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第11話 姉弟の絆

王都周辺の村の視察から数日。

あの日以来、アリサはリュシアンとの距離が少し縮まった気がしていた。


気づけば、一緒に行動することが前よりも増えていた。

そして──時々、ふいにリュシアンの視線が絡む気がする。

そのたびに、胸の奥がほんのりくすぐったくなった。


でも、それをまっすぐ見つめ返す勇気は、まだ──なかった。


***


今日は、小隊の中で連携を主目的とした訓練だった。


「クラリス教官に比べれば、天国だよなあ」

訓練前、ロイはそんなことを(うそぶ)いていた。


だが──現実は甘くなかった。


アーサーやカインの俊敏な足さばき、鋭い剣の打ち込みに、ロイはまったくついていけず。

連携以前に、次々と打ち()えられる羽目になった。


──もちろん、それはアリサも同じだったのだが。


意外だったのは、リュシアンだ。

あの細い体のどこにそんな力が? と目を疑うほどの脚力で駆け、剣をしなやかにいなし、風魔法で巧みに相手の足元をすくう──目を引く活躍を見せた。


見物していた女性たちの間から、ぱっと黄色い声援が飛ぶ。


それはもちろん、アーサーやカインにも向けられていた。

だが──リュシアンへの声援は、講師や職員といった“かなり年上”の女性たちから寄せられる比率が、やたらと高いように見える。


ロイは、ちぇーっと()ねた素振りを見せたが、同期からは案外と男女問わず人気があるのだった。


アリサは自分が注目されているわけでもないのに、なぜか少し気恥ずかしく──けれど、嬉しかった。


***


小隊の訓練が終わり、道具の片付け。

アリサとリュシアンの担当だった。


アリサは木剣を壁に立てかけながら、カタンと小さな音を立てる。

そして、リュシアンに声をかけた。


「さっきの、すごかったね。びっくりしちゃった。魔法だけじゃなくて、剣もできるなんて」


リュシアンは、照れた笑いを浮かべた。


「そんな……アーサーさんやカインさんに比べたら。クラリス教官にはずっと怒られてたし」


そう言って、頭をかく。


(……そういえば、あの教官の訓練を、乗り越えてきたんだ──)


