↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
PR

歓びは空の色をしている

作者: color
掲載日:2021/03/01



「神様、もしやり直せるなら」


簡素な窓から月光が差す床の上で膝を着き、真摯に祈るように組んだ指の上に伏した瞼を乗せる。窓から光が差す様はどこか教会のスタンドグラスを彷彿とさせた。


「次は誰にも踏み荒らされませんように…」


虐げられませんように

搾取されませんように

指図されませんように


殺されませんように





*紫電一閃*



 その国にはえらく横暴な騎士が居た。いや、騎士と呼ぶべきではないかもしれない。確かに彼は騎士として国に仕える立場であったが、

 『傲慢不羈』

 『天上天下 唯我独尊』

およそ軍属とは思えない程勝手気儘な男だった。それが許されたのは単に彼が誇る英雄的な強さのためで、彼が引き抜抜いた雷を放つ槍のおかげでもあった。

 男の名はアーク。光の下で黄金色に輝く褐色の瞳に、惚れ惚れするような見事な体躯を持つ武辺者であった。



。



 弱肉強食、食物連鎖、世界はそういうシステムで回っている。弱者は事実に気付いても気付かずとも変わらず搾取され続け、強者はその立場を譲ろうとはしない。嫌だと言うなら、そのシステムの枠の外に行けと言う。


 俺は弱者で居るのが嫌だった。


 だから、強くなろうと思った。頭脳でも、武力でも情報収集能力でも良い、どれか一つでも極められれば弱者から脱却できると思った。


 生まれは王国一の武家。

 武器の扱いを指南を積極的に施してくれる家だった。そのことに感謝して、誰にも負けないくらい強くなることを目指した。

 剣や槍を持ったことなんて無かったので、最初から何もかも上手くいくことなんて無かったけれど、真摯に取り組めば確かに上達していった。才能の有無など知らないが、そんなものは関係無いくらい稽古に打ち込んだ。

正しい努力は裏切らない。俺には歳の離れた兄が居たが、15の頃には稽古で対等に打ち合えるくらいに強くなった。

 日常生活では口を閉ざしていた。自分の性根が腐り切ってることなんて分かりきっていたからだ。家の者達は、武芸が好きな物静かな子だと認識している。

 成人に近付くにつれ、若手の有望株として注目されるようになった。どいつもこいつも俺を上手く使うことばかり考えている。それが酷く気に食わなかった。


 成人の儀式の一つとして、選抜式というものがある。古具の間と呼ばれる部屋で床に刺さった武器を引き抜くという儀式だ。何処ぞやの王を選ぶ剣のように、武器に選ばれれば抜けると言う。腕力の問題では無いかと思うのだが、何らかの力が働いていて本当に抜けないらしい。

 この国では18歳が成人だ。その18になった俺は選抜式に参加する。これは国民の義務であるが、一度に国中の成人した者達を収容できるほど古具の間は広く無いらしいのでざっくりとした身分階級順に行われる。


 とても神秘的な光景だった。眩しい白を基調とした床や柱は淡い黄色の模様で彩られている。古具の間は神殿のような作りをしていた。円形の床にはいくつもの武器が突き刺さっており、それに降り注ぐ光を見て視線を上げると丸い天窓が遠くで真白に輝いていた。

 古具と呼ばれる武器達はライトアップされているかのように真新しい金属の輝きを放つ。これ等は、ロストテクノロジーというべきか、決して錆び付かず、現在の国家技術では再現できない現象を引き起こす一種の兵器だという。

 この使えやしない武器をこの国は大事に大事に保有していた。そう、誰も彼もここにある武器を引き抜くことが出来ないでいるのだ。正しく絵に描いた餅と言えよう。如何に高性能だとしても使えなければただのカッコいいオブジェクトに過ぎないのだ。


 同年代の子女が思い思いの武器の柄を握るが、やはり誰も引き抜くことができないで居た。俺がその様子をぼんやりと見ていると、役人達からの期待するような視線を感じる。家の知名度もあり、俺が武器の扱いに長けていることを聞いているのだろう。

引き抜けない原因は何だろうかと、近場にあった剣の柄を片手で持ち力を込めるが微動だにしない。多くの力自慢達が挑戦して無駄だったのだ。単なる力以外の要因があるのだろう。


 他の武器も試してみるかと視線を上げ、一本の槍が目に入った。シンプルながら、大層カッコいい槍だと思った。おもむろに近付き、右の指先で触れる。すると何ということか、装飾品など付けていなかった俺の右手首に突如として銀の腕輪が出現した。無から有に。テレポートしたかのようだった。何が起こったか分からず、腕輪を注視するが銀の真新しい鏡面は元からそこにあったかのように俺のまじまじと覗き込む顔を写し出す。これはひょっとするとひょっとするかもしれない。俺の異変に気付いた者達が後ろで声を上げている。

