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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
AI0  太陽と月

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175/221

昼はよいよい 夜ノ酔い

 前半のページに変わった所はない。否、日記自体が最初から変わっている。ここにおける日記とは子供の観察記録であり今まで例外は無かったが、ここだけは三冊。恐らくは家族分の人数。ちゃんと自分の記録として使われている。


『神の掟に従った結果なのでしょうか。私の下に神の脳みそが宿りました』

『これも偏に信仰の賜物でしょうか。とても幸運に思います。月の姿が消える頃、私は天へ昇るでしょう。あの子達には内緒という事になりました。私もそれに賛成しています。リンが大反対する事も、ゆらが声も出さず泣く事も、知っていますから』

『私が居なくなればまた新たな親の下へ行くのでしょうか。でも、これも貴方達の幸せの為。どうか私を許して、二人共』

 

 …………なんか、違うぞ。

 俺の知る雫の喋り方ではない。ではないのだが、彼女に神の脳みそがあるならあの特殊能力も頷ける。薬子が情報を『技術』として再現出来るなら……雫は情報を『現象』として再現出来るのではないだろうか。生物の使役、物体性質の変化、影の底なし沼化、時間の巻き戻し。全て非科学的且つ、空想に存在するファンタジー。

 科学の延長線を網羅しているのが薬子で、科学の理外を網羅しているのが雫。そう考えれば半分と半分でぴったりになる筈だ。

「…………あ?」

「どうしたの?」

「いや……」

 私が居なくなればまた新たな親……つまり『七凪雫』が今の親という事になる。だが俺の知る『七凪雫』は薬子もとい霖子と姉妹関係にあった。つまり文脈的に俺の知る七凪雫は、兎雲響とぐもゆら。霖子の日記と照らし合わせて当時の名前は七凪響ななぎゆら。彼女こそ俺の知る死刑囚となる。


 ―――何で母親の名前を?


 同姓同名の死刑囚が居た理由はこれが? いやしかし、それなら本物の七凪雫も生き残りに数えられる筈だ。いや……問題はそこではない。雫が別人なら俺の仮説は間違っている事になる。もしくは仮説自体は合っていて、アカシックレコードの流れだけが違う。

「綾子、そっちはどうだ」

「ちょっと待って」

 彼女は三冊同時までなら本を読めるという謎の特技を持っている。二冊の日記を読破するなど造作もない。文字を追う目の動きが凄まじい。見ている内に残像が生まれそうだ。

「……七凪雫って多分お母さんよね。霖子は知ってたみたい。お祭りだか儀式だか分からないけど。その三日前から日記が途切れてるっぽいから、止めようとしたのかも。『お母さんが居ないなら幸せになっても意味がない!』って書かれてるし。よっぽど離れたくなかったのね」

「名前が無い方は?」

「霖子の最初の方に書かれてたけど、この子最初の母親に虐待を受けてたせいで文字が認識出来なくなっちゃったみたい。だから日記も全部絵で……」

 文字が認識出来ない?

 雫―――響の特殊能力に無理なく理屈を付けられるとすればアカシックレコード以外あり得ないし、文字が読めなかったら家に来た殺害予告を読める道理がない。『現象』でどうにかして治療したのだろうか。

 判明した情報もある代わりに同じくらい謎が増えた。謎が謎を呼ぶ実感をここでも味わう羽目になるか。何もわからず逃げるしかなかった前回よりは進歩したがこれはこれで複雑な進み方だ。

「でもでも、この日記に村の地図が書かれてるわ。少しは探索しやすくなるんじゃない?」

「おーそれもそうだな」

 だが文字がないので地図としても分かり辛い。一番大きく描かれているのは村長の家だろうか。正確な方角は分からないが俺達の居る家から地図上で北東。隣の洞窟はよく分からない。東の神社らしき記号も良く分からない。横井戸から一望した時は見えなかった。

「ここからだと村長の家が一番近いな」

「じゃあそっちに行ってみましょうか。鳳介と合流出来るかもだし―――」


 

 バアン!


