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第一章

ヒーローものが好きです。

しかし、なんの工夫もないのはつまらない。

そこで、「ヒーローと戦う悪の組織」の側を主人公として、小説を書いてみることにしました。

エピソード0


魔王召還の魔方陣は描き終えた。

 「万物を狩りつくす白銀の狩人とその僕たる白銀の猟犬よ。我の声を聞け」

 少女は手にした杖に精神を集中させ、そして呪文を唱えはじめる。

 少女の耳に、自分の心臓の音が響いた。額を流れる汗が目に入りしみる。知らず知らずのうちに、呼吸は早くなっていく。

 当然だろう。

わずか十四歳の身で、『魔王』をこの世に呼び出そうとしているのだから。

 「我の声を聞き、我の願いをかなえよ。この世界と汝が世界を隔てる門をこじ開けよ。この大地に立て。そして」

 いよいよ呪文は終盤を迎える。彼女の鼓動が、息が、さらに早くなる。

 「この大地を割れ、この大地を崩せ、この大地を」

 

「滅ぼせ」


彼女が言い終えた瞬間、目の前に奇妙な光が溢れだした。眩しいほどの光だったが、同時に目の前が真っ暗になった。眩しすぎて目がくらんだのかと思ったが、そうではないことはすぐにわかった。

 光が黒かったのだ。

 眩しいのに、目の前が真っ暗で何も見えない奇妙な『光』。

 まるで、『闇』であるかのような『光』。

 その奇妙な『光』の中に、彼女の目は動くものをとらえた。それは『光』の中心からまるで湧き出すように出てくる。そして、それは明らかに人の形をしていた。

 彼女の中で嬉しさと不安、そして恐怖が交差した。自分の魔法が成功した歓び。そして、もう後戻りできないという不安、呼び出してしまったものへの恐怖。

 そんな彼女の気持ちにとらわれず、それは徐々に形をはっきりさせる。そして、それが完全に人の姿に形成されると同時に、黒い光は一瞬にして消滅した。奇妙な光にさらされた目は視力を一時的に失った。

 やがて視界は徐々に回復し、彼女の瞳に呼び出したものの姿が映し出された。

 「え?」

 思わず、目を擦ってみた。なんども瞬きしてみた。だが目の前にいる者の姿は変わらない。

 「あれが……魔王?」

 魔王。

 その言葉のもつ響きとは、あまりにもかけ離れた姿がそこにあった。

 黒髪の少年の姿が。

 少年は、目を大きく見開き、呆然とした様子でその場に突っ立っている。

 「あなた、魔王?」

 だが、外見だけで判断するわけにもいかない。相手はなにしろ魔王なのだから。

 彼女は目の前の少年に、おそるおそる声をかけてみた。彼も、その声で我にかえったらしい。視線が彼女とぶつかる。

 彼女は、わずかに視線をずらしながら彼を観察する。一方、彼の方でも警戒した様子で彼女のことを窺っている。

 お互い無言のしばらく時が過ぎる。

 (やっぱり失敗か……)

 そうして、彼女はこう結論した。目の前の少年は、どう見ても魔王といった雰囲気ではない。

たしかに髪の色と、服装はあまり見慣れない。だが、別に禍々しいとか邪悪だとかいった気配は一切感じられない

 夜のように真っ黒な髪に、それをさらに強調する白い肌。

 それこそうらやましくらいにきれいで染みひとつない。

 背は高いが、体つきはそれほどがっしりしているわけでもない。

 自分より二、三歳くらい年上だと思うが、どうも頼りなさそうな感じだ。

 それに、伝説の魔王の姿は白銀の鎧に包まれているはずだが、彼が着ているのは白く薄い長袖のシャツと青いズボン。そして背中の大きなバッグ。そのうえ、僕としてつれているはずの白銀の猟犬など、影も形もない。

 考えてみれば、魔法を覚えて日の浅い自分に魔王の召還などできるはずもない。召還魔法に失敗すると、別の場所から人間を強制的に移動させてしまうという話を聞いたことがあるが、たぶんそれだろう。

 半ばがっかりし、半ば安心した。

 「あの、あの、その、ね。いきなり呼び出されて驚いてるだろうけど、わたし別に怪しいものじゃないから」

 いまだに警戒の色を隠さない少年にたいして、彼女は笑顔で、できるだけ明るく話しかけた。

 だが、少年の疑いの目は変わらない。彼はゆっくりと後ずさりをする。

 「あの、心配しないで! ね!」

 とはいうものの、怪しまず、心配しないほうが無理だろう。なにしろ、わけもわからずいきなり呼び出されたのだから。

 「あの、だから……」

 「―――――――――――――――――」

 少年が言葉を発した。

 「え?」

 「――――――――――――――――――――――――――――――――――――!」

 だが、彼女には聞き取れなかった。聞いたこともない言葉だ。

 (しまったな。外国人みたい)

 髪の色と服装でもしやとは思っていたが、やはりそうだった。

 「あの、えっと、その……」

 難しい状況になってしまったが、とにかく伝えるしかない。彼女はいつもより身振り手振りを大きくし、少年に訴えかける。

 「あのね、わたし、危険、ない。わかる? 敵じゃない、ない。怪しくない。わかる?」

少年はこちらを睨むように見続ける。それでも彼女は続けた。

 「危険、ない。怖く、ない。敵じゃ、ない」

 根気よく、なんども繰り返した。やがて、こちらの気持ちが通じたのか、完全ではないが目から警戒が薄れているのが見て取れた。

 (よかった、わかってもらえたみたい)

 彼女は胸をなでおろした。

 「とりあえず、来て」

 彼女は、彼にこっちへ来るように身振りをした。彼は軽く頷くと、ゆっくりと彼女の方へ向かってくる。

 (とりあえず家につれてこう)