 槍を握り込む。俺の手と槍の間から雷が空中へと走り霧散する。見た目は静電気以上に恐ろしいことになっているというのに、痛みはない。原因はこの銀の腕輪だろうか。握る手にグッと力を入れると微かに動く。先程の剣とは確実に異なる手応え。力を込めると、刃物が抜ける気配がした。あと少しだ。


 床から引き抜けた槍は紫電を一撃、天を衝くように放った。


その時の俺はきっと悪い顔をしていたことだろう。

 

 これで誰も俺を不当に搾取することは出来ない!


苛烈な胸の内を表すかのように、強烈な閃光が迸った。



。


 いきなり戦場に駆り出された。

敵陣に壊滅的ダメージを負わせることが俺の初仕事らしい。本音を言うと嫌だった。俺が力を欲したのは奪われない為で、誰かから奪う為じゃない。


「敵将の位置はどのあたりでしょうか。」


体は出来上がりつつあるが、まだ幼さが残る顔をして背丈よりも大きな槍を両手で抱える。こんな成人したばかりの子供を戦争に駆り出すとは、なんという国だ。そう心の中でぼやきながらゆっくりと考える。

戦争の原因は何か。我が祖国はオーバーテクノロジーである古具を所持していることで自然と他国よりも優位な立場に立てていた。そして、その立場を当たり前のことだと思っているのか、他国に対して不平等な条約を結ぶ、酷く傲慢な在り方をした国だった。古具使いが途切れることの無かった時代はそれでも良かったかもしれない。しかし、数年前最後の古具使いが亡くなり、空白の時間が訪れた。最初はその内現れるだろうと、楽観視していた我が祖国であったが、待てど暮らせど

古具を引き抜く者が現れない。そうしている内に、近年古具使いが現れないことに気付いた周辺国家がこの好機を逃がすまいと攻め込んできた。大まかな状況説明としてはこれで十分だろう。


 我が軍のお偉い様達は、俺に攻め込んできた敵を一網打尽にしろと言うのだ。俺に唾が飛ぶ程激しい勢いで言い募る爺共の後ろで、父は口をつぐみ難しい顔をしていた。はっきり言って聞いてやる義理は無いと思った。

 しかし、『負ければ賊軍』。俺が負けるのは駄目だ。非常に気に食わないが、こいつらも居る俺の祖国を勝たせなくてはならない。が、言うこと全てを叶えてやる義理は無い。そうする。そうしてやる。俺は自由なんだ。


『将を射んと欲すればまず馬を射よ』という先人の有難いお言葉がある。だがまぁ、俺の手にしたこの武器はそのプロセスを飛び越えることができる優れものだ。


だから、なるべく最小限の犠牲で最大限の宣伝効果を。

一撃必殺。


「私の属する集団の為に、」


「私は今から、人を殺めます。」


 戦争の終結はあまりにも呆気ないものだった。将の居るという陣幕へ槍を投げた。槍の軌道は放物線を描き、槍の軌跡は雷となる。そして、幕に直弾すると同時に天から轟音と共に落ちる万雷。激しい閃光の後には、黒ずんだ大地と立ち上る黒煙しか残されていなかった。


「戦争なんて嫌いだ。」


 その後、古具が引き抜かれたことを察した敵対国家は光のような速さで降伏宣言を行うこととなる。


。


 古具というものの認識が甘かった。あまりにもあっけない終戦に俺は愕然とした。敵国にとっては、古具使いが現れるまでのタイムアタック国落としだったのだろう。これなら、古具の試運転を見せるだけで降伏宣言が得られた筈だ。正直に言おう。騙されたと思った。我が国に戦争をふっかけるとは身の程を知らずめ、などと爺共は傲慢な思考で戦場に居る兵士達を皆殺しにしろと命じたのか。俺は何故、人を殺めさせられたのか。確かになるべく良い方にと自分で選択して、腹を括って人を殺めた。しかし、しかし___

 功績者として讃えられる場で、死んだ魚のような目で勲章を受け取った。笑顔で俺を讃える周りの大人達が、俺には酷くおぞましい生き物にしか見えなかった。



 それから、坊ちゃんは変わったと言われた。古具を手にして力に溺れた、横暴になったと世間は評しているらしい。しかし、心中は決して変わってはいない。元々こうで、隠さなくなっただけだ。


