1 狂戦士、転生する。
体に打ちつけていた雨を急に感じなくなった。
止んだのか、と空を見上げると無数の水滴が空中で停止している。
何だ、これは……?
時間が止まっている……?
……そうか、ついにその時が来たのか。
俺の、最期の瞬間が。
疲労し切った俺を取り囲むのは何万もの軍勢だった。
複数の国からなる連合軍だ。
たった一人の男を殺すために大層なことだな。いや、戦場に生きた者としては誉と言うべきか。
持てる力を存分に振るって好き勝手に生きてきた。
悔いなど、あるはずがない。
こうして、最凶の狂戦士と恐れられた俺の人生は幕を閉じた。
――――。
何の因果か、長い時を経て俺は二度目の生を得ることになった。
不思議なことに生まれた直後から意識がはっきりし、前世の記憶も持っていた。それによって、今回は以前の人生とは何もかも異なっていると知る。
まず俺、いや、私は体が女性だった。
そして、リムマイアと名付けられた私は、赤子の内に母の手で捨てられた。
前世の行いが最悪だったせいだろうか、出だしからなかなかにハードだ。
私の生まれたドルソニア王国は貧富の差が激しかった。
金のある奴は何でも持っているし、金のない奴は何一つ持っていない。当然ながら私は後者で、その最底辺にいた。
育ったのは劣悪この上ない環境の孤児院。まずくて少ない飯と理不尽な暴力に私は八歳まで耐えた。
この年齢まで我慢したのは、体の成長を待っていたからだ。
今の体は惰弱と断ずる他ない。おそらく女性としても小柄な方で、身長もそれほど伸びないだろう。
だが、私には前世の記憶と戦闘技術がある。体の内に秘められた魔力を効率よく鍛え、それを全身に纏うことで身体能力を上げることができた。
八歳児の現在でも、魔力を使えば複数の大人が相手でも問題ないと踏んだ。
さあ、恩返しといこうか。
私は孤児院の一番広い部屋に報復するべき大人達を呼び集めた。
「これよりお前達をボコボコにする。なお、今までの行いによって度合いに個人差があることは理解しておけ」
ちなみに、全く報復の必要のない大人は最初から呼んでいない。
自分がどれだけ苦しかろうと決して他者を害さない、聖人のような人間も少数ながら存在する。
私が言うのも何だが、ここにいるのは欲望のままに生きるクズ共だ。
子供相手に一斉にかかってきたクズ共の間を、私はスルスルと縫うように素早く移動。抜き去り際、それぞれの腹に一発ずつおみまいしておいた。
振り返ると、全員が悶絶して床に膝をついている。
よし、ではここから個人差をつけていこう。
ガッ! ガガッ! ゴッ! ガガガガッ! ゴキッ!
孤児院中に響きそうなほどの悲鳴が次々に上がった。まったく、耳障りな。
理不尽な暴力を振るっていた大人共をこのタイミングでボコボコにしたのは、体の成長以外にも理由がある。今から院を出るつもりだった。
だが、残される皆のために一応の釘は刺しておかねば。
「これからもたまに様子を見にくるぞ。まだやってるようなら……、分かってるな?」
こうして、孤児院を出た私は晴れて浮浪児となる。
この世界でも腕力が大いに役立った。私は、一週間後には一帯の浮浪児達のリーダーになり、一か月後には不良集団の幹部をボコボコにしてその席を奪い取る。
これで衣食住の心配はなくなったが、私はまだ満足できなかった。
道を歩いているとたまに見掛ける別世界の住人達。貴族とか呼ばれる奴らだ。私はあいつらよりでかい家に住みたい。
そもそも、前世の私が戦場に身を投じたのも、最初は単純に金がほしかったからにすぎない。今回は最底辺スタートゆえに願望が強くなっているのかもしれないな。
そこに辿り着ける可能性がある道はいくつかある。
一つは、今いる不良集団がまもなく犯罪組織になるので、そこで力を尽くして共に成り上がる道。しかし、正直なところ、人殺しや命を蝕む麻薬の商売はやりたくなかった。
前の私はあまりにも人の命を奪いすぎた。
たとえ生まれ変わっても到底償える数ではないし、そこまでの気持ちもない。ただ、かつてと同じ生き方をしたくないのは確かだ。
あの命が尽きる瞬間、悔いはないと思ったのは強がりだった。
今の小さな体になって初めて気付いた。
人に恐れられるあの生き方そのものが、強がりだったのだと。