外出したいナーシャお嬢様【終わり】
お嬢様を抱えて長いこと沈黙した。
どのくらい経ったのか、お嬢様が身動ぎしたので、我にかえる。
「そろそろ帰りましょう、お嬢様」
「ちょっと待って」
お嬢様の手を引いて寝室の外に出ようとしたら、引き止められてしまう。
気になることでも?
お嬢様は魔石を握りしめ、一匹の小さな白猫に回復能力を使った。
「猫を見つけて追いかけていた時に、猫が怪我していることに気づいたの!」
魔石……。僕も瞬間移動を使ってお嬢様のところに飛べば良かったんじゃ……!?
普段、能力を無闇に使わないようにしている弊害がっ!
家令にも魔石所持者だから雇って貰えた面もあるのに……。
冷静じゃなかったみたい。
「すみませんお嬢様。今度お嬢様が行方不明になったときは、瞬間移動ですぐに見つけてみせます」
見失わないようにするのが大前提だけどね。
「脈絡ないんだけど!? 私いま、猫の話してたよね……? サリュ君にスルーされてたってこと? なんかショック! 見つけてくれるのはありがとう!」
猫の話からあとの言葉が分かりませんが、いつものことですよね。
「猫が怪我していたんですね?」
「! そうそう、それでね」
ナーシャお嬢様が続きを話そうと口を開いたとき、寝室の外から人影が現れた!
お嬢様を引き寄せ警戒する。
「よう、サリュ坊久しぶり」
肩の力が抜けた。
「マウおじさん! ……なんで僕の家に居るんですか?」
母さんの友達で、ここら辺の貧民街を根城にしている猫好きのマウテームおじさんだ。
「クリスティーナがこの家をでるときに、俺に家を譲り渡したんだよ」
母さんが……。そうだったんだ。
だからこの家は猫の家になっていたのかぁ。
「サリュ君の知り合い?」
痺れを切らしたのか、ナーシャお嬢様が僕の袖を引いて聞いてきた。
「そうだぞー、お嬢さん。俺の情報源を治療してくれてありがとなぁ」
僕が答える前に、おじさんがお嬢様の目線までしゃがんで感謝を伝える。
情報源? 治療? ……お嬢様の行動が見られた!?
「サリュ君どうしよう、私の力知られちゃったよ?!」
小声で慌てているようなお嬢様。
「大丈夫、大丈夫。俺も魔石所持者だ」
マウおじさんが、僕たちに指輪についた魔石をみせて笑いかけてきた。
えっ!? 僕は幼い頃からおじさんと知り合いなのに、初耳だよ!
「わぁ! お仲間だー!」
お嬢様は嬉しそうにおじさんをみるけど、僕は知り合いの秘密を意図せず暴いてしまったようで少し気まずい。
「この猫たちは、おじさんが飼っているの? 良かったらなんだけど、一匹私に譲ってください!」
「飼ってるっつーか、俺の情報源だから面倒をみてるって感じだなぁ」
お嬢様、猫が欲しいんですか!?
騎士と合流したら、家令に猫を飼う許可、貰ってこよう……。
「おじさんの力ってもしかして、猫に関する力なんですか?」
単なる猫好きなおじさんだと思ってたけど、違ったのかも。
「あぁ。俺の力は猫と耳目を共有したり、猫の気持ちを感じたり、まあ、猫で色々できる力だな」
「猫の気持ちが分かるとかっ! 羨ましすぎるっ!」
万感がこもるようなお嬢様の声。
「お嬢さんは猫が好きか?」
「もちろん!」
「まあ、坊の手を離してまで追いかけてくるぐらいだもんなぁ」
猫と視界を共有していたんですね……。全部お見通しだったんだ。
「いいぞ。一匹連れていきな。たまに視界を共有するかもしれねえけど、それでもよければな」
「わーい! 家族が増えた! おじさんありがとう。この子猫を連れて行きます!」
お嬢様は、さきほど治療していた白猫を抱えてご満悦のよう。
白猫も大人しくお嬢様の腕に収まっている。
「マウおじさんありがとう。僕たちはそろそろ帰ります。また今度会いにくるね」
騎士たちが、見つからないお嬢様に焦れて、公爵家にお嬢様行方不明の連絡をしてしまう前に、馬車へ戻らないと。
「おう。助けが必要なときは、お嬢ちゃんが抱えている猫に話しかけてくれ。俺の手が空いてたら助けてやるよ」
マウおじさんはそう言って、僕たちを酒場に送り出してくれた。
酒場の中を通り、平民街に戻ってきた僕たちは、公爵家の騎士たちと合流して、無事に公爵邸まで帰ることができたんだ。
「サリュ君! 今日のお出かけは楽しかったね! 家族も増えたし。明日もお出かけできたらいいな」
それは勘弁してくださいお嬢様!
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以下【蛇足】
「ねえ、サリュ君。私やばいこと発見したんだけど」
「……何を発見したんですか?」
「この猫、しっぽが二本あるよ! 猫又だよー!?」
猫又とは……?
「猫にしっぽが二本あるのは当たり前ですよね……? 猫なんだから」
「常識なの!? まって、私の常識がガラガラと崩れ去って行く音が聞こえるんだけど!」
お嬢様が想像している猫って、どんな猫なんだろう……。猫のしっぽが二本あるのは普通のことですよね?
お嬢様の腕の中にいる白猫は、我関せずとニャーと鳴いて毛づくろいをしはじめた。