「アーク、どうしたというんだ。最近野蛮な言葉を口にすると聞いたよ。」


兄上殿が俺にお節介を焼きにきた。この人は、兄であるのに武術の腕が俺とほぼ変わらないことを気にしているのか、無駄に兄として世話を焼こうとするところがある。

弟に負けたく無い兄としての複雑な気持ちを理解してやらんでも無いが、俺の言葉遣いにまで口を出さないでくれ。


「元からですよ。」

「元から…?」

「誰も迂闊に俺に手出し出来なくなった。だから、隠さないことにしました。」


口調は何とか繕ったが声音は正直で、喉から出た声には敬意など微塵も乗っていなかった。そんな俺の態度があまりにも衝撃的だったのか、兄上殿はピシリと固まる。こんな態度、今まで隠してたもんな。酷くどうでも良かったが、元から大して良くなかった兄弟仲はここにきて更に冷え込むこととなった。



 有名人になると人が寄ってくることがある。有名人とは一種の権力を持つ人と言えよう。彼等はその権力者が何らかの利益を齎してくれることを期待しているのだ。


 古具を引き抜いた俺の元にも多くの人が集まった。どうでも良かったのだが、俺が誰かを優遇すればそれが争いの火種になることは分かりきっていた。だから、誰の味方にもならなかったし、敵になろうともしなかった。

群がる同世代の子女達は、俺がこんなことで喜ぶと思っているのかというようなヨイショをし、流行りだとか、趣味だとかいう品物を送り付けてくる。それくらいなら良かったのだが、こいつらは俺を怒らすのが趣味なのかと思うほど地雷を踏み抜いていった。しかし、奴等は何故怒るのか分からないとポカンとした顔で激昂した俺の顔を見上げてくるのだ。価値観が違うのだと思った。そんな価値観が違う彼等は、他人からキレられるということに慣れていない連中で、いつしか俺の周りには誰も寄り付かなくなった。



 20歳を超えると、身体も完成され、あの強かった兄にも勝ち越せるようになった。やはり筋肉だ、筋肉は全てを解決する。いざ戦争が始まれば真っ先に駆り出される立場ではあるが、今はこの国で最も尊い血族の守護を理由に王都に留まっている。


「あん?」


その日も御所を見回っていると、いつもは閉められている扉が僅かに開いているのを発見した。音を殺してそっと中を窺うと、幼い子供が床に座り込んでいる。場所は王族関係者が住う御所、仕事をする王族以外の大人は居ても子供はいない。つまりは、王のいずれかの子だろう。何でこんな端の部屋にいるのだ、と訝しんで眉を寄せていると、バタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。俺と同じく音に気付いたのか、部屋の中に居た幼な子が扉に顔を向け、必然的に目と目が合う。大きなビー玉みたいな瞳は空の色をしていた。

 騒がしい足音が近くで止まった。何事かと思い部屋を覗き込むのを止めて音の主の方に顔を向けると、


「お前が古具の使い手という強者か!」


10になったばかりの年頃の子供が息を弾ませながら俺に声を掛けてきた。この年齢の子供でこの場所にいるということはこいつも王族の一員なのだろう。第一王子は兄に近い年齢をしているというので、末に近い方の王子であろうと推察される。


「誇りに思うといい!僕に仕えることを許す!」


心底自信満々に胸に手を当てる王子に白目を剥きそうになった。一体全体何がどうしてそんな発言に繋がったのな分からない。王位争いに絡まない立場だからか、酷く甘やかされて育てられたことが窺えた。


「おい_」


ドスの利いた声が床を震わすように響く。少年王子はピシリと固まり、後ろの付き人達は顔色を失わせた。


「俺に指図するな。」


あまりに恐ろしかったのか、王子の目にはみるみる涙が溜まっていく。


「ぅ」

「喚くな、耳障りだ。」


更に言葉を畳みかける。王子の付き人達はおろおろしていた。仮にも王族に対する言葉遣いでは無いと嗜めたいところだが、俺は国一番の兵であり、暴力的であるなどの悪い噂もある。何をされるか分からないと思ったのだろう。さて、どうしたものかと、小さく息を吐き腰に手を当てる。そうする間にも、周りの者は頼りにならないと判断したのか、少年王子の選んだ行動は逃走だった。従者達は一拍遅れてその後を追いかけていく。


