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第16話 上位精霊との交信

俺たちは、事務局長との面談のため、二階の会議室へと通された。


色の褪せたリノリウムの床。長机に、ギシギシと軋むパイプ椅子。

世界的な組織の本部にしては、なんというか……予算が足りていないのかもしれない。


とはいえ、設備こそ古びているが、勤務は9時から17時。残業も異動もなし。

定年まで勤め上げれば退職金も出るそうで、地元に腰を据えたいエルフたちにとっては、就職先としてなかなかの人気らしい。


──そんな話を、以前リスティアがしていた。

やはり、どこの世界でも「安定」は魅力なのだろう。


ちなみに──

エルフ国に最初のWSOの人間組織が設けられたことが、本部誕生のきっかけだったらしい。

現在では、加盟各国にもそれぞれ局長級の役職が置かれているという。


とはいえ、最終的な意思決定はあくまで精霊たちによって行われる。

そのため、人間側にとっては「本部がどうこう」といった序列は、さほど重要ではないようだ。


***


そうこうしているうちに現れた事務局長は、エルフの男性だった。


まずは簡単な自己紹介。とはいえ、先方はすでにこちらの素性を把握していた。


ミレーヌについても、急遽の同行だったが「王都騎士団所属」という肩書きにはとくに言及なし。

そのあたりは懐が深いのか、あるいは静かな警戒か……わからないが、面倒なしは助かる。


こうして、事務局長──アレクシスとの会談は始まった。


ゼファスが、今回の訪問の目的をあらためて告げる。


「……我々の目的は、あくまでもビジネス活動であり、王国の内政そのものに関与する意図はありません。

しかし──その王国が国際的な信頼を回復し、周辺諸国と健全な関係を築くことには、WSOにとっても、明確な利益があるはずです。」


アレクシスは静かに頷いたものの、その返答はやや慎重だった。


「仰りたいことは、理解できます。ですが──王国政府は我々との対話の窓口を設けていません。

そして、あなた方は王国の代表者ではない。

とはいえ、リスティア氏が自らお越しになった以上、無碍(むげ)にするわけにもいかず……この場を設けさせていただきました」


そう言って、軽くため息をついた。


なるほど。

リスティアの顔を立てて会談をセッティングしたが、何らかの進展は期待していない。

そんな顔をしていた。


だが、こちらとしては手ぶらで帰るわけにはいかないのだ。


俺は、口を開いた。


「あの……王国は、封建貴族に強い自治権を与えています。

正直なところ、全体の総意を得るのは難しい。けれど、一部から変えていくという手はあるはずです。

実際、弊社に協力的な貴族領主が一人おり、WSOの査察を受け入れる意向をすでに示しています。

そしていずれは、その姿勢を他の領にも波及させていくつもりです」


その言葉に、アレクシスがわずかに反応した。


「……査察を受け入れる、ということは。あの問題についての調査も、含まれると?」


すかさず、強い口調で答える。


「もちろん。契約労働者の件も」


少なくとも、エドワルドの領地については問題ない。

その自信はあった。


俺の言葉に、アレクシスは顎に手をあてて考え込む。


……いけそうかな?


