第011話 ヘーコキましたね
風呂から上がり、寝間着と化した平常心Tシャツと芋ジャージに着替えベッドに横になる。
婆ちゃんの魔法を見て大興奮したあと、テンション上がった俺は走ってア……アの宿まで戻って来た。
いつものルーティーンを済ませて今に至る。
魔法か……
彼女は4つの基本属性の魔法を順番に見せてくれた。
結界が壊れると面倒、という理由で片鱗しか見せて貰えなかったが、それでも驚きの連続だった。
数十の火の玉を自在に操り、周囲を吹き飛ばす。荒野となった庭を一瞬で戻す。
戻った庭を瞬時に氷漬けにし、それを風の刃で細切れにする。
どうだ?と聞かれて、凄いとしか返せなった。
今思うと、もっと草木を労わってやれと言えば良かった。
婆ちゃんの教えに従い、常に魔法を使う様にした。
PASSING WINDのこともあり、俺は風属性と相性が良いので常に身体に風を纏うようにしている。
今はそよ風程度で全く効果はないが、いつか婆ちゃんを驚かせてやろうと心に決め、眠りについた。
朝食後、教会に赴く。
顔馴染みになって来たシスターに会釈を返し、ルピナス像の前で祈りをささげる。
おはよう、ルピナス。聞こえるか?失礼なポーに託した伝言は届いたか?
『木村さん、おはようございます。伝言届いてますよ。
今、収穫量低下に関するデータを集めているところなんですけど……その件に関して現地の皆が気付いた時期とか判りませんか?量が多すぎて大変なんですよ……」
あーおっさんは確か10年位前だって言ってた。ただ、気付いていなかっただけで、それ以前から兆候はあったのかも、とも言っていたな。
『なるほど、ありがとうございます。暫く忙しくなりそうなので、報告はなにか動きが有った時で結構ですよ』
了解した。俺の方も剣と魔法の師が見つかったので、頑張っているところだ。
今日はゴブリン退治してくるよ。んじゃ、またな。
『はい、気を付けてくださいね。それでは、また』
銀貨を献金して教会を出る。
広場に戻ってきた時に、おっさんや婆ちゃんに正体を明かした事をルピナスに伝えていない、と思い出した。
あーしまったな。すっかり忘れてた。
まぁ伝えたところで、‘’お任せしますよ‘’とか言いそうだし、次の機会にするか……
さて、ゴブリン退治だが、今日は東門から外に出てみるかな。
東地区には足を踏み入れていなかったし、メインの通りは西地区と代り映えしないが、居住区の代わりに職人区になっているようで、時間があれば武器屋を覗きたい。
ぶらぶらと街並みを観察しながら東門に向かって歩く。
見かけた武器屋にも入ってみたが、店内は剣や槍など基本的な武器ばかりで、浪漫武器は見つからず、店主と話すとなんか注文しないといけない気分になりそうだったので、早々に退散した。
どうやら、武器屋や防具屋はひとつ外れた通りに集中しているようだ。
ピンとくる武器が無かったらトンファーを作って貰おうかな。
俺の蹴りで吹き飛ぶゴブリンを想像してニヤニヤしていると、門が見えてきた。
この門からの街道は王都アガケに続く為、街から出る人は多い。
商人や護衛の荒くれ者達で待機広場は中々の賑わいだ。屋台も並んでいる。
俺はさらっと人混みを抜け、クールに門から出た。
護衛依頼か……組合に寄ってくるべきだったな。何か小銭が稼げるクエストが有ったかもしれない。
戦闘訓練だけじゃなく、荒くれ者としてのノウハウも覚えていかないとな……
どの様にして荒くれるかを考えながら、街道から外れて森に入る。
小道をしばらく歩くと、ゴブ3体と遭遇、そのまま交戦状態に入り、おっさんの教えを思い出しながら戦う。
うーん、ゴブだと訓練にならないな……こっちの森はオークも出るそうだし、オーク探すか。
それから、何度も遭遇戦をくり返し、身体を馴染ませていく。オークも単体だったが数体倒した。
成果は上々だったが、発覚した問題が一つあった。解体だ。
オーク肉は売れる事が分っていたので持って帰りたかったが、解体手順が知識に無かったのだ。
解体ナイフはルピナスが準備してくれていたので、我流でやれない事もないが、今回は訓練を優先する事にして、悪いと思いつつもそのまま放置した。
まぁ、この世界に来たばかりだしな……最初から万事上手く行く訳無いし、ゆっくり学んで行こうか……
その後も戦闘をくり返したのだが、想像していたよりオークの数が少ないな……
増えてるって話だったけど、こんなもんか?それとも増えてこんな感じなのか?
