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「人の腕が落ちてくるだって」
私の貴重な同性同い年の親友――本条未希は昼休憩の合間に、突然そう言った。
場所はいつもの喫茶店。噴水のある中央公園が一望できる私と未希お勧めの喫茶店で、熊カレーが名物のお店だ。
私こと、鳥鼠美也子はいつも通りに未希に引っ張られてその店のテラス席へ足を運んでいた。
未希の言葉にどう対応しようかと悩みながら公園の方へと視線を移すと、石造りの地面が広がり花壇の中にも樹木や季節の花が噴水を取り囲んで植えられている光景は、どこかの公園のようにも見えた。噴水の上には立体映像が投影され、今まさにライブで演奏中であろうアイドルの映像が入れ代わり立ち代わり映し出されていた。
ライブが流れない夜の間は大木の桜が立体映像として流されていて、冬になると雪が降る中に桜の大木が映る。その光景がとても神秘的でそれを目的にわざわざこの町まで観光に来る人もいると聞いたことがある。
正直、住んでる私達からしても不思議な町だ。
こんな町で、不思議な何かが起こることはある意味日常茶飯事ともいえる。こうしてオカルトが好きな彼女からしたら万年話題に事欠かない町、というわけだった。
それにしても、今日も未希の話題は物騒である。
話題を出した当人である未希に視線を戻す。
今日は、髪をまいてゆるふわ系の髪型アレンジをして、桃色のカーディガンと花柄の白いワンピースのゆったりとした印象のコーディネイトをしていて、鞄も靴もベージュでそろえていた。
対する私は眺めでそろえている髪をハーフアップにして、いつもの私服――真っ黒な薄手のインナーに同じ色のロングのフレアスカートに赤い靴という無難な手抜きスタイルだ。
もちろん未希のコーディネート。私が選ぶはずがない。
そんな未希だったが、私に物騒な話を振っておきながら、頼んでいた細切れのポテトを口元に運んでかぷついていた。
「物騒な話題を出して置いてずるいですよ未希さん。私にもそのポテトをかぷらせてください」
「えー今日は美也子、別の物を頼んだのにミキのこれが欲しいの? 何を頼んだんだっけ?」
「カボチャの天ぷら」
「カボチャの天ぷら?」
「カボチャの天ぷら」
「ねえ、美也子。どうしてお昼にそれを選んだの?」
「ここの料理がおいしいのがいけない」
たしかにフライドポテトは外せない一品だが、それはそれ、これはこれなのである。
さくさくの衣にカボチャの甘みが口の中に広がって、塩をかけても日本人らしくしょう油でいただいてもいい絶品なのだ。
「醤油ならミキはお寿司のほうが好き」
「確かに未希はそっちの方が好きそう。ところでポテトを恵んでくれませんか」
「しょうがないなあ……。はい、口空けて―」
「やったー。未希大好き。ところで、とても物騒な話ですね、未希さん」
「だよねー。ミキも怖くて買い物行けなくなりそう」
それは本当に思っていますか未希さん。
とはいえ、買い物に行けないのは未希に日用品を選んでもらっている私としては非常に困る。
「でも、今日は知ってて来てるんじゃないっけ」
「それはそれ、これはこれ。それに美也子だって買い物には行きたかったでしょ?」
「行かないと死にます、未希」
「うん、ミキもそう思う。美也子しんじゃいそう」
なにせ冷蔵庫はいつもほとんど空なのだ。つまり外にでなければ私は餓死する。
未希との会話に返答しながらも、ふと件の噂の方にシフトする。オカルトにしては少しグロテスクだが、いかにも物騒で、話題性がある。広まる噂としては相応に気になる話題ではあった。
――人の腕が落ちてくる、か。
そんな物騒な噂を誰が広めるのか。まさか話題が欲しい女子高生ではあるまいし。かぼちゃの天ぷらはまだかと思考放棄をすると、未希がこっちを見つめていた。
いやな予感がする。
そんな目で見られても、私はノーマルですよ、未希様。
いやな予感を茶化して返そうとしたが、「ねえ、美也子」と先手を打たれてしまったので、仕方なくポテトをつまみながら返事をする。
「んー?」
「さっきの事件、本当にあると思う?」
「………調べたいってこと?」
「気になる。あ、でもだめだよ、美也子。そういうのは健全な人が行くべきだって思うの。例えばミキみたいな! ……ミキって健全だよね?」
「なぜ急に不安になったのかはわからないが、世間一般的には未希は健常者で間違いはないと思う」
少なくとも、私と比べれば。
彼女の言う通り、私は健康と言うには程遠い生活を送っている。とはいうが、病魔に体がむしばまれていると言った類のそれではない。
ナルコレプシー――眠り病と呼ばれることもある脳疾患の一つで、本人の意思とは関係なく眠ってしまうことがある病気。感情の高ぶりだったり、色々な作用で突然眠りに落ちてしまう病気だ。
不幸中の幸いとでもいうべきか。私の場合、意識が落ちてしまう前に認識できる当たり軽めではあるのだが、出来るだけ誰かと行動するようにと医者からも言われていた。
今はそれよりもポテトとかぼちゃだ。
「ところで、ポテトは細長い、さくっと油で揚げた物が至高だと私は思う」
「ミキは薄切りチップスも捨てがたいと思うの」
激しく同意である。
ポテトの件は今度決着をつけるにして――。しかし、未希の持ってきた話題は気になると言えば気になる物だった。
「本当にご飯の時に喋る話題じゃないね、美也子」
「振った本人がそれを言いますかね、未希さん」
「でも、美也子は知らない? ほら、あの例の路地の噂」
路地、と聞いてどこの路地かと思い、周囲に目を配る。
この町は、目の前には中世もかくやと言ったゴシック様式の建物とレンガ造りの光景が広がっていた。
外国の色を取り入れた町の風景になって居るし、住んでる人も街並みと雰囲気に誘われたのかハーフの人も多く、おおよそ日本の観光地のような風景が広がっている。
まあ、そう言った街並みなので、事件が起こりそうな路地と呼べる場所がごまんとある。地元として暮らしている私達でも把握できないほどに。