18 狂戦士、救援に向かう。
黒い飛竜を退けた(と言わせてもらう。嘘ではない)私は、その後も森での狩りを続けた。
しかし、空回りしたせいかどうもやる気が出ず、魔獣が最も少なくなる真昼には切り上げることに。
魔石の換金をしに関所へ行くと、話を聞いたコレットが驚きの声を上げた。
「飛竜種と戦ったって! しかも黒竜ってそれ! ディアボルーゼじゃないですか!」
例によって、彼女の声で私に注目が集まる。
だが騒いでいるの、ベテランの奴が多くないか? 台地の上で活動してそうな熟練の戦士ばかりだ。
私が普通の新人じゃないことはこの二か月で知れ渡ったが、対魔獣戦の経験ではあいつらの方が上。だからやはりいつもどこか愛くるしい小動物を愛でるような目で私を見てきていた。
ところが今日はどうだ? まるで本物の強者に対する眼差しのようではないか?
とても気分がいいぞ。
「コレット、そのディアボルーゼって難敵なのか?」
「難敵も難敵! 台地でも何人もの戦士がやられてるんですよ! それを転送二か月で退けたって、リムマイアさんすごすぎです!」
そうかそうか、まあ退けたのは事実だしな。
コレットが半笑いで「嬉しそうですね」と言ってきたので、とりあえず口元を正した。それから彼女は言葉を続ける。
「ハロルドさん達も戻ってきたら絶対にびっくりしますよ」
「ん? あいつら、今日も狩りに出てるのか?」
お祝いの翌日だし、今日はさすがに休むと思ったのだが……。どこまでも真面目な奴らだ。
「帰ってきたら今日も何かごちそうしてやるか」
私の呟きに、コレットがピクリと反応した。
「……お肉、ですか?」
「肉もあるだろうな……。お前、昨日あんなに食ったのにまだ食いたいのか?」
「正直かなり胃もたれしていますが……、いけます!」
「……そうか、じゃあ来い」
「わーい、ありがとうございます。はいこれ、本日の代金です」
彼女が差し出した札束二つを見て、私は思わずため息をついた。
「やっぱり今日は少ないな。まあメシ代くらいにはなるだろう」
「普通のチームの数日分ですよ……。ですが、それは二百万ゼア分食べていいというお許しの言葉と受け取ります」
勝手に受け取るな、本当に胃もたれしてるのか。
金を腰の道具袋にしまおうとして、その中にある紙切れが魔力を発しているのに気付く。
これは受信紙と呼ばれる魔法道具だ。送信紙とセットになっており、あちらに書いた文字が受信紙にも表示される仕組みになっている。通信範囲はそれほど広くないが、町と森くらいなら充分にカバー可能。
なので、もし何かあったらすぐに知らせろ、と送信紙をナタリーに渡してあった。
受信紙を手に取ると、すぐにスーッと文字が浮かび上がる。
それを読んだ私は戦慄を覚えた。
『デッドゾーンが出現しました。リムマイア様、今までありがとうございました』
受信紙には走り書きした別れの言葉が表示されていた。
……恐れていた最悪の事態だ。
ナタリーがいてチームがデッドゾーンに突っこむことはまずありえない。つまり、彼女が書いていた通り、現在いる場所が急にデッドゾーンに変わったということ。
そして、あのメッセージを送ってきたのは、もう逃げられないと覚悟を決めたから。
冗談じゃない! 死なせてたまるか!
昨日の今日でハロルド達を失ったら、あいつらを移籍させてくれたミッシェルに顔向けできん! あとデュランから永遠に嫌味を言われる気がする!
とはいえ、私が今から森に入って探し回っても絶対に手遅れだろう。
……だが、一つだけ皆を救い出す方法がある。
できるかどうか分からないが、やるしかない!
私が関所の入口に歩き出すと、受付のコレットが声を上げた。
「突然怖い顔をしてどうしたんですか!」
「肉を食いたきゃ祈ってろ」
「はい! 祈ってます!」
外に出た私は意識を固有魔法に集中させる。
ハロルド達の居場所を突き止めるには、魔力を底上げして感知範囲を大幅に広げるしかない。
〈戦闘狂〉の力を少なくとも半分は引き出し、それを完全に制御しなければならない。意識を本能に呑まれればもう助けにいくことは不可能になる。
果たして今の私にそれができるか?
ふと、昨晩の焼肉パーティーが頭の中に甦ってきた。
これまでの苦労がようやく報われ、嬉しそうに羽を伸ばす九人。
……あいつらを、失いたくない。
絶対に制御してみせる! 〈戦闘狂〉発動!
ズズズズ、ズ、ズ…………。
……魔力と引き換えに、理性が持っていかれる感覚。
ここだ、渡すな。ひたすら奪え。私の得意分野だろ!
……よし、……よし、いい感じだ。
このまま保持しろ……。
…………、……うむ。意識は、あるな……? こう考えているんだからあるだろ。
ということは……、成功だ! 力半分だが〈戦闘狂〉を制御した!
周囲に目を向けると、ベテランも新人も関係なく、戦士達が一様に呆然と私を見つめていた。誰ともなく呟くのが聞こえる。
「……なんて、魔力量。まるで、英雄クラスだ……」
……驚きの中に畏怖が混じったこの眼差し。
やはりあまり心地いいものではないか。前世を思い出す。
とはいえ、小動物のように愛でられるのも好かんし……、複雑だ。
今はそれどころじゃなかった。ハロルド達を見つけないと。
この魔力量でもサフィドナの森全域は到底覆いきれん。なので魔力を細く伸ばし、探るように森を進ませる。
チームの狩り場は奴らから聞いて大体把握していた。その中で、ナタリーが私の救援が間に合わないと判断した場所となれば、数はかなり絞られる。
複数ルートの魔力探査を同時に行った。
…………、……見つけた!
すぐに私は地面を蹴った。
上空百メートルを超えた辺りまで跳ぶと、〈ステップ〉で足場を出す。それを蹴って一気に目標地点へ。
今の強化された身体能力なら、この方が森を行くより断然早い。
その時、高速で飛ぶ私よりさらに高速で接近する者に気付いた。
また飛竜種か! ちっ!
もう一度〈ステップ〉を使って方向を急転換。
ガキンッ!
さっきまでいた空間には鋭い牙が並んでいた。
その持ち主の全身に目をやる。漆黒の闇を思わせる真っ黒な鱗。
今朝方、見たばかりなので間違いようがない。飛竜種ディアボルーゼだ。
というよりこいつ……、さっきの奴だろ。魔力で分かるぞ。
黒竜の大きな目が動き、あちらも私の姿を捉えた。即座に、またお前か! と言わんばかりに「ガァッ!」と鳴く。
こっちのセリフだ!