第87話過去の清算
ナルが、主人のところに向かおうとした時、戦闘が終わったことを確認したアクフは、ナルのもとまで駆け寄って声をかける。
「大丈夫か?今のナルはとてもここから更に戦えるような顔じゃないが。」
ナルの顔はグラペのかつての顔よりはマシであるものの、それでもとても生気を感じさせないものになっていた。
「大丈夫だよ。第一、私がこんな所で引いちゃったら、あんなに大見得を切ってアクフを説得して連れてきてもらったのが無駄みたいになってしまうし。」
ナルは一呼吸をおいて、生気がない顔ながらもしんけんな表情になって、
「あれは、絶対に私がここでケリを付けないといけない因縁だから。」
「だが、そんなことを言っても、ここは戦場だ。しかも、普通の戦場と違って敵がうじゃうじゃ湧いてくることは勿論、とんでもないしぶとさを見せる。さっきのはナルを生かしたうえでの捕獲を狙っていたから命は助かったものの、そんな調子が悪い状態で一人で戦っていたら、死んでしまうぞ。」
アクフも最後の方はナルのことを本当に心配して、若干王暴特有の威圧感を利用して脅した。
その威圧感は普通であれば体全体の鳥肌が立って止まらなくなってしまうのだが、ガイネークの試練によってこの類の威圧感に耐性を持っていた。そのため、ナルは怯まなかったが、アクフの気持ちも汲み取って毅然として、
「そこまで言うんだったら分かった。確かに私はアクフに比べたら、全然強くないから心配になっちゃうのは分かったよ。だったら、一緒につけようよ。奴隷時代の因縁を。」
と提案した。
アクフは共闘の提案を受けて、少し考えてから、自らの身を案じるがあまり大切な人間を見殺しにしてしまったらここまでの努力がなんの意味もなくなってしまうと考え、了承した。
「そうなったら、俺も本気を出すぞ。仮にこの戦いに教皇が乱入してきても対応できるような力を出して戦うが、それでもいいよな?」
「うん。私だって私の種族だったら暫定最強の存在らしいからね。アクフの力の余波で簡単に死ぬことなんてないよ。」
「分かった。じゃあ、行こう。」
「うん!」
そう言って、改めて奴隷時代の主人のもとに向かった。
――
その主人にとって、奴隷とは使い捨てて当然の存在であった。勿論、暴力を一方的に振るって自らの負の感情をぶつけることも、家族の間では当たり前のことだったため、なんの疑問も持たなかった。
また、自らの奴隷が逃げ出すことなんて最も考えられなかった。アクフだけは例外で何かしでかしそうだと思って、配給した食事に軽めの毒を持って行動を抑制しようともしたが。
そういう訳で、ありえないことが起こった主人は怒り狂って、奴隷に自らの感情をぶつけた後、こう思うことになる。少し奴隷を厳しく扱いすぎた。自らのモノとしておいておくならもう少し、情
をかけたほうが支配も強固なものとなるだろうと。
その結果、フラペの様な悲しい事例を生み出してしまったのだ。
そして、そんな主人がかつて自らがもっとも力を持っていると見込んだ樹護り族の少女が、目の前に現れたという事象に思った感情は、やっと帰ってきたか。というものだ。
自らが手塩にかけて育てた結果、他の奴隷と共に逃亡することになった。
そのことに対して、自らの感情を逆撫でするようなことをしたなと思った。しかし、ナルが計画に必要だったため使用人に探させて、少なくない賞金までかけたのだ。
そんな樹護り族の奴隷は前のみすぼらしい見た目から一転してまともな服を来ており、奴隷特有の首輪も綺麗サッパリなくなっている。
まるで、もう誰にも一方的な隷属は受けないと言わんばかりである。
そして、前に見たときのような生気のない目と全てに絶望して現状を何も変える気力もないような顔はもうなかった。
元奴隷の少女ナルは、元主人をこの手にかけるため歩む。
――
元主人の奴隷たちと、又は保有している兵たちを次々と気絶させていって、それでもどうしようもないものはアクフの力を使って葬りながら、元主人のもとまで向かってたどり着いた。
ナルは眼の前にいる元主人のことをよく観察する。大分と顔を見ていないため、前に見たときよりも少し老けている。なんて思う。
何か奇作を考えている可能性も考慮して、ガイネークを地中に潜らせいつでも顔を出して反撃できるようにする。