 見知らぬ少年を一人暮らしの家にあげるのは不安ではあるが、彼女は加害者なのだ。まさか、このまま放り出すわけにはいかない。

 「わたし、ポラリス」

 自分を指差しながらそう言う。

 「ポラリス?」

 彼が、その名を復唱した。

 「そう、わたしの名前。あなたは?」

 だが、彼は答えなかった。こちらの意思が伝わらなかったのか。

 「まあいいわ。とりあえずおいで」

 外国人とのコミュニケーションは、時間をかければなんとかなる。と、むかし彼女の父親が言っていた。細かいことは後々ゆっくりと話すしかないのだ。

 歩き出した彼女の後ろを、少年はついていく。二人は、夕焼けが青く染めた空へ向かって歩き始めた。


 エピソード1

 

ポラリスは、カーテンから差し込む光にふと目を開けた。

(もう朝なんだ……)

寝ぼけ眼を擦りながら、ベッドから這い出て、カーテンを開ける。外はすでに日が登り、雲ひとつない赤空が広がっていた。日光は彼女の体をあたためるが、眠気はいまいち抜けない。

「きのうはあまり眠れなかったな……」

きのう、黒髪の少年をこの家に連れてきてから、とくになにかがあったわけではない。

彼はすすめた食事にも手をつけず、ひたすら父や祖父ののこした蔵書を眺めていた。外国人なら到底読めないはずなのに、なぜか飽きもせず、ずっとページをパラパラとめくっていた。

一緒にいてもなにができるわけでもないので、彼女は早々に床についた。だが、なかなか寝付けなかった。

いまこの家には自分と彼しかいない。見知らぬ異性がおなじ屋根の下にいる。そう考えると、どうも落ち着いて眠ることができなかったのだ。

「あう……」

しばらくすると、睡魔が襲ってくる。彼女は再び眠りの世界に落ちそうになった……。その時。

「……音楽?」

夢でも見ているのかと思ったが、そうではない。たしかに、音楽が聞こえる。弦を弾く、澄んだ音色の音楽だ。

「下からね」

ポラリスの眠気はいっきにふきとんだ。すばやく寝まきから着替え、下の階へ向かう。

朝日の差し込む窓。その窓辺に少年は腰かけ、そして弦を奏でていた。 

(なんだろう? あの楽器?)

見たこともない楽器だった。真ん中に穴の開いたひょうたんのような形の胴に、いくつもの弦が張った楽器。彼は、その弦を弾いて音を出しているのだ。

(いい音……)

はじめて聴いたが、なんとも耳に心地よい。彼女は、思わず聞き入った。そして、演奏がやんだとき、彼女は思い切り拍手をした。

彼がこちらに目をやった。

改めてみると、非常に整った、まるで腕利きの人形師が作ったかのような顔をしていた。

一般にいえば美少年だろうが、どうもポラリスの好みではない。

なんというか、どうもできすぎている、ともいうような、あまりにも整いすぎているような感じがする。

「起きたのか。おそかったな」

彼が言葉を発した。きのうは焦っていてよくわからなかったが、中性的な雰囲気をもった声だった。やや高い男声か、それとも低めの女声か。

やはりあまり好みではない……。

「え?」

だが、それよりももっと重大な問題があることに気づいた。

「いまの、あなた?」

「いまここには、俺とおまえしかいない」

やはり彼だった。

「いまおまえが喋ったのでないことは、おまえ自身が知っている。論理的に考えれば俺以外だれが喋る?」

黒髪の少年は、無表情な抑揚のない口調で淡々と言葉をつなげる。

「そ、それはそうだけど、そうじゃなくて!」

その喋り方にカチンときたが、いまは好奇心のほうが勝っていた。

「あなた、きのうまで喋れなかったでしょ、この国の言葉。なのに、どうして?」

「覚えた」

あっさりと言い放つ彼。

「覚えたって、どうやって……」

「文法構造がわかればどんな言語でも喋れる」

まるで至極簡単なことを言っているかのように説明する少年。

「言葉には必ず一定の法則がある。その法則をつかめばあとは単語の意味を確定する。それだけのことだ」

だが、どう考えても簡単なことではない。それだけはわかる。それに、彼の喋り方は変わっている。どうも、人間味に乏しいというか……。

「だが、発音は書面だけでは完璧に理解しにくい。おかしいところがあったら言ってくれ」

なるほど、だからあんな抑揚のない口調なのか、と、とりあえずこれで納得することにした。

「ところで、『文法を理解した』って言ってたけど、どうやって?」

「本を読んだ。全部読ませてもらった」

「全部?」

思わず苦笑した。彼女の父と祖父とが集めた蔵書だ。狭い家の半分を占め、とても百や二百程度ではおさまらない。それを、一晩で、しかも言葉を覚えながら読破できるはずはない。

(意外と、冗談が好きなのかな)

たぶん、言葉をすぐ覚えたというのも嘘で、おおかた以前から知っていたのだろう。

「そうだ。そんなことより、朝ごはん作るね。食べたい物ない?」

「いや、ない」

この国の言葉には慣れていないのか、それとも単に無愛想なのか。

「そうそう、わたしの名前覚えてる」

「ポラリスだろ」

よく覚えていたものだ。記憶力や注意力がいいのはたしかなようだ。

「で、あなたは? 名前」

「俺か。俺の名は冬星とうせい犬森冬星いぬもり とうせいだ」

変わった響きの名前に少々違和感を覚える。やはり、外国人の名前はどうしても奇異に感じてしまう。

「もっとも、この姿での名前だけどな」

「は?」

この姿?なにを言っているのだろうか。まさか、変身でもするわけでもあるまいに。

「えっと……目玉焼きでいいかな?」

「かまわん」

とりあえず、余計なことは考えないことにした。まだ出会ったばかり。違和感は、徐々に埋めていくしかないのだから。


朝食は、パンに目玉焼き、そして蒼茶という簡単なものにした。

「見ごとに青一色だな」

冬星の第一声に、ポラリスは少し頬を膨らませた。

「悪かったわね! どうせ彩りがないですよ」

卵に、パンに、お茶に……。たしかに、すべて青一色だ。本来ならここに赤い色の野菜でも加えたいところだが、いまは切らしてしまっている。

「いや、そういう意味ではない」

「じゃあ、どういう意味?」

「もともと青いのが不思議だ」

またも、わからないことを言い始めた。卵の青身に水色の白青身、青いパン、青いお茶。それのどこが不思議だというのだろう?

