第17話 黒い脅威
「王国内……ブラック冒険者ギルドですか。
その組織については、WSOにもほとんど情報がありませんね。なるほど、うまい隠れ蓑だ」
アレクシスは腕を組み、思案に沈んでいた。
すると、ミレーヌがふたたび発言を求めた。
「……あの、WSOには“中位以上”の精霊が加盟しているって、お話でしたよね?
未加盟の精霊は、その“黒い精霊”以外にもいますか?」
アレクシスは、こくりと頷く。
「現在、未加盟は全世界で七体──
極めて稀ですが、存在は確認されています」
「七体……」
その言葉を繰り返し、ミレーヌは小さく頷いた。
そして、核心へと踏み込んでいく。
「契約労働者の“魔力印”……レイラさんの見立てでは、中位以上の精霊が関与している可能性もあると。
未加盟の精霊が王国内にもう一体以上いるとは考えづらい。
とすれば、やはりまず疑うべきは“黒い精霊”──ですよね?」
──理にかなっている。
もし、ブラック冒険者ギルドと“黒い精霊”が繋がっているのなら、なおさらだ。
そのとき、水晶球がふたたび光を放った。
リスティアが「ふんふん」と耳を傾けたかと思うと、急ににっこりと笑う。
「その黒い精霊を捕縛できるなら、一回だけ“あれ”撃っていいって! タダで!!」
ゼファスの眼鏡がきらりと光る。
クイッとフレームを押し上げ、低く呟いた。
「……“あれ”か」
また妙な伏線を張ろうとしている。
「……“あれ”って、何だよ」
思わずツッコむと、リスティアは得意げに胸を張った。
「極大精霊魔法!
上位精霊の力を直接召喚できるの! まだ撃ったことないんだよね〜」
そう言って、手にした杖を軽く振ってみせた。
……そいつは、なかなかロマンがある。
どれほどの威力か、楽しみだ。
その様子を見ていたミレーヌが、すっと表情を引き締める。
「ブラック冒険者ギルドですが──
あれは王都騎士団の管轄外。すぐに手を出せる相手ではありません。
ですがこの情報は、しかるべき形で持ち帰ります。いずれ正式に捜査に入れるよう、進言します」
──それは頼もしい言葉だ。
だが、同時に懸念も湧いてくる。
相手は魔導ギアを使っている。
中途半端な介入は、犠牲を増やすだけだろう。
「……仕方ない」
俺は小さく息を吐き、視線を巡らせながら言った。
「その連中には、こっちにも因縁がある。
ブラック冒険者ギルドの件は、俺たちに任せてくれ。
その代わり──王都の上層部は、そっちでなんとかしてくれ。
あそこは、俺たちの手が届かないからな」
ミレーヌはほんの少しだけ微笑み──すぐに頷いた。
「では、お願いします」
……即答。
やっぱり、狙っていたか。
最初から、こっちに押しつける気だったんだろう。
リスティアがいれば何とかなる──
そう踏んだ上で、得体の知れない連中の相手を、迷いなく丸投げしてきやがった。
感情の振れ幅は大きいが、その内側には冷徹な計算高さを隠している。
さすが、“裏ボス”とまで呼ばれた女だ。
少し面白くはなかったが、彼女のおかげで話がまとまったのは事実だ。
俺は気を取り直して、アレクシスに尋ねた。
「その……“黒い精霊”ってのは、一体どんなやつなんです?」
これから対峙するかもしれない相手だ。
できれば、事前に知っておきたかった。
アレクシスは、ちらりとリスティアの方を見る。
「特性をご存じない? 二種教本の“対・危険精霊取扱編”に記載されているはずですが……」
リスティアの顔に、みるみる冷や汗が浮かぶ。
「えっ? いや、だって、それ……ずいぶん昔だし。私のときは改訂三版だったから、ほら」
アレクシスは、無言の圧とともにため息をついた。
「……初版から現在まで載っています」
リスティアはゴニョゴニョと小声で言い訳していたが、俺の耳ははっきりと「だって、ヤマが当たったから……」という声を捉えていた。
アレクシスは小さくため息をついたが、切り替えたらしく、話を続ける。
「契約術師以外の方もおられますし。あらためて、説明しましょう」
アレクシスは、俺たちに向き直り、静かに語り出した。
それによれば──
“黒い精霊”は、現在こそ中位に分類されているが、もともとは上位精霊だったという。
人間の精神エネルギー──つまり記憶や感情などを“供物”として力を蓄える精霊。
古代、とある国家では、この精霊と契約した戦士たちが精神を捧げ、超常の力を得ていたらしい。
その力で周辺諸国を侵略し、版図を広げた──
なんとも物騒な話だった。
当然ながら、そのような精霊エネルギーの利用法は他の精霊たちからも問題視され、やがてWSO──世界精霊機構が設立されるきっかけの一つとなった。
WSOは黒い精霊に節度あるエネルギー運用を求めたが、交渉は決裂。
やつはそのまま地下へと潜伏した、という。
「そして黒い精霊は、かつて一度──大規模災害を引き起こしています。
……ですよね、特級ライセンス保持者のリスティアさん?」
アレクシスが探るような笑みで話を振る。
これは疑ってるな。無理もない。
だが、リスティアは動じなかった。
むしろ、こちらが驚くほど、淀みない口調で即答する。
「……都市、セレンシアの事件ですよね」
アレクシスは、わずかに目を見開いた。
だがすぐに、満足そうに頷いた。
セレンシア──
それは『銀翼のシャリオ』の期間限定イベント、エステルの物語の舞台となった街だ。
リスティアが知っていたのは、あの遺跡でエステルの記憶を垣間見たからにほかならない。
だが、彼女はしゃあしゃあと、何食わぬ顔で答えていた。
アレクシスは説明を続ける。
「黒い精霊は、精霊共鳴の力で都市に住む人々の“負の感情”を刺激し、争いを引き起こすことで“供物”を得ようと目論んだようです。
WSOが事態に気づいたときには、すでに手のつけられない惨状でした……」
彼は静かに目を閉じた。
「一時は黒い精霊本体の拘束に成功しましたが──
やつは力の大部分を切り離して逃走。
WSOはやむなく、都市ごとその“力”を封印する判断を下したのです」
……ちょっと待て。
その封印された力って──
まさか、あの遺跡の中に? 俺たちが侵入した?
俺は、ぞくりと背筋が冷たくなるのを感じた。
思わず、リスティアの方を盗み見る。
案の定、彼女のこめかみには冷や汗が伝っていた。
いや、しかし──
あの都市の門を開ける合言葉は、俺と遺跡探索メンバーしか知らない。
帰還時はしっかり閉まっていたはずだ。
俺は戸締まりにはうるさい男。見逃すはずはない。
……なので、バックレていれば大丈夫だ。おそらく。
俺とリスティアとゼファスは、そっと目を伏せた。
しかし──
力を失ってもなお、中位精霊並み。
とんでもないやつを相手にしようとしているのかもしれない。
アレクシスは、助言を添えるように言った。
「極大精霊魔法があるとはいえ、対峙はお勧めできませんね……。
耐精神魔法は有効と思われますが、いずれにせよ、所在を掴んだ際には通報をお願いします」
──そうだな。
ここは、WSOの上位精霊に任せるのが現実的だ。
人間の手に負えるような相手では、到底なさそうだ。
こうして、会談は静かに幕を下ろした。