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第二章

心をもったために、苦悩する機械。

人間でなくなった人間の悲しみ。


エピソード4

 

『あなたの名は、プロキオン?』

『プロキオン?』

『そう、そして人間名は冬星』

『冬星?』

『そう、犬森冬星。私の息子よ』


銀の糸で刺繍をした漆黒のマントと服。

まるで、夜空に輝く星座を切り取ったような衣装を身に着けた、夜のように黒い髪の少年。

黒檀でできた椅子に腰掛け、静かに眠っている。なにも知らないものが見れば、ただの少年。

だがこの少年こそ、いま世界を滅亡に導こうとしている魔王である。

魔王プロキオンは、ふと目を開けた。

「夢か……」

夢をみるたび、彼は苦々しく思う。機械である自分が夢などを見ること。そして、見る夢がいつもきまってあの女性に関するものであることに。

「余計な機能をつけたものだ。あの女は」

彼の睡眠は、生物の睡眠と異なり、十日に一回のシステムの定期チェック。

その間、彼はきまって『夢』を見る。

(なにが息子だ。「母さん」とよばせてくれなかったくせに。自分とおなじ姓もくれなかったくせに……)

あの女性。

自身の製作者である科学者・九重九美子。通称ドクターナイン。彼が、最初に、そして最大に憎んだ人間。

(兵器である俺に、なぜ夢を見させた? なぜ、感情を持たせた? なぜ、人の姿をもたせた? なぜ……)

夢を見た後は、必ずあの時の感情が蘇る。人を殺せないはずの彼が、はじめて人を殺した時の感情が……。

「冬星、入るわよ」

彼女の声で、ふと我に返る。

「ああ、入ってくれ」

もの思いにふける。また、人間のようなくせが出てしまった。

「喜んで。どこの部隊も順調みたいよ」

彼がこの世界に来てはじめてであった人間であるポラリス。

出会ったときは幼さの抜けでいなかったが、いまはもうすっかり大人の顔つきだ。

「このぶんだと、あと一年もしないうちに第一の目標は達成ね」

第一の目標。それは現在の世界、腐りきった世界を消滅させること。

「そうか……それはいいが、ポラリス」

「なに? 冬星」

「俺をその名で呼ぶな」

冬星は、人間として生きるときの名。もはや、彼には必要のない名だ。

「ごめんなさい……でも」

彼女が、さびしそうな顔をする。

「せめて……二人きりの時は、いいでしょ?」

頼み込むように、上目遣いをする彼女。

「……許可する」

彼には拒否することはできない。ほんとうは拒否したい。しかし、できないのだ。

 彼女を副官としてパイプ役に利用しているのは、軍団員、とくに人間たちとの接触を避けるためだ。

 『人間の命令には従え』という法則を組み込まれている彼は、人間のささいな『お願い』や頼みごとも断ることはできない。

 そんなことが知られれば、また人間にいいようにされる生活に戻るだけだ。

 本来なら人間など軍におきたくない。人間部隊など廃止したい。しかし、各作戦を円滑に進めるためにはどうしても必要な存在であるため、あえて使い続けている。

 (しかし、俺はなぜこの女を副官として使い続ける?)

 いまの役目は、彼女でなくてもできる。

 それどころか、最近『お願い』が増えてどうにも気に食わない。

 本当なら、適当なロボットでも作ってパイプ役にすべきなのだ。

 (なのに、俺はなぜそれをしないのだ?)

 自分でも答えがわからない。自分は合理的に思考する機械なのに、そんなわけのわからない悩みを持つ。それが、どうしても納得できない。どうしても不機嫌だ。そして、不機嫌だと思う感情が自分にあること自体が不機嫌だ。

 「冬星?」

 「すまない。一人にしてくれ」

とりあえず、その感情の原因のひとつを遠ざける。

いまの彼には、それぐらいしかできなかった。


 ポラリスは改めてプロキオンの顔を見た。非常に整った顔。三年前、はじめてあったときと全く変わっていない。

 あの時は、彼が年上に見えたが、いまはおなじ位の年になってしまった。もうすぐ、自分のほうが年上の容姿になってしまう。

 彼は永久に少年の姿なのだ。

 彼女が副官を勤め、プロキオン自身は滅多に姿をあらわさない理由をそれで説明していた。

 こんな頼りなげな外見の魔王では、威厳が保てないから、と。

 だが、その説明には疑問を感じる。 頼りない外見という点では、彼女だっておなじこと。

 むしろ、格段優れた力があるわけでない彼女が副官などしていることに、軍のなかでも不満と不審の声がある。口さがないものは、彼女を「魔王の愛人」と呼んでいるともきく。

 「どうした、出て行ってくれ?」

 「うん、いま行く」

 彼は、できるだけ人と会うことを避けている。彼女は、そう感じるようになっていった。

「ねえ、冬星」

「なんだ」

「あなたの過去のこと。向こうの世界でのこと。もし、よかったら話して欲しいの」

 彼は自分から過去を話したことはない。

 どんな生活をしていたのか。 どんな人と付き合いをもっていたのか。

 「もちろん、嫌ならいいの。あなたが、話したくなったらでいいから」

 もし、『話して』と言えば、彼は話してくれるだろう。

 彼は、彼女の頼みを断ったことはない。頼めばなんでもきいてくれた。だが、それは彼が進んでやってくれているようには見えない。

 なにか目に見えない力に操られ、しかたなくやっている。そんなふうにしか見えなかった。

 せめて、彼の過去の話ぐらい、本人の意思で話して欲しい。

 「……出て行ってくれ」

 だが、プロキオンの答えは冷たい。それでも、かならず彼は話してくれる。そう信じて、彼女は待つことにした。


その日の夜。帝国国領内の砦。

高い城壁を乗り越え、鋼鉄の兵士二名が進入した。

鋼鉄。赤い月明かりに照らされたその体は、まさにそう呼ぶしかない、金属でできた体。

人間なら目があるであろう箇所には、大きなガラスの玉がひとつ光っている。まるで、伝説の一つ目の大男。

彼らに、生物の温もりはまったく感じられない。彼らこそ、並み居る帝国軍をわずかな人数で打ち破り続けた魔王軍の精鋭、魔法人形部隊の一員であった。

「手早くおわらせるぞ、ラス」

赤い色をした鋼鉄の兵士が、青い兵士に語りかける。

「ああ、さっさとやろうぜ、アルゲディ」

彼らの目的は砦を陥落させること。夜陰にまぎれて音もなく進入。そして、一夜にして兵士すべてを皆殺し。彼らはこの方法で、もう何十という砦を落としてきた。すでに、慣れた仕事であり、刺激的な娯楽でもあった。

