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第21話 王国への帰還

俺たちはふたたびWSO本部を訪れ、エルフの里の精霊との契約申請を済ませたあと、バス停でハルニーアと別れることになった。


ハルニーアは、ぺこりと頭を下げて言う。


「本当に……ありがとうございました。

王国でも、精霊様のこと、よろしくお願いしますね」


それから、リスティアの前に立ち、少し声を落とす。


「リーちゃんも……ありがとう。

あの人たちのことなんだけど……大丈夫、だよね?」


──脅された当人なのに、なお相手を気遣うとは。優しい子だ。


だが、そんなハルニーアの問いかけに、リスティアはケロッとした顔で、あっさり答えた。


「あー、平気平気。あれはね、“警告”ってやつ」


……どう見ても、天誅だったが。


「落ちる前に、自己治癒魔法をかけておいたから大丈夫〜! 完全に再生できちゃうんだから」


大丈夫なわけがない。なぜ少し誇らしげなんだ。


「お母さんだったら、石の中に転送してたよ? 私は優しいからね〜」


──基準がおかしい。


俺はだんだん頭が痛くなってきた。


しかも、ここに来る途中で見かけた無残に崩壊した建物──あれも気になる。

どこまで冗談で、どこからが本気なのか、まったく判別がつかない。


そして、すでにエルフの里には連絡が届いており、今ごろは“救助活動”という名目の山狩りが始まっているはずだ。


──あの美人母に捕まったら、それこそただでは済まないだろう。


このまま遠くへ逃げて、二度と戻ってこないことを祈るばかりだ。

俺は、彼らの無事を──心の中で、そっと願った。


ハルニーアは、少し引きつった笑みを浮かべながら、最後に俺たちへ一礼すると、静かにバスへと乗り込む。


名残惜しげに車窓から手を振る彼女に、リスティアは両手をぶんぶんと元気に振って応えた。


ガタガタと音を立てながら、バスはゆっくりと遠ざかっていく。


見送りが終わると、俺たちも帰路へと歩き出した。


***


帰りの列車のボックス席で、俺はふと思い立って正面のミレーヌに話を振った。


「なあ、戻ったら──改革とやら、始めるのか?」


ミレーヌは窓の外に視線を向けたまま、小さくうなずく。


「ええ……。でも、まずはアイツをなんとかしないと、難しいでしょうね」


──ガーランド。


名前は聞き覚えがあった。ゲーム本編でも一応は登場していたが、端役のモブに毛が生えたような存在だった。

それが今では、ヴァルトと組んで王国の体制側に立っている、か。


思い返せば、最初のレオン戦で聖剣を持ち出したのも──あれは、やつの仕業だろうな。


俺がそのことを口にすると、ミレーヌが考え込む。


──おや、食いついたか。


なんにせよ、改革の糸口になるかもしれない。情報は多いに越したことはない。


しばらく沈黙が流れた後、ミレーヌはゆっくりと俺の方へ顔を向けた。


その視線は確信に満ちていた。


「あなた……やっぱり、ただの盗賊じゃないわね」


魔族に、エルフ。

さらにはWSOまで巻き込み──王国の産業復興。


「本気なのは、この旅でよくわかったわ」


その言葉には、信頼が宿っていた。


討伐ルート──少なくとも、騎士団からのそれは、もう確率が低いと思う。

だが、こうして理解者が一人でもいてくれるのは、素直にありがたかった。


そう、少しだけ気を緩めたそのときだった。


ミレーヌはすっと背筋を伸ばし、妙に堂々とした口調で言い放つ。


「そういうわけで──あなたたちも、ベアトリス様に尽くすことを“私が許可”するわ」


……はあ?


一瞬、思考がフリーズする。


何を言っているんだこいつは──と目を点にしている俺をよそに、ミレーヌはさらなる電波を発信し始めた。


「ベアトリス様は、いずれ王国の頂点に立たれる方。間違いなく、歴史に名を刻む存在よ。

その力になれるなんて──これ以上の光栄がある?」


気づけば、現国王がいないことになっていた。


そして、彼女の目には興奮と熱狂が渦巻いている。


──乙女ゲームにあるまじき危険思想。

やっぱり、こいつはこういうやつだ。


しかし、俺には俺の筋がある。付き合う義理はなかった。


「いや、その……俺はアリサをだな──」


言いかけた、その瞬間。

それまでの雰囲気から一転、ミレーヌの瞳が黒目だけに変わり、その顔に暗い陰がさす。


咄嗟(とっさ)に、俺は言葉を飲み込む。


……これはまずい。

86の刺殺エンドが、脳裏をよぎった。


完全にヘビに睨まれたカエル状態。

だが、そんな空気を読んだのか、隣の席のゼファスがさりげなく口を開く。


「ベアトリス卿のことは存じているよ。精霊の間でも、なかなかの有名人だからな。

なあ同志よ、協力関係を築くのは悪くないのでは。

──ただし、我々は民間組織。上下関係はご容赦願いたいがね」


そのひと言に、ミレーヌの表情がぱあっと明るくなる。


「もちろんよ! わかってる、そういうのって大事よね!」


──さっきの“尽くすことを許す”発言は、完全になかったことになっている。調子のいいやつだ。


だが次の瞬間、ミレーヌの目がじっと俺を見据える。


「でも、なんでそこまでアリサにこだわるの?

