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12.贖罪

オスカーからアラミスの自白を知らされてから、オスカーが魔法庵へ訪れることがなくなっていた。


新作のポーションが完成したと連絡しても反応が鈍い。彼とは既に本音を話せるくらいの関係性にはなって来てはいた。


ミレアは、「お話ししたいことがあるので自分が転移魔法でそちらに伺っても構いませんか」とオスカーに打診した。

ミレアは許可されれば王都に行くつもりだった。


翌日オスカーは魔法庵にやって来た。


ミレアはオスカーが自分に気を遣って避けていることに気がついていた。


「少しお痩せになりましたね」

「······あなたに会わせる顔がなくて、なかなかこちらには来れませんでした」

「殿下が苦しむことはないのですよ」


ミレアが笑顔を向けるとオスカーは黙り込んでしまった。


「アラミス殿下のことは赦せませんが、あの事件はあなたのせいではありません」


苦悶の表情を浮かべ、再び俯くオスカーの隣に、ミレアはそっと座り直した。


「私は兄を赦せません······」

「無理に赦さなくてもいいと思います。私もそうしますから」


労るように応えるミレアにオスカーが顔を上向けた。その顔は今にも泣き出しそうだった。


「私はあの時はまだ子どもで、殿下はもっとお小さかったのですから、どんなに悔やんでも不可抗力です」

「······っ」


傷ついた獣のように震える彼の背を、ミレアはあやすように軽くさすった。


オスカーは組んだ自分の両手に額を押し付けて、声を殺して泣いた。


「赦して下さい······」


(暗愚な兄を、王家を、そして同じ血に連なる自分を······)


「この際スッキリするまで、とことん泣いてしまうと良いですよ。先日私は山の家を二度も壊すぐらいに暴れて来ましたから。なんでしたら山の家までご一緒しましょうか?」

「?!」


オスカーは緑の瞳を涙で濡らしたまま面食らっていた。


「壊したんですか、本当に?」


ポーションの材料の採集に何度かミレアに同行したことがあるので、山の家のことは知っていた。


「ええ。壊して元に戻したんです。アイリィが全部見ていましたから聞いてみてください」

「······」


オスカーは信じ難いという表情でミレアを見つめた。


そんなどこかふっ切れたようなミレアの様子に、心は幾分軽くなっていた。

魔法庵へ来るまでの重苦しさと耐えがたい気まずさは消えていた。



悪戯半分に向けた悪意で、多くの命を失わせてしまった罪、遺族の人生を奪い狂わせた罪は償うにはあまりにも大きすぎる。


しかも王家はアラミスの罪を王家存亡の危機に発展する可能性を怖れて公表しなかった。

アラミスの処分だけで幕を引こうとしたことが、オスカーは余計に許せなかったのだ。


「王家の判断には本来ならば賛同できません。ただ、心を病んだ遺族にはこれ以上刺激を与えないことが最善策ではあると思います」

「······あなたはそれで良いのですか?」

「今さらアラミス様の悪戯が事件の発端と知っても、ローデン侯爵令息の遺族なら少しは汚名を漱げ、責任転嫁出来る逃げ道を得ることができるかもしれません。ですがそれ以外は誰も救われず、誰も癒されないと思います。特に我が家、私の母はそうだと思います。折角長い時間をかけて少しずつ落ち着いて来たものをまた乱せば、元の木阿弥になってしまうかもしれません。それはかなり酷なことだと思います。アラミス様も心を壊す程には罪悪感で長年苦しんだのでしょうし、自分の犯した罪の大きさを最もわかっているのはアラミス様ではないでしょうか」



アラミスの正気は戻らず、エレノアと出会う前の子ども時代の記憶に退行しているらしい。

それで赦せるわけでは全くないが、彼は彼なりに報いは受けているとミレアは思えた。


もしも悪戯の手紙を渡された侯爵令息が凶行に及ばなければ、アラミスもこのように狂うこともなかっただろう。


例え悪戯の被害を受けたからだったとしても、直接叔母達を殺したのは侯爵令息だ。

思い留まることなく叔母らの命を奪ったのは、間違いなくあの男なのだから。


まともな人間なら、相手がいくら自分の思い通りにならないからと言って、簡単に悪意を向けたり、殺したりしないものだ。


まともではない人間が二人揃ってしまったことが、悪意が殺意になることを止めることができなかったのだ。


それに、真に相手への愛があれば、いくら自分が苦しく辛くても悪意や殺意は抱かない。

もし抱いてしまったとしても、愛しい相手にそれをぶつける方が異常なのだ。


本当の愛を知らない身勝手極まりない人が起こした殺人だ。


ミレアには、アラミスと侯爵令息は叔母を本当に愛していたとは到底思えない。


叔母の幸福を祈れず、悪意を向け危害を加えるなど自己愛しか眼中に無く、叔母への愛からでは全く無い。

アラミスと侯爵令息がそれを自覚しない限り、どこまでも不毛なのだ。


「オスカー殿下、今度、叔母の墓参りにお付き合いいただけますか?」

「······私で良いのでしたら」


オスカーは墓参り当日、王と王太子である長兄を伴って現れた。

墓前でアラミスの罪を謝罪し、許しを請う王家三人の姿に、ミレアは涙が溢れた。

叔母を殺めた侯爵令息の家族ですら今まで一度もそれをしに来たことがなかったからだ。


王家の三人は、侯爵令息、侍女、叔母の婚約者の墓前にも同様に謝罪と哀悼を捧げた。


ローデン侯爵家は事件後すぐに取り潰され一家離散、失意の両親らも既に他界しているという。

守る者がいなくなった墓も荒れ放題になっていた。


ミレアの開発した『鎮魂』という名の新しいポーションを各家の墓に捧げた。

クエス山の湧水と砂、ゼカリアにしかない香木、ユニコーンの鬣などから作られている。

死者の魂を癒すポーションは、この国ではまだ流通していない。


ゼカリアに来てから魔力が高まるにつれて、生きている者も亡くなった者も共に癒すことが出来る魔力をミレアは少しずつ身につけていた。


ゼカリアの魔女とは、すべてを浄め癒す存在と云われている。

いずれはポーションを用いることなくそれがミレアにも出来るようになる筈だ。


王家三人の墓参以来、叔母の命日になると墓前に花が手向けられるようになった。

恐らくその他の方々の命日もそのような手配が、王家を名乗らずにされているのだろう。


それから数年後、王は自分の退位を表明し、王位を王太子に譲ると、アラミスの関与を事件の関係者にのみ伝え懺悔した。


アラミスはその前年、流行り病でその生涯を終え、ミレアの母も同年体調を崩してこの世を去った。

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