「ったく」


悪態をつきながらも、俺は先程覗いていた部屋の扉を開けて中へと足を踏み入れた。


「おい坊主、付き人はどうした?撒いたのか?」


周囲に世話人の居ない子供から目を離すべきではないと思ったのだが、座り込む幼児はじっと俺の顔を見上げたまま何も話さない。


「おーい?」


目線を合わせるようにしゃがみ、目の前でぶんぶん手を振ってみても、一つ瞬きをするだけで返事をすることはなかった。はて、と首を傾げるが、一つの心当たりが思い浮かぶ。


噂で聞いたことがあった。

「白痴の王子様」

曰く、音に反応を示さない。

曰く、人と意思疎通が取れない。

曰く、言葉を解さない。


五感に障害があるのではないかと多くの医師達が検査、治療を行ったが原因はようとして掴めないままだった。とんでもない蔑称であるが、王子に明確な後ろ盾が居ない為か噂話が止むことはなかった。


「あー…まぁ、取り敢えず世話係は居るだろうから引き渡せば良いか。」


ボリボリと頭を掻いて、俺は子供に手を伸ばした。子供は特に反応も示さずされるがまま抱き抱えられる。そのまま持ち易いよう調整して片手で抱き上げた。


「お、そうだ。落ちんなよ。」


決して声を発さない子供が落ちないように衣服を掴むのを見て、思わず笑みが溢れた。何だ、落ちたら危ないことが分かってきちんと反応を示すじゃないか。


「さて、お前の部屋はどこだ?」


そう聞くが反応を示さない。こちらを見ているのだから、視力に問題は無さそうだが、一体何が原因だろうか。仕方ないと微かに肩をすくめ、王宮使用人の誰かしらは休憩しているだろうと彼等の居住棟に向かった。その間、子供は何も言わずにただじっと俺を見詰めていた。 

 目的地に到着するも、外から視認できる範囲に人は居ない。


「おい、誰が居ないか?!」


休憩中だったら悪いなと思いつつ棟の入り口で声を上げる。バタバタと慌ただしい音が聞こえた後、男性使用人が此方へとやって来た。


「これは…アーク様!このような場所にどういった御用件でしょうか。」


大層恐縮した様子の彼に事情を説明する。


「見回り中に子供が一人で居たため連れて来た。部屋まで送ろうと思ったんだが、教えて貰えなかったんでな。ここまで連れて来た。」


 彼は俺の抱える幼児を見て驚いたような顔をして、少々お待ち下さい。と告げ、奥へと下がって行った。暫くするとかったるそうな様子の男性使用人が彼に追い立てられるようにやって来る。その使用人が関係者だと言うのか。あまり積極的ではない姿に眉を顰める。王宮の使用人達というのは良くも悪くも真面目で堅物だというイメージがあったのだが、この男は違うようだ。男は、幼児を抱えている俺の姿を見て随分慌てたようにこちらへ走り寄って来た。