とく最近は、「どちらがより多くの兵士を殺せるか?」という勝負をしているため、さらに盛り上がる。

「人間でいくか? 兵士でいくか?」

「兵士でいこう」

兵士を殺した数で競うか、それとも下働きや調理人など非戦闘員も殺した数に含めるか。最近は、兵士のみを数える。

「非戦闘員を一人殺したら、十人分の減点だ」

別にこれは人道的な配慮ではない。非戦闘員も数に含めると火器で大量に殺したほうが有利になり、勝負が早く終わる。ゆっくりと兵士のみを選別して殺したほうが長く戦闘を楽しめ、スルリも味わえるのだ。

「だが、妙だな」

砦を観察し、アルゲディと呼ばれた赤い兵士がつぶやく。

「静過ぎる」

夜とはいえ、ひとがいるなら何かしらの音がある。寝息、寝返り……。それが、まったくないのだ。まるで、無人であるかのように。

「それに見張りもいない」

ラスと呼ばれた青い兵士が灯されたたいまつを見上げる。

「どういうことだ?」

明かりがともしてあるにも関わらず、見張りがいない。明らかに妙だ。あれではただ敵に視界をあたえるだけであり、第一に火事の心配がある。なんのために?

「それは、あんたたちの姿が良く見えるようにするためだよ」

とまどう二人に、突如うしろから声が浴びせられた。

「誰だ!」

振り返った二人の目に、赤毛の少年の姿が目に入った。

「なんだ、おまえは?」

歳は十代の後半ほど。短くそろえた髪に、精悍な顔つきをした凛々しい少年。だが、ここは戦場。鎧もつけず、見たところ武器も持たない彼は明らかに場違いだ。

だが、二人が驚いたのはそのことに対してではない。

(声をかけられるまで気づかなかった……)

魔王に作れらた彼らの耳は、人間の倍以上の性能を持つ。わずかな物音でも聞き漏らさない。二階にいても、下の階で落とした硬貨の音を聞き取れるほどだ。なのに、この少年の息遣いも足音も、まるで感じられなかった。

「僕がなにものかだった? それは」

少年はまっすぐ彼らを見る。

「おまえたちを倒すものだ」

少年は、そう言うと指をくわえ、口笛をふいた。それに答えるかのように、周りから発生する音。音。音。

「なに!」

いままで、まったく物音を感じなかった。にもかかわらず、いま彼らは囲まれていた。五人の少年少女に。

(こいつら、まったく物音をさせずいままで潜んでいたのか?)

わずかに動く音。緊張で早くなる息。震え。どんな巧妙に隠れても音はする。そういう音を察知し、彼らはいままで多くの隠れた兵士たちを葬ってきた。

「ラス、油断するな」

「ああ……こいつら、只者じゃないな……」

二人は、腕の突起を押す。

ラスの右腕が巨大な斧となる。アルゲディの左腕が鋭い剣と化す。

「いくぞ!」

敵は五人。先ほどの赤毛の少年のほかに、紫、灰色、金髪、緑……色とりどりの髪。

ラスは赤毛の少年に、アルゲディは手近にいた金髪の少女に切りつける。

だが、二人の刃はどちらもむなしく宙をきっただけであった。

「なに!」

驚愕の声が重なる。避けられた。彼らの攻撃が避けられたのだ。

(そんなはずはない……)

彼らの速度はおおよそ人間の三倍。通常なら彼らが襲ってきたことに気づくまえに、まっぷたつになっている。それが、避けられたのだ。

「なかなか早いね。でも、僕らの敵じゃない」

少年たちはすばやく隊列を組んでいた。五人が、赤毛の少年を中心して横一列に並ぶ。

「おまえたちは、何者だ……」

ラスが、おもわずつぶやく。人間として考えられる速度。それを遥かに凌駕している。

「おしえてやろうか?」

赤毛の少年は、そう言うと天に向かって突き出した。それにあわせるように、他の四人も腕を掲げる。

『獣化!』

五人が一斉にそう叫んだ。

赤、紫、緑、金、灰。

五色の光が天をついた。まるで、昼間のような……いや、昼間以上の明るさが、あたりを包み込む。

そして、その光が消えたとき。

「我々は」

彼らの姿は、すでに人間のものでなくなっていた。

紫の小さな竜。灰色の熊。緑の翼の生えた人間。金色の獅子の耳をもつ人間。そして……体中を赤い甲羅に追われた、人間型の異型の生物。

「超獣戦士団プレアデスだ」


 ポラリスは、自室でいままでの戦果をまとめていた。

 共和国は人間部隊が侵攻。共和国は、この状態になってもいまだ『平和』を貴んでいる。もちろん、それは悪くない。だが、ポラリスは彼らの言う『平和』が所詮いつわりの平和であると感じていた。

 事実、魔王軍が主要都市を攻撃しようとも、共和国軍は全く動かない。

 『魔王国』という国の肩書きであり、しかも軍団員が生身の人間である。

軍を出せば名目上『戦争』になるのだ。政府は、そのことを恐れて、魔王軍の侵攻を事実上黙認している。

 一方、帝国のほうは魔法人形部隊と魔物部隊が担当している。

 帝国軍は強大だが、無理やり徴兵されたものも多く、必ずしも一枚岩ではない。そこで、少数精鋭である魔法人形部隊がゲリラ戦を展開して内部をかきまわす。そこに、数の多い魔物部隊が激突する、という戦法が取られていた。

