未来への特急列車
この小説が書かれたのは2021年です。当時、ネトフリのオリジナル作品は微妙な物ばかりでしたが、今では面白いものも増えてきました。
昼間にも関わらずほとんど日の光の射さない森の静寂を打ち破るかのように、狩人らしき一人の青年が何かを追いかけていた。獲物との十分な距離が取れると、青年は弓矢を引き絞った。矢は神々が水面を走るかのように真っすぐと、哀れな兎へと飛んで行った。
青年は捕らえた兎を脇に抱えながら、村への帰路へ着いていた。永遠に続くかのような森の中を迷うことなく進んで行ったが、ふと見ると、古ぼけた小屋があることに気が付いた。彼は困惑した。この森は自分の家の庭のように知悉していたが、このような建物を見たことはなかったからだ。恐る恐る近づいて見ると、どうやら人の気配がする。これは魔女か、仙人かと訝しんでいると、驚いたことに中から怪しげな老人が出てきた。「これは、これは、やっと参りましたか。さあ急いでくだされ、もうすぐ出発の時刻ですぞ。」そういうなり老人は物凄い力で、青年を小屋の中へと引っ張っていった。青年は抵抗するも、老人は意にも介していないようであった。小屋の中に入ると、不思議なことに、辺り一面に森の中とは似ても似つかぬ空間が広がっていた。その空間は、青年は知るべくもなかったが、駅のプラットフォームのようであった。青年は自らの想像を超えた建築物を目の当たりにして、さてはこの老人は神の使いであろうと推測した。老人の前に跪くと、「尊き方よ、どうかあなたのお名前を教えてください。」と懇願した。すると老人は従順な青年の態度に感心したように、「なに、なに、そう硬くならんでもいい。わしは君のような男が大好きでな。これから良い所へと連れて行ってやろう。さあ、この乗り物に乗るといい。早くしなければ出発してしまうぞ。」
青年はわけも分からないまま、馬車を何倍にも大きくしたような、鉄の乗り物へと誘われた。その乗り物の中は案外広く、椅子がいくつもある縦長の部屋のようであった。青年は老人に勧められるがまま、その内の一つの椅子に座った。すると、横には恰幅のいい紳士が座っていた。「おや?あなたも運命の羅針盤を探しているのですかね?奇遇ですね、私も先ほどそのためにこの列車に乗ったのですよ。ここは一等車でしょうか?それにしては、少しみすぼらしい気がしますが…おっと失礼しました。私の名はオーマンコ・チンコスキーと申します。いご御見知り置きを。ところで、あなたは私の帽子を知りませんか?先ほどどこかに落としてしまったのです。神の怒りが罪深き私を罰したのでしょうか?あの帽子は私の父の形見なので、どうにかして見つけたいのですが…ご領主様のお怒りに触れていらい、万事この通りで困っているのです。あの運命の羅針盤さえ見つければ、私の運命も好転するでしょう!あの羅針盤はそれほどまでに尊いものなのですよ…」
聞いてもいないのに長々と喋りかけてくる紳士に青年は怯みもせずこう言った。「その運命の羅針盤とはなんでしょうか?」「運命の羅針盤をご存じないとは!?いやはや!私は自分が恥ずかしい!このような野蛮人に話しかけていたとは!?これでは、ご領主様が私にお怒りになったのも当然です!皇帝陛下のご恩恵を受けて、生まれ育ったというのに、あの聖遺物を知らぬ蛮夷も見分けられるとは!このような罪深き私はこの世に存在するべきではない!我が命よ!この世から消え去るがいい!」そう叫ぶと紳士は窓の外へと身を放り投げてしまった。青年は慌てて、窓の外を見ると、プラットフォームに惨めな狂人が仰向けになって倒れていた。列車はまだ発車していないんだから当然だよね。
老人は呆れてこう言った。「やれやれ、ありもしないものに取りつかれて、現実が見えなくなるとは、惨めな男やのぉ。こんなやつに必要なのは暇つぶしのためのネットフリックスじゃろう。」老人は親切心からプラットフォームに降りると紳士のポケットからスマートフォンを取り出すと、Netflixのアプリをインストールして、登録画面まで進んだ。順調に登録を進めていたが、決済画面に進むと老人は顔をしかめた。「なんじゃと!まともな画質で見るには月に1500円も払わなければならないのか!?つまらないオリジナル作品(*サイバーパンク:エッジランナーズは除く)と、貧弱なラインナップに月に1500円じゃと!これならアマプラでええじゃろう!即配もつかえることじゃしな。」そうしてNetflixのアプリを消して、Amazonプライムに登録しようと器用に指でスワイプ操作していくと、突然その指の動きが止まった。
紳士は既にAmazonプライムに登録していたのだ。彼は狂ってなぞいなかった。