兄妹の影
──『亜人大国』カディアラ共和国。
人類軍・魔王軍を含め、いずれの国よりも広大な国土と亜人の人口を誇る国だ。
多種多様な民族が互いに協力し合い発展してきたこの国は、一つの首都を中心に成り立っている。その都市の名は『天樹のお膝元』。
天樹とは何か──太古の昔、共和国建国に尽力した十代魔獣『生樹鬼』のこと。その巨木を中心に築かれた都市は、王都や帝都ほどの喧噪はないが、確かな生命力を宿した共和国民自慢の場所である。
──そして今、その『天樹のお膝元』に数年ぶりに使者が訪れる。
「ここが、『天樹のお膝元』……」
獅子王との戦いを終えたハルト達は、レセナの案内でついに辿り着いた。
初めて目にする樹海の都市は、王国や帝国ともまるで異なる風景だった。
大地に聳え立つ大樹。その枝を繋ぐ木の架け橋にツリーハウスのような住居が並び、幹の洞を利用した建物も多い。まるで森の妖精の村のようだ、とハルトは思った。
「気に入ってくれて嬉しいわ。本当ならゆっくり案内したいけど……」
「わかってる。立会人の務めが先、でしょ?」
「ええ。この正門から真っ直ぐ行けば『大政樹』──他国でいう王城にあたる場所があるの。そこに案内するわ」
そう言ってレセナは先頭を歩き、背後に『リンネ』、最後尾をエリヴィアとニクシスが固める。
「それと──言っておくけど、兄様。レゼライには気をつけて。あの人、何を企んでるかわからないから」
「チッ、あのクズ男。余計な仕事ばっか増やしやがって。さっさと負けを認めりゃいいのに」
「……こればかりは、わたしもニクシスに同意」
三者三様にレゼライを罵る様子を見て、ハルトはますます気が滅入った。獅子王の一件を思えば当然だが、初任務が穏便に終わる未来など、もはや夢物語にしか思えなかった。
◇◆◇◆◇◆
大政樹の一室。樹海でもひときわ大きな巨木の洞をくり抜いたそこに、『リンネ』の一行を迎えたのは、レセナと同じ翠玉の瞳と金糸の髪を持つ青年だった。
「──これはこれは、使者の皆様。ご無事で何よりです」
心底案じたように一礼するその男こそ、レゼライ・アライラ。レセナの兄にして、王位継承戦の相手である。
優雅な所作も、前情報があれば胡散臭さしか感じられない。
「ご無事で、ねえ。誰のせいでこんなことになったと思ってるのやら」
「酷い言い草ですね、妹よ。使者様が賊に襲われたと聞き、どれほど案じたことか。私も救助隊を編成したのですが……杞憂に終わって本当に良かった」
「よくもまあペラペラと……」
掴みかかろうとするレセナを、灰色の髪と耳を持つ獣人が制した。狼種──人狼だろうか。
「これ以上は見過ごせません」
「見過ごせない?見過ごせないのはこっちよ!仕向けたのは兄様でしょう!」
「根拠のない言いがかりはやめて頂きたい」
「言いがかりですって!?」
「レセナ、ヴェルカ。ここは使者様の前です。落ち着きなさい」
声色ひとつ変えずに場を収めるレゼライ。その冷静さにレセナも歯噛みし、ヴェルカの手を振り払った。
「……使者様、日はもう暮れています。明日改めて『王位継承戦』の詳細を確認しましょう。部屋を用意してあります。──ルルシカ、案内を」
「はい、レゼライ様」
そう言って人狼を伴い去っていくレゼライ。残されたのは『リンネ』とレセナ達、そしてルルシカと呼ばれた従者だけだった。
「ご案内いたします、使者様」
淡い黄色の髪のルルシカが静かに言い、大政樹の奥へ導いていく。逆らうこともできず、ハルト達はその背を追った。
王位を争う兄妹の確執を目の当たりにし、ハルト達の不安はさらに募っていく。
◇◆◇◆◇◆
「分かっちゃいたけど、仲悪いね。あの兄妹」
案内された部屋。男子組──ハルト、トモキ、タクベルの三人は装備を解き、ようやく休息を取っていた。
「まあ敵同士だからな。仕方ねぇ」
「俺達としては困るけどね」
彼らの役目は中立の立場で継承戦を見届けること。それでも心情的には、やはりレセナに勝ってほしいと思わずにはいられない。
「ただ現状、兄の方が優勢らしいな」
「うん。共和国の有力種族を多く味方につけてる。あの強気な態度もそのせいだろうね」
「いや、あれは素だと思いますけどねえ」
複雑な事情を思うと頭が重くなり、三人はベッドに倒れ込んだ。柔らかな感触に身を沈めたハルトは、意識が遠のいていく。
「ごめん……もう寝る。おやすみ」
そう呟いたきり、深い眠りに落ちていった。
◇◆◇◆◇◆
──深夜。
書斎で書類を片付けたレゼライは、大きくため息を吐いた。窓の外では三日月が樹海を淡く照らしている。
「……やはり、思い通りにはいかないものですね」
窓越しに月を見上げ、今日の出来事を振り返る。
転生者の集団──『リンネ』を奇襲させ、妹を不利に陥れる作戦は……はっきり言おう、完敗に終わった。
「用意した賊は敗れ、シジンは死亡。……あの愚妹が直々に救った以上、濡れ衣を着せることもできない。……はぁ」
戦力を注ぎ、貴重な秘術まで投じたのに、一人も仕留められず徒労に終わる。苛立ちは募るばかりだった。
「残る秘薬は、あと二つ」
懐の容器を撫で己を戒める。自分は、勝たねばならない。この戦いで王位を掴むのは──
「……あの愚妹、レセナを殺す」
夜空に浮かぶ月だけが、静かにその殺意を見届けていた。
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