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第15話 WSO本部

レイラは、ミレーヌを残して王都へ帰った。

あの爆弾を俺に押し付けることができて、どこか安堵しているようにも見えたな……くそ。


そして、その当の本人はというと──

団員たちとすぐに打ち解け、砦の中央で堂々と熱弁を振るっていた。


「それで、この国の腐った連中を粛清するのよ!

私と──ベアトリス様の手で!」


その言葉に、和尚が神妙に頷き、モヒカンが満面の笑みで同調する。

……頼むから、調子づかせるのはやめてくれ。


なんとも物騒なやつだ。

ゲームの裏ルートで見せたあの性格とは、また別の意味でアブない。


まさか、アリサまでこんな革命キャラになっていないよな……?


俺は、とてつもない不安に襲われた。


──だが、まあ。

出発は明日だ。とっとと目的を果たして、ベアトリスに引き取って欲しい。


今回のメンバーは、俺とゼファス、リスティア。

そして、新たに加わったミレーヌ。


ゲームの配役で言えば──

盗賊団首領と、魔王軍幹部と、王国騎士。

……どう考えても、まともな旅の組み合わせじゃない。


けれどミレーヌは、ゼファスたちが魔族だと知っても、まったく動じた様子を見せなかった。

むしろ楽しげに、あれこれと興味深そうに話している。


外国の知識はそれなりに持っているようで、どうやら“魔族は悪”という王国のプロパガンダからは、すでに抜け出しているらしい。


……頭は、良いんだよな。

いろいろと、惜しいやつだ。


***


エルフ国までは、片道およそ二日の道のりだった。


ドワーフ商工会の馬車で国境を越えたあとは、鉄道のような高速移動用魔導ギアを利用できたため、距離のわりには、時間はそうかからなかった。


車窓を流れる景色を眺めながら、ミレーヌが感嘆の声を漏らす。

……まるで、ティナの反応を見ているようだ。


俺やゼファスたちにとっては、もはや見慣れたものだ。

だが、中世風の王国から来た彼女にとっては、産業革命すら飛び越えた文明との初接触。

驚くのも、無理はなかった。


これまで、王国の魔導ギア産業が衰退しているという話にも、どこか実感がなかったようだが──

ようやく、世界に触れ、理解できたのだろう。


「こんな世界があるなんて……」


ミレーヌは、それ以上の言葉を見つけられなかった。


無理もない。

黒船どころのカルチャーショックではない。

まさに、世界がひっくり返る瞬間だ。


だが──こうして、理解者がひとりでも増えたのなら。

彼女をこの旅に同行させた意味も、きっとあったはずだ。


俺は、リスティアに車内販売のアイスクリームをねだられながら、そんなことを思っていた。


***


WSO(世界精霊機関)は、その成り立ちからして、あくまでも精霊が主役の組織だ。


精霊エネルギーを使うには、「精霊の声」を聞き取り、その意を汲み取ったうえで、実務をこなす人間側のサポートが必要になる。

そのため、世界各地には申請窓口や教育機関、調査部門など、さまざまな機能をもつ拠点が設けられている。


とはいえ──たとえ“本部”といえど、人間の組織に大きな権限があるわけではない。


……まあ、それが理由というわけでもないのだろうが。


WSO本部の建物は、俺の想像よりもずっと控えめな造りだった。

地上数十階はあるような立派なビルを思い描いていたぶん、目の前のこぢんまりした二階建ての建物を見て、「役場かな?」と、少し拍子抜けしてしまった。


ゼファスの説明によれば──

中位から上位の精霊たちは、ふだん“精霊界”と呼ばれる次元に存在しており、こちらの世界とのあいだに物理的な距離は存在しないという。

だからこそ、一か所に巨大な本部を構えるよりも、分散し、常に現地の人間と連絡が取れる体制の方が効率的なのだとか。


本部の中に入ると、窓口が並び、発券用の魔導ギアで整理券を受け取る──

どこかで見たような、そんな光景だった。


俺は椅子に腰を下ろし、呼び出しを待ちながら、館内の様子に目を向ける。


窓口の奥にはデスクが並び、腕カバーをつけたエルフの職員たちが、黙々と書類を作成していた。

……なかなかに、シュールだ。


なんというか。

古き良き“お役所”の空気が、そこには漂っていた。


正直、これなら魔王カンパニーのほうが、よっぽど先進的だ。


そうこうしているうちに、俺たちの順番が来て、窓口へと向かう。

まずは、精霊炉にエネルギーを提供してくれる中位精霊の登録申請だ。


応対してくれた職員は、提出した申請用紙をまじまじと見つめる。


「はあ……ホワイトシーフ商会。法人登録は……王国?」


いきなり怪訝そうな顔をされた。

まあ、無理もない。WSO制裁国からの申請なのだから。


とはいえ、ドワーフ商工会系列と分かると、どうにか納得したようだった。


「それで、精霊との労働条件の取り決めは──」


職員が言い終える前に、ゼファスが眼鏡をクイッと押し上げ、マシンガントークを開始する。


「はい、業務は9時から17時。昼休憩1時間。残業は月20時間以内。週休2日制で、王国の祝日はすべて休日。有供物休暇は年間20日。精霊界からの転移費用も、こちらで全額負担いたします」


一息つく間もなく、さらに続けた。


「炉自体はやや旧式ですが、炉室には空調・静音・浄化フィルター完備。

契約初日にはオリエンテーションを実施し、月1回の産業医面談、年1回の健康診断もございます──」


……途中から、なんだか内容が怪しくなってきた気もするが、職員は「ほう……」と感心したように(うなず)いていた。

まあ、大丈夫なんだろう。


リスティアは終始ニコニコと微笑んでいたが、ミレーヌはポカンとした顔で固まっていた。

乙女ゲームのライバル令嬢にして、いまや革命の騎士。

──それと、就業規則。


馴染むはずがなかった。


そして──精霊との契約申請は、無事に完了した。

これで、俺たちは晴れて精霊炉ビジネスを正式に始められることになる。


一歩を踏み出すまでの道のりは、思った以上に長かった。


もちろん、これからが本当の勝負だ。

それでも──ひとまず、安堵のため息をついた。


続いては、リスティアの弟子三名の契約術師登録。

これは本人の同行なしでも、代行申請が可能らしい。

さすがWSO特級ライセンス保持者。推薦状ひとつで、申請はあっさりと受理された。


さらに驚いたのは、ライセンス取得についてだ。

専用の魔導ギアさえあれば、通信教育とオンライン試験で完結するという。

──なんとも便利な時代だ。


「私のときは、地区にひとつしか試験会場がなかったんだよ? 朝8時から……あれは眠かったな〜」


リスティアはぶつぶつと愚痴をこぼしつつ、どこか懐かしそうに目を細めていた。


ここまでは順調。だが、それもすべて想定内だ。


そして──今回のWSO訪問で、本当に果たすべき最大の目的。


それは、王国との関係改善。そして──

あの「黒い精霊」についての報告だった。


この件については、事前に正式なアポイントを取ってある。

応対してくれるのは、事務局長。かなり上の役職らしい。

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