「俺の世界では」

『世界』ということばに違和感があったが、出身国のことを言っているのだろう、と勝手に理解した。慣れない外国語で喋っているのだ。言葉の使い方に間違いがあっても仕方ない、と。

「卵は黄色と白だ」

「へえ……」

そんな色の卵は聞いたこともない。

「パンは大抵茶色。お茶は赤茶色か緑か……とりあえず、そんな鮮やかな青ではないな」

「ふーん、茶色いパンね」

茶色のパン、赤茶色のお茶。土の塊と泥水を想像し、ポラリスは顔をしかめた。あまりおいしそうではない。

「それに、空の色も違うな」

「は?」

「俺の世界では、空は青い」

「青い空……」

国によって空の色が違うと言うのは初耳だ。空とは、赤いもの。それが常識であり、万国共通のものだといつも思っていた。

「青い空で、日が落ちるころになると空は赤く染まる」

太陽が東から昇る朝と、西に沈む夕方。その時にだけ空は青く染まるというのが彼女の知識の全てだった。

「ちょうどこの世界とは逆だな」

想像してみた。青い空に赤い夕焼け……。

「なんだか、不気味ね」

どうしても、見慣れた空のほうが素敵に思える。

「まあ、そういうものだろう。自分が知るものと違うと不気味と感じるのさ。人間は」

『人間』という単語が妙に強調されていたような気がする。気のせいだろうか?

「ついでに言うと、ここでは海も赤いらしいな」

「ええ、わたしは見たことないけど」

ずっと山育ちで、海は本で読んだり人に聞いたりしただけだ。

「俺の世界では、海も青い」

「へえ……じゃあ、森は? 木は?」

ここでは白い葉っぱに、茶色い幹だ。

「葉は緑。幹はこちらと同じ色だ」

「じゃあ、髪の色は? この国ではわたしみたいな青や緑が多いけど……」

「黒、茶、金、赤……様々な色がある。青や紫は染めない限りない」

知らない場所の話は楽しい。ましてや、想像もしないこととなればなおさらだ。

こちらは、赤い空に、赤い海、白い森に、青や緑の髪の人々……。

あちらは、青い空に、青い海、緑の森に、黒や茶色の髪の人々……。

「ねえ、どこにあるの? あなたの国は?」

 「こことは違う時空だ」

 またしても、よくわからないことを言われた。

 「それよりも、そろそろ説明してくれてもいいんじゃないか」

突然話を変えられ、ポラリスは一瞬戸惑う。

 「俺がなぜ、ここにいるのか、ということだ」

 「ああ、そうね……」

 考えてみれば、まだ説明していなかった。

 「ごめん。ほんとうなら、まっさきに説明しないといけなかったのに」

 彼は彼女の召還失敗により呼び出された被害者なのだ。もっと気をつかうべきだったのだ。

 「まあ、いい。大体のこと察しがついている」

 「え?」

 「この世界には魔法が存在するそうだな」

 彼女は、奇妙に思いながらもうなずいた。なぜ、そんなことを訊くのだろうか?

 この世に魔法が存在するのはあたりまえのことだ。

 軍事はもちろんのこと、交通、農業、工業、通信、など日常生活のさまざまな場面において人々に恩恵を与えている魔法。

 燃料なしに火をおこし、鉄製品を溶かさず形を変え、遠くの人と意思を通じさせ……。

 魔法がなくなったらこの世はどうなるのか、想像すらできないほど魔法はすでに人々に密着している。彼のところには、それがないのだろうか?

 「そして、その中には『魔界』と呼ばれる場所から怪生物を召還するのもあるらしいな」

 「ええ、あるけど。たしかに」

 「それを使って俺を呼び出した。そうだな?」

 彼女は頷く。

 「だが、俺を最初に見たときの様子からして、意図して俺を呼び出したわけではない。召還魔法は失敗すると予期していなかったものを呼び寄せることがあるという」

 正直驚いた。彼の物事を推理する頭脳にももちろんだが、魔法に関してかなり詳しいことに。 召還魔法は高位の魔法に属し、その体系等については一般にあまり知られていない。

 不思議だ。さっきは、まるで魔法など見たこともないような話し方をしていたのに。

「つまりだ。俺が呼び出されたのもその召還失敗ではないか。違うか?」

 「その通りよ」

 改めて言われると恥ずかしい。自分が魔法を失敗したこと。そして、

 「ほんとうにごめんなさい。わたしのせいで、関係のないあなたを、知らない土地に連れてきてしまって」

 もし、これが自分の立場だったらどうなるか?考えるだけでも恐ろしい。知らない土地、通じない言葉……。やはり、召還魔法など気軽にやってはならない魔法だ。

 「気にしなくていいさ。どうせあのままだったら、俺は……」

 そこで言葉を切り、彼はそのまま宙を見つめる。あいかわらず無表情。

 だが、彼女はそこから目を離せなかった。無表情なのに、なぜか感情が感じられたのだ。

 (なんだろう、この感じ?)

 彼から伝わる不思議な感覚に、ポラリスは妙な親近感を感じていた。

 言葉にできないほど悲しいのに、言葉で表現できないからだれにも伝えられない。そんな悲しみ……とでも言うべきか。

 「あら、ぜんぜん食べてないじゃない! だめよ、食べないと」

 自分が、普段から押さえ込んでいる感情にどこか似ている。そう気づいて、彼女は無理やり彼の思考を中断させた。このままではどうにもいたたまれない。

 「ところで、ひとつ聞きたいことがあるのだが」

 彼のほうから話題を変えてくれてほっとした。

 「なに?」

 「あの魔法で、おまえはいったいなにを呼び出すつもりだったんだ?」

 「え?」

 「俺はきのう、全ての魔法書を読み、その中の魔法陣を記憶した。しかし」

 (記憶した?)

 現在存在する召還魔方陣は千近くもある。そのうえ、ひとつひとつも大量の線と図形からなるかなり複雑なものだ。それをすべて覚えたと言うのか。一晩で。

 「おまえが書いていた魔法陣と同一のものはおろか類似の物さえなかった」

 「あ、あなた昨日のを覚えてるの」

 彼があの魔方陣を見たのは僅かな時間。しかも、見ず知らずの土地に呼び出されて混乱していたはずなのに。

 「ああ、覚えた」

 冬星はあたりまえのようにそう言う。

 「一度見たものは、忘れないようにできているのでね」

 「できてるって……」

 さっきのすべての蔵書を読んだと言う話は本当なのか?

