いながらも肯定する。
その様子に、ミレーヌはますます混乱した。
あの従順なセリーナがベアトリスに“圧”をかけるなんて……何があったのだろうか。
しかし、胸の奥で直感が告げていた。
──いまは逆らわない方がいい。
***
「──全滅? 行方不明?」
王都騎士団・団長の執務室。
ガーランドは報告を聞きながら、思わず目を見開いた。
報告書を読み上げているのは、団長付き秘書官の女性・セルジュ。
背中まで伸びた長髪に前髪で目を隠し、猫背気味で表情は読み取りづらい。
「……で、その……えっと…………が…………なんです。あ、あの……」
ボソボソとした声に耳を傾けていたガーランドは、ふんふんと頷きつつも険しい表情を崩さなかった。
「今回の軍事行動はリエンツとの合同だ。……情報漏洩か?」
身を乗り出し、鋭い眼光を向けると、セルジュはビクリと震え、さらに声を落としてしまった。
「………………」
もはや囁き声以下になったところで、横に控えていた青年騎士が口を挟む。
「はあ、なるほど。調査中ではあるが……リエンツでは最近、義賊の活動に共感する者が増えている。その線は否定できない──とのことです」
彼は肩をすくめ、軽い調子で付け加えた。
「あと、『団長の顔が怖い』そうですよ」
「っ!? そ、そそそ……そんなこと言ってない……です……!」
セルジュは顔を赤らめ、慌てて否定する。
青年の名はアラヴィス。
彼とセルジュはともに上級騎士であり、若くして王都騎士団の幹部。
団内の序列はベアトリスよりも下ではあるが、ガーランドの意を汲み現場を取り仕切る、実務家たちである。
「別に、怖がらせているつもりはない」
ガーランドは咳払いし、話を続けた。
「しかし、この盗賊団討伐は“上”からも期待されていた案件だ。
契約労働者の解放などという愚かな真似をする輩を見せしめにし、規律を引き締めねばならん」
アラヴィスが飄々と返す。
「例の外国企業誘致の件ですか。あの人たち、かなり乗り気ですからねえ。
団長としてもヴィエールの提案は渡りに船だったのに……残念なことです」
厳しい視線を向けられても、アラヴィスはひらりと受け流す。
その横で、セルジュはますます縮こまっていた。
ガーランドは小さく息をつき、問いを投げる。
「それで、例のライネルとかいう契約労働者は?」
「……あっ、ええと……ライネル氏本人は……特に動きは……でも」
セルジュの報告に耳を澄ませたアラヴィスが、顔を曇らせる。
「正体不明の監視者が? 我々以外に動いている連中がいるのか」
ホワイト盗賊団がライネル救出に活動を始めているとは、まだ知る由もなかった。
「どう見ます、団長? 適当な理由をつけてライネルを確保することはできますが……背後関係が気になりますね」
ガーランドは頷き、二人に指示を与えた。
「契約労働者の監視の強化だ。必要とあれば身柄を押さえても構わん。
盗賊団については──派兵準備を急げ。王都の世論工作、貴族からの支援取り付け……諸々、準備を進めろ」
それと、と付け加える。
「ブラック冒険者ギルドも使え。当面は奴らで盗賊団を揺さぶる」
セルジュは大きくため息をついた。
「…………あの人たち……苦手……」
──こうして、王都騎士団内にも新たな動きが生まれつつあった。