いつかアナタと……
「えぇ~っ、ヒトミちゃんって、耳かきしないの~?」
「別にしないわけじゃないけどさ」
「そうなんだ~、気持ちいいのに~」
間延びした声でクラスメイトの百瀬怜美が言ってきた。幼稚園から高校までずっと一緒の彼女だが、さすがに耳かきしたところなんて見せたことはない。
「いや、別にそれで困ったこともないし、そもそも耳かきって別にしなくてもいいんでしょ?」
「そういう問題じゃないの~。ヒトミちゃん、分かってない~」
レイミは憤るのだが、のんびりした口調なので迫力はない。昔から長い黒髪がトレードマークの彼女は、おっとりした雰囲気もあってか見た目だけなら深窓の令嬢で勘違いしている子も多い。
だが実際に今いる彼女の自室を見れば、それがまさしく先入観だということが理解出来るだろう。
四畳半の部屋の中をぐるりと見れば、子どもの頃に張ったシールがそのままになっている古びたタンスや、縁が傷ついて塗料が禿げたベッド。小学校の頃から集めている少女漫画が並ぶ本棚は、いかにも庶民的な部屋の様相だ。そんな中、小瓶に入った紫色のオシャレなドライフラワーが子どもっぽさを払拭しようと背伸びしているようで何だか微笑ましい。しばらく前に彼女がどこかのお土産で買って来たもので、私も同じものをもらっている。たしかエリンジウムとかいう名前の花だったかな?
「耳かきってさ、小さいときにお母さんにやってもらったけど、あんまりいい思い出ないんだよね」
「そうなの~?」
「そうよ。そもそも耳かきって痛いじゃん」
「ええ~、そんなことないよ~」
たれ目がちな瞳を大きく開くのだが、ちょっと間抜けっぽい顔にしか見えない。もちろんこういう所が妙に男子受けしていることは長い付き合いで何となく知っている。もしもここが教室の中なら色気づいてきたハイエナどもがきっと厭らしい目で見てくることだろう。
彼女の胸の膨らみが急成長を始めたのは中学2年のことだったろうか。その成長は未だとどまることを知らず、私に密かな嫉妬心さえも与えているのだ。
「もったいないなぁ、気持ちいいのに」
「そう?」
「そうだよ~」
「そうかなぁ? 昔はプールに入るために嫌々されてたけどさぁ」
思い出すのは小学校の頃にたまにやってもらっていたお母さんの耳かきだ。6月のプールが始まる前にいつもされていたのだが、耳の奥の方がガリガリされて正直痛かった。
そのときの感覚を思い出し思わず耳を押さえる。
中学校に入ってからは「自分でやる」と言い張って、お母さんにはやってもらっていない。そして「自分でやる」なんて、もちろん嘘だ。耳かきなんてやっていない。でも日ごろの行いが良かったからなのか、一度も中耳炎になんてなっていない。だったら、どうしてあんな痛い思いをしてまで耳かきされたんだろう。そう思うと余計にやる気もなくなってくるのだ。
「う~ん、もったいな~」
「何が?」
「だって、ヒトミちゃんって、いい形の耳してるじゃない」
「形? 何それ?」
「耳かきしやすそうってこと~」
「そうなんだ?」
レイミの言葉を「ふぅ~ん」と聞き流そうとして、私はふと違和感に気がつく。
ん?
「ねぇ、レイミ」
「なぁに?」
「いや、耳かきしやすそうってさ……アンタ、誰かに耳かきしてあげることなんてあるの?」
「うん、あるよ~」
「マジで!?」
その事実に驚愕する。
耳かきしてあげるなんて相当仲のいい間柄じゃないとやらないことだ。そんな私にレイミはさらに言うのだ。
「男の人だよ」
「マジかっ!!?」
「うん、膝枕してね。こう……クリクリってやってあげるの」
「クッ……クリクリ??」
男の人と!?
膝枕??
クリクリ??
まさか!?
この部屋で!???
