表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夢をテーマにした短編ラッシュ

吠えたい僕たちは居場所を探す

作者: ちょこっと

 犇めき合う無機質に囲まれている僕たちは、声の上げ方を知らない。


 管理されたスケジュールはいつになったら途切れるんだろう。


 僕の人生が終わるまで、誰かに書き込まれた予定をこなしていくだけなのか。


 真っ白なノートを渡されるみたいに、何にも無いまっさらな人生を生きてみたい。


 そう思い始めたのは、僕が僕を生きようとし始めたから。


 この、胸の内から、僕という命を実感するようになったからか。




「行ってきます」


 今日も僕は歩き出す。学校と塾、幼稚園から習っているピアノへ通う為に。でも、その行先を自分で選べたら、どんなにか気持ち良いだろう。


 電車に揺られて窓に頭を凭れる。前髪が流れて、窓にうっすら僕が映った。流れていく景色、看板、ビル、電線。僕の知る世界はこんなにも味気ない。



プシュー



 反対のドアが開いて、少し電車が込みだした。満員電車に乗りたくない僕は、いつもみんなより一時間早く学校へ行く。一人の教室で、塾の宿題をする。

 誰もいない教室は、がらんどう。僕と似ていて、落ち着いた。


 いつもの教室、いつもの授業、そう、親に書き込まれた予定通りに生きる僕。


 塾の帰り道、いつもの道が工事をしていた。仕方ないから、迂回路へ足を向ける。なんだか薄暗くて不気味な道だった。


 いいや、少し遠回りだけど、公園の方を突っ切ろう。


 暗い夜道を足早に進む。公園の中は丸い街灯で照らされていた。半ばも過ぎた所で、何かの気配に足を止める。


 植え込みの下で、何か、鳴き声にもならない微かな息が聞こえた。



 早く帰って、明日の予習をしないと。でも、なんだか気になる。



 そっと近付いてみると、今にも死にそうな子犬がいた。生まれたばかりなのか、目も開いていない。微かに震えて、僕の足音に鳴こうとする。


 汚い。薄汚れた動物なんて、持ち帰ったら確実に怒られる。母さんは許さないだろう。何もかも整っているのが好きな母さん。予定外の事が嫌いな母さん。


 子犬は、もう鳴こうとするのも、やめた。いや、もう力尽きて出来ないみたいに、震えもしないで横たわっている。



ドクン



 心臓を、無造作に荒々しく掴まれたような気がした。


 死ぬ。目の前で、命が消えていく。



 そう思った時、僕は、子犬を制服の中に抱き込んだ。



 母さんは物凄く怒った。それはもう、嵐の如く怒り狂った。けれど、僕も折れなかった。初めて、諦めなかった。


 だから、約束した。次のテストで必ず学年一位を取るって。いつも上位に入っては居たけれど、一位は取れた事が無かった。だから、約束した。


 初めて、僕は僕の意思で勉強したんだ。絶対に、叶えたい事が出来たから。コイツを助けたいって、思ったから。



 一位を取った僕に、母さんのご機嫌は急上昇だった。職場の人に自慢するネタが出来てご満悦。良かったね、母さん。僕も嬉しいよ、約束を守ってもらえて。



 手の中の温もりを感じる。やわらかくて、あたたかい。生きるって、こんなに嬉しい事だったのか。こんなにかけがえのない事だったのか。


 ちっちゃなコイツが僕に教えてくれた。死にかけのコイツが必死に声を上げてみせた。


 その命の声は、僕に僕の声の上げ方を教えてくれた。


 まだ小さな産声を上げたばかりの、コイツと僕。


 これから、学んでいこう。いつかは遥か遠くまで響き渡る、遠吠えだって出来る。


 見つかったんだ、僕のやりたい事。僕という人生に書き記していきたい事。もう、僕の人生は誰かに書き込まれた予定帳じゃない。誰かじゃない、僕が刻む。


 僕の人生を生きるって夢。


 生き方も夢も知らなかった僕が見つけた、幸せな夢。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 一つ目標を達成できたけど、これからも大変でしょう。 でも、君なら出来ます。 応援しています。
[良い点] 小さな命が彼の日常を照らしたのでしょうか、 彼の明るい未来が、見えた気がしました。 素敵な物語をありがとうございます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