輝き満ちたセカイ
まだ腐る前の話。
連休とは何だったのか。
連休前の一日はおかしな事件で潰されて、一日目は妹も含めた薬子とのデートで潰されて、現在二連休目。俺が雫とデート出来る日はいつ来るのだろう。今日が潰れたかどうかなんて言うまでもない。九龍相談事務所に行かなければいけないのに死刑囚を同伴出来るか。誰が歓迎するんだ。
「君の寝顔…………可愛いね……♪」
「…………あの、どうしてこんな事になってるんでしたっけ」
寝覚めが良いのは熟睡していたからか、もしくは色々と痛いからだろうか。何処とは言わないが下の方が痛い。痛みとは最良の目覚まし時計だからそこは感謝しなければいけないが、密着しているのでその緊張は確実に気付かれている。
というか太腿に挟まっている。絶対わざとだ。
「うーん、まあ寝ているから起こしてあげただけだよ。あんまり深く考えないで。今日は君に尋ねたい事があったんだ」
「ああ……まあそれはいいんですけど、取り敢えず離れてくれませんかね」
「あれ、気持ち良くない? 処女の床上手じゃないけど、結構上手いと思うんだ」
「それとこれとは話が違いますッ。落ち着かないんですよ単純に」
雫は口を尖らせながら不満そうに頬を膨らませたが、俺の意を汲む形で離れてくれた。まだ彼女の温もりが残っていてとてもじゃないが直ぐには落ち着けない。少し冷却しないと。何を聞きたくてわざわざこんな真似をしたのかは知らないが、俺が答えられる様な事柄なんて大体知っていそうなものだ。
「私が読んでいたこの本、覚えてる?」
そう言って雫が手に取ったのは『現代百鬼物語』。念の為に言っておくと俺は著者ではない。大体がして文章は嫌いだ、読書感想文さえ見るだけで吐き気がする。どこぞの眼鏡少年ではないが、手に取っただけでズキンと頭痛がしてニ、三ページで意識不明になる。
「覚えてるも何も所有してるんです。忘れる程本もありませんからね。それがどうかしましたか?」
「著者、天埼鳳介」
表情が、固まった。
「木辰百物語の著者だ。昨日の夜読み返したんだけど、なんと使われているネタが一致しているじゃないか。まあ作者が同じなら当たり前なんだけど、問題はこの著者が君の古い友人という事実だ…………ねえ。もしかしてこの『百鬼物語』に書かれてる事ってさ―――体験談だったりしない?」
まるでアイツの事を知っているかの様な発想の飛躍に、俺は言葉を失ったまま口を動かせなかった。どちらの本も著者が友人で、どうやったらそこから結論が出せるのだろう。雫と鳳介の接点はあり得ないので偶然としか言いようがないが、そうピッタリと当てられてしまうものなのか。
いっそこのまま死んでしまいたかったが、そこまで人間は脆弱ではない。突発的な真実の追及に俺は諦めて肩を落とした。
「……ええ、その通りです。『現代百鬼物語』は鳳介が自費で作った本で、小学校でのバザーと中学の文化祭でだけ売られてました。正直、滅茶苦茶売れ行き良かったですよ」
バザーでは保護者の出店物を上回ったし、文化祭では俺達のクラスが決まって最優秀に選ばれていた。天埼鳳介はいつも注目の的だった。地方の新聞で一度取り上げられた事もある有名人だ。あの時は……今思えば、アイツの友人というだけでイジメのターゲットにされていなかったのかもしれない。
「アイツは元々作家志望でした。俺と出会う前からそうだったみたいで、ある時実際に恐怖してみれば面白いフィクションが書けるんじゃないかって言い出して、そこから始まりましたよね」
「となると百鬼物語における主人公が鳳介、そして君……もう一人は?」
「綾子っていう紅一点がいました。俺も綾子も連れ回されてただけです。楽しいと思った事は一度もない。いつも死にかけますし、綾子は漏らした事があるし、俺に至っては骨折した事もありますし。でもね、とっても充実してたと思います。だから怪我しても俺と綾子はアイツとつるみ続けた。特に綾子は両親が死ぬ程嫌いだったので、俺以上だったと思います」
危なっかしい目に遭わせる様な友達が居たら普通の両親は引き離すだろうが、そういう事もあって俺達の関係は不思議と続いた。俺達の被害ばかり語ってしまったが、実際は鳳介の怪我が尋常ではない。事件を解決したと同時に戻ったとはいえ、両手をもぎ取られた時だってあったのだから。
「……良かったら、何でもいいけど話してくれないかな」
「…………本を読んでください」
「恐らく脚色されている。私はありのままを知りたいんだ。天埼鳳介という男に興味が湧いたし。それに―――」
雫は穏やかな笑顔を浮かべて、俺の手を握った。
「好きな人の事を何もかも知りたいと思うのは、いけない事じゃないだろ?」
その理屈は俺も使った事がある。それもごく最近。わざわざ語彙のチョイスを合わせている辺り、あれも盗聴されていたのかと思うと少し恥ずかしい。ああいう発言は当人の聞こえる所で言うべきではないのだ。胸を張って言えるにしろ、恥ずかしいものは恥ずかしい。
何せ雫は告げた愛を倍以上で返してくる女性だ。発言次第で何をされるやら(その危惧は満更でもない気持ちを表していたりする)。
