襲来せし暴君の徒
唐突の爆風に揉まれハルトは体の踏ん張りが効かず、吹っ飛ばされる。
1、2、3回と地面をバウンドして4回目でなんとか受け身を取って飛ばされた勢いを相殺できた。
────何が起こった?
自分たちは一瞬前まで馬車の中で談笑していたはずだ。
そのはずが、カディアラ共和国へ入ろうとした瞬間に襲撃にあった。
──僕たちは誰から襲われたんだ?
「……………グッ、お前ら無事か?」
トモキが一番に上体を起こし、周囲に声をかける。
トモキに続くようハルトも何とか体を起こして答える。
「ああ、僕は無事、だ────」
体を起こして、ハルトは改めて事の重大さを思い知った。
──乗っていた馬車が、馬と乗り手の騎士ごと跡形残らず破壊されいてたのだ。ハルトの目の前にはパチパチと音を立てて馬車だった瓦礫が燃えるのが見える。
車内にいたハルトたちと違い、外で馬を引いていた騎士は馬車を破壊した何かを防ぐ術がなくそのまま命を落としてしまったのだろう。
「───うぇ」
人が死んだ。
頭がそう理解した瞬間、味わったことのない不快感が体を支配する。
思えばハルトは初めて身近な『死』を体験した。
転生前の最期もそうだったが、あれは受け止める程の余裕が転生前後でなかったから、深く考えずに済んだだけ。
鼻から入る血の匂いがそのまま恐怖へと変換され動けなくなる。
どうしようもないほど膨らむ悔いが体を支配する。
『ワタシの立場上、仲間の死に目に会うことは少なくない。昔はワタシも酷く悔いていた』
「───」
ふと、爆発後耳鳴りしか聞こえなかった頭にハルティナの声が鮮明に響いた。
いつだっただろうか、ハルティナにそう言われたことがあったと思い出す。
『その時、当時の騎士団長に言われたのだ──殉じた連中はお前を悔いさせるために殉じたのではない。お前に希望を繋ぐため殉じたと。───だからそんな感情後回しにしろと、な』
──そうだ
まだ、自分たちが安全と決まった訳じゃない。
また爆破されるかもしれないし、そもそも『リンネ』が無事かも確定してないのだ。
後回し、後回しだ。
「自分も生きてますよお。………派手にやられたもんだねえ」
得物の柄の長い大槌を杖にタクも起き上がり、目の前に広がる惨状を目の当たりにする。
トモキといいタクといい、帝国組は慣れているからなのか、ハルトと違って精神的な被害は薄そうだ。
「ええ、派手に……やられ、ましたわね」
白杖で体重を支えて起き上がるリアーシェが生存を示すよう応答し、ハルトとは違う視点で崩れた馬車を見る。
「衝撃が襲う瞬間、魔力の起こりを感じましたわ。多分、炎属性の魔法ですわね」
「それじゃあ、これをやったのは──」
「ええ、何者かが殺意を持ってわたくしたちを襲撃したのですわ」
ここにいる全員が薄々気づいていた事実がほぼ確定し、誰かに殺意を向けられているという状況に体の芯が冷たくなる。
ああ、殺意を向けられるとこんな感覚になるのか。
「……でも、誰が……」
自分に癒しの魔法をかけながら起き上がるセーカの顔はこの場の誰より青ざめていた。
「──セーカ、大丈夫か?」
一番近くにいたトモキがセーカに肩を貸して起き上がらせる。
トモキの心配に「う……うん」と返事をしながら自分の不甲斐なさを払拭せんと、この場の生者全員に回復魔法を使う。
強く打った部位の痛みが和らぎ、やがていつも通りの万全な状態になるのを感じながら、散らばっていた『リンネ』は小走りに集まった。
「──砕火の猛り」
「っ、伏せて!!」
意識外の第三者の詠唱とそれに勘づいたリアーシェの怒号がほぼ同時に発せられる。
──集まりかけた所を、もう一度魔法で狙われた。
本能が警鐘を鳴らし、ハルトの体は脳を介さず脊髄で反応して頭を抱えて地に伏せようとするが──やばい、間に合わない。
「お、おおおおお!!」
ハルトとは一転、自己防衛を選ぶ本能に抗い、トモキは無骨なデザインの大盾を向かってくる爆発の魔法の方向に突き出し防いだ。
彗星のような赤い光の尾を引きながら飛来する魔法の先端がトモキの盾と衝突し、一気にエネルギーが膨張する。
馬車の壁がない分、初回の爆発よりも威力が高く感じられ、ハルトたちは激しい音と風に揉まれる。
時間にして数秒、されど体内時間は長く爆風に晒され、爆発が終わる。
「はァ、はぁ……」
「──防いだか」
荒い息を吐くトモキとその後ろで伏せていたハルトたちを見て、少し関心を含んだような低い声でつぶやく男がいた。
「てめぇは……」
「ただの賊だ。王国王子に公爵令嬢。帝国皇太子──二、三年は豪遊してもお釣りが来るだろうなぁ」
そう、ふざけた戯言を吐かす男は人間族とは違う高い鼻と爪を持ち、己の力を誇示するがごとく豪壮に鬣をはやした獣人だ。──獅子人族だろうか。
「好き勝手言ってくれますねえ。そもそもあなたじゃ勝てないでしょおに」
黙ってられないと、タクは立ち上がり大槌を眼前の獅子人に向ける。
そのタクの姿勢に続くように他のメンバーも立ち上がり陣形を組む。
「だろうな。お前達が転生者だというのは知っている。俺だけじゃ勝てはしないだろう──俺だけならな」
そう言って獅子人は鋭く研ぎ澄まされた大爪の生えた獣手を辺り一面に音が響くほど強く叩いた。
その合図と共にぞろぞろと林のながら野蛮な風体の輩が出てくる。
「20、30、………うそ、40人ぐらいいる」
「数えるの早いねセーカ。──間違っててほしいところだけど………」
『リンネ』を四方八方囲うのはいずれも獣人、共和国の者たちだ。
しかもそれら全員が荒事慣れしてそうな風体。
「やるしかありませんわ。魔法を使えるわたくしを主軸に戦いましょう。異論はないですわね?」
リアーシェの鼓舞に答えるよう各々が武器を構える。
「転生者はやはり愚からしい。──状況を何一つ理解してないのだから」
自分の目の前で陣形を組み、戦意を滾らせる『リンネ』を見て獅子人の男はそう吐き捨てる。
が、そうだろうがどうだろうが関係ない。
奇しくも、陣形で正面に立つハルトが『リンネ』の代表だと言わんばかりに声を張り上げ宣言する。
「理解出来てないのはどっちかな。──全員僕らがぶっ飛ばす!」
おそらく──否、確実に本来の共和国を訪問する予定から脱線したであろう初任務最初の佳境の幕が切られた。
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