99.ぴくりん?
とりあえず俺の部屋を独立させるというのは、青と紅の冗談だったらしい。
ただ、桜や梅、椿もちゃんと女として扱うようにと、皆から釘を刺された。
俺としては桜と梅はどこか良縁があれば嫁がせたいぐらいなのだが、今そんなコトを言えば大炎上するのが目に見えている。
さて、とりあえず化学実験の目的は果たしたのだが、もうちょっと何かが足りない。
今夜は黒とそんなコトから講義が始まった。
今夜は小夜が加わっている。
あれだ。炸裂弾の点火を人力で頼っているのが非効率で危険なのだ。
万が一点火から投擲までの間に失敗すれば、自軍の只中で炸裂しかねない。
まあこれは元の世界の手榴弾でも言えることなのだが、少なくとも榴弾などは安全装置が備わっており、一定の加速度を加えられない限りは信管が作動しないようになっている。
「タケル?榴弾ってなに?」
あれ?炸裂弾の時に説明してなかったか?
「榴弾というのは、砲弾が対象物などにぶつかってから内部の火薬を爆発させ、砲弾の破片などを飛び散らせることで殺傷能力を高めた砲弾だ」
「炸裂弾との違いは?」
「炸裂弾という言い方はとても幅広い。例えば手に持って投げる爆弾でも炸裂するなら炸裂弾だし、狭義には炸裂する弾丸が炸裂弾、炸裂する砲弾が榴弾だな」
「う〜ん…わかったようなわからないような…」
「あ〜じゃあ、こう定義しよう。個人で運搬し、個人で運用する火器から発射される弾丸のうち、炸裂するものを炸裂弾、個人で運用できない火器から発射される炸裂する砲弾が榴弾。これでどうだ?」
「じゃあこの間作った直径20cmの鉄球でできたものは?」
「黒、あれ1人で運んで敵陣に投げ込みたいか?」
「やれと言われれば」
「ダメだ」
「じゃああれは榴弾。わかった」
わかってくれたところで、話を戻す。
つまり、安定して且つ安全な点火装置が必要だ。
しかし、機構をコピーしようにも、時限信管や遠心力式安全装置などを備えたモノが手元にはない。
あとは銃の発射機構も必要だ。
とりあえず無煙火薬までは開発できたが、雷管はまだだ。
猟銃の弾薬をコピーすれば作れるが、そうすると銃弾のサイズが固定化される。
小夜用のハンドリングの良い銃に使うには猟銃の弾薬でもいいが、炸裂弾や榴弾を撃ち出すものを開発するには雷管は必要だ。
雷管…作ってみるか。
雷管なら、炸裂弾や榴弾の前後に仕込んでおけば、例えば迫撃砲のような使い方はできるだろう。
必要なら安全ピンでも付けておけばいい。
雷管の機構は分かっている。
衝撃で発火する極少量の装薬を弾丸や弾頭の底部に設置し、発射薬に点火すればいい。
衝撃で発火する感度の高い火薬といえば、三ヨウ化窒素だが、あれはダメだ。鋭敏すぎる。
「さんようかちっそ?ってなに?」
小夜が反応した。綿火薬の洗礼と銃の引き金を引いたあたりから、小夜はすっかり爆発物大好きっ子になりつつある。
「あ〜説明……したほうがいいか?」
「タケル。一度口にしたコトを誤魔化すのはズルい」
ですよね。はい。
「三ヨウ化窒素は、アンモニアとヨウ素から得られる結晶状化合物だ。それぞれの原料さえ手に入れば、単に混ぜて濾過すれば合成はできるが、とにかく鋭敏で触れるだけでも爆発する。デモンストレーションにはいいが、何かに使用したりコントロールするのは不可能だな」
「ふ〜ん……アンモニアとヨウ素ね」
こら黒、今メモしただろう。
「じゃあどうするの?」
「そうだなあ…雷管は本来は雷酸水銀、つまりHg(CNO)2を指す言葉だが、これは水銀を使うから、あまり使いたくはないな。猟銃で使っている雷管にはDDNPつまりジアゾジニトロフェノールが使われている。これを作るには…ピクリン酸が……」
『ぴくりん?』
はい、ハモらなくてよろしい。




