13 [ミッシェル]お嬢様、戦場に行く。
私の名前はミッシェル。ドルソニア王国、公爵家当主の娘です。
現在、当家は非常に厳しい状況にあります。権力争いに敗れ、主導している派閥から次々に貴族達が離反。公爵家という地位にありながらまさに没落の危機にあるのです。
あまりのショックで当主である父は寝込んでしまい、一族はもう大変な騒ぎ。
十五歳という若輩ながら、私も家のために何かしなければ、という思いに駆られました。
考えに考え抜いた結果、一つの妙案が。
「お嬢様、ご注文なさっていた品々が届きましたよ」
そう伝えにきてくれたのは執事のデュランでした。
二つ年上の彼は幼い頃より私に仕えてくれています。今回の計画にも全面的に協力してくれている頼れる存在です。
届いた品々を前に、私は高まる気持ちを抑えられません。
「素晴らしいです! 必ずや私はこれで英雄の座に上り詰めてみせます!」
そこにあったのは一揃いの武具。
私の動かせるお金全てを注ぎこんだ特注品です。とりわけ剣と鎧は、それぞれ攻撃と防御の魔法が付与された一級品。
これらを装備して私は戦場に赴きます。
そこで戦果を出し、王国の英雄に!
国の主力とされる英雄クラスになれば、貴族以上の地位が与えられます。当家を没落の危機からも救えるはず!
「そんなにうまくいくでしょうか……」
私の熱い想いに水を差すようにデュランがため息を。
「いかないと困ります。家の力でもう次の転送メンバーに入ってしまいましたから」
現在、人類は魔獣との戦争状態にあり、各国で維持する前線はドルソニア王国より遥か遠くにあります。行くには月に一度だけ魔法転送される戦士達の一人に選ばれなければなりません。
非常に狭き門ですが、家の力で何とかなりました。
戦いに向けて戦闘クラスも授かりました。私はもう【セイバー】レベル1です! 固有魔法は〈二度寝〉という何だか不思議なものが出ましたが。
ともかく、あとはあちらで頑張るのみ。この特注品の武具があれば大丈夫なはずです。
「とはいえ、少しは訓練をしておくべきでしょう。お嬢様には何を申し上げても無駄だと承知しています。わずかな時間しかありませんが、私がお相手しますよ」
デュランが木剣を二本持って立っており、内一本を渡してきました。
こうと決めたら譲らない性格の私に、デュランは昔からよくついてきてくれます。常に私の味方であり、困った時には助けてくれる人。いざという時に私を守るためだと、武術まで習いにいってくれています。
それにしても、木剣とはなかなか重いのですね。
え? 本物の剣はもっと重いのですか?
……認めます。
戦いを甘く見ていた、と言う他ありません。
一週間後、共に転送される戦士達との顔合わせが行われ、私はそれを思い知ることになりました。
戦士同士の手合わせで私は十歳の少女に一撃で敗北。私は自慢の特注品装備、相手は訓練用の簡易装備だったにも関わらずです。
少女はリムマイアさんというそうで、打ちひしがれる私を食事に誘ってくれました。
連れていかれたのは、一度も足を踏み入れたことのない下町の、しかも路地裏でした。周囲は何だか怖い人ばかりですが大丈夫でしょうか……。
「ミッシェル様、俺もいるので安心してください」
そう言ってくれた方は、今回、私達新人戦士に同行してくれるベテラン戦士のレオさんです。
王国の訓練所で師範も務めているそうで、リムマイアさんの師匠でもあるんだとか。頼もしい四十代のおじさんです。
私達は屋台のお店で食事をすることになりました。
とても香ばしい匂いがします。待っていると、出てきたのは棒の刺さったお肉でした。
えーと、ナイフとフォークは……?