「アーク様…殿下が何か粗相を致しましたでしょうか?」

「…お前がこの王子の世話係か?」

「あ……はい、左様で御座います。」


普段からこの子供を放置しているのだろうかと眉間の皺が深くなるのを感じる。


「部外者である俺が口を挟むのもどうかと思うが、子供から目を離すべきではないと思うぞ。」

「はっ!…ご忠告痛み入ります。」


先程見せた不真面目な様子は鳴りを潜め、真摯に俺に対応しているように見えるが、どうだろうか。


「じゃあな、坊主。」


まぁ、面倒事はごめんだ。と雑に手を振ってその場を離れた。子供は見えなくなるまで俺をじっと見つめていた。


。


「アーク、殿下に不敬を働いたそうじゃないか。」


帰宅するなり小うるさい兄が呼び止めてきた。一体何のことかと思ったが、10秒程してようやく思い当たる。あの騒がしいクソ生意気な王子のことだろう。


「あ?…あぁ、何を勘違いしたのか俺に指図してきやがったので、止めていただくよう申し上げました。」


途中から言葉を取り繕うが、声は直してやらなかった。


「お前、いい加減にしろよ。」


あの品行方正な兄にしては珍しく口調が乱れる。珍しいと思い少しだけ瞠目する。


「何をいい加減にするのでしょうか。」


兄はカッと顔を赤らめる。


「どうしてそんなに反発するんだ!」


声をデカくすれば、言うことを聞くとでも思っているのか。大人しく言うことを聞けというのか。思わずカッと体温が上がる。


「俺が何でも思い通りになる"都合の良い人間"じゃなくて悪かったな!」


兄は俺の剣幕に怯んだように、半歩後ずさった。


「兄上殿、俺のことが気に入らないなら素直にそう言えば良い。」


睨め付けるように流し見ながら俺は兄の横を通り抜けて行った。


_誰も俺を遮ることは出来ない。いや、俺が許さない。そう決めたんだ。


。


「またお前か。」


もう会うことは無いだろうと思っていたのに、またもやあの無口な王子と遭遇した。あの不真面目世話係は一体何をしているのか。いや、何もしてないんだろうな。


「どうした?部屋抜け出して、何かやりたいことでもあんのか?」


返事はないだろうと思いつつも、首を傾げて聞いてしまう。


「どうして?」


驚いて目を剥いた。今、確かに目の前の少年の口が開き、音が発せられた。


「…おま、喋れるのかよ。」

「どうして?」


子供は尚もどうしてと聞いてくる。


「うーん?質問の意図が分からんな。」


よっこらせ、と少年と視線を合わせるように屈む。


「何がどうしてなんだ?」


少年はぱちぱちと瞬きをする。


「どうして…僕に声を掛けるの?」

「あん?」


どうして声を掛けるのか?


「そりゃあ…子供は誰かが見てなきゃ駄目だろ?あ、これじゃ質問の答えになってねぇな。声掛けんのは…いきなり知らない人に見守られんのも怖いだろ?一応関係構築のためだ。」


「……そっ、……かぁ」


思考に時間が掛かるタイプなのだろうか。返事が少々遅れているように感じた。


「部屋まで送るわ。どこよ部屋。」


また出会すのなら前回部屋の位置を聞いておくべきだったかと思ったが、その時は再度邂逅するなど思いもしなかったのだ。仕方ない。


「抱き上げなくて良い…」


抱き上げようと伸ばした腕をささやかに押し返し、少年王子は小さく自己主張する。


「お?生意気にも自分の足で歩けるって?」


確かに一拍遅れるものの、この王子は確かに返事をした。


「道が分からなくなる。」


そういうものなのか。視点が違うと世界が変わって見えるとかだろうか。じっと見守っていると少年は歩き出し、俺もゆっくりとした歩調に合わせながら歩く。


「そういや、お前名前は?」

「ティミー」

「あれ、そんな名前じゃなかった気がするが…愛称か。随分愛らしい名前じゃねぇか。」


俺はニヤリと笑って褒めた。ティミーは此方を見てどこか眩しそうに目を細める。どういう反応だろうか。

 帰宅後、王族はどいつも長ったらしい名前をしているので気になり調べた所、あの小さな王子の名前は『エウティミア』というらしい。


。


「お、坊主。元気してたか。」


警邏だと言い張って適当に散歩をしていたら、またもや少年王子に出会した。


「こんなとこで何してんだ?」


良く分からん子供は、今日も御所の廊下に立っている。


「待っていた。」

「は?」


待っていたとは、俺のことだろうか。


「なんだそりゃ。」


「君を…待っていた。」


こんな小さな子供に君なんて言われて小っ恥ずかしいと思った。第二人称の単語をそれしか知らないのだろうか。


「…何で俺なんか待ってるんだ?」


理由が分からず首を傾げて随分下にある顔を見る。


「…名前を、教えてほしい。」


「あれ?名乗ってなかったっけ?」


小さな頭が小さくコクンと頷いた。


「ワリーワリー、俺はアークって言うんだ。これで満足か?」


頭をガシガシ掻きながら、名乗ってやる。自分から名乗るなんていつぶりだろうか。


「ありがとう。」

「いや別に礼を言われるようなことはやっちゃいないが…」


初めて笑った。子供ってのは随分愛らしく笑うもんだと思った。穏やかな笑みだった。



。


 その日も御所を見回りしていたんだが、何やらガキが騒いでいるらしい。俺に仕えることを許すとか生意気言ったガキの方の声だ。面倒なことだと思いつつ、一応様子だけ確認しようと声の方へ向かう。チラリと物陰から覗いて、視線の先の光景に目の前が真っ赤になった。


「おい、何やってる__」


「ヒッ!」


ビクリと肩を跳ね上げた騒がしい王子の足元には、ティミアが転がっていた。一歩一歩近付いて、現場を確認する。王族用なのだろう、いつも真白に輝いていたティミアの衣服が土で汚れていた。


「アーク、違うのだ。こいつが最近そなたと共に居て、それで…こいつが僕の質問に答えなかったからで。」


何を言っているんだこいつは。俺は自分自身が冷静でいるのかそうでないのかさえ分からなくなっていた。近くで事態を見ていただろう馬鹿王子の従者達はどこかホッとした顔をしている。なんでお前らがそんな顔をしている。