しかし、そんなことをしても別に特段意味はないかとナルは心の中で考えてもいたりする。だが、慢心が己を殺すと考えて、一応、複数召喚可能なガイネークの小さい分身体を召喚し擬態するように体に這わせている。
(前に顔を合わせたのは、確か数年前くらいであんまり顔を見たことがなかったから、前々からあんまり容貌がどんなのだったのか分かんなかったけど、今見て確信した。あれは間違いない他者を虐げる昔のことの顔を一緒だ。)
そんなことを考えつつ、ナルはどんな攻撃をしてこようと一切正々堂々と戦い、あの頃の奴隷暗殺者と完全に別の存在に変わったのだと主人に見せつけ、己を納得させるために歩く。
その様子を見ながら、もしセブンエンジェル級の実力者が出てもいいようにアクフが三歩後ろを歩く。
「おお。よく戻って来たな。我が樹護り族の奴隷よ。しかし、なんだその男は、私はそんな者を新たに奴隷にすることはないぞ。」
今でも健在な精神性を確認してしまったナルは、一切の躊躇いもなく、昔から使っている得物である果物ナイフを構える。
「どうした?ここに来ているということはフラペが、説得したのではないのか!?」
「あの人なら、私が助けられる領域にいなかったので、大変心苦しかったのですが、殺しました。そして、それは貴方も同様です。」
「なに?いくら樹護り族の末裔だと言っても、たかだかそこら辺にいて捕まっただけの奴隷にやられる程、私は弱くないぞ!」
そう言って、元主人は禍々しい魂塊をナルに見えるようにして、剣に纏わせる。
纏わせた魂塊はとても蠢いており、まるでかつての銃万象の持ち魂塊のようであった。それもそのはず、材料に使っているのはこれまで酷使してきた奴隷たちと、一部高価であったが、間違いをして殺してしまった魂塊使いの魂で出来ている。
原材料としては、エジプト王家に代々伝わるファラオの持つソフィーナトシャンシンと似通っているが、性質と実情は全く持っての反対のものだった。
「ふん、お前にはこれは見せていなかったから、少しは驚くだろうが、なぜ俺がお前に魂塊の才能を見出して魂塊を作らせることが出来たのか考えれば当然のことだったか。しかし、この魂塊はお前に作らせた果物魂塊とは全く持って格が違うものだ。神を模した魂塊をも超えうる力を持っているのだ!」
確かに、ファラオの魂塊、バファイ、銃万象の魂塊など、優秀な魂塊には人間の魂がふんだんに使われている事例が多い。しかし、元主人の魂塊はそんなものでは到底無く、研究していない一代限りの効率の悪い制作方法のものなので、多く見積もったとしても、神を模した魂塊の平均値程度の実力しかない。
ナルに自らの力が誇示できたと思っている元主人は、纏わせた魂塊の個別能力『亡怨跋扈』を使って、剣から無数の人間の形をした魂たちがナルに襲う。
(なにか言っているけど、そこまで強そうには思えないね。これならさっきアクフの説得のほうが威圧感があったよ。)
そう思いながら、ナルは『爆発西瓜』と『植物特性強化』を使って、向かってくる無数の怨念の魂達を払っていく。
(この魂って、もしかしなくてもこの魂塊の元になっている奴隷たちだよね。)
幸いなことに、かつてナルを庇って死んでしまった仲間に近い見た目のものはいなかったために、ナルは粛々となぎ倒していって、元主人の首元を狙う。
一見すれば、格上の魂塊に立ち向かった上で優位を取っている様に見えるが、現在ナルの体にはガイネークによってさらなる身体強化が行われているため、そこまで不思議なことではない。
『亡怨跋扈』による攻撃があまり効果のないものだと理解した元主人は作戦を変えて、自らナルの懐に潜り込むように踏み込もうとする。
しかし、周りにいた兵の掃討を完了させて、ナルに援軍をしに来たアクフの一撃によって、足を一本持っていかれながら妨害された。
「何だ!?この力は!私の魂塊の五感強化でも追いきれない速度で、動いていたぞ!」
現在のアクフは生力を節約するために魂塊は使っていない。しかし、それでも元々の王暴の力と言うものは強力で、神を模した魂塊使いとも殴り合える以上の力を有している。
アクフは、元主人が喋った時に生まれたほんの少しの隙をついて、『象重量撃』を使って、窪みが出来る程の勢いで地面に叩きつける。