驚愕のあまり、私は無意識にレイミの部屋を眺めていた。
四畳半の部屋。
子どもの頃に張ったシールがそのままになっている古びたタンス。
縁が傷ついて塗料が禿げたベッド。
小学校の頃から集めている少女漫画。
もう何百回と訪れているであろう彼女の部屋。
さっきまで子どもっぽいとさえ思っていた日常の空間が歪んで見える。
小瓶に入った紫色のドライフラワーはトゲトゲした細い葉に包まれた地味な花なのだが、それが何だか今は妖花のように不気味に咲いている。
「タッ君だけどね」
しかしこの一言で、私の歪んでいた視界が一気に正常なものに戻った。
ちなみに「タッ君」とは、彼女の二つ下の弟ことだ。
「ああ……そう」
「驚いた?」
「ち、ちょっとだけね」
まさかレイミに謀られるとは。天然なくせに、コイツはたまにこういう事をしてくるのだ。
落ち着いた私は、レイミを軽く窘めると、心の中で小瓶に入ったドライフラワーに詫びた。
「でもね、最近タッ君、耳かきしようとすると嫌がるんだよ~」
「拓也も、もう中学生だからね。そりゃ、イヤでしょ」
「そうなのかなぁ?」
「そりゃ、そうよ」
中学生の男の子がお姉ちゃんから耳かきされるとか恥ずかしいだろうな。私にも弟がいるので、その場面を容易に想像できる。
「だからね。最近は自分にしか耳かきしてないのよ~」
「レイミって、そんな耳かき好きだったの?」
「うん、するのもされるのも大好き~」
のんびりとした口調で答える彼女の顔はいつものものだが、10年来の親友の意外な一面に少し驚いた。
耳かきなんて、そんなに気持ちのいいものじゃないだろうに、頓着しているレイミの気持ちがイマイチ理解出来ないのだ。
「よく分かんないわね。耳かきなんて痛いだけじゃない」
「そんなことないよ~」
「あるわよ。お母さんにガリガリされてされてさ。あんまりいい思い出じゃないわよね」
「そうなんだ。もったいないな~。じゃあさ~」
「へ?」
◇
そうして気がつけば、私は親友の太ももの上に頭を乗せて膝枕されていた。
いったいどうして、こうなった?
「だからね~、お母さんの耳かきが痛かったのは竹の耳かきでやったからだよ。だから綿棒でやったら大丈夫だよ~」
「お……おう」
詰め寄られた後、ゴロっと転がされて膝枕されている私はされるがままだ。
言わんとすることは解る。
硬い竹で出来た耳かきよりも、柔らかいコットンで出来た綿棒の方が痛くないだろう。だからと言って、耳かきして欲しいとは思わない。なのに、こんな状況になってしまったのは、まぁ……あれだ。何だかんだで私がレイミのことが好きだからだろう。まさか、幼馴染の親友がいきなり鼓膜を破ってきたりはしないだろう。間違って破ってしまうことはあるかもしれないけど……
「どうしたの~?」
「ああ、いや、緊張するわね。耳かきするなんて5年ぶりくらいかな」
「そんなにしてないんだ~?」
「だって怖いんだもん。まぁ、レイミがやってみたいって言うなら、我慢してあげるけどさ」
「さすがヒトミちゃん、友情パワーね~」
「ゆ……友情パワーって」
珍妙な言葉に、私は弟が好きそうな漫画を思い浮かべる。友情パワーって、あれでしょ? 仲間がピンチのときに駆けつけたり、追い詰められたときに力を合わせるとスゴイパワーが発揮されるヤツでしょ。
私が強大な敵に敗れそうなレイミの前に颯爽と現れる。
ナニソレ?
どんな状況??
「うん、違うわね。友情パワーじゃないわぁ」
「え?」
「ほら、これだけ付き合いが長いのに、今さら友情とかねぇ?」
「そ、それもそうよね」
そもそも友情って、何だろう?