「そんなもんいるか。焼き鳥はこうやって食べるんだ」
とリムマイアさんは棒を掴んでお肉にかぶりつきました。
なるほど、そういう作法なのですね。
では私も。あら、美味しい。
焼き鳥を食べる私をじっと見つめた後に、リムマイアさんは話を切り出してきました。
「なあミッシェル、事情は聞いたが、やっぱり戦場に行くのはやめておかないか? お前が英雄になるのは無理だぞ」
……分かっています。私は英雄どころか戦士にもなれないと。
リムマイアさんは孤児院の生まれだそうです。自分の腕一つで成り上がると決め、この若さで戦士の道に入ったという話を伺いました。
実際、素人の私から見ても、彼女の身体能力や戦いの才能は大変なものです。きっと英雄になるのはこういう人なのでしょう。
分かってはいても、私は一度でいいからこの目で戦場を見てみたい。国や人類を守る戦いがどのようなものなのか、直接見て確かめたいという思いが湧いてきました。
足手まといになるのを承知で連れていってほしいとお願いしたところ、レオさんが。
「リムマイア、何とかフォローしてやってくれ。デュランからも頼まれてるんだよ。連れていって連れ帰ってほしいって」
「レオさん、デュランをご存知なのですか?」
「あいつも俺の弟子なんですよ」
そうだったのですね。
それにしてもデュランったら、連れていって連れ帰ってほしいだなんて。最初から私には無理だと分かっていたということじゃないですか。でしたら、同行者のレオさんに私を止めるよう言ってくれてもよかったのでは? 確かに私はこうと決めたら譲りませんけど。
でも、もう少し必死になって止めてくれてもいいのでは?
なぜかやたらともやもやするので、屋敷に戻ってすぐデュランに問い正すことにしました。
「実は、お嬢様が戦場に行くと言い出された時に思いついたことがありまして。英雄にならなくても状況を打開できるかもしれません。しかし、一番はお嬢様が戦場行きを諦めてくださることです。ミッシェル様、私にとって何より大切なのはあなたの安全ですから」
そ、そうですか。
期待以上の言葉が返ってきて、ちょっと顔が熱いのですが。
思わず私が一歩下がると、デュランは二歩前へ。
「戦場行き、諦めてくださいますか?」
「む、無理です。きっかけは愚かな思いつきでしたが、今はただ、この目で戦場を見たいのです」
「結局、なさることは変わらないわけですね……。いいですか、前線拠点の町レジセネに着いたらもう外には出ず、絶対に一か月後の転送でお帰りください」
「はい……。……あ、特注品の装備にお金を全て使ってしまい、転送費用が……」
「……私がお借しします」
デュランはため息をついた後に、さらに言葉を続けました。
「お嬢様は幸運ですよ。リムマイアさんは私もよく存じ上げています。相当な逸材ですので、仮に不測の事態が起こっても彼女がいれば何とかなるかもしれません」
私の執事はとても優秀です。彼の言ったことはよく当たりますし、大体の場合、私は彼の言った通り行動することになります。
程なくして戦場に転送された私はあわや死にかけるも、リムマイアさんに助けていただいて命拾いしました。
町に到着すると、その日の内に一か月後の転送を予約。
その後は町からは一歩も出ず(怖くて出れなかったとも言います)、各国の前線基地を回ったり、色々な人から話を聞いたりして過ごしました。
また、この期間中はリムマイアさんと一緒にいる時間も増えました。二人でお話したり、お茶をしたり。まるでそう、お友達のように。
私は少し変わった人間らしく、同世代の令嬢方からも距離を置かれがちでした。
これはまさに、ずっと憧れていたお友達との時間!
楽しい一か月は瞬く間に過ぎ、私の帰る日がやって来ました。
リムマイアさんとのお別れは辛いものでしたが、最後に思い切ってお友達になってくださいとお願いしたところ、なんと彼女は快諾。
私は天にも昇る心地で転送されました。
ああ……、ついに私にもお友達が……。
パアァァァァ……!
こうして、私は無事ドルソニア王国に帰還を果たしました。
まずは国王様へのご挨拶です。貴重な転送枠を使わせていただきながら早々に逃げ帰ってきたことをお詫びしなければなりません。
ところが、国王様からいただいたのは思いもよらぬお言葉でした。
「此度の視察、誠にご苦労だった。我が王国にそなたのような貴族がいることを誇らしく思うぞ」
…………、視察、ですか?