1.待ち人
「異界の蒼~ゼカリアの魔女~」というタイトルを改題しました。
内容はほぼ変更ありません。
ミレア·バーレイは銀色の髪を夜会用にまとめ上げ、姿見に映るドレスアップした姿を柘榴石ような赤い双眸で確認すると、急いで寮の自室を出た。
上司から必ず参加するように通達された夜会へ行くため馬車を待っていたが、予約した筈の馬車はいくら待っても来なかった。
会場に姿を見せない部下を心配した上司が、ミレアの宿舎まで迎えに来てくれた。
「何とか間に合いそうだな」
白髪混じりの黒髪に細身の長身の男は気さくな笑みを浮かべた。
「プロワー室長、ご面倒をお掛けしまして申し訳ありません」
王宮魔法省の研究室に勤めるミレアの上司であるプロワー伯爵は、4年前、魔法省を受験した際のミレアの面接官でもあった。
「いや、いい。とにかく参加してくれるならそれでいい」
「あの、なぜ私などをお誘いに? 」
「俺ではなく、王家からのお誘いだ」
「は!?」
理由を教えてもらう前に、別室への呼び出しが有り「まあ、頑張れ」と黒い瞳を細めながら無責任な激励を放つ上司を後にして急ぎ向かった。
近衛騎士に誘導され部屋に入ると、そこに集まっていた面々を見てミレアは瞬時に固まった。
この国の第一王子から第三王子までが勢揃いし、各王子の婚約者と王子妃候補の令嬢までが一堂に集まっていたのだ。
来る部屋を間違えたのかと思ってしまう程、子爵令嬢の自分がここにいるのが途方もなく場違いにしか思えない。
第一王子リオネル殿下と第二王子アラミス殿下は既に婚約しており、第三王子オスカー殿下の婚約者として最有力候補と噂されている公爵令嬢と、もう一人ミレアと同じ魔法省に勤める侯爵令嬢がそこにいた。
ミレアが入室したとたん「では、はじめさせていただく」と宰相閣下が咳払いした後、信じられない発言をした。
「本日ここにお集まりいただいたご令嬢の中から第三王子オスカー殿下の婚約者を決定いたします」
ミレアが絶句していると、他の候補の令嬢から「なぜあなたが」という刺すような視線を向けられた。
(なぜあなたがではなくて、なぜ私が!?ですよ、ええ。)
こんなの何も聞いていません、室長!どういうことですかと、ミレアは早く抗議しに行きたくてたまらない。
「では皆様、会場へお戻りになって夜会をお楽しみ下さい」
王子らが先に会場へ戻るのを見送っていると、第二王子アラミス殿下が振り向き様に
「楽しみにしているよ」
ミレアにウインクして去っていった。
驚愕しているミレアに向けて、令嬢らの更に鋭い視線が向けられた。
ミレアが一番最後に会場へ着くと、第一王子リオネル殿下と第二王子アラミス殿下は自分の婚約者と、そしてオスカー殿下は公爵令嬢と既に一曲目を踊っていた。
壁際に先程の侯爵令嬢が立っているのが見えたが、目が合うと瞬時に視線を反らされた。
同じ魔法省でも部署が違い仕事でもほぼ絡まないため、個人的に接点はなく、顔と名前は知っているが話もしたこともない令嬢だ。
飲み物でも取って来ようと思っていると、また係の者に呼び出され、今度は伝言だという手紙を渡された。
会場で手紙を広げるのは憚られたので、廊下に出て中身を確認をした。
差出人は『M』のイニシャルだけがあり心当たりはなかったが、『どうしても相談したいことがあるので、必ず行きますから中庭のベンチで待っていて欲しい』
ということだった。
ミレアはどう考えても自分がオスカー殿下の相手に選ばれるわけがないだろうし、急ぎの相談事ならば仕方ないと、指定された通り中庭で待つことにした。
1時間待っても誰も来ない。
喉が渇いたので飲み物だけ飲んだらここに戻って来ようと思い会場に向かった。
その途中でプロワーと出くわした。
「どうだい、いけそうかね?」
上司はニヤニヤしている。
「聞いていませんよこんなの······。それに私が選ばれるわけがないではありませんか!」
「まァまァ怒るな、ほら、吉報かもしれんぞ」
プロワーはミレアの眼前に1通の封書をヒラヒラさせた。その封書のユニコーンの紋章に目が釘付けになった。
それはミレアにとって憧れの転属先からの通知だった。
先月に採用試験を受けたその結果待ちのものだ。
「さっき受け取ったばかりだ。君は王族との婚姻よりもこっちなんだろうね、ははは」
「もちろんです!」
上司から受け取ると早速ベンチに座って開封した。
待ち望んだ採用通知に、ミレアは立ち上がって万歳をした。合格者に宛た案内の文章を喜びを噛みしめながら何度も読み返した。
伝言の人物はまだ来ない。
もうすぐダンスの時間は終わってしまう頃合いだ。
今夜は一度ぐらいはオスカー殿下と踊らないと不味いのだろうか?
そんなことがよぎったので会場に戻ると、ミレアに気がついた上司が合否を聞いて来た。
合格を伝えると、とても喜んでくれた。
給仕に2人分のシャンパンをもらう。
「合格に乾杯!」
室長と共に祝杯で喉を潤した。
もう一口と思っていたところへ、女性が後ろからぶつかって来て、ミレアのドレスにワイングラスの中身をぶちまけた。
「あ~ら、ごめんなさい」
女性は扇で顔を隠しながらそそくさと去って行ってしまった。
「はあ······」
ワインの染みが目立つ淡い色のドレスだったために、溜め息が出た。
俯いていた顔をあげると令嬢と踊り終わったばかりのオスカー殿下と目が合った。
汚れたドレスでは殿下とは踊れない。今夜はここまでと観念して、殿下に会釈をして会場を後にした。
ドレスの汚れを拭きながらベンチで待ち人を待ったが、結局最後まで姿を現さなかった。