 そして、言葉を一晩で覚えたという話も。また、彼の話が本当だとすれば、読んだ本の内容を完璧に記憶しているということか。まさか。そんなことが人間に……。

 「話を戻そう。なにを呼び出すつもりだったんだ」

 「え、それは……あ! いけない!」

 ポラリスはわざとらしい大声をあげ、大げさに席から立ち上がった。

 「お昼の用意しないとしないと! 材料取ってくるから!」

 まだ朝食も終わっていなかったが、とくにうまい言い訳も見つからない。だが、いまは一刻も早くこの少年の前から去りたかった。

ポラリスは逃げるように外へ飛び出していた。


 エピソード2


 魔法温室。

 彼女の家から少しはなれた所に、この設備が設けられている。特別な魔法がかけられ、一年中様々な野菜や果物が収穫できる温室だ。いまはなきポラリスの両親がつくったものであり、彼女が一人で生活できるのも、この設備のおかげである。

 「まだ、熟していないわね……」

 この中で育てれば、通常の何倍もの速さで植物を育成できる。種をまいてから、早い物ならニ三日で収穫が可能となる。だが、最近種をまいたのは昨日の朝。さすがに、収穫にはまだ早い。

 (だけど、あいつ、いったい何者なのかしら)

 彼のいう話がすべて本当だとしたら、到底人間ではない。

 あの記憶力といい、あの喋り方といい、あの髪の色といい、あの不思議な色の世界の話といい……。

 (やっぱり、魔族?)

 人間の形をした魔族と呼ばれる魔物がいる、という話を聞いたことがある。

 なんでも三つの願いをかなえるかわりに、死後、願いをかなえた人間の魂をもっていくらしい。現在ではただの伝説としか認知されていないが、まさかそれだろうか? だとしたら、大変なものを呼び出してしまったことになる……。

 そこまで考えて、そして苦笑した。

 考えてみれば、彼女は昨日、魔王を呼び出そうとしていたのだ。

 (それにくらべれば、魔族なんて子どもみたいなものなのに)

 急に可笑しくなると同時に、少し情けなくなった。やはり、自分の覚悟はそんなものだったのか、と。

 「あいつに確かめてみよう」

 魔族だったら、それでいいではないか。魔王ほどではないにしろ、この世界にひと波乱起こせるはずだ。それで魂がもっていかれるなら、それでいい。所詮、死んだ後の話ではないか……。

 考えがまとまり、彼女は家にもどることにして、温室のドアを勢いよく開けた。

 すると、だれもいないはずの庭に、人影があるのが目に入った。

 「トーセイ?」

 彼が、自分を探しに表に出ていたのだろうか。

 だが、すぐに別人だということがわかった。

 がっしりとした体格、腰にさした剣、そして、なによりその服装。

 カーキ色の軍服。それは、彼女がこの世で二番目に憎む組織のものであることを示していた。

 男の顔がこちらを向く。

 (しまった! 気づかれた)

 彼女は駆け出そうとしたが、男は体格にかかわらず俊敏だった。たちまち彼女の目の前に立ちふさがり、剣先を喉元に突きつける。

 「動くな。もちろん、大声も出すな」

 低く抑えられた、威圧的な口調。

 (いつもそうなんだから……)

 彼らの態度は、いつもそう。このように威圧的で、暴力的で、尊大で……。

 「帝国軍兵士……」

 ポラリスは、思わずその憎き名を口にする。

 「帝国? 違うな」

 男の顔に笑みが浮かんだ。

 楽しい笑いとは程遠い、見ていて吐き気がするような嫌な笑いだ。

 「俺は、ただの山賊だ。もっとも、むかし帝国軍にはいたがね」

 いつも彼らはこの受け答え。これを聞くたびに、全身に怒りがこみ上げる。

 「兄貴、誰もいませんでした」

 家のほうから、もう一人。おなじように緑色の服をきた男が走ってくる。

 「たしかか?」

 「はい。魔法を使ってみましたが、少なくとも人間はいないようです」

 「そうか。なら、食料と金目の物を奪って、家に火を放つ。だが、その前に……」

 男の目が、急に細くなる。口の中から赤い舌が蛇のように這い出て、唇を湿らす。

 「兄貴?マジですか。こんなガキに」

 「ガキでもいい。こんな辺境で、なにもなかったんだからな」

 ポラリスの体が、恐怖で震えた。目の前の男がなにをしようとしているのか、はっきりとわかる。

 (助けて!)

 男の太い左腕が伸びてくる。

だが、彼女は恐ろしさのあまり目を閉じることもできなかった。その手を、恐怖に震えるまま見つめるしかなかった。

その時だった。その曲が流れ出したのは。

「なんだ、この音楽は?」

男の手がとまった。突然流れ出した、その不思議な音楽に絡みつかれたかのように。

(この音は!)

間違いなく、先ほど聴いたあの楽器の音色。だが、

「な、だんだ! これは!」

不協和音の多いその音程。不気味、としかいいようのない、背筋が凍りつくような旋律。聴いているだけで、吐き気がし、聞き続けるとそのまま気がおかしくなりそうな音楽だ。

「だ、誰だ! こんな演奏をするのは!」

全員の目が、音のする方を向く。そして、屋根の上に人影を見た。不思議な弦楽器を抱えた黒髪の少年。

「だ、だれだ! おまえは!」

男が、屋根にむかって叫ぶ。演奏がやんだ。

「驚かせてすまなかったな。登場するときは、高いところでギターを弾くのが決まりなんだ」

言い終わると同時に少年が跳んだ。ギターとかいう楽器をすばやく背負い、そのまま空中で一回転。そしてまっすぐ、男に向かって、

 「うわ!」

 男は叫び声と同時にポラリスをはなし、後方へと吹きばされた。そして、砂埃を巻き上げて、地面に叩きつけられる。

少年の蹴りが、見事に男の顎に炸裂したのだ。

彼は、相手を蹴った勢いで後方に跳び、音もなく着地する。

 「やれやれ、どこの世界にも小悪党はいるものだな」

 「トーセイ!」

 ポラリスは、彼の元に走って思わずしがみついた。

「あ、ありがとう助けてくれて……」

信じられないという気持ちとやはりという気持ちがポラリスの中で交差した。あんな高所から正確に相手に蹴りをいれ、しかもバランスを崩すことなく着地。人間業とは思えない。

