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第22話 離脱計画

エルンハルト小隊室。


隊長のフレッドは、いつもの穏やかさとは打って変わって、苦笑を浮かべていた。


「……で、何? 騎士団から抜けたいって?

僕の小隊はたしか六人だったと思うけど──そのうち四人も?」


向かい合うアーサーは、まるで悪びれた様子もなく言い放つ。


「だったらお前とリュシアンも抜ければいいんじゃねえの?」


フレッドは、額に手を当てると、深いため息をついた。


「……アーサー。きみは、なんとなくこうなる気がしていたよ。

でも、新兵まで巻き込むのは感心しないな。彼らの未来を考えてくれ」


その言葉に、アーサーは挑発的な視線を向けた。


「巻き込む? あれが巻き込まれるタマかよ。

むしろこっちが、アリサに振り回されてるくらいだっての」


……やはり、アリサか。

フレッドは、妙な納得感を覚えていた。


アーサーには、アーサーなりの思いがあったはずだ。

だが、どこかで一歩を踏み出せずにいた。それはカインも同様だった。


──それが、こうもあっさりと一線を越えるとは。


先日、クラリスが辞職の意思を表明して、騎士団は騒然となっている。

理由はヴィエール家の国境警備の配置変えだが……。おそらくは。


アーサーが、さらに言葉を重ねる。


「それに……未来だと?

あいつらの未来ってなんだよ。

ここで腐った体制と心中するのが、幸せな未来だってのか?」


言葉に詰まる。


──たしかに、あの日。

アリサにこの国の現実を語ったのは、変革へのわずかな期待からだった。

すでに、自分はその流れに加担していたのだ。


今さら、自分だけが埒外(らちがい)に立つ資格など──ない。


アーサーは、そんなフレッドの迷いに気づき、ニヤリと唇を吊り上げた。


「なあ……貴公子くん。はっきりしようじゃないか。

お前も、あいつに──何か、期待してたんだろ?」


一歩、踏み込むように距離を詰める。


「だったら、一緒にやろうじゃないか」


アーサーの声が低く、熱を帯びる。


「俺は、俺の組織を作ってこの国を変えるつもりだ。

アリサには──好きにやらせてやる。どうせ、止めたって聞かねえんだからな」


ふっと笑い、そして真顔に戻る。


「エルンハルトの財力、そして政治基盤……」


鋭く指を差す。


「──そいつを、俺たちに賭けてみるってのは、どうだ?

新しい騎士団を作るんだ。ヴィエールも加われば、ひっくり返せるぜ」


フレッドは、さらりといなそうとする。


「僕は次男だからね。エルンハルトの実権なんて……」


「マルグリット様だ」


アーサーの声が、話を遮るように鋭く割り込んだ。

その眼差しは、真っ直ぐフレッドを射抜いている。


「前・国王妃──今はエルンハルト領で隠遁生活、ってなってるが……違う。

あの人は、五大臣どもの専横を絶対に許していないはずだ」


そして、ニヤリと、最大級の笑みを浮かべた。


「なあ、俺たち友達だよな?

だったらさ──親戚に、ちょっと友達紹介するくらい、できるだろ?」


そこまで計算づくだったのか。

なら、まったくの無策というわけでもない。

ヴィエールまで引き入れているとなると……。


「……それは、考えさせてくれ」


アーサーは肩をすくめて、

「いい返事期待してるぜ」と言い、(きびす)を返す。


フレッドは額に手をやり、再び思案をふける。


***


そして、フレッドはベアトリスへ相談を持ちかけた。


騎士団内部で、腹を割って話せる数少ない相手。

明確に“団長派”ではないと確信できるのは、彼女だけだった。


だが、そこでベアトリスからも思わぬ悩みを聞くことになった。


「……そうですか。ミレーヌさんが」


盗賊団のもとへ……。

話を聞くと、今は凶悪な集団ではないようだが、それにしても行動力がありすぎる。


ベアトリスは、静かに首を振る。


「あの子、やる気があるのはいいのだけれど……それで、アリサさんも?」


フレッドは、苦笑を漏らす。


お互いにふぅと息を吐きながら……ベアトリスは、静かに考える。

──アリサたちの立場は、自分とは異なる。


国王を頂点とする、あるべき王国秩序の回復。

そして、国際社会における地位の確立。


それが、彼女自身の掲げる旗だった。


それでも──


アリサに、希望を見てしまった。


彼女の(ともしび)

それがもし、風に吹き消されるようなことがあれば。この国は、本当に暗黒に沈んでしまう。


……そんな気がしてならなかった。


思いの違いはあれど。 彼女には、彼女の信じた道がある。


たとえ、いつか。

その道が交わらず、刃を交える日が来るとしても──それは、そのときの話。


いまはまだ。

王国を変えようとする“意志”そのものを、止めるべきではない。


ベアトリスは、そう心に決めた。


「事情は分かりました……。

ですが、いきなり四名も退団となれば、フレッドさんの立場も危うくなります。

団長派からの追及も避けられないでしょう」


フレッドも、静かに(うなず)く。

アーサーたちは、そのあたりも覚悟の上だろうが──あの団長を、甘く見すぎている。


反逆者は許さない。

武に訴えることに、あの男は一切の躊躇がない。


そのとき──


「……そこで、提案があります」

ベアトリスの声に、フレッドが顔を上げた。


「“義賊”──ホワイト盗賊団。

その討伐任務という名目で、アリサさんたちをリエンツ方面に派遣するのです。

そして……“そこで消息を絶つ”、というのはどうでしょうか」


唖然とした。

あの高潔なベアトリスから、そんな言葉が出るとは。


だが、盗賊団討伐はむしろガーランドが推進しようとしていたのだ。

確かに、これなら──


ベアトリスは、いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「相手は、凶悪な盗賊団……ということになっていますからね。

少し申し訳ないですが、盗賊の方々には泥を被っていただく、ということで。

アリサさんたちの動きが表に出る前に、ガーランド団長の方は──私たちが、なんとかしましょう」


フレッドは、そっと問い返す。


「“私たち”、ですか……?」


「“私たち”が、です」


静かに、しかしはっきりと。

そう繰り返したベアトリスの声に、迷いはなかった。


フレッドは、わずかに目を伏せ──

そして、小さく息を吐いた。


……仕方ない。


覚悟を決めたフレッドに、ベアトリスの言葉が重なる。


「ヴィエールさんにも、協力していただきましょう。

今の騎士団は、彼女の辞職をなんとしても引き止めようとしています。

そこで、“盗賊団討伐”を留任の条件に出す。

同行者の選抜は一任、口出し無用……団長も、ヴィエール家の武威には弱いですからね」


クラリスの辞意の真意も、ベアトリスには、とうに見抜かれていた。


フレッドは、黙って頷いた。

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