魂塊には防御力を上昇させる効力は基本能力には含まれていないために、元主人は地面に叩きつられた衝撃によって、脊髄の一部が切れたために四肢を動かせないまま固まる。
そのまま、トドメを刺そうとアクフは元主人のもとに近づいてエネアーゼを突きつける。
それと同時に、急なアクフ参戦に対応して元主人の背後に回って果物ナイフを突きつける。
もうこれでこの戦いは終わりだなと思った、その瞬間。
辺りに撒き散らされた怨霊達が恨みにだけに掻き立てられて、元主人の中に入り込んでいく。
「はは、私の体の身動きを止めただけで満足するんじゃなかったな。男よ。」
アクフは、これはなにか変なことになってしまうと、急いで心臓にエネアーゼを突き立てる。だがそれは少し遅かったようだ。
元主人は今にも分解されて自然に朽ちていくだけの魂と自らの魂塊を融合させて、新たな存在に生まれ変わった。
「はは!そこの男、私を魂塊もなしに倒せたことは利用価値があるが、この姿になった私にはもう達迎え撃つことなど不可能だぞ!」
その姿を見て、これは流石に魂塊を使わないと面倒なことになってしまうと考えたアクフはすぐに具錬式魂塊術によって、魂そのものとなってしまった存在を両断しようとすると、ナルが止める。
「あれくらいなら、私一人でもなんとでもなるよ。アクフはできる限り生力を温存するために私が避けきれない致命的な攻撃から守ってくれない?」
そういいながら、元主人だった物の下からガイネークを勢いよく飛び出させて捕食させる。ガイネーク程の大蛇が地中から飛び出した影響で、辺りには土が撒き散らされた。そのまま、ガイネークはナルの指示通り地中に潜っていく。
「ああ、これだったら俺が攻撃する必要性は無さそうだな。でも、危なくなったら言えよ。一応魂塊を使わなくても魂塊に対処するための技はあるんだ。」
それを聞いたナルは分かったと言いながら、地中に消えた元主人だった物にどれほどの攻撃を加えることが出来ていたのか確認する為に穴を覗く。
そうしていると、少しその体が欠けている元主人だったものが、ガイネークの口から脱出してものすごい勢いで地上に向かっているのが見えた。
ナルは攻撃を不用意に受けることはないと、後ろに飛んで十分な距離を確保する。
そして、向かわせたガイネークが駄目になったことを確認して、霊体の相手にはこれしか対抗手段がないと、自身に這わせていたガイネークと果物ナイフを、見様見真似で具錬式魂塊術武器、『禁断林檎剣』に変える。
それはアクフの『土雲ノ鉄』よりは練度が劣ってしまうが、それでも戦場で全く持って使えないというものでもなかった。
しかし、ナルがこれまでに行ってきた訓練の時間が短いために『禁断林檎剣』には時間制限があった。
それは3分間。練度で考えれば破格のものであるが、この戦いに関してナルは短期決戦を仕掛ける。
ナルは『爆発西瓜』の余波と自らの強化した身体能力を使って、元主人だった物に斬りかかる。
本来なら、ナルのナイフは元主人だった物をすり抜けることになるが、半分霊体の具錬式魂塊術武器なら、干渉でき確かな傷を与える。
それによって、元主人だった物もこの戦いは短期決戦にしなければ行けないと感じて攻める。
ここで、ナルが迎え撃つため、ガイネークの個別能力とも言えるのものである『禁断の知識』を使って、かつてナルが見てきた様々な魂塊に依存しない武技を生力を消費することと引き換えに再現できるようにする。
それによってナルはかつて共に旅をしていた時に見た『水平行逆の理』を使って、元主人だった物を無防備にして、
最後に『爆発西瓜』による強化も行って、己の生力を十分に使用した『超過洪水』を使ってトドメを刺す。
トドメを刺された元主人だったものは真っ二つになって消滅する。それに伴って魂塊に縛り付けられていた魂が解放されて天に登っていく。
確実に倒したことを確認したナルはアクフの方に振り返って笑顔で、
「アクフ、やったよ!」
と言い。かつて森から抜け出した時と同じ様なピースサインを見せた。
「ああ、やったな!」
それをアクフは笑顔を仕返して祝福した。
そして、ピースサインをし終えたナルは天へとバラバラになりながら登って行く奴隷たちの魂を見て空を見上げて、
(皆、これで全て終わったよ。どうか安からかに眠ってください。)
と思いながら、ナルは仲間たちが安らかに眠れるように祈るのだった。




