87.子供の喧嘩②
子供の喧嘩に太郎が加わった。
太郎が入ると子供の喧嘩?になってしまう。何せ中学生同士の小競り合いに卒業生が乱入したようなものだ。
まあ元の世界でも年に一回ぐらいは『河川敷に集まっていた中学生のグループが決闘罪で補導』されてニュースになっていた。
『自分がどれだけ強いか知りたい』のは若さゆえのことだから、これも仕方ないだろう。
大人は子供達が怪我しないよう見守るしかない。
当人たちはというと、桜と梅の獲物は変わらず、桜が六尺棒、梅は短い木刀だ。
一方、太郎が太刀状の木刀を持つと、次郎が桜と同じ六尺棒に持ち替えた。
しかし次郎の構えがだいぶ変則的だ。杖術あるいは大陸の流れを組む棍術だろうか。
その構えを見て、桜と梅が位置を入れ替えた。
同じ槍同士で桜×次郎、木刀同士で梅×太郎を想定していたようだが、桜×太郎、梅×次郎で始めるらしい。
別に審判がいるわけではない。先ほどと同様、しばらく静寂が流れる。
とここで、今度は桜が仕掛けた。
基本と教えた左半身中段の構えから、一気に太郎の胴部を突く。
太郎も読んでいたのか簡単に払うが、桜は払われる力に逆らわず、そのまま身を沈めながら一回転して石突き側で太郎の足を薙ぐ。
これに備えて太郎が木刀を地面に向けて立てたところで、桜が棒を跳ね上げ、下段から太郎の頭を突きあげる。が、太郎はこれも躱し、後ろに飛びすざって距離を取る。
なんとまあ出来のいい演武を見ているかのような動きだが、別に約束組手をしているわけではない。
「ほう……桜の連撃を躱すか……あの太郎とかいう若いの、なかなかやるな」
紅が若いのというと違和感があるが、まあ褒めているのだろう。
一方で梅と次郎である。
俺が知っている杖術は、槍と同じように先端を相手に向けて右半身または左半身で構えるが、次郎の構えは左半身で腰を落とし、両手で棒を順手で握り前に突き出している。
その構えをしばらく観察していた梅が、ニヤリと笑って自分も構えを変えた。
通常の二刀流ならば、利き手側を上段に構え逆側を正眼に構えるか、両手とも下段に構えるのが普通だが、
梅は左手に握った木刀を水平に出し、右手で握った木刀を左肩に当てるように構えた。左半身で腰を落としている。
「紅よ……なんだあの構え?」
「ああ、ありゃ黒と白が遊んでいる時にちょくちょく試してる構えだ。変だろ?」
確かに見慣れない構えだが、黒と白が使っているなら何らかの理由があるのだろう。
「何だその変な構え!」
「お前こそ何だ!真面目にやる気あんのか!」
どっちもどっちだと思うが、まずは口撃から始まった。
あとはカンカンといい音を立てて打ち合っているが、最初の緊張感はどこへ行ったやら、時折笑顔まで混じっている。桜と太郎も対峙するのをやめて、梅と次郎を囃し始めた。
まあ死ぬわけでもなし、怪我をしても桜がいれば大丈夫だろう。
「あれですな、若いの同士楽しくやってるみたいですな。放っておきましょう。斎藤殿、他の家族を紹介します故、是非我が家へお越しください」
「おう、若いのは儂が見とるわい。行ってこい!」
佐伯の提案も最もだ。氏盛も見ているなら無茶はしないだろう。
桜と梅にほどほどにするよう声を掛け、紅を伴って佐伯の後を追う。
佐伯の家は宗像大社から徒歩1時間ほどの場所にあるらしい。
釣川に沿って歩いて行く。
道中でこの地域の風土についていろいろ佐伯に聞く。
「この辺りは田島という。土地自体は肥えているのだが低地は潮が上がってくる。田にしようにも育たん。もっと上流の赤間まで行くと、田畑が広がるが、なにぶん水が乏しいのでな」
「水利はこの釣川だけか?」
