第14話 遭遇
俺は、不意の来客に戸惑いを隠せなかった。
エルフ国への出立は明日。
準備に忙しかったのだが、ヴィオラの情報源で、アリサの調査を依頼していた相手だという。
会わない理由はなかった。
そして今、目の前にいるのは──レイラと名乗る女性。
それと、もう一人。
こちらはよく知っている顔だった。
「で、保護してほしい契約労働者がいるんです。魔力印を解除できるんですよね?」
……ミレーヌ。
ベアトリスの腰巾着の片割れが、なぜここに?
俺にとって、アリサに近いキャラとの遭遇はこれが初めてだった。
応接テーブルを挟み、向かい合う彼女は、ぐいぐいと身を乗り出してくる。
そして、また契約労働者──こんなキャラだったか?
記憶を検索する。
CV:朝比奈ここあ。
性格は少しわがままで、社交的。華やかな雰囲気をまとい、没落王族であるアーサーに淡い憧れを抱いている。
アーサールートでは、アリサの恋のライバルに。
そして、ベアトリス命。
裏ルートでは、アリサは彼女の刃をかいくぐり、ベアトリスと恋を成就。
憧れのお姉さまと共に、魔王を討つエンドが用意されていた。
──だが、87通りの選択肢のうち、86通りが刺殺エンド。
恐ろしい子だ。
何をしでかすかわからない……まさに歩く地雷原。
俺は、慎重に言葉を選ばなくてはならない。
ごくり、と喉を鳴らし、そっと口を開いた。
「あ……魔力印、ですか。確かに、できます。はい」
傍らのヴィオラが、目を剥いてこちらを見ていた。
賞金首狩りや魔王にも怯まなかったボスが、騎士団の小娘にビビってる──そう言いたげだった。
だが、これは仕方のないことなのだ。
そこに、レイラが口を挟んだ。
「ミレーヌさん……少し落ち着いて。
すみません、団長さん。急な訪問で。ただ、事態は急を要していまして……」
どうやら、こちらは冷静に話ができそうだな。
そして、レイラの口から経緯が説明された。
***
「……なるほど」
王都の事態がそこまで進んでいたとは。
ガーランド派と、それに静かに対立しようとしているベアトリス。
意外だったのは、ベアトリスもまた、王国を立て直すために動いているということだ。
そうなると──どうしても気になるのが……。
「アリサ」
俺は、思わずポツリと呟いた。
それを、ミレーヌは聞き逃さなかった。
「アリサを知っているんですか? どうして?」
「え? そんなこと言いました?」
咄嗟に誤魔化す。
「聞こえました。あのアリサですよね? 黒髪の」
「金髪だよね?」
「ほら、やっぱり」
ミレーヌは、得意げにニヤリとする。
……こいつ。
明らかに動揺している俺を見て、レイラは小さくため息をつくと──助け舟を出してくれた。
「ホワイト盗賊団には、契約労働者の実態調査に協力いただいています。
ISHURAへの調査報告書も共有していますので、そこでアリサさんのことも……ですよね?」
ISHURAって何だ?
よくわからなかったが、俺はとりあえず頷いておいた。
すると、同席していたリスティアが小さく呟く。
「国際精霊・人権機構……WSO(世界精霊機関)の関連組織ね」
それを聞いて、ヴィオラがレイラをじっと見つめる。
レイラは肩をすくめた。どうやら、ヴィオラも彼女の正体は知らなかったようだ。
ミレーヌは、それ以上の追求はしてこなかった。
「ふうん……まあいいですけど。
アリサはアリサで、“この国を変えるんだ! ホワイトだ!”って、鼻息荒くしてますよ──ま、時代が選ぶのはベアトリス様ですけどね」
なるほど、アリサは元気そうだな。
そして、こっちはやはり“ベアトリス様命”。スタンスは一貫しているらしい。
そして、気になる単語が出た。
「ホワイト……?」
俺の問いに、レイラが快活な笑みを浮かべて答える。
「その言葉を伝えたのは私なんですけど──アリサさん、妙に気に入ったようで。
“ホワイトな騎士になるんだ!”って張り切ってます」
リスティアがピクリと反応した。
「精霊共鳴……アリサって子なんですね」
レイラはこくりと頷く。
「さすが、リスティアさん。
そうです。彼女は強力な共感型・精霊共鳴の波動を発しています。
──この国の希望になると、私は考えています」
「ちょっと! 希望はベアトリス様よ!」
ミレーヌの抗議が飛ぶのを聞きながら、俺は考える。
──精霊共鳴。
ゲームにはなかった知識だが、俺もある程度は学んできた。
ティナにもそれがあるというが……アリサにも。
精霊が彼女を見守っているのか。
単なる騎士団の新兵ってわけじゃない──少し安心した。
アリサの動向は気になるところだが、
ミレーヌを味方に引き入れるのは、この先の情報収集のためにもメリットがある。
扱いは慎重に……だが。
俺は口を開く。
「話を戻すと──その、ライネルとかいう契約労働者の件だけど。
確かに魔力印の解除はできる。ただ、契約書がないことにはどうにもならない」
そう言って、俺はヴィオラに向き直る。
「なあ、雇用主を調べることはできるか? できれば契約書の入手まで」
ヴィオラは口に手を当てて、少し考え込む。
「王都となると、ちょっと時間はかかるわ。
ボスも不在となると……でもまあ、仕方ないわね」
なんとかするわ。というヴィオラの声に、ぱっとミレーヌの顔が明るくなる。
「ありがとうございます! で、どこかに行くんですか?」
好奇心旺盛だな……どうしたものか。
まあ、WSO関係者がいるなら、話しても損にはならないだろう。
「ああ。俺たちは、魔導ギアビジネスを興そうとしていてな。
それで、WSO本部のあるエルフ国に……」
「エルフ国!!!!!!!!!」
ぐいっ、とミレーヌが身を乗り出してきた。
息がかかるほどの距離……黒目だけになった瞳が俺の視線を捉えて逃さない。
「いいなー。私、外国のこと何も知らないんですよね」
「あ……そうなんだ」
「いいなー」
「うん。まあ、そういうわけなんで、少し留守に──」
「いいなー」
……これは、断ったら刺されるやつか?
レイラに視線で助けを求めるが、スッと目を逸らされた。
そしてヴィオラは、面白そうに眺めている……ボスの威厳が。
そこに、リスティアが能天気な声で言い放つ。
「じゃあ、あなたも行く? エルフ国」
バッとリスティアに駆け寄り、両手をがっちり掴むミレーヌ。
「いいんですか!?
……もう、無理にお願いしたみたいで悪いなーって思うんですけど、でも、せっかくだし」
そこまで言って、ふと我に返りレイラを見やる。
少しバツが悪そうな顔で、言葉を続ける。
「あの……私、レイラさんの警護をベアトリス様と約束したんですけど。
その、えっと……」
俺は、やれやれとため息をついた。
「……ヴィオラ。レイラさんの身辺警護、頼めるか?
レオンあたりをつけておいてくれ。A級冒険者なら、そこらの騎士には手出しできないだろう」
何がどうなってこうなったのか。
俺の記憶にあるミレーヌは、モブ以上メイン未満──そんな“ライバル令嬢”の一人に過ぎなかった。
けれど。
エルフ国に行けると知ってはしゃぐ彼女の無邪気な笑顔を見ていると、不思議と悪い気はしなかった。
彼女も、この国に生きる一人の人間なのだ。
“ゲームの登場人物”だとか、“記号的な立ち位置”だとか──そういう枠では語れない。
あらためて、そう思った。