「…………そうですね。じゃあヤマイ鳥のエピソードでも話しますよ」
すっかり腐ってしまった俺にも輝いていた時代はある。中学二年のあの日、天埼鳳介という太陽を失うまでの。
これはそうなる前の、話。
「集まったかお前等! さあ、集会を始めるぞー」
「集まったってここ俺ん家なんだけど」
初夏の日差しに室温を上げられ、扇風機をつけながら泥の様に眠っていた時、その男は外から窓を開けて突入作戦も斯くやと思われる素早さで飛び込んできた。スポーツ刈り(長さとしては従来より少し長い)の茶髪に、半袖のシャツ。筋肉質な腕。
天埼鳳介。俺の親友であり、只のイケメンだ。
「疑問なんだけど、どうして窓から入るの?」
遅れてもう一人、今度はぎこちなく窓から入ってくる。三つ編みのサイドテールに隠れて今は良く見えないが、オフショルダーの白いトップスから見えるブラ紐は俺にとって密かな目の保養になっている。
本人に言ったら蹴り飛ばされるので口が裂けても言わないが。
「前は普通に玄関から入ったでしょ?」
「いやあ実はな、お前も知っての通りリュウには妹が居るだろ。あのお兄ちゃん大好きの」
「うん、あの子が?」
「リュウは毎日遊んでやってるらしいが、どうも俺達……というか俺が来ると『お兄を取られた~』って泣いちゃうらしくてな。そういう苦情を受けたもんで、窓から入る事にした」
「ああ、そういう…………でももう少しやり方あるでしょッ? 鳳介はいいだろうけど、いつも梯子使ってる私の身にもなってよ」
地味に梯子を使わず上っているという衝撃の事実を知ってしまったが、鳳介の身体能力の高さは今に限った話じゃないのでスルーしておく。どうやって上っているかは聞かない方がいいだろう。十中八九注意しなければいけないから。
予め用意しておいた飲み物をお盆と共に差し出して、三人の中心に設置する。因みに立ち位置は俺は勉強机の椅子、鳳介は床、綾子はベッドの上だ。
「え、まあ本題に入る前に、お前達に感謝しなきゃいけないな。一か月前のファイブ症候群、本当にお疲れ様。小説の執筆が捗るよ。完成したらまずお前達に無料でプレゼントするよ。まだ五巻分くらいしかないけどな」
「十分すぎる」
「私はいつも楽しみにしてるわよッ。鳳介の書く物はいつだって面白いんだから!」
「そいつはどうもありがとう! ファンの声が生で聞けて作者冥利に尽きるってもんだぜ!」
綾子は飲み物を三人のコップに注いだ。鳳介がポケットから手帳を取り出して床に放り出した。
「さて、鳳介先生の取材第…………弾!」
「忘れたな」
「忘れたのね」
「ええい聴衆はお静かに! 新しい噂を聞きつけて来たんだ。ネットにも出てない。猟師の間だけで噂されてる話なんだ、まあドマイナーだな」
俺と綾子は渋面を浮かべて互いに視線を交錯させた。互いに鳳介の被害者という事もあって俺達は物凄く気が合う。どれくらい気が合うかというと、俺の家で頻繁に泊まっている。まあそれは鳳介もだが。
「あのね、鳳介」
「うん? 何だその見るからに文句言いたげな顔は。確かに危ない目は頻繁に遭わせてるけど、そんな毎度毎度文句言ってたのも最初の数十回だけだろ」
「結構いってんだな! いや違うんだよ。もう変な目に遭うのは俺も綾子も覚悟してるよ。一番駄目なのが噂が嘘だった時だ。この前の前の前も、ドマイナーとか言って『首狩り族』の調査に付き合わせただろ?」
「あれって本当に大変だったわよね~。暑くて倒れそうだったわ、リューマ、あの時はアイス奢ってくれてありがとね。やっぱり返そうか?」
「いや、気にすんなよ。互いに命があっただけ儲けものだろ」
暑さのあまり溶けていた彼女の手助けは苦にならなかった。何かの間違いで危ない場所に触れても、攻撃する気力もない綾子は気にしないでくれる。こういう動機がスラスラと出てくる辺り俺は不純だ。まだ小学六年生(卒業式は終わっている)なのだが、綾子の事がどうしても気になってしまう。
身近にいる血縁関係のない異性と言うと彼女くらいしか居ないので仕方ないものは……あるのか?
一応不純ではない動機も言っておくと、暑さで思考能力を刈り取られている状態の綾子は物凄く甘えたがりなので滅茶苦茶可愛い。世話するだけ俺も癒える。
……不純だった。
「そう、ありがと。お礼に素敵な恋人が出来る呪いをかけてあげるわ」
「……多分だけど、それ漢字変換してるよな。不吉だからひらがなで言ってくれ」
「口語で良く分かるなお前…………」
一時蚊帳の外に追い出された鳳介が強引に会話へ入ってきた。
「首狩り族の件は悪かったって。うーん、本当だと思ったんだけど誰かが流したデマなんだろうなあって。ただ、今回は本物だ」
「根拠があるのか?」
「…………遭遇者が生きてる」
誰も開こうとしない手帳を拾い直し、今度は開いた状態で床に放り出した。
「鳴き声を聞いた人間を原因不明の奇病にしてしまう怪物『ヤマイ鳥』。いつも通りお前達は俺が守ってやる。だから信じてみろよ……きっと、上手くいくぜ?」
あんまり包容力とか母性とか癒しとか求めない頃の彼。