それなりの抵抗があるものの、勢いではこちらが勝っており、情勢は非常に有利。それに対して帝国はますます無理な徴兵を進め、民の心は離れる一方だと聞く。

『腐った世界を滅ぼし、新しい世界をつくる』。魔王軍の宣伝する理想を支持する声も、だんだんと増え撃つあるのだ。うまくいけば、戦うことなく制圧も可能だ。

 「共和国はあと半年、帝国は長く見積もっても一年……」

 共和国と帝国さえどうにかすれば、他の小国などどうにでもできる。そして、新しい、誰もが幸せになる世界が誕生するのだ。彼女の心は、その理想の世界を想像しはじめた。

 「司令、入ってもよろしいでしょうか」

 夢想に入ろうとした彼女の心は、ドアのノックで現実につなぎとめられた。

 「どうぞ」

 扉がひらき、長い髪の女性が入ってきた。

 「司令、お忙しいところ、たいへん恐縮です」

 彼女、魔法人形部隊一等星ヴェガは丁寧に口上を述べ、頭をさげる。

 「もう、そんな堅苦しいのやめてよ!」

 ポラリスはそんな彼女の腕をつかんで、部屋の真ん中に引き寄せる。

 「誰も見てないからいいんだってば!」

 「はい。すいません」

 ヴェガは申し訳なさそうにうつむく。

 「どうしたの?なにかあったの?」

 「いえ、ただ……司……いえ、ポラリス様とお話がしたくて……ごめんなさい。お忙しいのに」

 「謝る必要なんかないわ!座って座って」

 勧められるまま、彼女は椅子に腰掛ける。

 「ほんとうに、いつも申し訳ありません。私のようなものに、こんな特別な待遇を……」

 「もう、だから!そういう喋り方はやめてよ!」

 「は、はい!申し訳ありません」

 「だから!謝らなくていいんだってば」

 ヴェガは、司令であるポラリスやプロキオンに臣下として使えるよう作られている。そのため、なんどいっても口調は丁寧なままだ。だが、ポラリスにとっては唯一の友人であった。

 「お茶でもいれるわね」

 彼女には、食べ物・飲み物を食べることのできる装置が組み込まれていた。もともと必要のない仕組みだが、ポラリスがプロキオンにわがままをいってとりつけてもらったのだ。

 「ポラリス様、そんな。私がやります」

 「いいわよ。おもてなしくらい私にやらせて」

 それくらいの気分転換は必要だ。

 「どう?最近の軍内部は」

 茶葉を蒸らす時間を利用し、ポラリスはヴェガに尋ねる。

 「ええ。部隊内はうまくいっています。ただ、他部隊の方々と……」

 ポラリスは表情を曇らす。

 「やはり、人間部隊?」

 もともと各部隊同士はうまくいっていない。というよりも、人間部隊が一方的に魔法人形部隊や魔物部隊を嫌っている、といったほうが正しい。

 「彼らから見れば、私たちなんて得体の知れない怪物でしょうから」

 ヴェガは笑ったが、どこかぎこちない。

 「もう三年もたつのに……」

 だが、実際のところ時がたてばたつほど亀裂は大きくなっていく。

 しかも、『世界の再生』が目前に迫ったいま、人間部隊は自分たちがその中心に立とうと必死だ。中には、他部隊の活動を妨害しているものもいるという。

 「おなじ仲間なのにね……」

 そんな彼らが、魔王であるプロキオンが人造物だと知ったらどうなるのか。それを考えると、少々不安だ。

 「うちは、まだ確執が表面化していません。ただ、魔物部隊の方々が」

 「短気だからね、あそこは」

 実際、小さないざこざは毎日のように起きている。このままでは、いつか大掛かりなぶつかりあいにならないともかぎらない。

 「こういうのは、司令のわたしがなんとかしないといけないんだけど」

 青いお茶をティーカップにそそぎながら、さびしそうにつぶやく。彼女自身人間部隊から奇異の目で見られ、魔物部隊からは『頼りない』と見下されている。

 「わたしなんかが出ても、みんな言うこと聞いてくれないよね」

 「ポラリス……そんなこと言わないで」

 ヴェガは静かにそう言う。

 「そんな弱気じゃだめです。司令であるあなたが毅然としてまとめないと。……ごめんなさい」

 ヴェガがうつむく。

 「もうしわけありません。生意気なことを」

 「ううん、いいの」

 むしろ、嬉しかった。 時々ヴェガは、こうしてポラリスのことをはげましてくれる。そんなときは、いつも母に励ましてもらったような気になるのだ。なにしろ、ヴェガの顔は彼女の母親をモデルに作られているのだから。

 「さあ、お茶がはいったわよ」

 いれたてのお茶をもってこうとしたその時。

 「し、司令! 大変です!」

 戸が乱暴に叩かれた。

 「なに!」

 「緊急事態です! とにかく、広間へ!」

 いまの声。どうやら、ただごとではなさそうだ。

 「ごめんね、ヴェガ」

 せっかくのお茶はお預けになってしまったようだ。

「いえ。それよりも、気になります。急ぎましょう」

そして、彼女は謁見することとなった。半壊させられながら、なんとか逃げ帰ったアルゲディと、腕だけ残して破壊されたラスとを……。

 

 それからの三ヶ月。

 魔王軍は、いままでの快進撃が嘘だったかのように敗北を重ねた。

「帝国内において魔物部隊五等星全員敗北、魔法人形部隊五等星全滅、魔物部隊四等星アルゴス敗北、魔物部隊兵士三分の一が戦死……」

 ポラリスは、被害報告を次々とよみあげた。

 全身を汗が流れる。プレアデスたちとわたりあった軍団員はことごとく敗れ去った。そして、それに勢いづけられた帝国軍は攻勢に転じ、占領した拠点が次々と奪い返されている。

 「以上が、被害のすべてよ」

 話し終わったとき、彼女の顔はシャワーでも浴びた後のようにずぶぬれになっていた。

 しかし、魔王プロキオンは相変わらずの無表情。まるで、関心がないかのように冷淡だ。

 「ところで、例のプレアデスとやらの情報は?」

 「ええ、ちょっと待って……」

ポラリスは調書をめくる。

「確認されたプレアデスの数は五人。男性三人と女性二人」

そして、メンバー一人ひとりの特徴。

「リーダー格は『アンタレス』と名乗る赤毛の少年。甲羅に包まれた謎の生物に変身するわ」

とにかくすばやい。魔法人形の目でも、捉えることができない。そして、見た目どおり硬質のその体。剣も弾丸も、まるで通用しないという。

「そして、『ドゥバン』と名乗る紫の髪の、少し痩せた少年。小型の竜に変身するわ」

痩せた人間体とは裏腹に、変身後は屈強な紫竜となる。動きは少々鈍いものの、その口からは、炎、吹雪、毒ガス……あらゆる息が吐き出される。すべての軍団員が近づく前に倒され、触れることのできたものはいない。

「そして、灰色の髪をした体格のいい少年で名前は『ミザール』。大きな熊に変身するわ」

見た目どおりの肉体派で、パンチ一撃で鋼鉄の魔法人形を破壊したと聞く。スピードもアンタレスほどではないがあるようだ。

「そして、緑色の髪をした、おとなしそうな少女。名前は『スピカ』」

顔や体は変化しないが、変身すると背中に巨大な翼が生える。そして、それをつかって自由に空を飛ぶ。空中からの攻撃に、こちらの連携攻撃がいくどもかく乱されたそうだ。

「そして、おそらく一番幼い、金髪の少女。名前が『レガルス』」

スピカとおなじく、変身しても顔は変わらないが、頭部に獅子の耳が生える。魔法の使い手で、攻撃・防御・回復、あらゆる魔法を使用できる。そして、すべてがかなり強力。

「以上が、プレアデスのメンバーよ」

「なるほど……攻守のバランスがいいようだな」

プロキオンの意見は正鵠だ。アンタレスとミザール、速さと力の組み合わせからなる直接攻撃はかなりの脅威。しかも、スピカの上空からの攻撃により連携を乱され、ドゥバンの正確極まりない援護射撃。さらには、レガルスの魔法による補助もあるのだ。