 「べつに助けたくて助けたわけじゃない」

 彼は抑揚のない感情のこもっていない口調でそう言う。

 「身近の人間に明らかな被害が及んでいる場合、必ず助けにいくようにできているのさ」

 あいかわらず意味がよくわからない。

 「おい、なにが誰もいないだ!」

 「す、すいません、でもたしかに……」

 だが、事態は解決していない。飛ばされた男が、ふらつきながらも立ち上がろうとしていた。

 「小僧。よくもやってくれたな」

 完全に立ち上がり、再び剣を構える男。

 「不意をつかれて不覚を取ったが、その程度で調子に乗るな」

 男がじりじりと距離を縮める。一方、子分の方も杖を構えている。

 (まずい! 魔法使いね)

 剣と魔法。両方でこられたら、かなり分が悪い。

 「おとなしく小娘をよこせ。そうすれば命だけは助けてやる」

 「断る」

 冬星は力強く拒絶する。

 「『その命令に従うことにより、明らかに他の人間に危害が加わる場合』特例として人間の命令に逆らうことができるのでね」

 冬星の姿が一瞬消えた。

 「それと」

 そして、男の目の前に現れる。

 「『明らかに他者に暴力をもって危害を加えようとする人間』に対しては、特例として死なない程度の暴力は認められる」

 冬星の足が男の手を蹴り上げた。剣が、宙を舞う。

 「殺せないのは残念だが、久々に暴れさせてもらうぜ!」

 手を凄い勢いで蹴られて、男の体勢が崩れた。

 その体勢を立て直すまもなく、懐に入り込んだ冬星のパンチを直に顎に食らい、大きくのけぞる。

 さらに、冬星の肘が腹に突き刺さる。

 「うぐ……」

 男は一声うめいて、仰向けに倒れた。そのままピクリとも動かなくなる。

 わずか数秒の出来事だった。

 「さて、次はおまえか」

 冬星の目が、子分の男に向いた。

 「ひ!」

 情けない悲鳴をあげ、あとずさる子分。

 「おまえは直接危害を加えていない。よって、現段階ではおまえを他者に害を加える存在として認識できない。残念だが」

 そう言うと、彼は子分に背を向ける。

 「あのでかいのを連れて、帰るんだな」

 つまらなそうに、そう吐き捨てる冬星。

 「ふ、ふざけるな!」

 冬星のその言葉を聞き、さきほどまで青ざめていた子分の顔が、一瞬にして真っ赤になった。そして倒れた男のもとに駆け寄る。

 「兄貴をこんなにされてだまっていられるか!」

  子分は懐から一枚のカードを取り出した。

 「あれは!」

 ポラリスの目はカードに書かれている魔法陣をはっきりと確認した。

 「気をつけて! 召還獣を呼び出す気よ!」

 男が目を閉じて呪文を唱え始める。

 「灼熱の息を吐く真紅の竜よ。我の声を聞き、我の願いをかなえよ。この世界と汝の世界のを隔てるをこじ開けよ。そしてこの大地に立て。そして、愚かなる者を焼け、殴れ、殺せ!」

 呪文がおわると同時に、男はカードを地面に叩きつける。

 そこから赤い煙が立ち登る。それは、一箇所にたまりながらゆっくりと形を作り始める。長い首、巨大な足、頑丈な尾……やがて煙は硬質の赤い鱗に変質し、巨大な生物の姿となった。

 「大地に立て! 火炎竜サラマンダー!」

 赤い鱗に覆われた体。刃のような牙。翡翠のような目。ポラリスが、本で読んだのとおなじ姿をしている。

まさしく、火炎竜サラマンダー。火炎系では中級クラスの魔物だ。

 だが、到底並みの人間が対抗できるようなものではない。

 竜の背丈は、優に家の屋根の高さに達している。その巨体で大地をゆらしながら、こちらににじり寄ってくる。

 「逃げて!」

ポラリスは叫んだ。だが、冬星は一歩も動こうとしない。

「ほお、これが召還獣か」

珍しい物を見て、感心する子どものような、緊張のない声。

「無から、有機質の生命反応。自然科学の法則もあったものではないな」

悠然とかまえる冬星。

竜が動きを止めた。そして、口を開く。

 「危ない!」

 ポラリスは叫んだ。だが、避けられる間合いではない。

竜の口から、まっすぐ冬星にむかって炎が溢れる。それは、一瞬にして冬星を飲み込んだ。

「冬星!」

 「どうだ! サラマンダーの力を見たか!」

男が高笑いをする。ポラリスは、ただその燃え盛る炎を見つめるしかなかった。

(サラマンダーの炎は、鉄をも溶かす)

