吠えたい僕たちは居場所を探す
犇めき合う無機質に囲まれている僕たちは、声の上げ方を知らない。
管理されたスケジュールはいつになったら途切れるんだろう。
僕の人生が終わるまで、誰かに書き込まれた予定をこなしていくだけなのか。
真っ白なノートを渡されるみたいに、何にも無いまっさらな人生を生きてみたい。
そう思い始めたのは、僕が僕を生きようとし始めたから。
この、胸の内から、僕という命を実感するようになったからか。
「行ってきます」
今日も僕は歩き出す。学校と塾、幼稚園から習っているピアノへ通う為に。でも、その行先を自分で選べたら、どんなにか気持ち良いだろう。
電車に揺られて窓に頭を凭れる。前髪が流れて、窓にうっすら僕が映った。流れていく景色、看板、ビル、電線。僕の知る世界はこんなにも味気ない。
プシュー
反対のドアが開いて、少し電車が込みだした。満員電車に乗りたくない僕は、いつもみんなより一時間早く学校へ行く。一人の教室で、塾の宿題をする。
誰もいない教室は、がらんどう。僕と似ていて、落ち着いた。
いつもの教室、いつもの授業、そう、親に書き込まれた予定通りに生きる僕。
塾の帰り道、いつもの道が工事をしていた。仕方ないから、迂回路へ足を向ける。なんだか薄暗くて不気味な道だった。
いいや、少し遠回りだけど、公園の方を突っ切ろう。
暗い夜道を足早に進む。公園の中は丸い街灯で照らされていた。半ばも過ぎた所で、何かの気配に足を止める。
植え込みの下で、何か、鳴き声にもならない微かな息が聞こえた。
早く帰って、明日の予習をしないと。でも、なんだか気になる。
そっと近付いてみると、今にも死にそうな子犬がいた。生まれたばかりなのか、目も開いていない。微かに震えて、僕の足音に鳴こうとする。
汚い。薄汚れた動物なんて、持ち帰ったら確実に怒られる。母さんは許さないだろう。何もかも整っているのが好きな母さん。予定外の事が嫌いな母さん。
子犬は、もう鳴こうとするのも、やめた。いや、もう力尽きて出来ないみたいに、震えもしないで横たわっている。
ドクン
心臓を、無造作に荒々しく掴まれたような気がした。
死ぬ。目の前で、命が消えていく。
そう思った時、僕は、子犬を制服の中に抱き込んだ。
母さんは物凄く怒った。それはもう、嵐の如く怒り狂った。けれど、僕も折れなかった。初めて、諦めなかった。
だから、約束した。次のテストで必ず学年一位を取るって。いつも上位に入っては居たけれど、一位は取れた事が無かった。だから、約束した。
初めて、僕は僕の意思で勉強したんだ。絶対に、叶えたい事が出来たから。コイツを助けたいって、思ったから。
一位を取った僕に、母さんのご機嫌は急上昇だった。職場の人に自慢するネタが出来てご満悦。良かったね、母さん。僕も嬉しいよ、約束を守ってもらえて。
手の中の温もりを感じる。やわらかくて、あたたかい。生きるって、こんなに嬉しい事だったのか。こんなにかけがえのない事だったのか。
ちっちゃなコイツが僕に教えてくれた。死にかけのコイツが必死に声を上げてみせた。
その命の声は、僕に僕の声の上げ方を教えてくれた。
まだ小さな産声を上げたばかりの、コイツと僕。
これから、学んでいこう。いつかは遥か遠くまで響き渡る、遠吠えだって出来る。
見つかったんだ、僕のやりたい事。僕という人生に書き記していきたい事。もう、僕の人生は誰かに書き込まれた予定帳じゃない。誰かじゃない、僕が刻む。
僕の人生を生きるって夢。
生き方も夢も知らなかった僕が見つけた、幸せな夢。