その卓越した連携の前に、次々と敗れ去っていった。

「変身するのか?」

「ええ、それは間違いないみたい」

召還獣を呼び出すのではなく、術者が異型の姿に変身する。

いままで、見たことはもちろん、聞いたことも読んだこともない。ありとあらゆる魔法書を読んできたポラリスも、それに人間部隊のエリート魔法使いたちも。

「そんなものは、伝説や民話にも存在しないわ」

「まるほど、未知の存在か……」

プロキオンは、そのまま黙り込む。部屋を支配する沈黙。

「なにかいい方法はないのかしら……」

沈黙に耐え切れず、思わずそういうポラリス。ほんとうなら、司令官である彼女が建設的な意見を出すべきなのだ。だが、なにも思いつかない。

無敵の戦士。神の力をもった軍団。そう信じてきた魔法人形や魔物が、こんなにもあっさり破れつづける悪夢のような状況なのだ。とてもではないが、妙案などだせる状態ではない。

「方法ならある」

だが、至極あっさり、まるで太陽と月を見分ける方法をを見つけたかのようにあっさりと、プロキオンは言い切った。

「ほ、ほんと!」

「ああ、もちろん」

そして、魔王は笑みを浮かべる。

ポラリスはドキリとした。

そのあまりに不気味でな笑みに……。

 

 エピソード5


 夕刻。

 帝国国領内の小さな村。

 いつもなら、畑仕事を終えたひとびとが青い夕日に照らされ、談笑しながら帰路につく。家ではささやかながら暖かいご飯が待っている。

そんなのどかな村。

そうなるはずだった。そうでなければならなかった。

しかし、その日の村は違っていた。

家が一軒もない。ひとが住む家が。

すべてが黒い炭に、あるいは灰になって散っていた。もはや、それが家であったという面影は、ない。

あちこちに転がる体。

あるものは首がなく、あるものは頭がつぶれ、あるものは股が裂けている。そこから流れる大量の血は、青い光の中で墨のように黒い。

そして、ところどころに散らばる金属の塊。腕、足、そして頭……それぞれが、ひとの一部を形作っていた。だが、いまはひとつとして完全なものはない。

すべてが裂け、崩れ、破壊されていた。

赤や青の線がむき出しになり、ときどき火花を散らしている。その小さな光と、彼ら五人。それが、この、村に動くもののすべてだった。

「生きているひとはいなかったな……」

赤い髪の少年、プレアデスのアンタレスが誰に言うわけでもなくつぶやく。

「ああ。完全に……」

紫色の髪をしたやせた少年、ドゥバンがそれに答えた。ほとんど聞き取れないくらい、小さな、かすれた声で。

「せっかく、勝ったのにな」

灰色の髪をした少年、ミザールが砕けた金属の塊を見ながら言う。彼らが先ほど全滅させた、魔法人形たちだ。

「そして……村人も、全滅」

勝利。たしかに、敵には勝った。だが、彼らの心は暗くなり始めた空よりも重く、そして沈んでいた。

「もっと早く到着できれば……」

彼らが駆けつけたときはもう遅かった。村は焼き討ちされ、そこに動く物はなかった。ひとはもちろん、動物も、虫も。

「ひどい……ひどすぎるよ……こんなの……」

緑の髪をした少女、スピカがうつむいたまま、くぐもった声で言葉をつなぐ。

「子どもが殺されてた……」

彼女が顔をあげた。青い夕空が顔を青く染める。その中で、大粒の涙が宝石のように光った。

「まだ、このくらい……このくらい……だったのに……首が……首が」

それだけ言うと、またうつむいてしまった。そして、しゃくりあげるよな泣き声。金髪の少女、レガルスがそれをなだめようと必死だった。

(やりきれないな)

アンタレスは、無言でその場から離れる。そして何気なく天をあおいだ。

「星だ……」

暗い空のなかに、星が輝き始めていた。地上でどんな惨劇が起ころうと、彼の心がどんなに曇ろうと、その輝きはいつもとかわらない。

彼は、なにをするでもなく、ただ星をじっとみつめていた。

もっと早くついていれば、この惨劇を食い止めることができたかもしれない。たとえ数人でも、命を救うことができたかもしれない。

『あれは君たちをおびき出すおとりだ。その隙に砦を攻撃する計画だ』

だが、できなかった。砦を預かる将軍に出撃を認められなかったのだ。結局、説得して認めてもらうまで、半日近くも時間がかかってしまった。

(自分たちに、もっと権限があれば)

出撃の権限もなく、作戦の立案さえ認められない。いつも自分の保身ばかり考える高級軍人たちの滅裂な作戦で戦っている。にもかかわらず、勝利の功績はすべて作戦をたてた軍人のもの。

彼らには、労いの言葉すらない。

(どうせ、きょうもおなじ)

それどころか、悪くすれば村人を救えなかった罪で罰されるかもしれない。

そんな彼の気持ちをあざわらうかのように、星は次々と数を増やし、輝きを増す。

そして、またたく。

(音楽でも聞こえてきそうだな)

彼が、ふとそう思ったその時。

「なんの音だ?」

本当に、星から音が降ってきた。

(いや、星からではない)

たしかに、頭上から聞こえているが、もっと近くからだ。

「なんの音?」

「上のほうからだ」

仲間たちも騒ぎ始めた。どうやら、空耳ではないようだ。

「弦?」

それは、弦を弾く音だった。

ひとつ、ふあつ、みっつ……音の糸は織り込まれ、やがて曲が編みこまれる。

「な、なに、これ? やだ! 気持ちわる!」

レガルスが、耳を掌でおさえる。

度重なる不協和音、わざととしか思えないいいかげんな調律、転調と起伏の激しい不気味な曲調、ついていくことすらできない奇妙なリズム……聴いているだけで、脳が破壊されるかと思えるくらいだった。

