15 狂戦士、友達の重さを思い知る。
新暦四六一年六月上旬。
ミッシェルとレオが帰還してから一か月が経った。
私の日常は決まった形を繰り返している。夕暮れまで狩りと探索を行い、それが終わると関所へ。向かうはもう完全に行きつけになっているコレットのカウンターだ。
「今日もお疲れさまでした、リムマイアさん。では魔石をお預かりしますね。はい、こちらが本日届いた分です」
魔石の換金を待つ間、彼女が取り分けておいてくれた手紙を読む。
レジセネには一日一回、まとめて手紙が転送されてくる仕組みになっていた。そして、その中に一通、必ず私宛のものが含まれている。
差出人は全てミッシェルだった。
あのお嬢はドルソニア王国に戻ってから、一日も欠かさず手紙を送り続けてくる……。
……重い。
……安易に了承してしまったが、友達とはこれほど重いものだったのか。知らなかった……。
だがまあ、そんなに悪い気はしないでも……、いや、何でもない。
とにかく、おかげで私はミッシェルの近況が詳細に把握できている。
驚いたことに彼女はあの若さで当主の座を継ぎ、それによって公爵家は持ち直したらしい。
どうやらデュランがうまくやったようだな。
同じレオの弟子ということもあり、私はあの男と何度か顔を合わせていた。
あいつから漂ってくる雰囲気には覚えがある。以前の私が生きた時代に存在した、名軍師とか呼ばれる奴らとそっくりだった。
ドルソニアで最後に会った時、デュランは奇妙なことを言っていた。
まず一緒に転送されるミッシェルのことをよろしく頼まれた上で。
「ミッシェル様は私にとって特別な方ですので。……実は、私は他の貴族達には辟易しているんです。人類が今、どれほどの危機に立たされているかも知らず、くだらない権力闘争を続けている。これまでの愚行を清算させるには、たんまりと蓄えた財を人類の勝利のために使わせるしかないと思っています。その先頭にミッシェル様が立てば、面白いことになりそうなのですがね」
これを聞いた時、そんなのありえないだろと思った。
……だが、今はそれが現実のものとなっている。
デュランはいったいどこから仕組んでいた? まさかミッシェルの公爵家が権力争いに敗れたのも、早々に彼女を当主にするため、あいつが裏で動いたんじゃ……?
これは勘ぐりすぎか。
そういえば、デュランは別れ際にさらにおかしなことをこぼしていたな。
「まったく世話の焼けることですが、かつての奪う命の数を計算する仕事よりは幾分かマシですよ」
あの時は、本当におかしなことばかり言う奴だと取り合わなかったが、ここまでの成果を見せられると……。
デュランはまだ十七歳で、幼い頃から今の家に仕えている。
では、あいつの言ったかつての仕事とは、まさか……。
ドルソニアに帰ったら奴に問い正す必要があるな。
そうだ、私も一度帰還してもいいかもしれない。ミッシェルが私のために家を建設してくれているらしいし。
……友達って、家まで建ててくれたりするものなのか?
いやいや、さすがに分かるぞ。絶対にそこまではしない。ミッシェルは間違いなくかなり重い友達だ。
まったくもう、私のために家なんて、まったくもう困った奴だな。ふふ、どんな家だろう、大きい家だったらいいな。
……む、別に私は楽しみになんかしてない。
「リムマイアさん、ずいぶん楽しそうですね。何かいいことでも?」
「……別に、ない」
もう魔石の換金が済んだのかとカウンターに目をやると、コレットは「どうぞ」と私にお茶を差し出してきた。
「いつもはお茶なんてないだろ?」
「そうでしたっけ? 戦士の皆様は大切なお客様なんですから、お茶くらいお出ししますよ」
眩しいほどの営業スマイルを浮かべるコレット。
なるほど……、原因は今日の手紙に書かれていたやつか。
ミッシェル派の働きかけで、ドルソニア王国は世界戦線協会への負担金を大幅に増額したらしい。協会の運営は各国からの出資でなり立っている。
誰かの計画通り、早速ドルソニアは人類の勝利のために金を使い始めたようだ。
確かに、それには協会の資金を潤沢にするのが一番てっとり早いだろう。戦争に関するあらゆることが改善されるのだから。
……こいつら職員の待遇とかもな。
コレットはニッコニコしながら。
「おかげさまでお給料が増えるかもしれません」
「……礼なら、私の重い友達とその腹黒執事に言え」
まあ、助かっているのは私達王国の戦士もなんだが。
今日ミッシェルから届いた手紙は二通あった。一通はいつもの彼女の日常を綴ったもの。そして、もう一通は私が待ちに待っていたものだった。
ふふ、あいつら、喜ぶぞ。
そろそろ戻ってくる頃だと思うんだが……。お、来た来た。
関所の入口から大所帯のチーム、ハロルド達九人が入ってきていた。
彼らは私の姿を見つけると、揃って嬉しそうな顔で駆け寄ってくる。
あれ、すでに何か喜んでるな。
「リムマイア様! やりました! ついに俺達だけでモノドラギスを倒しましたよ!」
「本当かハロルド! 皆よくやったぞ!」
通常、新人は大型魔獣を狩れるようになるまで半年ほど要する。
チームの人数が多いとはいえ(一般的には一チームせいぜい五、六人)、二か月で仕留めるのは大したものだ。
やはりレオが一か月間付きっきりで指導した成果か。
それに、彼女に経験が蓄積されてきたのも大きいな。
ハロルドの隣にいる眼鏡をかけた女性戦士に視線を移した。
「どうだ、ナタリー。明日からも続けて狩れそうか?」
「はい、直線攻撃が主体のモノドラギスはもう問題なく。機動力に富んだウルガルダは少し慎重にいかなければなりませんが」
彼女の名はナタリー。私と一緒に転送されてきた(このチーム内にいる)三人の中の一人だ。
クラスは【シーカー】で、その固有魔法は〈状況分析〉。
当初、私はそれほどの魔法とは思っていなかったのだが、それは彼女に経験が足りなかったせいだった。〈状況分析〉は周辺から高速で情報を読み取り、その先の予測を立てる。
要となるのはナタリー自身の経験で、それが蓄積されればされるほど正確な予測ができるという、実はとても使える魔法だと判明した。
ちなみに、ナタリーがかけている眼鏡は私が買ってあげた魔法道具で、ちょっとした透視と遠見の能力が備わっている。
分析の範囲と精度が上がると思ってな。あと、なぜか彼女には絶対に眼鏡をかけさせなければと思った(本来、彼女はすごく視力がいい)。
そんなナタリーが副隊長になることで、チームの安定性と安全性は格段に高まった。
なお、【ウォリアー】であるハロルドの固有魔法は〈団結〉だ。
彼が指揮をとれば、チームの結束が固くなり、連携がうまくいくという、ざっくりした感じの魔法だな。完全にリーダー向きの能力だし、その人間性も手伝って、彼ほど隊長に適した者もいないだろう。
ハロルドとナタリーが率いることでチームはかなり強くなったし、これからまだまだ強くなるはずだ。
おっと、そうだ、伝えることがあったんだった。
「ハロルド、正式に決まったぞ。もうお前らはドルソニア王国の民だ」