 

「ひょええ!」

「ぎゃああ!!」



 完全に気が抜けていた。

 窓ガラスから血塗れの手が伸びてきたら誰だってびびる。こればかりは何度死地を潜り抜けても耐性がつくものではない。否、実際に死地を知っているからこそ慣れない。耐性とは『そうなっても安心』という経験から来るもので、鳳介の冒険にそんなものはなかった。反応出来なければ死ぬもしくは酷い目に遭う。これで慣れろという方が無理だ。

「綾子!」

「え、えッ。鳳介?」

 窓枠をハイキックで外し、身軽な動作で彼が部屋に飛び込んでくる。分かっていたが躊躇が無い。ガラスを全力で殴ったら手が血塗れになるくらい想像に難くないだろうに、どうしてやってしまったのか。当人は一ミリも出血の事を気にしていなかった。何故なら既に止血を始めているから。

「リュウ、何があったんだッ?」

「いや……あ? 何の話だよ」

「はあ?」

 あらゆる状況がかみ合っていない。誰よりも早くその状況を理解したのは鳳介。役立たずの携帯を開き、着信履歴を俺達に見せた。

「綾子から電話が来た。助けてってな。お前が居ながら助けを求めたってのは間違いなく何かがあった。何もないのか?」

「な、ないわよ。緊張感も無かったし」

「お前が窓ぶち破ってきたのが一番びっくりした」

「………………そうか」

 鳳介は安堵の溜息を吐くと、寄りかかるように綾子を抱きしめた。緊張感が無いと申告するくらい平常心な綾子もこの瞬間、最大風速の緊張を迎えた。

「ひぃゃぎゃッ!?」

「…………何も無いなら、良かった」

「ほほほほううすぇ! あ、あの! その! もう少し……このまま」

「あん? やっぱり何かあったのか?」

「そうじゃないんだけど……ふぇぇ。りゅーまぁ。どうしよう」

「……えーと、鳳介。ちょっとこっち来てくれないか。二人で話したい事がある」

 鳳介との密着状態から解放された後も綾子は暫く足腰が立たなくなっていた。その場に崩れ落ちて自分を抱きしめている。これに関しては早く慣れろとしか言えない。何度も助けには来てもらっているのに。

「何だ?」

「この状況、不味いぞ」

「不味い? ……ははあん。過去か」

「ああ。前はお前と一緒に居て綾子から電話が掛かって来たんだ。で、合流した。あの時は本人かとも思ったんだが俺達から掛けた時は機能してなかった。つまり電話は本人じゃないし、俺達はここに集められた可能性が高い」

「ふむ。まあそうだとしても、警戒するべき事はないだろ。前提条件が変わった事で若干変化が生まれただけだ。綾子の偽物もちゃんと喋ってくれたしな」

「するべき事なんだよ! 前回もここまでは何でも無かったんだ。単なる廃墟探索で終わりそうだったんだ。でも、ここから―――」


 ピチャン。


 洗面所に打ち付けられた水音が、鮮明に轟いた。廃墟の水道は基本的に止まっている。水が流れる事は万に一つとしてあり得ない。もしその条件を下に水が出てきたとしたら、それは雨に他ならない。

 瞬間、視界の明度が暗転した。それを契機に空を覆っていた雲から土砂降りの雨が降り始める。天玖村の殆どの家は屋根を破損しているので雨除けにはならない。瞬く間に外が、硝子が、畳が濡れていく。

「ほらきたッ」

「成程な。お前達、ついてこい。屋根のある場所に連れて行ってやる」

「鳳介、何処に居るのッ?」

「こっちだ。早くしろ!」

 これを知っていたなら傘を用意すればと思った人間は多いだろう。だが天玖村にも関与しない鳳介の生死にも関わりそうにない部分をすり替えるのはリスクだ。何が起きるか分かったものではない。だから敢えて知らせなかった。

「ひいいいい」

「いやあああああ」

「つめってえええええ!」

 






 ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! ザッ!

 


実名開示。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今更ですが、鳳介だけでなく綾子もかなり多芸で優れていますよね。
[気になる点] 偽綾子は怪異なのか、はたまた人間なのか…… [一言] 雫は母親の名前でしたか……そして、ついに本名が……!
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