 「見て!」

 スピカが叫んだ方向に皆が目をやる。そこは焼け残った高い木のうえ。。

 そこには、もはやかすかになった青い夕日に照らされ、一人の少年が奇妙な形の弦楽器を抱えて立っていた。この不気味な曲はそこから流れ出ている。

「なんだ貴様は!」

ミザールが叫ぶ。だが、少年はなにも答えない。

 夕日はさらに暗くなり、そしてすべてが闇に包まれた。

 その時。

 あたり一面が赤く染まった。

 木がいきなり燃え上がり、赤い光の源となったのだ。

 少年は、いつのまにか地に降りたっていた。片手に不思議な形をした楽器を持って。

 「やあ、失礼」

 不気味な演奏がやんだ。

 「不快に思わないでくれ。登場するときは高いところでギターを奏でる。それが決まりなのでね」

 炎に照らされ、少年の顔がはっきりと見えた。

黒髪の少年。全員が、息をのむ。

まるで、人形のように整ったその顔に。

かすかな青い夕日。天を焦がさんばかりに燃え上がる赤い光。二色が交じり合った奇妙な光に照らされ、その顔は不気味なほどきれいだった。

 「プレアデスの諸君。お初にお目にかかる」

 黒髪の少年は腰を曲げ、丁寧に挨拶をする。

 「私が、魔王。名はプロキオン」

 少年は再び面をあげる。

 「以後、お見知りおきを」

 そして、その異様なまでに整った顔に、怪しげな笑みが浮かんだ。

 「ま、魔王?」

プレアデスたちは、驚きの目でその少年を見た。

敵の総大将が登場したことへの驚き。それが、普通の少年の姿をしていたことへの驚き。

そして、その圧倒的に重い存在感に。

背筋をかける一筋の悪寒。笑みを浮かべているにもかかわらず見つめられるだけで、全身が凍りつくような冷たい視線。

そして、ただ存在するだけでまるで締め付けられるような感覚。

「魔王が、なんのようだ?」

アンタレスが問いかける。言葉が震えるのを必死で抑えながら。

「そんなこともわからないのかね?」

少し高めの良く通るその声、落ち着き払った口調。その美声も、その落ち着きも、すべてが禍々しく、凶悪なものを含んでいる。

「もちろん、死んでもらうためだ。君たちに」


「みんな、行くぞ!」

アンタレスの号令に、プレアデスは列を組む。そして、天に、まるで星を示すかのように高々と腕をあげる。

(戦うしかない)

圧倒的な恐怖。だが、彼らの気持ちはひとつだった。逃げる気など毛頭ない。

『獣化』

五人の声が一斉に重なる。そして……

 

 「ほお、これがうわさの変身か」

プロキオンは、満足そうに五人の姿を眺めた。

体から発する光が消えたとき、彼らの姿はひとのものでなくなっていた。

紫の竜、灰色の熊、緑の翼の乙女、獅子の耳の少女、そして赤い甲羅に身を包んだ異型の戦士。

人間が、毛皮のようなものをかぶっているのではない。本当に、体のつくりをかえているのだ。

視覚認識、透視光線、生体認識……あらゆる検査を、一瞬にして行う。

(非人間生物)

彼のシステムは、そう判断をくだした。

(これでやれる)

プロキオンは興奮を抑えるのに必死だった。

 彼のシステムは、変身したプレアデスたちを人間として認識していない。人間の姿をほぼ残しているスピカとレガルスでさえ。それは、彼らを傷つけ、殺すことができるということを意味していた。

 彼に課せられた枷。例外を除き、人間を傷つけてはならない。そこから久々に解放されたのだ。

彼は笑みを浮かべた。『心』からの笑みを。


(笑った……)

スピカは、その笑みを見て心が一瞬凍りついた。

笑顔を見て、こんな恐怖を感じたのは初めてだ。怪しい光を灯す目、歪んだ口。顔の端々すべてに。

「魔王、あなたに尋ねたいことがあるわ」

それでも彼女は気を落ち着かせ、言葉を発する。

「なにかな? 翼のお嬢さん」

魔王は、その不気味な笑みをスピカに向ける。

「あなたはなぜ、こんなことをするの?」

魔王軍は盛んに宣伝している。『この腐りきった世界を滅ぼし、新しい世界を作る』と。

「でも、これが、新しい世界を作るために必要なの?」

炎に照らされた、死体の数々。子どもも、女も、老人も。ほとんどが、人の形をとどめていない。

「こんな……罪もない人たちを殺すことが?」

「もちろん」

魔王は、そう言うと楽器を抱えて、その弦を弾く。不快な和音があたりに響いた。

「君たちの戦闘データを集めるために必要だったのさ」

 

未知の存在であるプレアデス。

いままで得たデータは少なすぎる。より正確で豊富なデータがあったほうが心強い。そのため、彼はこの作戦を実行した。無辜の住民を虐殺し、プレアデスをおびき寄せるこの作戦を。

「君たちが倒した魔法人形、やつらの耳目と私の耳目はつながっていてね」

彼らが見た映像、聞いた音声はすべてプロキオンに転送される。それによって、戦闘データを集めていたのだ。

「ただ、それだけの、それだけのために?」

翼の少女が、体を小刻みに震わせている。

「それだけだ」

プロキオンは言い切る。

(さらにいうと、無人の地のほうがいろいろ都合がいい)

人間に逆らえず、殺せない枷。たとえ、戦闘に関しては無力でも人間がいればそれだけ行動が制限されてしまう。そのため、僻地の村を全滅させ、プレアデスと自分だけしかいない状況で戦闘を行う必要があったのだ。

「それだけの、それだけのために……子どもまで……」

少女の目に、真珠のような涙が光った。

「許せない!」

(勝手に許さなければいいさ)

最初から許してもらおうなど思っていない。

(さて、そろそろ本番にいくか)

こんなつまらない会話のためにわざわざ出向いたのではない。

プロキオンは、ギターを地面に叩きつけた。木片が散らばり、弦が舞う。

「バージョンチェンジ!」

そして、胸を拳で叩く。それと同時に、白銀の光があふれ出だす……。


魔王の体が突如銀色の光を放った。

(眩しい!)

まるで真昼の太陽のような明るさに、レガルスは思わず目を閉じてしまった。

しばらくして、闇が戻ったとき。彼女が目をあけると。

「な、あに、あれ……」

そこには、魔王の姿はなかった。

いるのは、頭から足の先まで、輝く銀色に覆われた、人型のもの。

「どうしたのかな、諸君。そんな呆けたような顔をして」

口もないのに、それは言葉を発する。少し高めの良く通る声。

(魔王の声!)

