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「…………。ごめん未希。どこの路地?」
「一時期有名になったやつ。あの切り裂きジャックの噂のある路地。あの近くなんだって」
「切り裂きジャックの噂……。ああ、ライブ会場の近くのあたりか」
未希が言っていた“あの路地”がどの路地なのかようやく判断できた。
町の都市伝説としても有名な『迷いの路地』と呼ばれる路地の一帯だった。昔に一度……いや数度、別の事件に首を突っ込んだ時にお世話になったことがある。
どうやら腕が落ちてくるのはその路地が噂の発生源になっているらしい。
どうせ今回も未希に連れられて行くことになるだろうが、あの路地で何か起きたというのなら、私は調べないと気が済まなくなるのだ。
「気になる。今回は乗り気だから未希も説得の手間がはぶけ――」
「んー、ごめんね美也子。未希も知りたくてうずうずしてるけど、ミキは午後から予定があるの」
まさかの期待を裏切られた。
「未希、そんな。貴方は私の大親友だったはずなのにどうして」
「ミキね、大親友も大事なんだけど、大親友と思ってくれてる友人の親友が変な目で見られちゃだめだなって思わない? ミキは思う」
とても大マジな顔をして未希はそう言った。
実際、未希の言っていることも大事だと思う。むしろ私が少ないのではという話は置いておく。
しかし、そうなったら誰か暇な人についてきてもらうしかない。いったいこの時間は誰の予定が空いて――。
「美也子、口開けて」
そんな考え事をしていると、突然未希が悪戯っぽく笑いながら私の口にポテトを突っ込んできたので、反射的に加えてしまった。
いきなりポテトを顔面に向かって突っ込んでくるのは危ないと思います。咥えてしまう私も私だが。
「あんえほうは」
疑問を言葉にできなかった。
「大丈夫? 未希がいなくても掃除できる? 美也子がダメになっても、未希や親友だからね?」
さすがは親友というべきか。母音とハ行しか言葉にできなかった私の言葉を汲み取って反応を返してくれていた。
いや、そもそもの原因は彼女なのだが。気を取り直して、彼女の心配に答えることにする。
「何を突然。さすがにそこまでではないと思う」
さすがの私も女子としての生活は遅れているはずだ。
たぶん。
「本当? この前料理作ってあげた時は?」
「お、お湯を沸かしました」
「掃除はしてたけど、ゴミ別の日に出してなかった?」
「あれは曜日感覚がずれてただけだから」
大学に行っているにもかかわらずズレているのがあれなのではというのは置いておく。だが、ゴミ出しカレンダーは見難いので改善してほしい。
「この前だって冷蔵庫の中がからで買い出しに出かけたのは?」
「…………」
「ミキ、なんだかとーっても心配になってきちゃったなー」
「未希様におんぶにだっこしてます。許してください」
私がそう答えると、未希はポテトをぱくつくのをやめて、とても心配そうな表情で私を見返しながら首をかしげた。
「……ねえ、やっぱりミキ、本気で心配になってきちゃった。もし行くのなら午後はミキも一緒に居てあげよっか?」
「それはさすがに大丈夫なので遊んできてほしい」
私がそう答えると、未希は「そっかー」と言ってまたポテトに手を伸ばし始めた。未希の優しさは嬉しいのだが、一度大丈夫だと言ってしまった手前、それはさすがにみじめになってしまうので遠慮願いたい。
「ん、わかった。でも何かあったらミキに一番に連絡すること。いーい?」
「もちろん。それは約束します未希様」
「ほんとーのほんとーだよ? 美也子はいっつも大事なこと黙ってるんだから、言わなきゃ、メッなんだからね」
「おふ」
ボケっとしていたら人差し指で額をつつかれ、まるで子供に対して注意をするかのように未希に言われてしまった。
つつかれた箇所をさすりながらも、本当に心配そうにする未希に申し訳がない気分になってしまった。今回の噂を調べるのは完全に、私情だ。あの場所は私にとってとても思い出深い場所で、そこで何があったというのなら私が行かないわけにはいかない。
それで心配をかけさせてしまうのは、私のわがままだ。
私は未希の言葉に感謝をしながら、さくさくの天ぷらが来るのを待つのだった。
* * *
我が家であるフラットへの帰路の途中――。
休みということもあるのだろう、人に溢れた丁字路が騒がしく車の行き来を管理していた。私と未希はそんな人の中、できるだけ建物側に寄って帰路についていた。
細切りポテトとカボチャの天ぷらの味を思い出しながら帰っていると、未希が我が家の近くの丁字路の歩道で急に足を止めたので、慌てて彼女の背中にぶつからないようにと止まった。どうしたのだろう、そう思ったがすぐにその理由を思い出した。
「ああ、そういえば未希は遊びに行くんだっけ」
そうだ、今日は未希と別々に変える日だった。ふと、横断歩道に目をやると、信号は赤色の点滅をしていて、人も車も来る気配はなかったけれど彼女にならって大人しく並ぶことにした。
「うん。このまま家までミキが送る?」
未希が私と別の方向を交互に見ながらそう言った。
けっして私を子ども扱いしているわけではなく、発作が出ると急に意識が飛んでしまうため、横断歩道の途中で寝てしまったりすると、明日の新聞に私が登場することになるからだ。
病気で倒れ込むように寝るのはなれているだろうが、そのまま一生起きなくなる友人を見るのはさぞ寝覚めが悪いだろう。
笑いごとではないが。
「大丈夫。今日はまだそこまで感情動いてないからすぐには寝ないと思う」
少なくともいつもの症状的には反対側へ歩く余裕はあるはずだ。
「ん、じゃあありがと、美也子。次はがっこー?」
未希の質問に頷いて返すと、同時に横断歩道の点灯が青に変わる。ここで未希とはお別れのようだ。
「あ、変わった。それじゃあね美也子。また明後日」
元気に手を振りながら、未希は横断歩道を渡らずに別の方へ走って行ってしまった。
未希の背中を見送っていると、また信号が変わりそうな気配を感じて、急ぎ足で横断歩道を渡る。
家路につきながらも、未希の言っていた話を思い返していた。
あの路地で何か起きたという噂はほとんど聞いたことがない。それこそ大学の教室で噂をしている人もいなかったし、ためしに検索をかけてもネットのオカルト記事には似たような話すらもない。
純粋な疑問を頭に浮かべながら携帯をポケットにしまい込んで家路についた。