6.視察
ミレアがもらい受けたユニコーンと共に魔法庵へ戻ると、王都からの来客が待っていた。
プロワーとオスカーだった。
メレディスは例の深いスリット入りの官服で長椅子に腰かけていた。
「ただいま戻りました」
ミレアも先程の儀式用に官服を来ていたので慌てずに済んだ。普段は農村の娘と大差ない格好をしてたからだ。
「おおっ、これがユニコーンの仔か? ミレア嬢、元気そうだな」
「はい、室長、ご無沙汰しております」
「オスカー殿下、その節は大変ご無礼をいたしまして申し訳ございませんでした」
ミレアは深々と頭を下げて詫びた。
「いえこちらこそ、愚兄がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
オスカーは気遣うような視線をミレアに向けた。
魔法院に在籍するオスカーはミレアの作ったポーションのできの良さに、どのような人物が作っているのか、以前から興味を抱いていた。
研究室で見かける彼女は引っつめの髪に、化粧っけの無い顔に丸眼鏡をかけ、いかにもしかつめらしかった。
だが夜会での品良くドレスアップされた姿はいつもとは別人のようで驚かされていた。
婚約云々を抜きにしても、ポーションについてなどを個人的に話してみたい相手ではあった。
オスカーはあの夜会の日、公爵令嬢と踊った後にミレアに声をかけようと思っていた。
だが彼女は誰かに呼び出されたのか、すぐに会場から出て行く姿を目にすることになった。
しばらく他の令嬢と踊って待っていたが、なかなか彼女は戻らなかった。
なぜ彼女が突然自分の婚約者候補に上がって来たのかは不明だったが、候補の令嬢の中では最も興味があったのは彼女だったことは確かだ。
夜会の終盤になって、やっと戻って来た彼女がプロワーと乾杯した直後、ぶつかられた令嬢にワインでドレスを汚された瞬間を目撃した。
目が合って、こちらに申し訳なさげに頭を下げて会場を去った彼女を見たのを最後に、それきり彼女の姿を魔法省でも別の夜会でも見かけることがなくなり不審に思っていた。
「お前、どの候補者を選ぶつもりだい?」
アラミスが面白がって聞いて来た。
「そういえばここのところ、バーレイ嬢を見かけないように思うのですが」
「あの娘ならもう来ないさ、婚約者候補からもとっくに外したからな」
その返答で今回のことはアラミス絡みであることに気づいた。
彼女のポーションは変わらずに流通していたので、まさかゼカリアに行ったとは思いもしなかった。
魔法庵の噂はオスカーは知っていだが、実際に存在しているのか確証がなかった。
なぜなら魔法庵の求人など聞いたことがなかったからだ。
しかも兄の不興を買い、出向という名の追放扱いだということをプロワーから説明されて知った。
夜会まで出禁にするなど、兄のあまりにも横暴な振る舞いに怒りが込み上げた。
兄を問い詰めると、彼女を脈無し令嬢などと呼び、お遊び感覚で婚約者候補に無理矢理仕立てたと知って、バーレイ嬢に本当に申し訳なかった。
兄を責めるオスカーにアラミスは更に言い放った。
「あんな不幸な家の令嬢は王家とは関わってはダメなのさ」
自分が勝手に気まぐれで候補にした癖に、何を今更とオスカーは呆れるしかない。
弟の目から見てもこのような眉をひそめたくなるような行動が、昔からこの兄にはあった。
兄の言った「不幸」が何か調べると、10年前に起きたバーレイ夫人の妹エレノア·カシュナーの事件のことを知った。
婚約者のいる結婚間際の美しい令嬢に横恋慕した青年貴族が起こした殺人事件だ。
想いを寄せた令嬢を殺害し、男もその場で自殺した。
その後、令嬢の婚約者までも自殺している。
それだけでなく、二人の侍女も巻き添えになり、当日実家のカシュナー伯爵邸に遊びに行った姉のバーレイ夫人がその惨劇の目撃者だったという。
以来バーレイ夫人は心を病み未だ回復せずにいることがわかった。
バーレイ嬢の魔法研究、ポーション作りの原動力は、もしかしたら母であるバーレイ夫人のためではないのだろうか?
そんな健気な女性を遊び半分で婚約者候補にまつりあげるなど、兄の軽薄さに反吐が出そうだった。
兄アラミスには王族としては珍しく魔力がほぼ無い。長兄と自分とは違い魔法学園へは行かなかった。
それゆえに魔力や魔法省関連のことへは疎い。
苦心して作られているポーションや魔道具などへの理解も及びはしないのだろう。
それが盲点となって、バーレイ嬢の魔法の才能も知らず、ゼカリアへの出向が魔法庵へ行くことだったとは兄は未だに知らないわけだが。
これはずっと兄に知られない方が好都合だ。
オスカーはとにかくこの無神経極まりない兄の愚行をミレアにただただ詫びたかった。