「私の真の姿に見とれてしまったのかな?」

では、目の前のそれは、魔王の変身後の姿なのか。

(白銀の……魔王)

レガルスの、記憶の奥に眠っていたものが蘇る。

(白銀の魔王は……白銀の猟犬を従え……世界を……)

思わず息を飲んだ。

いま目の前にいる白銀の『魔王』。そして、以前話しに聞いた、魔王軍の巨大な白銀の犬。

(たしか、一瞬にして山脈を平らにした……)

その巨大犬の登場で、世界中が魔王の存在を信じた。

(まさか、伝説の通り)

いやな想像が、彼女の頭をよぎった。このままでは、世界は……。


「諸君は運がいい」

西の空から昇りはじめた深淵の月。それが、魔王の銀色の体を照らす。

「この魔王の真の力を見てから、死ぬことができるのだから」

  

「雷よ、はじけよ!」

レガルスの叫びが、そのまま戦闘の合図となる。彼女が挙げた手の先から青白い光が生まれ、それが一直線にプロキオンへと向かってくる。

(詠唱が短い)

魔法の能力が高ければ高いほど、呪文は短くなる。つまり、呪文が短いということは魔法の威力が強いということ。

(魔法人形は一撃で破壊されたな)

 だが、彼は避けない。

 (避ける必要なし)

 

稲妻が魔王に命中した。

その衝撃で大地がめくれあがり、土埃の柱が立つ。

「やった!」

レガルスは思わず歓喜の声をあげた。

(あたしの魔法、まともにくらった!)

レガルスの雷魔法は、小さな城くらいなら簡単に破壊できる。

(いくら魔王でも、無事ではいられないわ!)

しかし。

 「そ、そんな!」

土埃が風に散り、大地を穿った巨大な窪地。その中で、魔王は悠然と立っていた。

月光を浴び、あいかわらず白銀に輝くその体。傷はもちろん、煤すらついていなかった。


 「いま、なにかしたのかな?」

 表情を変えることはできないが、笑みを浮かべたいところだった。この程度の攻撃は、プロキオンにとってはなんでもない。

電気、熱、冷気、爆発……この世のあらゆる攻撃を跳ね返す特殊な物質。それが、この銀の体なのだ。

太陽の中心に飛びこんでも、核爆弾の直撃を食らっても、傷ひとつつかない。

(まずは、第一段階)

最初は魔法攻撃でくると踏んだが、その通りだった。魔法が無効なのを見せ付けられて、いくらかの動揺はあたえたはずだ。

(来る)

レーダーは、残り四人が動き始めたのを確認した。

(左からアンタレス、右からミザール)

そして、上空からスピカ。さらに、後方に熱源確認。ドゥバンが炎を吐こうとしている。

(いままでの連中はここで倒された)

レガルスの魔法を避けたたものの、直接攻撃をかわせず破壊されたものがほとんど。左右と上空。どれかひとつに気をとられれば他がにやられる。すべてに気を配ればすべてが手薄になる。そして、なんとか避けることができても、ドゥバンの砲撃に倒される。

(レガルスの魔法はまだこない)

魔法は体力を消耗する。しばらくは気にしなくてよい。

(もっとも効果的な行動)

彼のシステムは瞬きをするよりも早く計算を完了していた。そして、大地を蹴り、跳びあがった。


(許さない!)

激しく燃え上がるスピカの怒り。罪もないひとびとをごみのように殺した魔王への。

(絶対に倒す!)

そう、あの男さえ倒せば、魔王国は崩壊する。きっと戦いも終わる。スピカは迷うことなく、白銀の魔王に向かって滑空する。

「え?」

だが、その目標が忽然と姿を消した。

「な、なに!」

そして、突然、背中に加わった重み。そして……


スピカは墜落し、そして頭から地面に激突した。

手が宙をつかむようにしばらく動き、そして、パタリと落ちた。

そのままピクリとも動かなくなる。

「スピカ!」

「いやあああああ〜!」

アンタレスの叫びが、レガルスの悲鳴が響き渡る。

「まずは、一人」

 足元で赤い色に染まっている少女に目をやり、プロキオンは翼を無造作に投げ捨てる。

もぎとったばかりの両翼を。


「さて、次は誰が相手をしてくれるのかな」

そう言いながら、プロキオンはゆっくりとスピカから離れる。

(おそらくアンタレスは救護に入る)

スピカは生かしてある。

回復魔法が使えるのは彼とレガルスだけであることは調査済み。そして、レガルスはいま魔力をためている最中。

(アンタレスは仲間の命を最優先する)

レーダーは、スピカのもとに行くアンタレスの姿を捉える。

(しばらく回復に専念してくれれば、攻撃要因が減り、やりやすい)

それに、回復魔法は治癒力を高める程度の効果で、倒れたスピカが戦線に復帰することはできない。

(では、いまのうちの他の連中をやるか)


「スピカが……」

スピカの翼がもぎ取られた。翼をもぎとられた彼女は、そのまま大地に突っ伏し、身動きひとつしない。

呆然としていたミザールは、翼が地面に落ちた音で我に返った。

(スピカが……やられた……)

その状況を理解すると同時に、彼の感情が燃え上がった。

「よくも!」

彼の目は、銀色に輝く魔王の姿を捉えた。

「うおおおおおおおお!」


 ミザールが、目を血走らせ、その巨体でまっすぐ突っ込んでくる。

(計算どおり)

さきほどの戦いから、この熊がカッとなりやすい性格であること、怒ると動きが大味になることは調査済み。

 空からの攻撃という手段を封じたうえ、相手を怒らせ、冷静さを失わせる。まずは成功だ。

 冷静さを失った熊が、腕を振り上げて向かってくる。

 (直線的な動き)

 感情のおもむくままに振り下ろされた拳を受け取ることはたやすかった。

 「なに!」

 パンチを受け止められ、あわてて引き戻すそうとするミザール。だが、その手はびくともしない。

 「おや、どうしたのかな?」

 たしかに、一般で言えば驚異的な腕力だろう。だが、プロキオンにとってはまるでこどもを相手にするようなものだ。

 「どうしたのかな?遠慮しないで、ご自慢の力を出してみてはいかがかな」

「な!なんだと!」

 逆立つ毛を見ても、彼が限界までに力を出していることは明らかだ。だからこそこういう言葉が効果的なのだ。

こういうタイプはむきになってさらに無茶な力をいれる。自らの体力を無駄にけずるだけだということを気づかずに。

(そろそろだな)

プロキオンは、力を込めて腕を引いた。


「なに!」

魔王が突然腕を引いた。

プレアデス一の強力。そう自負していたが、その圧倒的な力に逆らうことができなかった。魔王の腕の動くまま、宙を半回転し、そして、

「う!」

痛烈な衝撃が背中を襲った。あまりの速さ、すさまじさに受身を取ることもできなかった。

鈍い痛みが、全身を縛る。

(体が動かない……)

それでも、なんとか意識は保っていた。彼の目には、黒い空、そして銀の魔王の姿がうつる。そして、一瞬明るくなるその視界。

(なんだ?)