馬鹿王子は不安げに俺の顔を見上げている。


「…アーク?」


何故お前が俺の名を呼ぶ。

感情がグシャグシャに掻き乱れているが、歯を食いしばり、拳を握りしめ自己の中で完結させた。


「ったく、散れ!」


荒ぶる感情を押さえつけ、少しだけ冷静になってからそう怒鳴った。当たり散らかしそうになる自分が怖かった。

ピャッとバカ王子は跳ね上がると海老やザリガニのように逃げていった。


 一度深呼吸をして、ティミアに手を差し伸べた。


「ダイジョブか?坊主」


無感情にこちらを見上げる少年の頬には殴られた痕があった。


「どうして?」


「…何がどうしてだ?」


「どうして?」


「…ゆっくりで良いぞ、聞いてやる。」


少年と視線を合わせるように屈む。幼い王子は、「どうして」という口を一度閉じ、じっくりと思案してから真っ直ぐこちらを見つめた。真っ直ぐな良い目だと思った。


「どうして…止めたの?」


「胸糞悪かったからだ。」


思わず語気が強くなる。俺は酷く自己中心的な性格だ。自覚している。ここまで激怒したのは別にこの王子のためでも何でも無いのだろう。俺自身が気に食わなかったから、きっとそんな単純な理由に違いないのだ。


「胸、糞が悪い…って?」


少しだけ虚をつかれる。あぁ、この小さな王子様はこんな汚い言葉は知らないんだ。少し考えれば当たり前だと分かることなのに、それがとても新鮮に思えた。


「…不快な思いをした。言い換えるとそんな意味だ。」


「不快…」


ティミアは少しだけ考え込む。


「何が不快だったの?」


今日はやけに喋るなと思った。こいつの質問に答えるのは、時々辛くなる。


「他人に、暴力を振るったり、恐喝したり…そんなのは、あっちゃいけねぇんだ。」


あぁ、俺は今どんな顔をしているのだろう。


。


 坊主の様子が気になって、次の日も続けて御所を訪れた。どこにいるだろうかと、思うまでもなく手当された痕を隠そうともしないティミアが堂々と廊下の真ん中で俺を待つかのように立っていた。


「何で待ってんだよ。」

「来てくれると思って。」

「生意気だぞ。」


 そのまま何を話すでも無く、歩き始める。何を話そうかとぐるぐる思案している間に随分と歩き回ってしまった。子供であるティミアが疲れたかと思って辿り着いたその場にあった塀の上に座らせる。俺も同じく塀の上に飛び乗り座ると、ティミアは行儀が悪いことに塀に座ってブラブラと足を揺らしていた。


「僕は、言葉を話すのが遅かったんだ。」


ポツリとティミアはそんなことを語り始めた。


「世界は繁雑で、僕には音を区別することが出来なかった。鳥の声と人間の声、虫の声や物音、僕には其れ等に違いが無い様に思えたんだ。今でもそうだ。」


脳の仕組みが他人と異なるのだろうか。処理システムが違うのかもしれない。専門家では無い俺は何も言えなかったが、ただ遮らず聞いてやろうとだけ思った。


「皆んなの言っていることは段々理解していったけれど、初めて言葉を口にする準備ができた時には、皆んな、僕に期待するのを止めていた。」


 ティミアは何とも思っていないような顔でそう語っていた。

発達の順番や速度は個人差が大きいと聞くから、そこまで気にしなくても良いと思うのだが、彼の周囲の人間は彼の成長を気長に待ってはくれなかったのか。比較対象の兄弟がいたことも原因だったのかもしれない。

悲しそうな顔も、寂しそうな顔もしないこの子供に何を言えば良いのか分からなかった。この子供は俺に何を望み、こんなことを話したのか分からない。いや、望んでいないなら励ましちゃいけないのか?俺はどう思ったんだ?俺は、この子供に…


「子供の頃話すのが早かった遅かった。そんなの将来誰も覚えちゃいない。そりゃ親や世話をした奴等は覚えているかもしれないが、将来関わる多くの人間にはそんなこと関係ないんだ。お前はまだまだこれから、これからなんだよ。」


俺よりも随分低い位置にある細い肩に手を置き、体を屈めて空色の瞳を真っ直ぐに見詰める。


「お前のそれは個性だ。他人にない才能だ。出来ないことがあって良い。足りない所があっても良いんだ。人間それぞれ得意不得意がある。人間は足りない所を補い合って生きるもんで、社会ってのはそういうシステムであるべきなんだ。」


 俺はまだまだ子供で、年齢ばっかり無駄に重ねちまったが、自分よりも幼いこの子供の為になる何かを伝えてあげたかった。…無駄に熱く語ってしまったかもしれない。少し恥ずかしくなって頬が熱くなった。


。


 少しだけ月日が経った。子供の成長っていうのはあっという間で、ティミアの背丈は随分と伸びた。そんな風に、子供の成長を感じられるくらいにはこの奇妙な交流は続いている。


