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第01話 転生は絶望とともに

──静寂だった。


耳鳴りのような静けさ。

いつもなら聞こえるはずの、複合機の(うな)りも、上司の小言も、隣の席のくしゃみもなかった。


代わりにあったのは、石造りの天井と壁。

くすんだ黄色のランプが、うすぼんやりとその凹凸(おうとつ)を照らしている。

どこか地下室のような、湿気を含んだ冷気が肌を撫でていく。


「……は?」


硬い床。

どこからか漂う酒と汗の混ざったような、むせ返る匂い。

部屋の隅には倒れた椅子、そして無造作に転がる酒瓶。


目の前の光景に、脳がついてこない。


「えーっと……終電逃して、ネカフェ行こうとして……?」


いや、その前に……資料。

会議資料の作成があって、寝ないで仕上げて、気づいたら机に突っ伏して──


「……あれ?」


記憶の最後にあるのは、蛍光灯の光の下、真夜中のオフィスだった。

会社のデスクでうつぶせになった自分の姿──

それはもう、思い出ではなく、夢のように遠く感じられた。


思わず心臓がドキリと()ねる。


……いや待て、慌てるな。まずは状況を把握しよう。


重い身体を起こし、部屋の壁にかかっていた鏡にふらふらと歩み寄る。


「……っ!?」


鏡の中にいたのは、凶悪な男。

鋭い目つき、刈り込まれた髪。(あご)には無精髭。

(びょう)のついた肩パッドに革ジャンをまとい、存在そのものが威圧感だった。


「……ひっ……あ、あの、すみません。」


思わず謝りながら後ずさる。

いや、謝る相手がいない。思わず息を飲み……一拍の沈黙。


「……って俺かよ!?」


反射的に叫んだ声すら怖い。

鏡の前でパニックになる。


しかし、俺のオタク的予感が脳裏をかすめた。


「ま、まて……これはあれだな。転生……流行りの異世界転生ってやつだな?」


ありふれたテンプレだ。

過労死した社畜が、ファンタジー世界に転生して、チート能力で無双するというやつ。


だが。

「なんでこんな凶悪な男に……?」


まじまじと鏡を(のぞ)き込む。

──この顔、どこかで見たことがある。


「……あっ」


凍りつく。思い出した。いや、忘れるはずもない。

これは俺がかつて死ぬほどやり込んだゲーム──その中盤に出てくる強敵、盗賊団の首領。


人気乙女ゲーム『銀翼のシャリオ』。

略して銀シャリ。


中世ヨーロッパ風王国の騎士団が舞台。

ヒロインである新米騎士のアリサはイケメンや憧れの先輩騎士と出会い、成長と恋愛を繰り返していく。


輝く青春、甘く切ない恋の鞘当(さやあ)て……。


そして、最後は選んだパートナーと共に魔王を倒し、愛と正義と信頼の物語を締めくくる王道ファンタジー。


……男なのに乙女ゲームを?

そんなのは決まっている。“癒し”だ。

俺の心は長い社畜生活で限界を超えていた。


求めるのではなく、求められたい。

与えるのではなく、与えられたい。


そんな俺にとってあのゲームは救いだった。

しかもこの銀シャリ、美麗な女性キャラが多い。とにかく可愛い。

承認欲求を満たされつつ、眼福も得られるという一粒で二度おいしい仕様だ。


銀シャリ、か。

かつて知ったるゲームに転生……それはまあ、良いだろう。


しかし一言、盛大なツッコミを入れたかった。


「てか、なんでイケメンに転生じゃないんだよっ!」


あらためて、まじまじと鏡を(のぞ)き込んだ。

この顔は、まぎれもなく盗賊団首領。

ヒロイン覚醒のための固定イベントで、ルート選択に関係なく必ず出てくる難敵。


攻略対象のイケメンたちが束になっても瞬殺される強さ。

多くのプレイヤーが地獄を見た。


開発陣の妙なテンションと悪ノリとしか思えない圧倒的な破壊と暴力。

理不尽そのものの存在。


明らかに乙女ゲームの世界観から浮いている世紀末の覇者のようなビジュアル。

なぜか専用ムービーまで用意されているという……。


ここでハタと気が付いた。

この男は、討伐されるためだけに存在するキャラだ。


「……やばい、これ破滅エンド確定じゃん!!」


気が動転する。

逃げなきゃ。何とかしなきゃ。


とりあえず、この部屋から出よう。


だが、そこにはさらなる絶望が待っていた。


「ボスー! 今日は早いですやん!」


ドアを開けると、そこにいたのは──

釘バットを片手にしたモヒカン頭の男。

鉄仮面をかぶって首をブンブン回している男。

そして修道僧のような格好の男が合掌しながら何やら呟いていた。


──何だこのファンタジーの世界観にそぐわない連中は?

……俺も他人(ひと)のことは言えないけど。


だけど、めちゃくちゃ怖い。

こいつらには何をしでかすか分からない雰囲気を感じる。

俺は思わず硬直した。


心の動揺を悟られないように祈っていると、モヒカン頭がこちらに近づいてきた。


破滅エンドの前にゲームオーバーかもしれない……そんな予感が俺の脳裏をかすめていた。

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