なにがおこったのか?それを理解しようとした。だが、その前に、かれの全身を猛烈な痛みが襲っていた。

「ぎゃああああああああ!」


「そんな……」

ミザールがが拳をつかまれたまま、逃れることができないでいる。

(あの、あのミザールが!)

ドゥバンは唾を飲み込んだ。ミザールの怪力は、彼らプレアデスの中でも圧倒的だ。大木を片手で引き抜き、岩を一撃で砕くほどの。

そのミザールが、まるで相手になっていない。

(ミザールが危ない!)

魔王はドゥバンに背中を見せている。

(この状態なら、ミザールにあたることはない)

パワーを抑えれば、仲間を巻き込むことはないはずだ。

ドゥバンは腹に力を込める。胃の辺りに猛烈な熱さがこみ上げ、それが胸へ、喉へ、とせりあがって行く。

(いまだ!)

魔王の背中目がけて、彼は炎を吐き出す。それとほぼ同時だった。

魔王がミザールを投げたのは。

「あっ!」

一瞬の出来事だった。投げられたミザールは魔王の前に叩きつけられる。そこは、ほんの一瞬前まで魔王がいた場所。

炎の弾は、正確に、非常なまでに正確に、そこに着弾したのだ。ミザールの悲鳴が、燃え上がる炎が、肉が焼ける匂いが。


「おやおや、なかなかの破壊力だな」

真っ黒に焦げたミザールを見て、プロキオンはそう一言。

(作戦成功だ)

ドゥバンが遠距離攻撃にくることはわかっていた。自分が彼に背を向ければ必ず炎を吐いてくることも予想の範囲。

「これで二人」

あえて聞こえるように、プロキオンはそう言う。

(自分の技が仲間を傷つける)

それがドゥバンの心理に強烈なダメージを与えると予想した。事実、彼は放心したように立ち尽くしている。

プロキオンはその機をを見逃さない。一瞬にしてドゥバンとの距離を縮める。


(俺の攻撃が、俺の攻撃が、仲間を)

力自慢で元気の良かったミザールが、ピクリとも動かない。全身から煙と異臭を立ち上らせたまま。

ドゥバンはまばたきをすることも忘れて、仲間の無残な姿を呆然と見つめていた。

だが、突然その視界が覆われた。銀色のきらめきに。

「魔王!」

一瞬にして、距離をつめられていたのだ。

彼は、炎を吐こうとした。腹に力をいれ、胸をのぼり、喉に達したそのとき

「うっ!」


(接近戦には弱い)

この紫竜は、動きが鈍い。一気に間合いをつめ、そして倒す。

プロキオンは、懐に入ると同時に、手刀を放った。ドゥバンの喉を狙って。

「うっ!」

鱗がはがれ、皮が、肉が裂けた。そして、喉に穴があく。

そこから血が、そして炎が溢れた。

(いちおう吐く準備はしていたようだな)

炎が治まり、そのまま紫の竜は仰向けに倒れる。喉の穴は淵が真っ黒にこげ、そこから風のような音がかすかに流れ出ていた。

「これで三人」

夜の闇よりも深く、そして静かな声が、闇の中を駆けた。


 倒れた竜を横目に、彼のレーダーは残り二人の動きを分析する。

 (後方から近づいてくる)

 彼は振り向きざまに手刀を繰り出す。それは、後方に迫っていた影を正確に狙っていた。

 だが、それは影の腕によって受け止められた。

 (ほお、なかなかやるな)

 影は、すばやく後方へ跳躍した。

「こい!こんどは僕が相手だ!」

赤い甲羅が月明かりに照らされて闇の中に浮き出た。


(信じられない)

アンタレスがスピカを治療したのは、ほんのわずかな時間だった。その間にミザールが黒焦げにされ、ドゥバンは喉を切り裂かれた。まさに、あっさり、と。

(強すぎる)

さすがは魔王。いままでの敵とは格が違う。

(どうすべきか?)

ドゥバンもミザールも、まだ生きている。だが、間違いなく瀕死だ。スピカも治癒力を高めたとはいえ、危険な状態であることにはかわりない。

(このまま二人で戦っても勝ち目はない)

ならば、撤退しかない。逃亡で罪に問われるかもしれないが、ここで全滅するよりはましだ。

彼は決断すると同時に、魔王に攻撃を仕掛ける。

(できるだけ、遠ざける)

攻撃しては、離れ、攻撃を受けては離れ……彼は、それを繰り返した。


(魔王を遠ざけようとしている)

レガルスは、アンタレスの動きを見てその意図を察した。

(撤退……)

重体の三人を抱えたいま、離脱するにはレガルスの転移魔法を使うより他にない。

(アンタレスは、その時間を稼ごうとしているのね)

撤退は悔しいし、帰ればどんな理不尽な目に合わされるかわからない。それでも、このまま全滅するよりはましだ。

「大地よ、その呪縛をとけ」

彼女は呪文を唱える。それと同時に、倒れている三人の体が宙に浮いた。精神を集中させ、三人を一箇所に集める。

(あとへ、転移魔法の詠唱だけ)

魔力はまだ完全回復ではないため時間はかかる。

(持ちこたえてね、アンタレス)

彼女は、月明かりの中を舞う彼に向かって、声に出せない声援をおくった。


アンタレスは、魔王の動きについていくのに必死だった。

(なんて速さだ!)

自分はプレアデス一の速さを誇っているが、魔王はそれを遥かに凌駕している。そのうえ、力は圧倒的に向こうが上。

(このままではやられる!)

アンタレスがそう思った時。

不意に、魔王が動きをとめた。

(なにをする気だ?)

魔王は静に右腕をあげ、掌を開く。そこには、小さな穴が開いていた。

その穴の中に、小さな光が生まれる。

「衝撃波か!」

一瞬にしてまばゆいばかりの光。

(来る!)

アンタレスが身構えた瞬間。

魔王が、背を向けた。

「なに!」

魔王の手から光の弾が放たれた。それは、まっすぐ向かって行く。レガルスたちのもとへ。


魔王が突然、こちらを向いた。そして、手から光が溢れる。

(な、なに?)