『ティミア』 『ティミー』 『エウティミア』


この愛らしい名前と容姿を持つ少年と木漏れ日の元で暇潰しをしていると、


「アーク、ここにいたのか。」


あまり交流の無い将校が木々の合間を縫って現れた。何事だろうかと思い、サボってませんよとティミアの姿を隠すようにして立つ。


「お前も十分な年齢になったことだし、将軍位につくつもりは無いか?俺が推薦しよう。」


いきなり何を言い出すのかと、思わず冷めた視線を向けてしまった。近い内に、最年長の将軍が年齢を理由に退役し、将軍の椅子が一つ空くことになっていた。そこの椅子に俺を座らせようというのか。

現在様々な有力候補の名前が上がっているのだが、筆頭候補である俺に、将軍である父は何も言わなかった。自由にさせてくれている。もしかしたら、心中に複雑な思いを抱いているのかもしれないが、今の不干渉が俺には有り難かった。


「いいえ、若輩の我が身にはまだ早すぎるかと。」


成人したばかりの頃、俺に大量殺戮を強要した大人達の姿が頭から離れない。あそこに居た殆どの大人達は将軍という立場に居た。将軍になるということが、彼等と同じ存在になってしまうようで恐ろしかった。


「いやいや、お前ならば誰も反対しないだろうよ。」


下手に出ている俺の態度に気を良くしたのか、男はニコニコしながら会話を続けようとする。


「残念ですが、貴方の期待に応えられそうにありません。」


表情を消して、相手の顔を真っ直ぐに見てはっきりとした口調で伝える。こうして見据えると、相手に威圧感を与えられることは知っていた。将校殿はそんな俺に臆したのか、苦笑いを浮かべて退いていった。彼が視界から消えた後、はぁ、と疲れたように息を吐くと、


「君は何をそんなに怯えているの?」


 後ろから衝撃に襲われた。そんな破壊力のある言葉だった。

ティミアにとってはいつもの何気ない疑問の言葉だったのかもしれない。だが、俺の心の臓を的確に突くような鋭さを持った言葉に、バッと振り向く。この子供は本当に驚く程聡い。亜麻色の細い髪をした少年は心底不思議そうに小首を傾げ、まん丸でビー玉みたいな目が俺を見つめていた。


「…どうしてそう思った?」


驚きで頭は回っていないが、そんな言葉が口から漏れた。


「いつも思ってた。いつも、指図とか、搾取とか、そういう言葉に過剰に反応してたから……気にしているから、怯えているから、そうやって何気なく発せられた単語にさえ反応するんでしょ?」


こんな子供に悟られる程、俺は無様に怯えていたというのか。

 脅かされないように、嫌な気持ちにならないように、やり直してきた。確かに、辛い思いはしなくなった。でも、いつか転がり落ちるんじゃないかと、臆病に生きる日々は__楽しくもなかった。


「…そうだな」


弱者の立場から抜け出そうとして、必死になれば成る程、雁字搦めになって抜け出せてない。確かに立場や武力では抜け出せた。だが、俺の心は未だに弱いままでそこから抜け出せていないのかもしれない。


「その通りだ。坊主。」


声音が沈んでいくのが分かる。


「今まで不思議だな、とは思っていたけれどよく分からなかった。僕にはアークが怒る時の共通点が見つけられなかったから。だけど、さっき確信した。アークは何かを怖がっているんだ、って。」


無垢な瞳が俺を見上げてくる。


「だから、教えて。君は何に怯えているの?」


何に_だなんて。


「何なんだろうな。俺にも、よく分からなくなっちまった。物凄く嫌だったんだ。だけど、記憶ってのは段々薄れていくもので、ただ漠然とした悪感だけ覚えてる。」


ゆっくり思い出す。俺は何が嫌だったのか。


「良い様にこき使われて、使い捨てられるのが怖い。俺は、俺は…誰かの所有物でも、都合の良い道具でも無い。俺は、一人の人間の筈なんだ。」


言葉にするだけで、考えが整理されることがある。直視しないようにしていたそれは伝えようとするには随分と煩雑としていたが、ティミアは俺の独り言に耳を傾けていた。


「強くなれば抜け出せると思った。思ったんだが…違う。違うんだ。確かに立場は改善された。けど、もっと良い方法があったんじゃないかとか、ぐだぐだ後悔して_」


段々と目線が下がってゆく。


「いっそのこと、空気にでもなれれば…良かったのかもな。」


ポツリと転げ落ちた言葉は空気になんて到底なれないくらい地面に沈み込むような重さを孕んでいた。


「アークは、臆病なんだね。」

「あぁ…そうだな。俺は臆病でちっぽけな人間だ。」


そんなこと俺が一番よく知ってる。


「自己中心的で、自分さえ良ければ良い…俺はクソ野郎だ。」


自分の悪い所なんていくらでも出てくるよ。あぁ、こんなこと思っていても誰にも吐露したことなかったのに、なんでこんなガキンチョに話しちまってるんだ。なんだかとても悔しくて思えて、目をキツく瞑る。