そう思った、まさにそのとき。


ミレーヌが、スッと挙手した。


俺は焦った。

こいつは何を言い出すかわからない。

腐敗の粛清だとか、そんな危険ワードが飛び出したら、収拾がつかなくなる。


どうやって黙らせようか──

そんな思案を巡らせる間に、アレクシスが「どうぞ」と発言を促した。


そして、小さく(うなず)くミレーヌ。


その目には、見覚えがあった。


──アリサに刃を向けたときの。覚悟を決めた、あの目だ。


俺は、ごくりと喉を鳴らした。


***


ミレーヌは、発言を許可されると──静かに口を開いた。


「契約労働者の件ですが……

私どもでも、国際精霊・人権機構のレイラ・セフィアさんに協力し、調査を進めています。

王国の暗部を晒すのは、痛みを伴います。ですが──これを避けて通ることはできないと、私たちは覚悟しています」


……まともだ。

思わず、少しだけ胸をなでおろす。


話は続く。


「そして、近い将来には政府として公式な対話の窓口を設ける。──それを、まずひとつの目標としています。

それまでは、各封建貴族が独自に正常化を果たしていく。

それも、現実的な一手ではないかと、そう考えています」


……なんだろう、この雰囲気。

これまでの過激な活動家とは一転、冷静すぎて逆に怖い。


ミレーヌは、凛とした声で言い切った。


「これは、王都騎士団──

ベアトリス=ヴァン=リリエンフェルト=シュトラールの名代として、お伝えしていることです。

彼女は──必ず、実現します」


いつから“名代”になったのかは知らないが……その口調は、堂々たるものだった。


その名が出た瞬間、アレクシスがふっと眉を動かす。


「王国の……ベアトリス卿。なるほど。

精霊のまなざしを受けていた彼女なら……そして、あなた方はその意を汲んでここに来られたと。

それならそうと、最初からそう仰っていただければよかった」


……いや、違うんだけど。


この豹変ぶりと、妙な肝の据わり方。

やはり、恐ろしいやつだ。


だが──どうやら、ミレーヌの言葉には何かしらの効果があったようだ。


アレクシスはしばし思案の末、机上のインターフォンにそっと手を伸ばす。

呼び出しから間もなく、職員と思しき男性が無言で現れ、ずしりと重そうな水晶球を机上に置いて退室していった。


「こちらは、WSO理事である“上位精霊”との交信装置です」


その説明を聞いたリスティアが、ぱっと顔を輝かせる。

そして、迷いなく水晶球に向かって話しかけた。


「お久しぶり〜! 納涼祭ぶりかな? 元気にしてた〜?」


水晶球が、淡く光を放ち、リズムよく点滅を繰り返す。


うんうん、と楽しげに頷くリスティア。

……だが、彼女の反応以外、交信の内容を理解できる要素は皆無だった。


隣では、ミレーヌが不思議そうに口を開けて見ている。


そこに、ゼファスが小声で耳打ちしてきた。


「あれは、“1種ライセンス”以上の資格を持つ者でないと、交信内容を解読できないのだ。私にもわからん」


そんな中、アレクシスも水晶に向かって抑えた声で何事かを語りかける。

数度、光がふわりと点滅した。


「……了解しました。では、監査を行う方向で」


詳細はさっぱり分からなかったが──

どうやら、話は通ったらしい。


重要事項の意思決定は精霊が行う。

それが、WSOにおける絶対のルールだ。


こうして、エドワルドが治めるエルンハルト領における労働環境の調査について、監査受け入れが正式に決定された。

現地調査は、すでに王国に潜伏しているレイラが担当することになる。


調査が完了すれば、領内で産出される資源や農産品は「安心・安全」としてWSO加盟各所に通達されることになる。


もともと、貿易そのものは禁止されていない。

だが、“お墨付き”の有無で、商流や価格は天と地ほどの差がある。


……もっとも、王国側の国境検閲はいまだに厳重を極めており、輸出には別の課題が残されているのだが。


そして──本命。

制裁の解除。


すなわち、王国領内の工房で生産された魔導ギアへの精霊エネルギー供給と、技術認証を認めるかどうか。


リスティアが、水晶球の点滅に応じて口を開く。


「QC工程表? よく分かんないけど、たぶん、あるんじゃないかな〜」


……って、なんか赤く光ってるけど、大丈夫かそれ?


すかさずゼファスがリスティアの袖を引き、ふたりして水晶球に背を向けると、ボソボソと何やら相談を始めた。


そして、くるりと振り向いたリスティアが慌てて訂正する。


「だ、大丈夫! 教育記録も、検査ログも、きちんと揃ってるから!!」


──今度は、水晶が淡い光に変わった。


どうやら、了承されたらしい。


ただし、レイラとは別に技術的な監査が必要とのことで、WSOから技官が派遣されるという。

さらに、魔導ギア関連の人材に対して、就業支援のプログラムも提供してくれるそうだ。


「新天地で一旗上げたい」──そんな希望者がいるなら、願ってもない話だ。


リスティアの友達の上位精霊は、なかなか話の分かるやつだった。


これが、王国の魔導ギア産業復興の足がかりとなるなら──

そのせいか、ミレーヌの目が、どこか潤んでいるように見えた。


そして、話題はあの“黒い精霊”へと移っていく──。

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