ナーシャお嬢様とねり飴
現在僕は、ナーシャお嬢様行方不明事件で、お嬢様を見つけたご褒美に、騎士の一人である、ネーヴェさんから貰った棒付きのねり飴を食べながら、お嬢様を護衛しているところです。
お嬢様は、刺繍の先生に出された課題を、必死の形相でこなしている。
いつものお気楽な雰囲気が皆無だよ。
この前出された課題は不合格だったみたいで、今度こそ合格しようと闘志を燃やしているんだとか。
そろそろ休憩を挟んだほうがいいんじゃないかな?
「お嬢様、長いこと布と格闘しているせいで、こわい顔になってますよ。一旦、手をとめて紅茶でも飲んだほうがいいと思います」
「……ん? ごめんサリュ君、いま何か言った?」
顔をあげたお嬢様が、難しい顔で聞き返す。
「頑張るのはいいことですが、休憩しましょう。眉間にシワが寄ってますよ」
「うぇっ! それは許容できない! 休憩するー」
眉間をおさえたお嬢様が、布と刺繍道具をすばやくテーブルの端に片付けた。
お嬢様付きの侍女が、慣れた手つきで紅茶と甘菓子をテーブルに用意する。
「ありがとう」
侍女にお礼を伝えるお嬢様。
僕はいつも不思議に思う。
侍女はお嬢様が望むことを先読みして準備するのが仕事だから、お礼を言われたら戸惑うんじゃないかなぁ。
でも、お礼を言われると嬉しいから、お嬢様にはそのままの性格でいて欲しいかも。
「サリュ君、手に持ってるのって何……?」
僕が持ってるねり飴をみて、お嬢様が怪訝な顔をする。
「ねり飴です。何本か持ってきてますけど、食べますか?」
「飴、存在したんだ……!?」
公爵家のご令嬢なのに、飴の存在を知らなかったことに驚く。
毎日食べてると言われた方が驚かない。
高級品だし、僕も貴族街にくる前は食べたこと無かったけど、存在自体は知ってたよ?
「この世界の文明レベルが謎すぎる。もしかして中世ヨーロッパにも飴はあったのかな……? いや、ファンタジー世界だし、何でもありなんだよ、きっと!」
頭を抱えたお嬢様が、恒例の異国言語を捲し立てたあと、投げやりな様子で落ち着きを取り戻した。
「赤い飴綺麗だね! 貰うよ!」
僕がお嬢様に向かって差し出していた、色とりどりのねり飴から、赤いねり飴を選ぶお嬢様。
あ! 赤い飴が混ざってることに気づかず、差し出してた!!
「お嬢様それは!」
駄目です! という前に飴を口に入れてしまったお嬢様……。
「っ……!? か」
味に気づいたお嬢様が飴を口から出す。
「かっらぁぁい! ……え、なにこれ、辛いんだけど……?! 嘘でしょ? おかしいよね!?」
叫んで動転しているお嬢様をみて、申し訳ない気分になる。
「すみません。赤い飴は省いておくべきでした」
「辛いって知ってたんだ……? あー、サリュ君が食べてるのも赤い飴だもんね……」
紅茶を飲みながら呟くお嬢様。
「そうですね。僕はこの味が好きなので」
手元にあるねり飴をみる。赤い飴の数が多い。
無意識に好きな味を持ってきてたみたい。
「サリュ君辛いもの好きなんだ?! ギャップ萌えだよ!?」
嬉しそうで困惑する。
「お嬢様は甘いものがお好きですよね。こっちの飴をどうぞ」
甘いねり飴をお嬢様に差し出す。
「……これも赤いよね……? どういうこと……」
お嬢様が飴の色をみて訝しげな顔をする。
「これは甘い飴です。さっきの飴より少し色が薄いんです」
「罠では!? ロシアンルーレットかな?!」
間違える人も多いみたいだから、罠っていうのは当たってるかも。
「僕にねり飴をくれた騎士達は、たまに何本かの甘い飴に辛い飴を一本混ぜて、誰が辛い飴に当たるか賭けて遊ぶんだって言ってました」
「賭け事になってるの!!?」
「賭ける物は、不寝番の当番とか、休暇の日とからしいです」
「お金じゃなくて安心したよ!」
お嬢様には言いませんけど、お金を賭けることもあるんじゃないかと、僕は思います。
だってあの騎士達、仕事終わりに平民街に飲みに行ってるから。
今日はネーヴェが奢るって。
賭けで勝って羽振りがいいな!
とか言いながら数人で門を出て行くの見た事あるからね!
「サリュ君! 私と賭けしよう! 私の外出を賭けよ?」
……色の違いがすぐに分かる僕とでは、絶対にお嬢様が負けるんだけど……? それでもいいのかな……。
「サリュ君は目をつむって選んでね!」
用意周到なお嬢様。
くっ……。目をつむったら甘いほうの飴を選んでしまうかもしれない……。
もうお嬢様行方不明事件のときみたいな気持ちを味わうのは嫌だけど、お嬢様をがっかりさせるのも、気が引ける!
「じゃあ、やるよ? せーの!」
同時に選んで、手元をみた僕とお嬢様は正反対の心境になったんだ。
賭けの結果は僕とナーシャお嬢様、二人だけの秘密です。
お読みいただきありがとうございました( . .)"