17 狂戦士、最強種に襲われる。
翼を生やした巨大な竜が私に向かって飛んでくる。
モノドラギスより遥かにでかい! とりあえず回避だ!
立っていた枝から跳び、繰り出された鉤爪を寸前で避けた。
地面に下りるなりすぐに剣を抜く。
ちっ、まるで鷹に狙われた鼠の気分だ。できればそのまま飛び去って……、はくれないか。戻ってくる。
上空で旋回した竜は私の前に着陸した。
真っ黒な鱗に全身を覆われ、体長は二十五メートルほどあるだろうか。その巨体もさることながら、内に秘めた魔力には目を見張るものがある。
たまに台地の上から飛来することがあると聞いていたが、まさか本当に襲われるとは……。
これが魔獣最強の種族、飛竜種か。
……どうする、まだこんな奴との戦闘は想定していないぞ。だからこの竜の名称も分からないのだが、見た感じ、闇属性の力とか使ってきそうだな。全身真っ黒だし。
と思っていると、飛竜はガパッと口を開いた。
放たれたのは地獄の業火のような黒炎だった。
ゴオオオオォォォォォォ!
やっぱりか! あちちちちちち!
即座に速度強化の〈スピードゲイン〉を発動して場を離れたにも関わらず、背後から焼けつくような熱線を感じる。
振り返るとかなりの面積の森が消し飛んでいた。どうやら樹木も一瞬で灰と化したらしい。
上位の魔獣が遠距離魔法を使ってくることは知っていた。それゆえに、私は対策を考え、防御魔法も準備している。
……しかし、こんな桁外れの威力の闇魔法は防ぎようがない。
避けるだけで精一杯……、む?
いつの間にか、黒竜が目の前で前脚を振り上げていた。鋭い爪の生えたそれが私に迫りくる。
引き裂かれる! いや! 潰される! 今のスピードでも回避は間に合わん!
もうこれしかない! 〈マジックロープ〉!
離れた木にロープの先端を接着させ、自分の体を引き寄せた。
間一髪で巨大な前脚から逃れる。
あれだけでかいのにこの森の魔獣より遥かに俊敏だ……。
……これは、逃げられないか。
だったら戦うしかない!
私は〈アタックゲイン〉と〈ガードゲイン〉も使用して全強化の状態に。
魔力の大剣を構えて駆け出す。
……とはいえ、接近戦は遠慮したい。ここまで見る限り、どんな攻撃であっても一発でもまともに食らったらただじゃ済まない。
よって、まずは機動力を生かして奴の死角へ。
空中へジャンプすると、そこに半透明の板が現れた。それを踏み台に跳ぶとすぐに次の足場が。
これは〈ステップ〉という魔法だ。超大型魔獣との戦闘では必須であり、〈マジックロープ〉と合わせれば、私は空中でも自在に動き回れる。
魔法の足場で宙を駆け上がり、黒竜の真上に到達した。
背中を取られたにも関わらず、竜の方は全く慌てる様子がない。
強者の余裕か! だったら受けてみろ!
〈サンダースラッシュⅡ〉!
大剣から放たれた雷の波動がまっすぐ下へと飛んでいく。竜の背中に直撃した。
だが、竜の黒い鱗が少し舞った程度で、大したダメージにはならず。本人(獣)も、意にも介していない。
……私の主力魔法でこれか。余裕なわけだ……。
私の方は余裕など全然ないというのに……。
まったくその通りだった。
背後から接近する魔力に気付いて振り返る。大木のような竜の尻尾が間近に迫ってきていた。
魔法の足場を蹴って離脱するも、完全には避けられそうにない。咄嗟に大剣でガードした。
尻尾がわずかにかすっただけにも関わらず、魔力の刃が砕け、私の体は弾き飛ばされる。地面に激しく叩きつけられた。
くぅ、力の差は歴然か……!
あの黒竜もそれを分かって襲ってきてるな。今の攻防の感じから、向こうもしっかり私の魔力を感知しているのは明白。
魔獣は自分より弱く、かつ実力のある人間を狙う習性があるらしい。
つまり、私はちょうどいい獲物と判断されたわけだ。
黒竜の、捕食者の眼が私の体を貫く。
…………、……ふ。
……ふざけるな。
見た目だけで判断されたならともかく、実力まで承知の上での獲物扱い。
……なめてくれる。……これほどの憤りを覚えたのは前世以来だ。
ただで食われてたまるか!
目にもの見せてくれるわ!
もちろん私に残されているのは〈戦闘狂〉を使う道だけだ。それでさえ、この最強種の竜を倒せるかは微妙なライン。
だがやってやる!
たとえ敗れることになろうとも貴様に一生消えぬ傷を負わせてやるぞ!
私は剣に再び魔法の刃を構築する。そして、殺気と共に言い放った。
「来るといい! 私を狙ったことを後悔させてやろう!」
……パチ、パチ! ……パチ、……パチ、パチ!
今回は本気な分、殺気に反応して空気中の魔力もよく弾けるな。
さあ、我が固有魔法よ、今日はその狂気に満ちた力を存分に解き放つがいい!
いくぞ! 〈戦闘……。
ところが、黒竜は突然くるりと回れ右をした。
私の殺気に怯んだような感じではない。
む、おい、急にどうした?
私、今からすごい……。
竜はちらりと振り返り、一度大きく息を吐く。
(なんか面倒そうだし、やっぱりやめとく)
言葉は通じなくても、そんな意思がありありと伝わってきた。
……そうか、……案外、諦めが早いんだな……。
飛び去っていく竜を眺めながら、私は体中の力が抜けていくのを感じた。
私一人だけ盛大に空回ったみたいで、とても恥ずかしいのだが……。