柄にもなく、そんなことを考え始めたとき、レイミはちょっとだけ嬉しそうな声で「始めるね」と言った。
うわっ、始まるんだな。
耳かき……久しぶりだ。超怖い。
レイミが耳たぶを軽く摘まむと、私の肩に力が入る。それがちょっとだけ引っ張られた。
「いきなり耳の中に入れられたら怖いから、外からやるわね」
「う、うん……」
どうやらお見通しらしい。その意を汲んでか、引っ張られた耳に沿わすようにして白い綿棒の先端が押しつけあっれた。
「ん……あ?」
「どう?」
「うん、けっこういいかも」
全然痛くない。お母さんはこういうとき力任せにグリグリやって、私の耳たぶを削っていくのだ。それに比べてレイミの操る綿棒は優しい肌触りだ。その肌触りたるや天女の羽衣……という表現は、ちょっと古いかな? 何かそういうキャッチフレーズの生理用品があるのだ。使ったことないけど。
まぁ、そんな商品名が頭を掠めるくらい、綿棒の触り心地は天女の羽衣なのだ。
「う~ん、悪くないわ。これがクリクリの正体なわけね」
綿玉が耳の上でクリクリと動く。
う~ん、とってもトレビアン。
耳たぶがじんわりと温かくなるのを感じる。きっと血行が良くなっているのだろう。交換した綿棒の先を見れば垢がびっしりとすいて薄茶色に汚れている。レイミはそれを何度も取り換えながら私に問いかけた。
「気持ちいいでしょ?」
「うん、トレビア~ンだわ。これだったら怖くないわね」
「うふふ~、でもね~、これはまだクリクリじゃないんだよ~」
「そうなの?」
これだけでもかなり気持ちいいんだけど。まぁ、でも確かにまだ耳の外側を拭いてもらっているだけで、耳の中には一切触れられていない。
本番はむしろこれからなのだろう。
「うふふ~、じゃあ、耳の穴の中も掃除していくよ~」
レイミは楽しげに瞳を揺らめかせると、白い綿玉をゆっくりと私の耳の穴に入れていく。
うぐぅ……来たな。
思わず身構える。
さっきは確かに痛くなかった綿棒だが、なにぶん侵入しているのは耳の中、いわば体内だ。
そんな場所に異物を挿入されて緊張しないはずがない。
でもそんな緊張は綿棒が耳孔の淵に触れた瞬間に吹き飛んだ。
「おひゃう!」
思わず変な声が出た。
それくらい、その一撃は鮮烈だったのだ。
「あれ? ヒトミちゃん、痛かった~?」
「ううん、そ、そんなことないよ」
「そう、良かった。じゃあ、続きするね~」
レイミの指に捻りが加わる。すると、綿棒の白い先端がえぐるように耳の窪みにはまる。それは入り口のすぐそばにもかかわらず、私自身も触ったことのないような場所だった。
「うひゃ? 何ココ!?」
「ビックリしたでしょ? その部分って、自分じゃ触れないもんね」
その言葉の通り。そこは明らかに自分では触れない角度だ。
「うひゃ、うひゃ、うひゃひゃひゃ」
これヤバい。変な笑いが漏れてくる。
自分も知らない笑いのツボだ。
「ヒトミちゃん、笑いすぎ」
「いや、だってさ、コレ……うひひっ」
「ほら~、綿棒だったら耳に入れても痛くないでしょ~?」
「うん、痛くない……うひっ!」
その言葉の通り、綿棒の優しい感触は瞬く間に私は魅了されていた。綿棒が浅いくぼみの部分を行ったり来たりする度に、こそばゆい感覚が私の耳を支配するのだ。
何だろう、コレ?
初めての感覚だ。
だが未知の刺激ではあるのだが決して不快ではない。それどころか、くすぐったさに似たこの感覚はむしろ好ましいものだった。
「じゃあ、次はクリクリするね~」
「うひっ、ひひっ、いいよ、どんと来なさい」
威勢よく応える。
こうなると怖いものなしだ。最初の緊張はどこへやら、私はすでにこの細くて白い棒に身を委ねる覚悟が出来上がっていた。
「じゃあ、いくね~。それ! クリクリ~♪」
耳の奥で綿棒の先がクリクリと蠕動を始めた。
ぬぅっ!? 本当にクリっとしてる??
耳の弱い部分が柔らかいものが圧迫したかと思うと、適度な力で拭き取っていく。
その場所は長年の無精で垢が堆積している場所なのだが、レイミはそれを繊細な手つきで一層ずつ剥ぎ取っていく。
クリクリクリ――
綿棒の先っちょの丸い部分が耳の中でクリクリ動く。
そのひと拭きで一層ずつ溜まった垢が拭われていく。
「う……ぅぃ……これ、すごい。くりくりがぁ……」
「アハハ、ヒトミちゃん、変な声~」
「だって……あひゃひゃ、しょうがないじゃない。これヤバイって……あひゃっ」
おかしな声が出てしまうのも、もう気にならない。
膝枕された私は足をもじもじさせながら身悶える。耳の浅い部分をクリっとされると足の指まで震える。耳の中から足の指まで操られてしまうみたいだ。耳の中にある気持ちのよくなるボタンを押されると私の足の指がビクンと震える。そんなバカげた設定を妄想する。
紙と綿で出来た綿棒だからだろう。けっこう強めで圧されてると思うのだが、全然痛くない。
「これだったら……んっ、耳かきも怖くないわね」
「よかった~。それ♪ くりくり~」
「うひっ、また来たぁ!」
また潰れたカエルみたいな声が出る。
そうとうに格好の悪い光景だが、もうどうでもいい。どうせこの場には私とレイミしかいないのだ。体内をまさぐられる、気持ちよさと、こそばゆさを味わいながら私は思うさま笑うことにした。
「あははは、これなら耳かきも怖くないってか、ハマちゃうかも」
「そう、よかった~。う~んと、じゃあね、次はコレも試してみよっか~」
「何それ、綿棒? 先が耳かきみたいな形になってるんだけど?」
そう言ってレイミが取り出したのは奇妙な形の綿棒だった。先が細長くてちょっと曲がっている。綿棒みたいな耳かき、いや……耳かきみたいな綿棒か?