まぁ今日はここまでかな。昼も過ぎて、体感で15時くらいだと思う。
微妙な時間だな……日暮れまでもう少し時間ありそうだしPASSING WINDの練習もやっておくか。
今日は輪唱に挑戦しよう。複数相手の利用方法もマスターしておかないとなぁ。
いい感じの開けた場所があったので、そこを拠点に複数のゴブを探す。
俺は今、木の上から3体のゴブリンを、笑いを嚙み殺しながら見ている。
ソプラノ調の美しい歌声を尻から響かせて、かえるの歌の輪唱を聴かせてくれていた。
ゴブ達は歌が流れ始めた時は、殺気立ち、険しい表情で周囲を警戒していた。
尻からメロディーが聴こえる事に気付いてから、和気あいあいと互いの尻に耳を当てたり、尻を蹴り上げたりと、楽しそうにじゃれ合っている。
その姿を微笑ましく見ていた。
やはり音楽は世界を救うのだ。俺の使命は世界中にハーモニーを響かせ、皆の笑顔を取り戻す事なのかもしれない。
複数を相手に使用する方法も理解した。簡単だった。
俺が複数を相手にするぞと思うと、シューティングゲームの様なロックオンサイトが現れ、対象を自由に決める事が出来たのだ。この場には3体しかいないので最大数が確認できなかったが、少なくとも3体は同時に使用できる。
それから射程距離も0~20mほどに設定できるようになった。
これはミキサー本体を調べている時に、側面にボリュームつまみが有る事に気付いた。
0mに設定したら俺に使用できないか?と期待したのだが、やはり俺は対象から外れるようで、残念な次第である。
0mって何するんだろうな……
3体のゴブを見る。
じゃれ合うのに疲れたのか、寝転んでうっとりとした表情で聴き惚れている。
コイツら……
しかし、俺には不満が有った。3体だと輪唱が途切れるのだ。ワンフレーズ尻が足らず、ループしない。
プロデューサーとしてはもう一人スカウトする必要がある。
良い尻は居ないかと周囲にロックオンサイトを広げてみるが、残念ながら対象となる尻は居らず、忸怩たる思いを抱きながら、かえるの歌を聴いていた。
あー、ほら、そろそろ歌が途切れるぞ……と、思っていたら――――
4人目の歌声が響き、完璧なかえるの歌の輪唱が聴こえ始める。3匹のゴブよりも力強く素晴らしい歌声で聴き惚れてしまう。
遅れてきた主役、プリ・マドンナの登場だ!
こいつの加入で、屁で歌を唄う4人組ユニットの完成形が見えた。センターはコイツでいく!
ユニット名を考えなければ!
そう思い、4人目の適格者の顔を見てやろうと目を向ける。
でかいゴブリンがいた。ホブゴブリンって奴だ。
そのホブは俺に気付いている様で、ゴブ達より一回り大きなこん棒を、おおきく振りかぶって――――
「げ!やばい!」
俺の登っていた木にこん棒が叩きつけられ、炸裂音が周囲に響いた後、メキメキと音を立てながら倒れ始める。
こん棒を叩きつけられた衝撃で俺は中に投げ出され、コロラトゥーラ部隊の前に突き落とされた。
なんで……
即座に起き上がったコロラトゥーラ部隊は、瞬時に臨戦態勢を整えて襲い掛かってくる。
そこにプリ・マドンナも参戦し、かえるの歌をBGMに戦いが始まった。
なんで……
レッジェーロのこん棒を躱し、風切丸で斬り上げる。ステキなハーモニーを作り上げていた歌声が一つ消える。
プリ・マドンナの蹴りを飛び上がって躱し、奴の顔に回し蹴りを叩きこむ。
着地した隙を狙われ、頭に振り下ろされたこん棒を腕でガードし、少しバランスを崩しつつもレッジェーロの首を斬り飛ばす。また歌声が一つ減った。
俺は叫んだ。ルピナスに届くように。
「なんで、俺はオペラ歌手に詳しくなってるんだ!」
上段から力を込めて刀を振り下ろし、レッジェーロを唐竹割にする。その勢いのまま、振り向きざまに刀を水平に振り、プリ・マドンナを上下に両断した。
かえるの歌はプリ・マドンナの上げた不協和音で終了した。
4人組ユニットはデビュー前に、プロデューサーとの関係を構築できずに解散となってしまった。
荒くなった息を整えて、水筒を取り出し水を呷る。
ちょっと調子に乗っていたな……いつ死んでもおかしくない場所だって事を忘れていた。
取り返しのつかない事になる前に、気付けて良かった。
今回の件で得た教訓を、しっかりと心に留めておかなければいけない。
凄惨な状態になっている周囲を見回す。和やかな合唱コンクール会場の様だったのに……
ここに居ると他にも客が集まって来そうだ。ちょっと場所を変えよう。もうちょい奥に行くか。
試したい事も出来たしな。
警戒しながら森を進む。
先の戦いで気になる事、プリ・マドンナが現れた時を思い出す。
俺はプリ・マドンナの登場に気付いていなかった。奴の屁が聞こえ始めた時に接近に気付いた。
プリ・マドンナを対象にしていなかったにも関わらず、奴は素敵な屁を披露してくれた。
俺が認識していなくても射程内に入った奴は自動で屁をするのではないか?
それなら、索敵レーダーの代わりになるのではないか?そう思ったのだ。
何故今までその効果が表れなかったのか、それは俺が毎回電源を落とすイメージでPASSING WINDを終了していたのが原因だと思う。
幼少の頃から母に、『使った物はきちんと片付けなさい。電源をちゃんと落として!』と言われてきた。
大人になってもその教えに従い、寝る前はPCの電源も毎回落としていた。
死ぬまで、そして死んでからも、その教えを愚直に守っていたのだ。
今回はコロラトゥーラ部隊のレッスンを見守っていた為にPASSING WINDがずっと発動中だった。
ここまで長時間発動させていた事も、今までなかった。
大木の根がせり上がり、いい感じに座れそうだったので、そこに腰掛けPASSING WINDを発動させる。
射程を最大に設定し、俺を中心とした20mの円をイメージする。
これで円に足を踏み入れた奴は屁をするはずだ。
たとえば暗殺者が気配を断ち、俺に近づいたとしても屁で気付かれる訳だ。
俺に近づき、マヌケめ!とか思っていると自分が屁をしてしまい気付かれる。
なんてステキなシーンだろう。驚く暗殺者の姿が目に浮かぶ。
よし!‘’ MEN'S 5‘’だ。このステキな技は‘’MEN'S 5‘’と名付けよう。