あなたたち、関係があるようには見えないけど」


……もっともな疑問だ。だが、それに答えるわけにはいかない。


「それは……言えない。

ただひとつだけ言えるのは──そちらに協力することは構わない。でも、それでも俺はアリサの味方だ」


言外に「これ以上は踏み込まないでくれ」と滲ませながらも、目は合わせられなかった。怖いし。


ミレーヌは、面白くなさそうな顔をしたが──


「……まあ、いいわ」と、あっさりと折れた。


──助かった。


しかし、ものはついでだ。ここでアリサのことを聞いておきたかった。


「なあ。アリサの方は、この先どうするつもりなんだ?」


ミレーヌは、ふいっと視線を逸らし、車窓の外を見つめる。


「さあ……。何も考えてないみたいだったけど」


わざとなのか、ほんとうに知らないのか。 その声音(こわね)は、どこか引っかかるものがあった。


だが次の瞬間、彼女はくるりとこちらを振り向き、にこりと笑う。


「でも──そんなに気になるなら、これからも動きを教えてあげてもいいわよ?」


そして、意味深に口角を上げる。


「だから……いろいろ協力しましょう?」


その目には、駆け引きの光が宿っていた。


続けてミレーヌは、隣の席で口を開けて眠っているリスティアに熱い眼差しを向けた。


「精霊契約……実際に見るのは初めてだったけど、素晴らしい魔法だわ。

それに、あなたが話してくれたゴーレムとかいう魔導ギア。(にわか)には信じがたいけど……。嘘じゃないってことは分かる」


低い笑い声に、隠しきれない下心が漏れる。

──利用する気、満々だな。


……正直、こいつの狂気には不安しかない。

だが、ベアトリスへの忠誠だけは本物だ。


今の体制に風穴を開けるというのなら、協力を断る理由はない。


とはいえ。


ベアトリス本人の知らぬところで、WSOでは勝手に“名代”を名乗り、そのうえ盗賊団と手を結ぶとは。


あの、お姉様騎士の苦労が、しみじみと偲ばれた。


***


──王都騎士団、執務棟。ベアトリスの執務室。


静かな午後。カーテン越しに揺れる陽光の中、セリーナは額に手を当て、小さくため息をついた。


「……今日も、ミレーヌからの連絡はありません」


淡々とした報告。しかし、その声には、微かに怒気が滲んでいる。


対するベアトリスは、苦笑を浮かべていた。


「レイラさんが“心配いらない”って言ってたから……信じてあげましょう。ね?」


盗賊団のボスが外国へ行という話を聞いて、無理に同行を希望したのは彼女自身だという。


細かい報告はミレーヌから。

短い手紙を残して、レイラは潜伏していた。


あの吹っ切れたミレーヌなら、外国と聞けば後先考えずに行動するであろうことは容易に想像できた。


セリーナはもう一度、深く息を吐く。


「……あの子。導いてほしいって、あんなふうに言っておきながら、結局は勝手に突っ走って」


呆れと心配が、綯い交ぜになった声音だった。


そこへ、リュシアンが口を開く。


「セリーナさんの気持ちは分かりますけど……

あの行動力は、きっとこれからの力になりますよ」


(たぶん……)

心の中でそっと付け加えながら、なんとかフォローを試みる。


正直、ここまで自由奔放な性格だとは思っていなかった。

ずっと、“模範的な先輩騎士”だとばかり──そう思っていたのだが。


リュシアンも、ミレーヌには苦笑するしかなかった。


どうしてリュシアンがここにいるのか。

それは──教練の補助が足りなくなったからだ。


ミレーヌの不在で助手が一人減り、その穴埋めとして、声がかかったのだった。

もちろん、フレッドの許可はきちんと得ている。


そうして自然と、ベアトリス──そしてセリーナと過ごす時間が増えていった。


気づけば、その穏やかな空気に、居心地のよさすら感じるようになっていた。


ベアトリスの博識さに触れるたび、感嘆の念を覚える。


けれど、それ以上に──

本を愛するセリーナとの時間が、何よりも楽しかった。


同じ本を読み、互いの感想を語り合う。

それだけで、不思議と心がほどけていく。


気づけば、話は尽きることなく続いていた。


アリサたち小隊の仲間と過ごす時間とはまるで違う。

けれど、リュシアンにとっては、どちらもかけがえのないものになっていた。


──そして、彼の静かな日常の裏側で。

事態は、思いもよらぬ方向へと、ゆっくり動き出していた。

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