14.蒼に染まる
ミレアは無事に魔女庵での5年に及ぶ修行を終えた。
アイリィも成長し、金色の鬣は銀色に変わった。
転移魔法無しでもクエス山までアイリィに乗って飛ぶこともできる。
独り立ちする魔女はクエス山で自分のユニコーンと儀式に臨む。
クエス山中にあるクエス湖で、揃って御祓をする。
メレディスの瞳のような蒼い湖面にミレアは自分の身体を沈めてゆく。
アイリィも同様に湖に入る。水温の低さよりも、ビリビリと痺れるような湖の浄化力、まるで感電したような衝撃を共に耐えた。
(聞いてませんよ、こんなに激しいなんて!)
穢れを祓い湖からあがると、ミレアはアイリィの前に跪き、アイリィのその角で眉間を突く姿勢を取った。
アイリィの角が当たると、目を閉じたにも関わらず、蒼い渦が角から螺旋を描きながら降りてきて全身を覆った。
ミレアは広がってゆくその蒼色に浸され染められてゆくようだった。
アイリィが角を離しても、ミレアは目を閉じると、眉間の部分に常に螺旋を描く蒼い渦が見えるようになった。
これは『異界の蒼』だ。
異界の蒼が見えるようになったら自分のユニコーンと正式に繋がった証拠だとメレディスから事前に説明を受けていた。
これで儀式は完了し、ミレアとアイリィは異界の蒼で結ばれた。
「アイリィには何か起きたの?」
『私にも蒼い渦、異界の蒼が見えたわ』
「アイリィ、これからもよろしくね」
ミレアはアイリィの首に抱きついた。
『ええ。ずっと一緒よ。オスカーもね』
「えっ!?」
オスカーは王籍から抜けて公爵となり兄王の臣下となった。王には嫡男も生まれ、彼が時期国王となる筈だ。
メレディス曰く、魔女の愛を受けた伴侶は、魔女と共に生きるための長寿を得るそうだ。
ミレアがもし300年生きれば、その伴侶も同じように300年生きるのだという。
(王族が300年も生きたら大変なことになりそうね?!)
ミレアは先日オスカーから受けた求婚への返事はまだ保留にしてあった。
魔法省を統べる長になった彼は、今も定期的に魔法庵を訪ねてくる。
実年齢は27歳だが、22歳のまま容貌が止まったミレアに対し、オスカーは実年齢が25歳になった。
以前はミレアよりもやや幼く見えていた風貌は、精悍さも加わりミレアより歳上の青年に見えるようになっていた。
「あんた達はお似合いよ、オスカーはアイリィとも相性良いしね」
メレディスもオスカーには太鼓判を押している。
プロワーにも「これ以上無い優良物件だぞ」と推されている。
かつてアラミスの余興として、オスカーの婚約者候補にされたミレアだったが、まさか本当に彼の婚約者になろうとしている現実が自分自身で信じられなかった。
ゼカリアの魔女は、高位神官と同等の扱いに近いため、子爵令嬢よりは地位は高く王弟殿下とも釣り合っている。
「ミレア、私はあなたとずっと共に生きて行きたい。それに、不肖の王家の行く末を見守って行きたいのです。王家への鉄槌を下すのは私の使命と贖罪ですから」
オスカーの気の毒な程の生真面目さ満載の求婚を、アイリィの背に乗りながら思い出してミレアは苦笑した。
『ミレア、返事はどうするの?』
「そうねえ······」
眼下に魔法庵が見えて来た。
メレディスとオスカーが、屋上でお茶をしながら待っていた。
ミレア達に気がついて二人は空を見上げている。
アイリィが優美に着地すると、セルジュが現れてアイリィを労った。
「お帰りなさい」
「ただいま戻りました」
穏やかに微笑んでいるミレアの姿に皆が見惚れた。
ミレアの銀の髪は虹色の光沢を放っていたからだ。
これは異界の蒼と繋がった影響からかもしれない。
魔女の白い礼服に身を包んでいたミレアは、アイリィの背から降りると、そのままオスカーに令嬢式の挨拶の姿勢を取りながら、求婚の返事を伝えた。
「今後とも何卒よろしくお願いいたします、私の旦那様」
両の目に喜色を滲ませたオスカーがミレアを抱き締めるよりも早く、メレディスがミレアの頭をわしゃわしゃとかき混ぜた。
「ミレア、おめでとう!」
「メリ様のお陰です」
「あたしの弟子を頼みますよ、泣き虫殿下」
「なっ、泣き?!」
オスカーとミレアは顔を見合わせて赤面した。
この師匠の全部お見通しな魔力、一体どこから見ていたのという魔法には追い付ける気がしないなとミレアは思った。
「さあ、お祝いだよ!今夜はあたしが100年ぶりに披露する料理だからね、ハッハッハッ」
メレディスの弾んだ笑い声が魔法庵に心地よく響いた。
(了)
タイトルを変えてみました。
最後までお付き合い下さいましてありがとうございます。
気が向きましたら続編か、番外編を書こうと思います。