アリサはいまさらながら、リュシアンの底知れなさを思い知った。

小柄な身体の、どこにそんな芯が隠れているのだろう。


アリサの思いの一方で、リュシアンは別のことを考えていた。


──あの、不思議な感覚……精霊のざわめき。

そして、アリサを見ていると、自分が騎士を目指したきっかけを、どうしても思い出してしまう。


「姉さん……」


ぽつりと、思わず言葉がこぼれた。

リュシアンは我に返り、慌てたように口を閉じる。


アリサは黙々と作業を続けていたが、ふと何かが聞こえた気がして「ん?」と振り返る。


「あ、いや、何も……」


リュシアンは慌てて手を振った。

しかし、思い直したようにアリサの目を見つめる……。

何か重大なことを決めたかのように。


「アリサさん……ちょっといいかな」


いつもとは様子の違うリュシアンを見て、アリサは少し戸惑ったが、すぐに笑顔を浮かべ、こくりと(うなず)いた。


***


「──お姉さん?」

アリサがリュシアンの言葉を繰り返す。


石造りのベンチにふたり並んで腰掛けていた。


他には誰もいない。

柔らかな遅い午後の日差しが、すべてを輝きに包み込んでいた。


リュシアンはアリサに姉の話を始めていたのだ。


「うん、子供の頃の話なんだけど。少し年の離れた姉さんがいたんだ」


リュシアンは、ぽつり、ほつりと続けた。


「僕たちはいつもふたりで、なにをするにも一緒で……。姉さん、イタズラや剣術ごっことか大好きで、男の子みたいでさ。いつも明るくて……」


──似ているんだ。


「騎士の話が大好きで、ふたりでいつか王都に行こうねって。制服きっと似合うとか、悪い人をやっつけるんだとか……ほんと、夢みたいなことばかり話してた」


伏せた目に映るのは……遠い日の記憶。

両親はいつも忙しく、気弱なリュシアンには友達と呼べる相手もいなかった。

姉だけが、世界と自分をつなぐ存在だった。


騎士にだって──ふたり一緒なら、きっとなれる。

……そう、信じて疑わなかった。


不意に、リュシアンは黙り込む。

それまでアリサは静かに聞いていたが、「お姉さん、今は?」と、そっと問いかけた。


リュシアンは、小さく首を振った。


「五年前……村が魔獣被害にあって。そのとき、姉さんとふたりで隠れてたんだ」


「騎士団なんて来てくれるような村じゃなくて。冒険者とか、そういう人たちに依頼しなくちゃならないんだけど……みんな、そんな余裕なんてなくて」


陽に照らされているのに、濃い(かげ)を感じさせる表情だった。


「姉さんは、僕を逃がすために……私は騎士だから、守るんだって……」


それ以上の言葉は続かなかった。


アリサは、そっとリュシアンの柔らかな銀の髪に触れた。

少し震えているようだったが、それはすぐにおさまり、落ち着いた表情に戻った。


リュシアンは顔を上げてアリサに向き直る。


「ごめん、アリサさん。いきなりこんな話しても困るよね」


アリサは「ううん」と優しく微笑(ほほえ)む。

その顔に、リュシアンの胸の奥が締め付けられた。


(……話すつもりなんてなかったのに)


でも、知って欲しいと思った。

姉が生きた証……騎士への憧れを託したくなったのだ。

アリサの中で生き続けてくれるかもしれない。

そんな思いがしていた。


そして、リュシアンは、努めて明るい声で言った。


「騎士になんてなれるなんて思っていなかったんだ。うちは貴族でもないしね。ほんとに、軽い気持ちで村長さんに言ったら魔法適性試験を受けてみなさいって」


嘘だ。軽い気持ちなどではなかった。

リュシアンの家は貧しく、騎士になんて……それでも姉との約束を忘れられなかった。


「試験を受けてみたら、試験官の人びっくり。騎士団に推薦してもらえてさ。本当に夢かと思った……ううん、いまでも夢の中にいるみたいなんだ」


アリサは、うんうん、とリュシアンの話を嬉しそうに聞いている。


「フレッドさんもカインさんも優しくて。アーサーさんは、最初ちょっと怖いなと思ったけど、いろいろ面倒みてくれて、頼れる兄さんって感じで……訓練は厳しかったけど、投げ出さなかったのは皆がいてくれたから」


リュシアンの目はだんだんと過去から戻ってきていた。


「騎士団に入って毎日楽しくて」


でも、姉さんがいてくれたら、もっと……それは口には出せない思いだった。

もう叶わない、過去に消えた幻だった。


──でも、出会ったんだ。


リュシアンは、アリサの目を静かに見つめた。

同じ目をしている、そう思った。


「アリサさんを見てると……姉さんに似てるなって思うんだ。優しくて、まっすぐで、正義感が強くて……ちょっと抜けてるところも」


アリサは、リュシアンの瞳に言いようのない感情を見て取った。

(そっか……強いと思っていたけど。……寂しかったんだね)


アリサはわざとおどけて言った。


「ちょっと! 抜けてるって失礼でしょ!」


リュシアンは笑いながら、「ごめんなさい。褒めてるんだよ、ちゃんと!」と肩をすくめる。


ふたりは顔を見合わせて、笑い合う。


ふと、アリサの口から言葉がこぼれた。


「じゃあ、お姉さんとして頑張っちゃおうかな」


リュシアンが小さく息を呑み、目を見開く。

瞳が揺れていた。


そして、静かに(うなず)くと、彼は右腕を見た。

木の実で作られた腕輪がふたつ。


そのうちのひとつを外すと、リュシアンはおずおずとアリサに向き直った。


「これ、僕と姉さんで作ってひとつずつ持ってたんだ。魔獣から逃がしてくれたとき、姉さん自分のを僕に渡して……忘れないでね、って。笑顔で……」


差し出す手が震えていた。

けれど、それでも──差し出さずにはいられなかった。


「アリサさんに、代わりに持っていて欲しいんだけど……迷惑かな?」


アリサは、そっと手を伸ばした。


小さな木の実を編み込んだ、素朴な腕輪。

そのぬくもりと、込められた想いが指先に触れた。


「可愛いね、これ。大切にするから」


そっと右腕に着けると、リュシアンの心が伝わってくる気がした。


腕輪を撫でながら微笑(ほほえ)むアリサの横顔を見て、リュシアンは胸の奥の(ともしび)が大きくなった気がしていた。


***


──そのころ。


俺は荷車に山と積まれた物資を点検していた。

よくもまあ、これだけ略奪したものだ。


俺は村に略奪品を返還すると宣言した。


幹部たちの説得には成功したものの、団員たちの間にはやはり不満を覚えるものもいたようだ。

それは仕方がない。


しかし、ヴィオラの一言で全員黙った。


女王の威厳。誰も逆らえない雰囲気がそこにあった。

いや、逆らうどころかヴィオラに心酔しているような……しっかり調教済みというわけだ。


なんにせよ、無用ないざこざを避けられたのはありがたい。


「よし、破滅エンド回避も順調だな」


俺は晴れやかな未来を感じていた。

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