9.小夜の料理
今回は魚料理だし、河原ということもあって、石組みのかまどのほうがいいだろうか。小夜の手元を見ていると、どうやら串焼きにしたいようだ。太めの竹串を何本か渡しておく。
ついでに塩も竹筒に入れて渡す。
串焼きなら焚き火のようにしておいたほうが…まあ火だけ起こしておけば、小夜のほうで調整してくれるだろう。
小夜を見ていると、薄い平らな石を見つけ、その上に枯れ木を組み、焚き火の準備をしている。その周りにイワナを刺した竹串を立てて炙るのだろう。
なんだか娘を見守る父親のような目線になってしまう。
立てたイワナ串は4本、残りは…腹開きにして細い竹串を腹を開く方向に打っている。干物を作っているのか。全部食べるのではなく、先のことまで考えている。
キビキビ動いている小夜は、昨日まで全身を皮膚病に侵されていたとは思えない回復ぶりだ。無理をしていなければいいが…
そうこうしているうちに、小夜に呼ばれた。
「そろそろ食べられます!」
焚き火の前ではイワナ串が香ばしく焼きあがっている。小夜の隣に座り、イワナ串を一本受け取る。
「美味しそうだ。ありがとう」そう言うと、焼きあがったイワナの背中側から齧り付いた。
時期的に脂が乗っているわけではないが、引き締まった身は十分美味い。小夜も同じように背中側から齧っている。
とりあえず1匹づつをほぼ同時に食べ終わり、次の1匹に手をつけながら、こちらの世界についていろいろと聞いてみる。
主食は粟や稗、麦や米のような穀類と、秋に実るクリや椎の実を保管して食べている。食べ方は茹でる、蒸す、煮込む、蒸し焼きにするがメジャー。まだ芋を主食にする文化は流入していないが、里芋や山芋は取れたら食べるらしい。
タンパク質はシカやイノシシ、タヌキやウサギ、川では鯉や鮒やその他の雑魚を主に釣りや網、銛で採る。エビやカニを採るのは子供の仕事だそうだ。
調味料は塩や酢、酒を行商人が運んでくる。貨幣経済は未だ一般的ではなく、ほとんどが革や干し肉、麻布や炭との物々交換とのことだった。
戸籍は整備されており、人頭税のようなものもある。基本は米で納めるが、不作の時は雑穀や炭で納めることも認められている。
徴兵制はないが、近隣の惣村と水や田畑の開墾を巡って争いになることはある。
荘園制でもあるようで、昔は地方の支配権を巡る戦いに男達が駆り出されることもあったらしいが、この20年ほどは今の領主の元で落ち着いている。
ちなみに領主のことは殿様と呼んでいるようだが、名前までは知らないとのことだった。
鎌や鍬、鍬は部分的に鉄が使われている。鏃や刀、鉈も鉄製だ。定期的に鍛冶屋が巡回し、古くなった鎌の手入れや打ち直しをしてくれる。
刀は大太刀と小太刀があり、どれも直刃のようだ。
ちなみに、腰に下げている剣鉈や、貸し与えていた小刀は「里では見たことがない上物」とのことだった。
これくらいの小刀なら、材料さえ揃えば打ってあげられるだろう。この小刀も近くの寺の立て直しで出た古釘を自分で打ち直したものだ。
槍はどちらかといえば武器というより獲物にとどめを刺す道具として使われている。
この地域は産業革命前後に石炭の産出地として知られていたが、石炭はまだ利用されていないようだ。
また、陶磁器の製法はまだ流入していない。この地域に陶工が入植するのは、確か豊臣家の朝鮮出兵以降だったはずだから、その時代より手前なのだろう。
稲作を中心とした、古来から脈々と続く農村文化の走りが、そこにはあった。