「ああ、釣川と、この川に注ぐ小川が何本もある。周りが山に囲まれているから、雨が降ると一気に増水するが、しばらく雨が降らないと一気に水位が下がる。何とも安定せんのが問題だな」
「溜め池などは作らないのか?」
「溜め池?なんだそりゃ」
「利用価値のない山あいの窪地や谷に水を張っておき、必要な分だけ下流に流す池だ。水利が乏しい地域には必須だし、川の急な増水を防ぐことも出来る」
「そんな便利なものがあるのか!この宗像にはそれが必要だ!」
「そうか、落ち着いたら検討しよう」
そんな話をしているうちに、周囲に家が増えてきた。
人々が佐伯に手を振ったり会釈したり、男たちは気軽に声を掛けている。佐伯の人望が伝わってくる。
「ここが我が家、そして我が一族の里だ。斎藤殿!ようこそ赤間庄へ!」
佐伯が改めて俺の背を叩き、一軒の家へと案内する。
木造平屋の瓦葺き。宗像の社務所と同じく、屋根の一部が持ち上げてあり換気口が開いている。
佐伯は引き戸をガラリと開けると、何に向かって叫んだ。
「しずか、しずく、ちづる、斎藤殿が来られたぞ!」
「はいはい、そんな大声出さなくても太郎から聞いております。しばらくお待ちを〜」
中から現れたのは妙齢の女性。
服は普通の道着のように見えるが、長い黒髪を首の後ろで一つにまとめ、露わになった頸が妙に唆る。どことなく異国情緒漂う顔立ちだ。
その後ろから女児が2人顔を出す。
歳は椿ぐらいだろうか。
「斎藤殿、我が家内の静香、そして長女の雫、次女の千鶴です。静香は氏盛殿の次女でしてな。氏盛殿の奥方が大陸の方故、その娘たる静香も少し大陸の血が混じっております」
「斎藤健です。以後お見知り置きを」
「いえいえ、うちの人と息子がお世話になりました。元親から伺っております。五体満足で返していただき、本当にありがとうございます」
静香が深々と頭を下げる。
「いや、返してやれなかった者達が大半なのだ。そんなに感謝されると、逆に申し訳ない」
「いえ、戦さに送り出した以上、誰も帰ってこない事を覚悟し備えてはおります。帰ってこない事を怨むようでは不覚悟に過ぎるというもの。この庄で斎藤様に感謝する者はおりますが、怨みを持つ者はおりません」
そう言ってくれると助かる。
「まあ立ち話も何だし、奥に行きましょう」
そう佐伯が促し、板張りの部屋に案内する。
案内された部屋は囲炉裏が切ってあり、囲炉裏を囲むようにイグサで編んだ座布団が置いてあった。
皆で車座に座ったところに、表の引き戸が開く音がした。どうやら子供達が帰ってきたらしい。
「母様!ただいま戻りました!客人も一緒です」
「あ!足洗う手桶持ってくるから、桜殿と梅殿はそこで待ってろ!」
桜と梅も一緒のようだ。
しばらくすると、子供達4人が部屋に入ってきた。
太郎と次郎が俺の前で頭を下げる。
「斎藤様、先程は失礼いたしました。上には上がいる事、身を以って学びました。今後も精進いたしますので、ご容赦のほど」
「タケル様。先程の勝負は引き分けです」
「そこの次郎には完勝だけど、太郎が入ると勝てなかったから、まあ引き分けだな。にしても次郎の棒術は一体何だ?こいつケチだから教えてくんないんだよ」
「まあ、次郎の棒術が役に立ちましたか。この子の棒術は唐より私の母がこの地に伝えたものです」
「大陸の武術かあ、そりゃ見たこと無えや」
「母様!それをこいつに言ったら真似されます!さっきだって、いきなり構えを変えたり、色々変だったんです!」
「別にいいじゃねえかよ。減るもんじゃねえだろ?」
「梅、奥方様の前です。お行儀良くなさい!」
こんな感じでどうやら打ち解けたようだ。
子供達が仲良くしているのを見ていると、こちらもホッとする。




