14 [ミッシェル]お嬢様、当主になる。
どうなっているのでしょう?
国王様から、叱られるどころか、ご褒美までいただけました。
さらに、周囲の貴族達の私を見る目も好意的なものが多いような……。
私、没落寸前の貴族令嬢ですよ?
そして、極めつけは屋敷に帰ってから起こりました。
エントランスにて、なんと一族総出での出迎え。
中心にいるのは当主であるお父様です。よかった、お元気になられたのですね。
「ミッシェル、考えなしで勢いだけの娘だとばかり思っていたが……。いつの間にか、こんなに立派に成長していたのだな。私は今回の件で責任をとらなければならなかったが、後のことだけが心配だった。しかし、今のお前なら安心して任せられる。ミッシェル、今日からお前が当主だ」
「……そう、ですか。頑張ります」
もう何が何だか分かりません。
ですが、これを仕組んだ人物なら分かります。
自分の部屋に戻ると、その彼、執事のデュランがお茶を入れて待っていました。
「お帰りなさいませ、お嬢様。いいえ、もうご当主様とお呼びするべきですね」
「……名前の方でお願いします。デュラン、いったい何をしたのですか?」
「私もこの一か月を有効に活用しておりました。ミッシェル様が人類と王国のため、自らの危険も省みず前線の視察に向かわれたと、色々な方々にお話していたのです」
「視察なんて、私は……」
「ミッシェル様のことですので、町のあちこちに赴き、その先々で話をお聞きになったのでは?」
「……その通りです」
「しっかり視察なさってきたではないですか」
……デュランの言った通り行動してしまう私ですので、彼からすれば私の行動を読むことなど造作もないですね。
ですが、視察に行ったくらいでここまでもてはやされるものでしょうか? 国王様まで、誇らしく思う、だなんて。
優秀な執事はその理由も知っていました。
「当然ですよ、今まで前線に行った貴族など一人もいないのですから。戦士でなければ立ち入れない場所であることは、ミッシェル様ご本人が一番お分かりでしょう」
「ええ、あそこは地獄です」
戦士達は本当に大変な敵と戦っています。
そうでした、帰還したら必ずやろうと思っていたことがありました。
「私、戦士達に何か支援をしたいのですが」
「ミッシェル様ならそう仰ると思っていましたよ。でしたら、他の貴族の方々にも協力をお願いしてみてはいかがです?」
「没落寸前の当家に協力などしてくれるでしょうか?」
「ミッシェル様が直接足を運ばれれば大丈夫だと思いますよ。あなたの話を聞きたいと考えておられる方は多いはずです」
デュランに言われるままに、私は他家に打診してみました。
すると、意外にも手ごたえのある感触が。実際に各家の当主の方々にお話をしたところ、一緒に支援したいと言ってくださる家が次々に。
その輪は派閥の垣根を越えて広がっていきました。
……あれ? 当家を中心としたこの円自体が、もう一つの派閥になっていませんか?
気付けば、私は魔獣との戦争を支援する貴族集団を率いていました。
「没落の危機にあったはずの当家が、なぜこんなことに……」
お父様から引き継いだ執務室で、私は思わずそう呟いてしまいました。
「国内の権力争いからは距離を置き、人類共通の敵と向かい合う。つまり、立ち位置を変えたからですよ」
とデュランは私の机に書類の束をドサッと。……多くないですか?
抗議の視線を向けると、執事は非の打ち所のない微笑み。
「家の評判が持ち直したことで商売の方も順調なのです。お励みください」
結局、あなたの思い描いた通りということですか……。
当主となって、覚えることなすべきことが一気に増えましたが、どうにかこなしています。
ここに来て固有魔法〈二度寝〉がとても役に立つことが分かりました。
今日も私は一時間しか睡眠を取っていません。ですが、間に一回起きて〈二度寝〉を使うことで、まるでぐっすり眠ったかのような爽快感。
私は色々な面で人より劣っていますが、人より長く活動すれば挽回できます。
とにかく頑張らなければなりません。
私はレジセネの町に滞在した一か月の間、この戦争についてもリムマイアさんと話し合いを重ねました。
その結果、私は私のできる方法で魔獣と戦うと心に決めたのです。有能な執事のおかげで態勢も整いました。
リムマイアさん、待っていてください。
私は国を挙げて、人類のために戦う戦士達を、そしてお友達のあなたを全力で支えます!
執務机に向かう私を見て、デュランがまた微笑みを湛えていました。
「ようやくご自分の道がお分かりになったようで。ミッシェル様、あなたならきっと本当に英雄になれますよ」
え? いえ、もう英雄はこりごりなのですが……。
それより私はリムマイアさんに会いたいです。
なかなか私の方から行くのは難しく、困ったもので……。彼女が帰ってきてくれるのを待つしかありません……。
あ、ではリムマイアさんが帰ってきたくなるようなものを用意すればいいのでは!
確か彼女は、貴族より大きな家に住みたいと言っていました。
「……デュラン、お家を建てましょう」
「家屋ですか? どのようなものです?」
「この屋敷より大きなお家です」
「…………、それはもはや宮殿ですね」