どっちにしても初めてみる道具だった。
「こんなのがあるんだ?」
「うん、これだったら大丈夫でしょ~」
「そ、そうね」
見た目は耳かき、しかし綿棒。これならばよりダイレクトに掻かれても大丈夫……な気がする。うん、大丈夫だろう。幾ばくかの不安はあるものの、この時点で私はすっかりレイミの耳かきテクに全幅の信頼を置いていた。
「いいよ、やっちゃって」
「了解~♪ それ、くりくり~♪」
「うほっ! 来たぁ!!」
漫画のゴリラみたいに声を出して、私は唸る。奇妙な先端をした綿棒は私の耳の穴にそっと侵入すると、上の方にへばりついた垢の塊に触れる。白くて丸い先端がゆっくりと縁の部分に引っかかる。これが普通の竹の耳かきなら、そのまま隙間に入り込んで癒着した垢の塊をベリベリと剥がしていくのだろう。だがこの道具は形こそ耳かきに似ているものの本質的には綿棒だ。柔らかな綿で出来た先の部分はよく言えばゆっくりと、悪く言えば力づくでグリグリと耳垢ごと耳壁に押しつけられていく。
もしもこれが硬い竹の耳かきならば、お母さんがやったときのように痛みのあまり飛び跳ねていただろう。だけどこれは柔らかい綿棒だ。
くりくりと動く綿玉は私の耳道を優しく舐りあげていく。
「うぅ……すごい、私の耳の穴がくりくりされてぇ……」
繊細な動きで耳の汚れが拭われていくたびに、強烈な快感が脳髄を襲う。これはもうお母さんの耳かきとは別物だ。綿棒のもたらす快美感に涎が垂れそうになるのを私は何とか我慢した。
恐るべし、レイミのくりくり攻撃。身体の力が抜けていく。
気分はすっかり夢見心地だ。
足の指の力までがぐったりと抜ける。
「ふはぁ~、極楽だわ」
「そう? 気に入ってくれて良かった」
「まさか、友達に耳かきされるなんて、しかもメッチャ気持ちいいし」
「えへへ~、そう?」
「うん、これはスゴイ発見ね。レイミとはすごい長い付き合いだけど、こんな特技があるなんて知らなかったわ。アンタのことなら何でも知ってるって思ってたのにね」
「へへ~、私にもまだまだヒトミちゃんに知られてない秘密がいっぱいあるんだよ~」
「秘密ねぇ……まぁ、確かに付き合い長いけど、やったことない事とか、まだまだいっぱいあるわよね。旅行とか」
「それって来年の?」
「そうそう、卒業旅行」
卒業旅行は皆で海外に行きたい。それは一年越しの計画として私たちの中で出てきた計画だ。それが何だって一年も前から出てきたかと言うと、私の親を含む何名かの家は子供の海外旅行にお金を出してくれる家じゃないことが、その理由だ。
「バイト代、しっかりためないとね」
「うちもだよ~」
普通の家の子である私もレイミも一年後に向けてしっかりバイトだ。安い金額ではないが、さすがに一年あれば蓄財は可能だろう。
「ねぇ、ヒトミちゃんはどこ行きたいとこってある?」
「私? そうね」
問われて考える。漠然と海外旅行に行きたいという思いはあるんだけど、実は具体的にここというのはない。ただ海外でバカンスというと青い海に白い雲、綺麗な砂浜……ハワイとかかな?
ぼんやりと考えるが、耳が気持ちよくって何だか考えがまとまらない。
そんな私にレイミは言った。
「私はね、オランダに行ってみたいんだ」
「オランダ?」
それは意外な国だった。日本人のお手軽な旅行先っていうと、ハワイとかグアムとか、あとは韓国とかかな?
なのにオランダ?
WHY?