人間はもちろん、どんな屈強な魔獣でも食らったら最後。皮も肉も焼け、骨まで灰になるであろう。

だが、

 「なかなかの炎だな」

 ポラリスは耳を疑った。だが、声は間違いなく冬星のもの。そして、炎の中から聞こえた。

「おかげで、細胞が燃えてしまった」

そして、炎の中からゆっくりと、這い出すもの。それは、人の形をしたもの。

「な、なんだ、あれは!」

 男が驚きの声をあげる。ポラリスは声を出すこともできない。

 炎から出てきたのは、あの黒髪の少年ではなかった。

 銀色の甲冑が立っている。そうとしか表現ができない、頭から足の先まで、全身が銀色に輝いた人型のもの。ところどころ、複雑な模様が表面に描かれている。

それが、まっすぐ大地に立っているのだ。

 『それ』がポラリスのほうをむいた。

 顔には口も鼻もなく、目の部分には大きな黒い帯のようなものがある。

 よく見ると、その黒い帯は半透明で、なかに赤や緑といった不思議な光が点滅を繰り返している。

 「あ、あなたトーセイなの?」

 「ああ」

 たしかに、声は彼のものだった。

 「だが、いまは冬星ではない」

銀色の、冬星だったものは、火炎竜に向けてかまえる。

「い、いけサラマンダー!」

男の命令に答え、竜はその巨大な前足を上げ、そのまま銀の甲冑に叩きつける。だが、『それ』は避けない。ただ、前に腕を伸ばすだけ。

ドン、と重い音が響いた。

「俺の世界では、変身すると名前が変わる決まりなんだ」

巨木のような足を、『それ』は腕一本で押さえていた。竜が吠え、振りほどこうとするかのようにもがく。だが、『それ』はまったく動かない。

『それ』が、手首を回した。戸の握りを回すような、そんな軽い動き。そのように見えた。だが、

「グギャー!」

竜の悲鳴に近い咆哮が響く。辺りの山々にこだまし、音の洪水と鳴りあたりを飲み込む。

足が、大木のように太い足が、ねじれたのだ。骨の折れる硬質な音も、咆哮に交じり合う。

『それ』が手を放す。支えをひとつ失った竜は、もはや自らの巨大を維持できない。そのまま、前のめりに倒れこむ。

「弁償してもらうとしよう。燃えたギターのな」

『それ』は、大地を蹴って跳躍した。一気に巨大な竜の頭部にまで達する。

「おまえの命で」

空中でその頭部に蹴りを入れる。固い物が砕ける音。飛び散る青い血。

そして、宙を舞う、首。

 「そんなばかな!」

 ポラリスと子分の声が重なる。

 サラマンダーの首が、頑丈な、鉄よりも頑丈な首がはねられた!

 たったの一撃で。

たったの一撃で!

そして、竜の巨体が崩れ落ちる。大地が激しく揺れ、砂埃が舞い上がった。

「いまの俺の名は」

 砂埃が消えると、冬星だった白銀のものはすでに地に降りたっていた。その輝く全身には、一点の曇りもない。

 

 「人造人間プロキオン」


 エピソード3

 

 「じ、人造人間……プロ……キオン?」

 「ああ、いまの俺の名、そして、この姿が」

 プロキオンと名乗ったそれの体が、太陽の光を反射して眩しく輝く。

 「俺の本当の姿だ」

 「本当の姿? 冬星が鎧を着たんじゃなくて?」

 その可能性も僅かではあるが考えていた。

 「逆だ。冬星の姿の時は、この本体に人工細胞をまとっていたんだ」

 また意味のわからない単語が登場した。

 「で、いったいあなた何者?」

 人間でないことはもうわかっている。やはり、魔族か。それとも、まさか。

 「ロボットだ」

 まるで予想もしない答えが返ってきた。

 「ろ、ロボット? なにそれ」

 「人が作った人間もどきだ」

 「人が作った?」

 サラマンダーを一撃で倒せるようなものを人が作ったというのか。

 「ああ。機械でできている」

 「……キカイ?」

 「この世界では、機械技術は進んでいないようだからな。わからないもの無理はない」

 またでた。『この世界』。どうやら、単なる言葉遣いの間違いではなく、本当に『別の世界』と考えたほうがよさそうだ。

 この世界。そして、魔物たちの住む魔界。

 このふたつ以外の、誰にも知られていない世界から、自分は彼を召還してしまったのだ。

 なんと言っていいかわからず、彼女は押し黙ったまま、視線をよそにやる。

 すると、サラマンダーから赤い煙が立ち昇るのが見えた。

 「……死んだ召還獣は消滅するんだっけ」

見ると、二人の男の姿はすでにない。逃げ帰ったようだ。

「と、とりあえずありがとうね」

「別に。礼を言われるようなことはしていない」

そういうと、それは腕にある突起を押す。突如、光り出す体。その光が、その体を覆いつくす。そして、その光が消えたとき。

「と、トーセイ……」

そこに白銀の姿はなく、黒髪の少年が立っていた。

「時間制限があるのでね。戦闘モードは」

 なぜか、ちゃんと服も着ていた。

 「ところで、えっと……」

 「冬星だ。この姿では」

 「トーセイ、たしかわたしがなにを呼び出そうとしてたのか、って聞いたわよね?」

 彼は黙って頷く。

 「来て」

 彼女は彼をともない家に入り、そして二階の自分の部屋まで案内する。人を……正確に言えば人ではないが……入れるのは久しぶりだ。ここには、書庫に入れずにおいた、ただ一冊の本がある。