突然のできごとに、レガルスはなにもすることができなかった。光の弾が、こちらにまっすぐ向かってくる。

(きれい)

なぜか、そう思わずにはいられなかった。太陽を直視するくらい眩しいのに、目を閉じることもできない。

光の弾が、彼女たちに迫る。

その時、

視界が、さえぎられた。赤い影によって。

そして、爆音……


 アンタレスは計算を遥かに上回る驚異的なスピードだった。

 レーダーでも彼の動きは完全に補足できず、一瞬、彼の姿を見失った。そして、彼が移動したのは光球の軌道上。

 光球がはじけた。

煙が舞い上がり、爆風が吹きすさむ。

(身を挺して仲間をかばったわけか)

アンタレスが自分を仲間から遠ざけようとしているのはすぐわかった。

(仲間のために、か)

仲間のために自己を犠牲にする。人間がとるそういった行動は、彼に不快感を与える。

 (人間という奴らは時々、こういう行動をとる)

彼には、その感情はわからない。あくまでも自己を守ることが優先。それが、彼の根幹だ。

『所詮、機械にはわからないさ』

人間たちはそういって、彼を見下し続けた。

プロキオンの中に、過去の苦い思い出がふつふつと湧き上ってくる。

だから、撃った。アンタレスの仲間に向けて。そして、彼は仲間をかばった。

煙が消えたとき。アンタレスはまだそこに立っていた。

「よく耐えたな」

甲羅は所々ひびが入っり、至る所が黒く焦げている。

「あたりまえだ」

そんな体でありながら、アンタレスははっきりとした声で言う。

「仲間を守るためなら……」

(気に食わない)

プロキオンは右手を伸ばした。

自分の計算を上回る動きをしたこと。そして、仲間のために、自己を犠牲にすることもいとわないという感情を持っていること。

すべてが許せない。

 「コスモソード!」

手首から一筋の光が溢れた。青白い光は、一振りの刃を形作る。

(ニクイ)

彼には理解できない心をもつ人間。機械を差別し続ける人間。彼の感情は、もはや抑えられない。

 (目標ロック)

 プロキオンは、一気に間合いをつめる。傷ついたアンタレスによけるすべはなかった。

 輝く光の刃は、硬い甲羅の体を両断した。

 「う!」

 肩から斜め一直線に、アンタレスの体が裂けた。

 そして、そこからあふれ出る大量の血。地を、そしてプロキオンの銀色の体を真紅に染め上げていく。

 (流れ星のようにまっすぐ相手を切りつけ、流れ出る血ですべてを赤く染める)

 そのため、つけられた名が『夕暮れの流星』(サンセットシューティングスター)。

 もっとも、夕焼けの青いこの世界では意味が通じないだろうが。

 (醜い人間も、このときだけは美しい)

 使うのは二度目。やがて、血の流出が止まり、アンタレスが血池にその身を沈めた。

 (まだ生きている)

 センサーは生体反応を確認した。

 (死んでもらっては困る。わざわざ手加減をしたのだから)

 もちろん、助けるつもりなどない。

 (久々にやれるのだ。もっと楽しまなくては)

 楽に殺してはつまらない。

 極限までの肉体的苦痛と、最大の精神的恐怖を味合わせなくては。

それこそ、自分に戦いを挑んだこと、そして生まれてきたことを後悔するくらいの。

「これで四人目」

プロキオンはレガルスに目をやる。

「ひっ!」

彼女の体は震えていた。

(恐怖で、魔法を使う余裕もないか)

ならいい。逃げられる前にやる。

彼は、ソードを少女に向ける。

(まっぷたつにするか。細切れにするか)

 倒れたアンタレスを踏み越え、ゆっくりと歩み寄る。

その時だった。

「なに!」

なにものかにより、後ろから羽交い絞めにされた。

「はやく……逃げろ!」

 先ほど血の海に沈めたアンタレスだ。

(這い上がってきたのか)

手には意外なほど力がはいっている。

(信じられん)

あの怪我で、あの出血量で、動けるとは。

「でも……」

「早く! 全滅だけはなんとしてでも避けるんだ!」

アンタレスの傷口からは、まだ血が滴り落ちている。それでも、彼の力は衰えない。

「わかったわ!」

レガルスが、早口に呪文を唱える。すると、地に光の円が地に描かれ、四人を包みこんだ。

「アンタレス……」

円はさらに輝きを増し、やがてあたりは昼間のように明るくなった。そして、レガルスのいまにも泣き出しそうな顔も、光の中に消えていった。

そして、もとの闇があたりを支配したとき。彼らの姿はもうそこになかった。

「みんな……」

それを確認し、アンタレスの手から力が急に抜けた。そして、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

(この俺が、目標を逃すとは……)

アンタレスの予想不能な動きに、思わず戸惑ってしまった。

「よくも……!」

完璧である自分の計画を妨げられた。人間に。

そのことが、プロキオンの『心』に静かな炎を燃やす。

「コロス」

プロキオンは、ソードを倒れたアンタレスに向けた。

そして、それを振り下ろそうとした、そのとき。

アンタレスの体が突然弱弱しく光り出した。そして、その体に変化が生じた。甲羅が消え、赤い髪が生え……もとの少年の姿に戻ってしまったのだ。

(変身が解けたか)

時間切れか、体力がなくなったからか。

「運のいいやつだ」

彼は人間に攻撃することは『基本的に』できない。どんなに憎くても、殺したくとも、制御がかかるのだ。

(やっかいなシステムだ)

彼に課せられた枷。いままで様々な方法を試したが、はずすことはできなかった。『あのとき』を除いて。

(さて、どうするか)

足元に倒れている少年を見やり、プロキオンはいまいましくなる。

本当ならこのままにしておきたい。そうすれば死ぬ。

だが、彼に組み込まれた枷、『瀕死の人間は必ず助けなくてはならない』という法則により、そのままにはできないのだ。

(仕方ない。基地に連れて行くか)

このプレアデスたちに興味がわいたのも事実。この際、生体を分析するのも悪くないだろう。

 「さて、帰るとするか」

 移動にはポラリスの転移魔法を利用させてもらっている。彼女は、ここから少し離れたところに待機させてある。

 (この姿を見たらなんと言うかな)

 血まみれの彼を見て絶叫するポラリスの姿を思い浮かると、気が重くもあり、そして楽しみでもあった。

 プロキオンはアンタレスを肩に担ぎ、歩き始める。歩きながら、口笛を吹いた。

 その音は闇へ溶けていく。

 空には、すでに赤く輝く満月が昇っていた。

次回をお楽しみに

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