11.解放の呪文
メレディス宛にオスカーから送付されたアラミスの自白の動画の複製を、ミレアは山の家で受け取った。
十年前の事件へのアラミスの関与を知ったミレアは、ショックで気絶した。
そのまま魔力暴走に陥り、気を失いながらも山の家を二度破壊した。
壊しては魔法で元に戻すことを無意識に繰り返したのだ。
「ミレア!」
アイリィにもどうすることもできない。
それでも流石に三度目は壊さなかった。
「ごめん、今は私を止めないで」
目を覚ましたミレアは、ヨロヨロと外へ出てゆくと、 降り積もった雪へ思い切り飛び込んで、そのまま突っ伏して凍りつくにまかせた。
それをアイリィが無言で魔法で溶かしてゆく。
これも何度か繰り返した。
全く収まりそうにないこの感情をどうすればいいのか?
メレディスはミレアが真相を知ればきっとこうなるのがわかっていたから、それもあって山の家へ来させたのだと気がついた。
師匠には本当に敵わないなと、ようやく少しだけ冷静になった。
怒りたいだけ怒り、泣きたいだけ泣いて、叫びたいだけ叫んでスッキリしたら帰っておいで、ということなのだろう。
誰もいないここならば、気が済むまでいくらでもできる。
あまりの怒りで自分が死ぬかもしれないと思ったのは、これが生まれてはじめてだった。
ここまで頭が痛みでガンガンするほど泣いたのもそうだ。
自分が何を叫んだのか全部は覚えていないけれど、こんなに大声を出して叫んだのも、何もかもはじめての経験だった。
想像を越えたこの荒ぶる自分自身に、自分で怖くなる。
ぶちきれると自分もこうなってしまうなんて······。
取りあえず、山の家を破壊しなくてもいられるぐらいには落ち着いた。
家の中を何かに取り憑かれたようにひたすら歩きまわることは止めて、ベッドで大人しく眠ることもなんとか出来るようにはなった。
それからは無気力で何もする気が起きなかった。
ミレアへの母からの拒絶、父からの放置は、悲惨な事件の遺族として精神的な保護のために、それは仕方のないことだと自分に言い聞かせて来た。
でもそうやってやり場のない感情に無理矢理蓋をして、長い間自分の本心を抑圧してきたその反動もあった。
母や父は自分達の生活や人生から私を締め出してしまいさえすればそれでよくても、
······では、私は?
じゃあ、私はどうなるの?
私はどうしたらいいの?
ミレアは両親にずっとそのことに気がついて欲しかったのだ。
ミレアの母にとって幼い頃から美少女だった叔母エレノアは自慢の妹だった。
ミレアが小さかった頃、母はミレアに
「あなたがエレノアのように美少女だったら、見せびらかせたのに」
と言われたことがあった。
髪や目の色が同じなのになぜ似ていないのかしらと不満げだった。
父は「ミレアだって十分可愛いぞ」と慰めてくれたが、それでも母の機嫌は直らなかった。
その自慢の妹が死んでしまったら、今度はあなたの髪や目を見るとエレノアを思い出して辛いと言ってミレアを遠ざけた。
私は叔母には似ていないのではなかったのか?
もっとエレノアに似ていたら良かったのにと散々言っていたのは誰なのか?
理由はわからないけれど、母は元々私を好きではないのだとミレアは薄々気がついていた。
父はそんな母にはおろおろするだけ、母の顔色を窺うばかりで、母の無神経な言動には何も注意してはくれない。
母中心でまわる家は、子どもの頃から居心地は良くなかった。
アラミスへの怒りや憎しみだけではなく、これまで我慢してきた両親への不満や苛立ちも一気に噴出してしまったのだとミレアは自覚した。
アイリィはこんな醜態を晒す自分にもを気遣ってくれている。
自分のユニコーンは、甲斐甲斐しく飲み物や果物、軽食を魔法で出してくれたり、部屋中を花で埋めつくし、心が落ち着くような音色の音楽まで奏でてくれた。
毎晩アイリィに抱きついて眠ると少しは癒えてゆくような気がするが、とにかく「赦せない」という感情からどうにも抜け出せない。
赦せないのはアラミスのことだけではなくて、自分はおそらく母のことも父のことも赦せないのだと思い知った。
こんな激しい負の感情を抱いてしまっている自分は、本当にゼカリアの魔女になどなれるのだろうか?
自分に魔女になる資格があるのかと、ミレアは恐ろしくなって震えた。
感情を制御できないと、メレディスの所へも戻れない。
どうすればこの怒りを抑え、アラミスや両親を赦すことができるのか、どうやったらこの憎しみから解放されるのか、その方法が全くわからない。
今現実にアラミスと対面したら、彼を魔力で攻撃して命まで奪いかねない。
両親にすら暴言を吐いて責め立ててしまうかもしれない。
あなた方はそれでも親なのか?
自分達の立場や心の傷ばかりを庇い、自分の娘を遠ざけるのはどうしてなのか?
親に対して口にしない方が良い言葉ばかりが浮かんできてしまう。
激しい憤りと憎しみに苦しむミレアに、アイリィが言った。
『赦してはいけない人を無理に赦す必要なんてないでしょ。だから一生赦せなくたって別にいいんじゃない? そんなに焦って赦さなくてもいいんだよ』
赦せないよりも赦せる方がいい、赦したら、赦せたら終わらせることができる。
それも正論のうちなのかもしれないが、感情的にどうしても赦せない時には、それらの正論は燃え盛る火に油を注ぐような、強い抵抗を与えるだけで、余計に苦しくなるだけだ。
アイリィの「赦せなくてもいい」「赦さなくてもいい」この言葉こそが、今の荒ぶるミレアにとっては解放の呪文だった。
ミレアは張りつめていたものから解放され、一気に脱力した。
その場で寝落ちし、一週間目が覚めなかった。
目が覚めた時には、魔法庵の自室のベッドの上だった。
メレディスがセルジュと共に迎えに来てくれたのだ。
ミレアが山の家を二度も壊してしまったことを謝罪すると
「よく二回だけで済んだねえ、あたしなんざ、軽く十回は壊しているよ」
「メ、メリ様!?」
「いいのよ、それでスッキリするなら何度でも壊して頂戴、ハッハッハッ」
師匠の豪快さにいつも救われるミレアだった。