 「これを見て欲しいの」

 「『禁断の書』……」

 彼は、その本をパラパラとめくった。

「なるほど。おまえは『白銀の狩人』を呼び出すつもりだったのか」

「まさか、あれで?」

「ああ、すべて読んだ」

さすが、と言うべきか。もはや、いちいち驚いてもいられない。もう驚くのはやめよう。そう、胸の中で誓った。

「『白銀の狩人』。この世界すべてを狩りつくす存在。この世を破局に導く、通称『魔王』。また、随分とぶっそうなものを召還しようとしたな」

彼の視線がさすように突き刺さった。

「なんのつもりだ?」

彼女は下を向き、つぶやくように言う。

「この世界を、滅ぼしてほしかった」

彼は、なにも答えない。

「正確に言えば、いまの世界を壊して、つくりなおして欲しかった」

この本にもあるが、『魔王』は世界を滅ぼした後『神』に変わり、世界を美しく再生させるという。

「すると、おまえはいまの世界を憎んでいるのか」

彼女は首を縦にふる。

「あなた、下の本を読んだなら知っているでしょ?この国がどういう状況にあるか」

だいたい五十年前。この国と、隣国の帝国との間に戦争がおこった。

当時、帝国はお家騒動真っ只中で国力の弱まっていた時期であり、それにつけこんでの侵攻であった。

「だが、この国は負けた」

「そう。帝国の新皇帝が国民をまとめて反撃に出たの」

まさに歴史的な敗北を喫し、国民は戦争を指導した王をそして王家を非難した。

「そこで台頭したのが、『共和同盟』」

「そう。以前から王家の廃絶をうったえていた連中よ」

共和同盟は革命を起こし、王を処刑し政権を奪取した。そして、国は共和国となる。

「彼らは『平等主義』を打ち出し、身分や経済格差を廃止した」

「そう。金持ちから強制的に財産を没収してね」

私有財産の原則禁止。すべての共有化。均等なる分配。

「そして、『永久平和主義』のもと、自衛以外の戦争は禁じた」

戦争に疲れていた当時、国民は大歓迎だったらしい。

「だけど、五十年たってその平等がおかしくなりはじめたの」

最初のうちはほとんどが賛成だった平等。しかし、いちど皆が平等になると、あちらこちらから不満が出始めたのだ。

「人間とはそういうものだ。自分よりうえがいるのは気に入らないが、自分はうえにいきたがる」

「ええ。やがて国中に『働いたら働いただけ認められたい』『もっと豊かになりたい』と思う人が増え始めたの」

働かなくても最低限の生活は保障される。一生懸命働いても最低限の生活しか許されない。

なら働かなくてもおなじ。そう考える人が増えるようになった。いまや生産性はがた落ちし、国中活気がなく、よどんだ状態だ。

こうした状態に政府は有効な手を打てず、ただ無理やり国民を働かせ、平等主義のすばらしさを毎日ひたすら宣伝するだけ。

「そして、もうひとつの『平和主義』とやらも極端になっているそうだな」

たしかに、自衛以外の戦争をしない、という方針そのものはポラリスも賛成だ。

「だけど、どう思う? 戦争で人が死ぬのはよくないが、それ以外ならいいって言う国は」

「先代大統領の演説だな。『たとえわずかな被害しか出ない戦争でも、甚大な犠牲の出る平和のほうが何十倍も尊い』と」

十年ほど前から帝国が国境付近を中心に荒らしまわっている。しかし、政府はなにもしない。決して軍隊を動かそうとしない。

「政府は『戦争』になるのが怖いの」

さすがに正式に宣戦布告してくれば政府も動かざる得ないが、帝国軍は『帝国軍を脱した山賊』と自称しているため、警備の役人くらいしか動かさない。

「だけど、むこうは軍人。さっきみたいな下っ端でも相当な魔法や剣技を使うわ。警備の役人なんかじゃ歯が立たない」

実際人が大勢殺されている。じわじわと国境付近の領土は侵食されている。なのに、政府は帝国に抗議すらしない。すれば、戦争になる可能性があるからだ。

「人の幸せよりも平等・平和という理念を大切にする国。相手の弱みに付け込んで軍事侵略する国。どこでもおなじだな」

冬星の言葉には、どこか呆れのようなものが漂っていた。

「それに帝国は共和国以上に酷いの」

五十年前の戦勝以来皇帝の力はさらに強大な物となり、独裁制の元強大な軍事大国化が進められている。そして、まわりの小国を次々と支配し続けている。

税は重く、徴兵制や地強制労働などで、国民の生活は困窮にあえいでいるという。

「わたし許せないの。理念や理想ばかり大切にする共和国も、人を道具のように使う帝国も。それに」

彼女の目が少しばかり涙で潤んだ。

「帝国はお父さんとお母さんを殺したし、共和国は見てみぬふりをしたわ」

彼女の祖父母は財産を奪われ、この辺境の地に追われ、失意のうち死んだ。

彼女の両親は貧しいながらも親子三人平和に暮らしていたのに、半年ほどまえ帝国軍人に殺された。

祖父母の幸せを奪ってまで作られた国が、人々を幸せにしない。そして、それにつけこみますます人々を不幸にする国がある。

「すると、俺に力をかせということか。こういう話をするということは」

「ええ。あなたの力は見せてもらったわ。そして、あの白銀の姿」

白銀の猟犬はつれていないものの、姿形はだいたい伝説の通り。そして、あの桁外れの戦闘力。

「なるほど、おまえは俺に、魔王になれ、と言いたいのか」

彼女は力強く頷く。

「そう。あなたには魔王になって欲しい。そして、この腐った世界を……」

帝国も共和国も、このまま存在しつづければ人々を不幸にするだけ。その他の小国も、帝国の圧力をうけて国力は底をついている。もはや、存在に値する国はない。

「あなたの力があれば、帝国の軍隊ともやりあえるはず。だから……」

「無理だ」

信じられないくらいあっさりと、そして冷たい言い方だった。

「な、なんで!」

「俺は製作者によってある枷をはめられている」

「枷?」

「そう、その枷がある限り、おれには実力を全て発揮できない」

どういうことなのだろうか?

「いまの状態では無理だ」

「いまの?」

その言い方からすると、事態が変わる可能性があるというのか。

「俺の計算が正しければ、もうすぐのはずだ」

「もうすぐって、なにが?」

彼の目が窓を向いているのに気づいた。なにが起こるというのだろうか。

「俺はおまえに呼び出される直前、仲間……とでも呼ぶべきものと行動を共にしていた。そして、それと共に不思議な光に飲み込まれた」

同時に?

だが、呼び出されたのは彼だけだ。

「そこで俺は昨日、異世界とこちらの世界をつなぐ次元に関して計算し、その流れを割り出した。その結果、大きなもの、重いものは遅れてくることがわかった」

大きく重いもの?