「違うよ。」


それは慈愛に満ちた、力強い言葉だった。ティミアの言葉は明るく軽やかで、俺のそれとは真逆だ。

のろのろと顔を上げると、言葉と同様に優しげな眼差しを此方に向けるティミアがそこにはいた。

何でそんなに自信満々に言える。


「違う。」


ティミアは俺に言い聞かせるように言葉を重ねる。

…違うのだろうか。ティミアが言うとそう思えてくる。


「アークは、子供を慈しむことができる優しい人間だ。他人を思いやれる優しい人間だ。」

「違う。」


ズバンと否定の言葉が鋭く飛び出した。


「違う。俺は人を殺めた。理由は、俺の所属する国が敗戦国になることで、俺自身が不利益を被るのを避ける為だ。そうすると俺自身が決断して俺自身の手で人を殺めた。優しい人間なら、本当に優しい人間なら…どうするんだろうな。」


優しい人間ってのがどんな人間か分からなくなっちまったが、少なくとも俺のような人間でないことは知っていた。

ティミアはいつもの様に数秒考え込んだ後、また優しげに笑った。なんで俺にそんな笑みを向けるんだ。


「私の生きるこの国の為に、戦ってくれてありがとう。」


俺のゴツい手をティミアの小さな手が包む。泣きたくなるほど、優しい手つきだった。

…ちくしょう。何で、心が軽くなっちまうんだ。似たような言葉なんていくらでも言われたきたのに。自分の心がコントロール出来ない。


「ずっと一人で国の為に殺めた人の重さを背負っていたんだね。でもそれはアーク一人で背負う物では無いよ。この国で生きる僕らも同等に背負うべきものだ。だから、まず僕とそれを半分コしませんか?」

「ぅ…」


意味を持たない音が喉から漏れた。


「アークは自分の行いを他人のせいにしない自罰的な人間だ。そんな君に、世界は優しく無かった。だから、そんなアークが気を張って、強がって生きなくても良いように、」


肩の力がすとんと抜けたような気がした。あぁ、そうか。俺はこの世界生まれ落ちたその時から、ずっと気を張って生きていたのか。


「僕がアークを守ってあげる。」


出来ないことは無いんだとでも言う様な自信に満ち足りた姿は光り輝いて見えた。


「これで、もう怖くないでしょ?」


ニコリと笑う王子に俺は何も言えなくなってしまう。こんな子供が何を言っているんだという呆れもあったが、悔しいことに、その言葉だけで息がしやすくなったような気がしたのだ。


「だって、人間は足りない所を補い合って生きる生き物なんだから。」

 

どこかで聞いた覚えのある言葉を王子は得意げに言う。

 ずっと心の奥底で澱んでいた何かを掬い上げられたような気がした。

それは理想論だ。どこまで落ちたって差別はあるし、余裕が無ければ助け合えない。そう思って、何も言えなかった。否定的な言葉を口にできない呪いにでもかかってしまったのだろうか。


「ありがとな。」


だから、ただぶっきらぼうに感謝の言葉を口にして、くしゃくしゃと小さな頭を撫でた。初めて触れた細い亜麻色の髪は見た目通りの指通りの良さだった。


。。。



「お前…良い顔するようになったな。」


朝出掛けようとした所、どこか困惑した顔をした兄に声を掛けられた。


「あ?」


最近は顔さえ合わせなかったのいうのに、いきなりどうしたというのか。それはともかくとして兄の困惑顔がどこか間抜けで、思わず笑ってしまう。


「フッ、いきなり何言ってんだよ。」


いかんいかん、笑ってしまった。また兄上が怒り出すぞと思ったが、チラリと横目に見た兄は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。訳が分からず眉を寄せていると、今度は穏やかな顔に変わった。


「…今の方が、良いと思うぞ。」

「は?よく分からん。」


 これ以上付き合ってられるかと、扉を開けて外へ出る。良い天気だった。澄み切った晴天が広がっている。空色、あの実はお喋りな王子の瞳と同じ色。この世界が、俺の生きる世界。そしてこの国は俺の力で守られている国だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。