10.自白
アラミスは数年来の婚約者に対して婚約破棄を言い渡した。
「君はつまらない」というまったくもって理不尽な理由からだ。
近頃のアラミス殿下は様子がおかしい、奇行が目立つと言って周囲から心配されるようになっていた。
婚約破棄された侯爵令嬢は、悲しむよりも安堵していた。
アラミスから言葉の暴力で追い詰められることがしばしばあったからだ。
その上、少し前から質の悪い薬物に手を出すようになり、止めようとすると暴れるためどうにもできない。
立場上自分側から婚約を辞退できないので、王子側から破棄された方がむしろありがたかった。
アラミスの元婚約者は、これ幸いと婚約破棄の書類へ署名すると、すぐさま王城を後にした。
アラミスは酒に酔うと「ミレア·バーレイを呼べ」「あの女の姪を呼べ」「エレノアの姪を連れてこい」などと叫ぶようになった。
その様子を知ったオスカーは、怖がらせないようにミレアには内緒にした上で、メレディスに警戒するように伝えた。
なぜ兄がミレア嬢の名を叫ぶのか、オスカーには解せなかった。
公務を放棄し、焦点の合わない目つきで暴言を吐き、突然わめき出し、物を投げ散らかすアラミスを畏れ、近寄る者はいなくなって行った。
「そろそろのようだね」
アラミスの不穏な行動は、メレディスがミレアを守るために仕掛けた魔法の影響でもあった。
オスカーがいくら内緒にしようとしていても、ミレア自身がアラミスの生霊を見たり、夢でうなされ、悲鳴をあげて目を覚ますことが増えていたからだ。
アラミスに首を絞められる夢、殺されそうになる夢を頻繁に見ることから、ただ事ではないことは、もうミレアも気がついている。
メレディスは以前からアラミスを危険視していた。
あの夜会の日、中庭のベンチで魔法庵への案内を読むミレアを盗み見ていたアラミスの異様な気配に、何かあると思っていた。
彼には後ろ暗い秘密がある筈で、それを吐かせる必要があると判断したのだ。
白状せずにいられなくなるほど、自分の闇により苛まれるようにメレディスが魔法で少し手心を加えたのだった。
半狂乱の兄を見かねたオスカーは、『自白』のポーションを用いてアラミスに心情吐露を試みた。
これは犯罪者や錯乱状態にある者からも理路整然と状況説明、本音を引き出すことに用いられるものだった。
刑部用のポーションとして開発にオスカーも参加していたのだが、実の兄に使う日が来ようとは思いもよらないことだった。
自慢の髭は手入れをされずに無精髭と化し、憔悴しきった兄はかつての伊達男の面影はすっかりなくなっていた。
「兄上、お気をたしかに。これは気分を落ち着かせるポーションです」
オスカーがグラスに注ぐと、アラミスは奪い取って飲み干した。
警戒心や用心深さはとうに機能していなかった。
深い溜め息を何度か吐き、眼を閉じると、アラミスは十年前の自分の犯した罪を淡々と語りはじめた。
それは懺悔のような告白だった。
その内容は全て記録、録音、録画された。
話終わったアラミスは静かに涙を流していた。そしてそのまま数日意識を失った。
以後ミレアがアラミス絡みの悪夢や生霊に悩まされることはなくなった。
アラミスは精神錯乱と判定され、王籍から抜けることが決定し、離宮に軟禁されることになった。
王家の代々の記録からもアラミスの存在は消され、王家の墓に入ることもない。
これからは忘れられた王子、記録から葬りさられた元王子としての生が続いていくのだった。