89.農地開拓を進める
領地の視察も終わった。
大風呂敷を拡げた以上は、まずは実績を示さなければならない。
もう既に夏も盛りの時期だ。
精霊の力に頼らない通常の農法で米の二期作や二毛作をするなら、そろそろ2回目の植え付けのタイムリミットが近い。
いよいよ本格的に里と周辺の集落の開拓を進める。
まずは比較的水利の良くない、里の北西側のススキ野から開墾する。
里の北側を流れる川の左岸(下流に向かって左手側)は佐伯との戦さの前に畑として開拓が終わっている。
一方で右岸(下流に向かって右手側)は左岸より1mほど地盤が高くなっており、しかも川床が深いため、田に水が引けないのだ。もちろん堰を作り川の水位を上げれば導水できるが、そのためには左岸に堤防を作らねばならない。万が一氾濫でもすれば被害は甚大なことになるし、なにより左岸側の畑のメリットである水はけの良さを殺してしまう。
そこで、黒に開発を依頼していた揚水水車の出番だ。
揚水水車にはいくつも種類がある。
最も簡単なものは足踏み式の踏車だ。ただし人が踏んで駆動するため、体重の軽い子供達には重労働になってしまう。何より今回の揚水は1m以上の高さがあるため、水車の直径が大きくなり、更に負荷が増える。
黒は水車小屋用の直径2mの水車を改良し、側面にバケットを取り付けた揚水水車を作っていた。
「今回の開発のポイントは、川の流速と汲み上げる水の重さのバランス。あまり欲張って水汲み容器の数や大きさを増やすと、重さに回転が負けた。直径を大きくすると、今度は車軸やクモの手が折れた。結局、今の材質と製法では2mが限界だった」
それもそうだろう。要所に金属を使うか、組木の数を増やすなどすれば確かに強度は上がるだろうが、それでは国中に普及させることが難しくなる。いかにシンプルに作るかも、今回のポイントだったはずだ。
「それで、容器の大きさを抑え、数を増やすことにした。この大きさの水車で、だいたい毎時2tぐらいの水が汲み上がる。揚水高さは直径のおよそ3/4だから1.5m。小さな水車を階段状に組み合わせれば、もっと高くまで汲み上がると思う」
ああ。十分だ。今回の開発に携わった黒、小夜、杉、松の頭を存分にワシワシした。
黒が若干不満そうだ。
「タケル。そういうことは夜にもっと激しくして欲しい」
ちょっと何を言っているか分からない。聞かなかったことにしよう。
さて、灌漑のための水利の当てがついた。早速ススキ野の開墾を行おう。
まずは一面のススキを根本から刈り取り、当面農地化する予定のない西側に積み上げていく。これらは乾燥させ冬の間の飼い葉にする予定だ。
ススキを刈り取ってしまうと、起伏の乏しいなだらかな平地が出現した。
東西におよそ60m、南北におよそ150m。ちょうど里の台地と同じ程度の面積だ。
わずかに西に向かって傾斜しているが、水が溜まりそうな窪地などは見当たらない。
東側の山裾から流れ出て、西側の嘉麻川に注ぐ小さな小川はあるが、大地を潤すほどの水量はない。
数か所で試掘すると、20㎝ほどの表土の下は砂礫層で、更にその下に粘土層があった。
これは確かに水はけは良いが、このままでは田には不向きだ。
青と一緒に水脈を調査すると、東の山側から西に向かって地下水脈は走っている。ただしかなり深く、このまま井戸を掘ると自噴しそうだ。
一時的には地下水での灌漑も可能だろうが、地下水が尽きれば終わりだ。
やはり川の水を導水するほうが確実だろう。
ただし、渇水期に川の水が枯れることも考慮して、地下水脈が比較的地表に近い所を通る場所に杭を打ち、今後井戸が必要になった際の目印とする。
この杭の周囲10mほどを円形に残す形で、区画整理する。
今までに開拓した田畑に倣い、縦横10mで杭を打ち縄を張る。
川沿いと中心部、外周部は道路として5mを確保し、畦道は1mとした。
これで、東西4面、南北に10面の合計40面で40a、4反の田ができる。
直近の里での反収800㎏程度。元の世界での現代農法での反収を大きく上回っている。
しかしこれは緑の精霊の助けを得てのことだから、この田の反収はこちらの世界と同程度の350㎏ぐらいを想定しておかなければいけない。とすれば4反で1400Kg、およそ10石弱が穫れればいいだろう。
最も東側には貯水池として東西5m×南北100mの敷地を確保した。
まずは貯水池から手を付ける。
地面を1mほど掘り下げ、貯水池を造成する。
掘り出した粘土で貯水池を囲むように土手を作り、池の壁を粘土で固めていく。
作業は難しくはないが、なにせ距離が長い。土の精霊をフルに使っても、造成には丸一日かかった。
これでおよそ500tの貯水池が完成した。
さっそく揚水水車を稼働し、水を張り始める。合わせて敷地を流れていた小川からの導水も行う。
これで10日もあれば貯水池は満水になるだろう。
あとは今までの田の開墾と同じだ。一区画ずつススキの根が混じる表土を剥ぎ取り、砂礫層を除き、粘土層を50㎝ほど掘り下げる。砂礫を戻し、その上に表土と粘土を混ぜながら埋め戻す。
同時進行で保管していた種籾を使って苗代の準備を始めた。
苗代の準備は、もう何度も経験している小夜と子供達に任せる。
こうして、貯水池が満水になる頃には開墾が終わり、新しい田に水を張り始めた。
田に水が行きわたり苗代の準備が終われば、田植えだ。
田植えは毎回働ける者全員で作業する。
田の両側に50㎝間隔で杭を打ち、縄を張る。縄には20㎝間隔で目印となる楊枝上の木が刺してあり、その木に沿って苗代で育てた苗を植えていく。
慣れれば目測でもできるようになるが、不慣れな子もいる間はこのやり方がいいだろう。
ここで植え付けが悪いと、刈り入れ時に非効率になるほか、成長した稲同士が触れ合ってしまい成長を阻害したり、通気が悪く病気が発生しやすくなる。
一か月ほど前に里に新しく迎え入れた子供達5人も、すっかり里に馴染んでいる。
特に杉や松は男友達が出来て嬉しそうだ。
今も顔を泥だらけにしてしまい、椿に叱られている。
「惣一朗!杉!惣二郎!!また顔中泥だらけにして!目に入って泣いても知らないからね!」
「だって平太兄ちゃんが泥飛ばしたんだもん!」
「平太!お前か!!」
「俺が最初じゃないやい!最初にやったのは杉だ!」
「やかましい!あんた年中組で一番年上なんだからね!あんたがしっかりしないと私が困るの!!」
とまあ、こんな具合だ。
椿は俺と紅、桜と梅が毎日午後から領内を回ってる間に、どうやらキャラチェンジしたらしい。
今までも割と自分の思っていることを素直に伝えられる子ではあったが、今ではすっかり皆の母親のように振る舞っている。いや、俺にも割とキツいことをズバズバ言ってくるので、一つ間違えれば小姑キャラなのかもしれない。あるいは口の悪い学級委員長か。
まあそんなことはさておき、こうして新しく拓いた田の田植えはなんとか完了した。