たしかに、大きなものを呼び出すときほど強い力が必要で、力が足りないとかなりの時間を要する。

だが、それはさっきのサラマンダーよりも、何倍も大きなものの場合のはずだ。まさか、彼らの仲間が山のようにおおきいわけではないだろうに。

「だから、そろそろのはずだ」

その時だった。突然、地面が大きく揺れたのは。

「着いたか」

彼が窓を指差す。

ポラリスは急いで窓を開け、外を眺め……

「な、なに、あれ!」

驚くまい、ときめていたはずなのにやはり驚いてしまった。驚くよりほかなかった。

おそらく、きのう召還をしたあたり。

ここからはかなり離れているはずなのに、その姿がはっきりと見える。

まるで山のように巨大な……というよりも、山よりも明らかに大きい、鋼鉄の要塞。全体がいぶし銀のように鈍い光沢を放っており、所々から巨大な筒が生えている。その直径は人が楽に入れるくらいはあるのではないか……。

「空中戦艦ベテルギウス」

「空中……戦艦?じゃあ、あれは……」

「飛ぶ」

あんな巨大なものが飛ぶというのか?そして、その後から。

「ま、まだいるの!」

さらにもう一体が出現した。

南天にさしかかった太陽の直射を浴びて、輝く純銀の体。怪しく光る赤い目。そして、のこぎりのような牙の群。

「い、犬?」

その形は犬に似ていた。純銀でできた、巨大な犬だった。

「獣型巨大兵器シリウス」

シリウスといわれた大犬が、突然首をあげ、そしてほえる。その声があたりの山々にこだまする。

(あれは、白銀の猟犬)

想像していた以上に大きいが、間違いない。

「二体とも、俺とシステムを一部共有し……簡単に言えば俺が自由に操れる」

夢でも見ているのだろうか?想像以上の出来事に、まばたきもできない。

「ポラリス。これで大丈夫だ」

彼の手が肩に乗り、彼女はようやく我にかえる。

「あの二体。そして、おまえの協力があれば」

彼は力強く続ける。

「おれはおまえの望みをかなえてやれる。この世界に破壊と再生をもたらせる」

ほぼ伝説のとおりだった。白銀の甲冑をまとった万物を狩りつくす狩人と、その僕たる白銀の猟犬。自分の魔法はやはり成功していたのだ。

「じゃあ、わたしの願いをきいてくれるのね」

「ああ。この腐った世界を滅亡させ、そして理想の世界に再生しよう」

彼女の胸に熱いものがこみあげる。

これで、苦しむ人はいなくなう。みんなが幸せに暮らせる世界が始まるのだ。

「俺はいまから魔王となる。そう、人の手により作られ、時空をこえ、この大地におりたった魔王。その名は」


「人造魔王プロキオン」


それから三年余りの月日が流れた。

「全員、整列!」

ポラリスは軍団員にむかって号令を発した。その数およそ二百人。

わずか三年で大陸のほぼ半分を手中におさめた『魔王国暗黒星座ダークコンステレーション』国軍の主要な面々である。

「各作戦は順調なようですね。魔王様からもお褒めの言葉をいただいております」

魔王自身は、滅多に姿をあらわさない。

魔王と軍団員。その橋渡しとなるのが、魔王の副官および軍司令である彼女の役目だ。

「では、それぞれの部隊の定期報告おねがいします」

軍は、三つの部隊にわけられ、それぞれ「一等星」と呼ばれる部隊長によって統括されている。

「まずは、人間部隊ヒューマンズ

人間部隊。文字通り、生身の人間からなる。

ポラリスの呼びかけにこたえて、長身で青いフードをまとった男が進み出る。人間部隊一等星、コードネーム、アルクトゥルス。

「順調に共和国への侵攻を進めております。北部の主要都市はすべて陥落させ、あとは南半分だけです」

もともと帝国の軍人であったが、皇帝のやり方に反発を抱き離反。自ら魔王軍に志願した。

彼をはじめ、現社会に不満をもったものたちが続々と魔王軍に参戦した。その数は約四万。数では帝国や共和国の正規軍に劣るが、全員が達人クラスの魔法や剣の使い手だ。

戦闘時の主力としてももちろん、各機関への根回しなども担っている。

「さらに、嫌軍主義者・平和愛好者の団体との裏工作も進んでおります。早ければ、あと半年ほどで共和国は制圧できます」

「そう。では、作戦をそのまま推し進めてください。次、魔法人形部隊ドールズ、報告を」

魔法人形部隊。「魔王の魔力により作られた生き人形」たちからなる。

ポラリスの呼びかけに応じて、紫色の腰まで届く長い髪を揺らしながら、清楚な雰囲気をまとった女性が進み出る。魔法人形部隊一等星、コードネーム、ヴェガ。

「帝国に対するゲリラ戦を目下継続中です。あと一両日中に、中央部の砦をおとせるでしょう」

「この世界」での「魔法人形」第一号として誕生。

彼女のほか、魔王は様々な形の魔法人形を作り上げた。数は少なく百人ほどだが、部隊長のヴェガをはじめ、一人ひとりの戦闘力がずば抜けている。とくにゲリラ戦において、彼らの右に出るものはない。

「よい報告を期待しています。次、魔物部隊モンスターズ。報告を」

魔物部隊。その名の通り異形の非人間生物たちからなる。

赤茶けた鱗に覆われた、二足歩行のトカゲがポラリスの言葉に従い進み出た。魔物部隊一等星、コードネーム、シュアト。

「魔法人形部隊が砦を落としたら中央の町へ一気に攻め込む。現在、待機中だ」

なんの変哲もない野生動物大トカゲ。それに魔王が手を加え「強制進化」させ知能や高い戦闘力をもたせた。

彼をはじめ、魔王は様々な動物を進化させた。その数は魔王軍最大の六万人余り。

部隊長であるシュアト以下百名ほどしか知性はもっておらず、大半は命令に従うだけの怪物にすぎない。

だが、その凶暴性により、正面からのぶつかりあいには恐るべき破壊力を発揮する。大規模な戦闘時、先陣をきってなだれこむのはいつも彼らである。

「このままでは腕がなまる。早めに出番をくれ」

「わかりました。検討しましょう」

各部隊長の報告がおわり、あらためて軍全体を見回す。

(ほんとうに、おおきな組織になった……)

わずか三年で、ここまで大きくなるとは、あのときは想像もできなかった。

(そう、あの時からわたしの、そしてこの世界の運命は変わった)

あと少しで、最初の目的である現世界の滅亡は達成させる。もはや、この魔王軍に対抗できる勢力は存在しない。

「それでは、偉大なる魔王陛下の尊き希望をかなえるため、皆全力を尽くすこと」

ポラリスが右手を挙げると、全員が一斉に胸に手を当てた。

「我らが命、すべて魔王陛下のために!」

『我らが命、すべて魔王陛下のために!』

「ダーク・プロキオン!」

『ダーク・プロキオン!』

黒い魔城のなかに、軍団員たちの声が次々とこだました。

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