12 狂戦士、友達ができる。
ウルガルダとレギドラン六頭の魔石を換金すると合計五十四万ゼアになった。
これでミッシェルを送り返すことができるな。とりあえず私もドルソニア王国の拠点に行くか。
と関所から出たところで、町の方からミッシェルとレオが走ってくるのが見えた。
「二人してどうしたんだ?」
尋ねるとミッシェルは派手な身ぶり手ぶりを交えながら慌てた様子で。
「やっぱりリムマイアさんが心配でいてもたってもいられず! よかった! まだ出発していなかったんですね!」
「いや、もう行って帰ってきたぞ」
「待て待て、まだ一時間も経ってないじゃないか」
疑いの目を向けてくるレオに稼いだばかりの金を見せる。
「ほら、ちゃんと五十万あるぞ。あとついでに全滅しそうになってた奴らも助けた」
「この短時間にしっかり稼いで人助けまで……。お前は歴戦の勇士か」
「鋭いな、師匠。ついでだしこのまま転送の予約しに行くか。あ、二人共、料金持ってきてるか?」
大事な大金なのでミッシェルもレオも肌身離さず携帯していた。この足で転送所まで行き、二人は一か月後の帰還が決まった。
それから、晩飯を買ってから拠点へ向かう(戻る)ことに。
言われてみれば私、一時間弱で五十万叩き出したんだな。これはもしや、一日中狩りをすれば五百万くらい稼げるのでは?
目標にしていた大きな家もあっという間に買えてしまうじゃないか。
くくくく、素晴らしい。ここはまさに天国だ。
などと思っていたのも束の間のことだった。
屋台の肉まんを、私は眼を見開いて凝視していた。
た、ただの肉まんが、千ゼアだと……!
通常の十倍もしているぞ! ただの肉まんが! こいつだけじゃない! 気軽に食べられるはずの他の物も全て高級品になっている!
飲食店街で狼狽する私の肩を掴んだのはレオだった。
「しっかりしろ。このレジセネはほとんどの物を外部からの輸送(つまり転送)に頼っているから、とにかく物価が高いんだ。安いのは地下から汲み上げている水くらいだな。あと、戦闘に必要な装備や魔法なんかも世界戦線のはからいで外と変わらない価格だから安心するといい」
確かに、魔法店で見た値段は通常通りだったな。
私は余った四万で気前よく全員分の飯を買ってやるつもりでいたが、拠点にいる一緒に来た三人の分も含めると金が足りず、レオからも出してもらうことになった。
「それなら私も出……、せません……」
ミッシェルは懐に入れた手を何も取らずに戻した。彼女は今、完全にすっからかんの状態だ。
こんな哀れな公爵令嬢、見たことない……。
明日、狩りをして金が入ったら少し渡しておくか。……いや、これは私が一か月間、支援し続けないといけない感じだな。
ちなみに、レジセネは地価も非常に高く、宿もあることにはあるがこちらも通常の十倍ほどする。なので皆、所属する国の拠点に寝泊まりするのが一般的らしい。
小さな一軒家でも数億ゼアするのだから、とても手が出せん。こんな前線に家を買っても仕方ないが……。
ともかくそのような事情で、この日から私達は拠点で集団生活を送りながら戦士として活動することになった。
特にやるべきことは決まっておらず、各自が自由に動いていいようだ。
レオに関していえば、おっさんは到着した翌日から大変な仕事を担う羽目に。
「いいか、これは訓練じゃない。命の懸かった実戦なんだ。各々、絶対に勝手な行動は慎め。何より大事なのはチームワークだ」
目の前の九人に向けて、レオはそう訓示した。
九人というのは、私と一緒に転送されてきた三人と、昨日私が助けた六人だ。
あのリーダーの男性が、横で見ていた私に近付いてきた。
「リムマイア様、本当に何から何までありがとうございます。こちらに加えていただいて、俺達もどうにかやっていけそうです」
彼の名前はハロルドというらしい。所属する国からあまり支援を受けられないようなので、こっちに合流しないかと誘ってみた。
「まあこれも何かの縁だ。頑張れよ、ハロルド」
「はい、リムマイア様に追いつくのは無理ですが、少しでも近付けるように精進します」
ハロルドは私の容姿や年齢を気にしないことにしたようだ。やはりなかなか見所のある青年だった。
しかし、時折、愛くるしい小動物を見るような視線を感じるのだが……。
……これは他の八人も同じか。
もういい、お前らさっさと出撃しろ。
私はえらく気負っているレオの元へススッと歩み寄った。
「まるで傭兵団の団長だな、師匠。帰るまでの一か月、しっかりやれよ」
「……なぜこんなことに。この一か月はたまに魔獣を狩って、のんびり過ごす予定だったのに……」
「ぐちぐち言うな。必要とされるのは有難いことだろ」
おっさんの背中をバンと叩いて送り出した。
それで、一人暇を持て余すことになったミッシェルはといえば……。
「では、私も行ってきますね」
毎日のように町へと出掛けていく。どうやらあちこち動き回っているらしく、他所の国の拠点にまで出入りしているとか。
まったく、好奇心旺盛な困ったお嬢だ……。
そして、私の方は一人での狩りを続けている。
これは探索も兼ねたものだ。地形や洞窟のある場所を調べたりして、まあ台地の上に行くための下準備といった感じだな。
だが、それも大体半日ほどで切り上げ、残りの時間は町でミッシェルと過ごした。
特別なことをするわけじゃなく、彼女の散策に付き合ったり、一緒にお茶を飲んだり、ジャンクなフードを買い食いしたり……。
……なぜ、私がこんな女子のような真似を。
だが、何だかんだミッシェルとは気が合うし、ちょっと……、楽しい。
そんな風に一か月はすぐに過ぎ去った。
いよいよミッシェルとレオが帰還する日、私は転送所まで二人を見送りにいった。
まずレオが私の頭を撫でる。子供扱いするな、おっさん。
「リムマイア、俺はお前のことは何も心配していない。ただ、お前の周囲の人間を気の毒に思うくらいだ。俺のことはもういいから二人で話せ」
促されて私はミッシェルの前に立った。
むぅ、こんな時、何て言えばいいんだ……。
口篭っていると、彼女の方から切り出してくれた。
「私、実は今までお友達と呼べる人がいなかったんです。ですが、リムマイアさんと過ごした時間は、ここに来る前も来てからも、とても楽しかったです」
「あ、ああ……、私も、た、楽しかった……」
「本当ですか! でしたら、私の初めてのお友達になっていただけますか?」
「う、うむ、いいだろう。なってやる」
いかん! 全然うまく喋れん! もっと気の利いた言葉を言わねば!
そうこうしている内に、ミッシェルの体は光に包まれていた。
彼女は最後に笑顔を作り、その表情のまま行ってしまった。
……ミッシェル、お前は私にとっても、前世も含めて初めての友達だ。元気でな。