オランダ人には申し訳ないが、私の中ではオランダというと、風車と、木靴と、チューリップしか思い浮かばなかった。
「何でオランダなの?」
「う~ん、っとね……ほら、何となく良さそうじゃない」
「そ、そうかな?」
レイミのためにも肯定してあげたかったのだが、頭を捻りだして出てきたのは結局、風車と、木靴と、チューリップだ。
「まぁ、ヨーロッパって何かオシャレよね。楽しそう」
「でしょ?」
「でもオランダは遠いわよね。旅行代も高くつきそう」
「だよね~」
「やっぱり、ハワイとか、グアムとかがいいんじゃないの?」
「う~ん、そうだよね~。やっぱりその辺が現実的か~」
詳しく調べた訳じゃないが、オランダ旅行ってお金かかりそうだ。ヨーロッパも興味はあるんだけど、海外旅行の初心者向きじゃないわよね。
「あとメンバーによっては韓国もありなんじゃない? 私はあんまり知らないけど、ユッコとか、リンとか、韓国のアイドル好きじゃない? 何て言ったけ? ほら、アルファベット3文字の予防接種みたいな名前のグループ」
「それユッコが聞いたらメチャクチャ怒るヤツだよ~」
「アハハ、黙っててね」
馴染んだ太ももの感触を楽しみながら私はわざとらしく笑う。そうして妙案を思い付いたように、私はふと言ってみた。
「まぁ、どうしても行きたいんなら新婚旅行とかになるんじゃないかな?」
「え!?」
「ほら、ああいうのって、男の子にたかるモンでしょ?」
「その考えは、さすがにちょっとどうかと思うけど……」
「冗談よ。でも新婚旅行って名目がついたら奮発して相手もオランダに行きやすくなるんじゃない」
「ヒトミちゃんでも?」
「う~ん、そうねぇ……私でもそうかな」
行く先はともかく奮発することは間違いない。それにこれだけ、オランダ、オランダって連呼してたら、何か興味が湧いてきた。今の私、間違いなく人生で一番オランダのこと考えてるな。
「じゃあさ、ヒトミちゃん」
「ん?」
「その時は特別について来てくれてもいいよ」
「私が一緒に行ってどうすんのよ」
「そ、そうだけど……」
バカなことを言ってくるレイミを嗜める。それにしても膝枕って暖かくてけっこう気持ちいいな。耳かきのクリクリもいい感じだし、何だか眠くなってきた。
「ねぇ、ヒトミちゃん」
「ん?……あぁ」
そのあとレイミと一言二言話したんだけど気分はすっかり極楽で、何を言ったのかよく覚えていない。
耳はホカホカ、身体はポカポカ、膝枕で耳掃除ってとっても素敵。
気がつけば私は意識を手放していた。
◇
暖かくて柔らかいものが私の大切な場所に触れる。
そんな夢を見た。
そうして目覚めたとき、私は親友の膝に頭を預けていた。
「えっと……あ!」
自分がレイミに耳かきしてもらっていた事実を思い出すのに数秒かかる。あまりに気持ちよくて寝落ちしていしまったのだ。
「えっと……?」
何か直前に色々話してたな。新婚旅行がどうとか。結婚どころか、今まで彼氏がいたことさえないし、未だにキスの経験さえないっていうのに盛り上がって、何かバカみたい。
確かオランダが……えっと何でオランダの話になったんだっけ??
「ヒトミちゃん、起きた?」
「ああ、うん……」
明らかに頭も呂律も回っていない。
しかしそんな私を見て、レイミがぽつりと言葉を零した。
「……いつか一緒にオランダ行こうね」
またオランダだ?
何でオランダ?
よく覚えていないない。だけど親友の笑顔があまりに寂し気だ。それを見て「これはイカン」と感じた私は、なかった筈の友情パワーを燃焼させて答えるのだ。
「えっと……うん、そうね。いつか一緒に行こっか」
「うん」
輝くような笑顔をで彼女は頷く。
だけどその笑顔はやっぱりどこか寂し気だ。
そしてそれを塗りつぶすようにして微笑み、彼女はもう一度言うのだ。
「いつか一緒に行きたいね」
了
毎回、色々試行錯誤していますが、今回は百合っぽい感じに仕上げてみました。以前「BL風」のものを投稿したときにも書きましたが、筆者は百合を嗜んではいません。なのであくまでも「百合っぽい」感じです。本職の方がいましたらご寛恕ください。
『エリンジウム』の花言葉はよかったらググってみてください。
ちなみに筆者はカードキャプターさくらが好きなので、ああいう優しい世界が書きたかったのですが、なかなか上手くいきませんね。