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86.子供の喧嘩

社務所の庭先で、子供達三人がにらみ合っている。

次郎は長めの木刀を正眼に構えている。

対する桜は六尺棒を槍を持つように構え、梅は短い木刀を左右に持ち、上半身を屈めてゆらゆらさせている。

「斎藤殿、これはあくまで子供の喧嘩です。どんな結果になるにせよ、我ら一族の決心は変わりませぬぞ」

「佐伯殿、それはうちの子達が負ける前提か?いやいや、意外といい仕合いになるかもしれん」

「どっちが勝っても面白いではないか。田心姫神たごりひめや、其方はどちらが勝つと思う?」

「だから神様の名前で俺を呼ぶなって!でもこりゃ桜と梅の圧勝だな」

「なぜだ?儂の息子がそうそう遅れをとるとも思えんが……?」

「そりゃ単純に2対一にしたからだよ。桜と梅は、白と黒並みに連携が上手い。そして桜の持つ獲物は槍だ。桜の槍で太刀を押さえられ、あるいは払われた隙に梅が飛び込んだら、次郎に勝ち目はない。次郎に勝機があるとすれば、桜の繰り出す槍に触れずに懐に飛び込むか、桜の槍を力でねじ伏せるかのどちらかだ。あとは、桜を相手にせず先に梅を倒すかだが、梅の変幻自在の二刀流に対応できるかな」

「うへえ……白様と黒様には、我が一族の強者供つわものどもがことごとくやられましたからなあ…」

とまあ外野が騒いでいる。


紅が言うとおり、当初は戦闘向きではないと考えていた桜と梅は、鍛錬を通じてめきめきと腕を上げていた。

流石に太刀では青に、槍では紅に、小太刀では黒に、弓では白に劣るが、裏を返せば別の言い方もある。

つまり、槍では青と、小太刀では紅と、弓では黒と、太刀では白と、互角に戦えるようになったのだ。

これには指導していた式神達も、そして何より俺が驚いていた。

そんな二人も得手不得手がある。桜は槍や薙刀といった長柄武器を得意とし小太刀は苦手、一方で梅は小太刀による近接戦闘を得意とし弓と長柄武器が苦手。

この2人が組めば、遠近でバランスの取れたコンビが出来上がるのだ。


さて、いつまでも睨み合いを続けていても仕方ないのだが。まさか眼力だけで相手を屈服させる訓練をしているわけでもあるまい。

と思っていた矢先に、次郎が桜に仕掛けた。

槍の柄を狙い、斬り落とせないまでも穂先を払いながら懐に飛び込もうとする。

狙いは悪くない。カシの木でできた柄は、真剣であれば刃先の角度を間違えなければ一瞬で斬り落とせる。

だが今回の獲物は木刀である。そして相手は槍対槍なら青と互角に渡り合う桜だ。


桜は木刀で叩かれた勢いをそのままに一回転し、逆に次郎の背中をカシの棒で打ち付けて、梅の目の前に突き飛ばした。


たたらを踏んで慌てて木刀を構えなおす太郎の前で、梅が不敵に笑う。

「なんだ?桜とはもうおしまいか?じゃあ今度は俺と遊ぶかあ!」

二刀を揃えて持ち、二刀揃えて下段の低い軌道から逆袈裟懸けに次郎の木刀目掛けて打ち上げる。

たまらず次郎が木刀を浮かせた隙に、梅は左手の木刀で次郎の木刀を支えながら次郎の懐に飛び込み、右手の肘を次郎の鳩尾みぞおちに叩き込む。

体重の乗った理想的な当身あてみ

万が一当身が浅ければ、そのまま右手の木刀が次郎の右肩口を襲い、それでも浅ければ左手の木刀が更に上段から襲い掛かる。三段構えの攻撃だ。


がしかし、そこまでの連続技には繋がらなかった。

一段目の当身であっさりと次郎が吹き飛んだのだ。


「あちゃあ……ありゃ肋骨がったか??」

「いいえ…起き上がれるなら大丈夫でしょう。まだ戦意があるようなら続けます」

桜の指摘通り、次郎は立ち上がった。まだふらふらだが、それでも木刀を構える。


「ほう……やるじゃねえか」

「今のは……本気出してなかったからな!今からが勝負だ!」


「その勝負待った!」


ここで意外なところから『待った』が掛かった。

声を掛けたのは、次郎と一緒に俺達の馬を引いていった若者だ。


「おお!太郎!どうした?何故にこの勝負を止める?」

佐伯が尋ねる。どうやらこの若者は太郎というらしい。とすれば次郎の兄か。先の戦いで佐伯は長男を残して戦場に来ていた。この若者が佐伯の長男か。

見たところ17~18歳というところか。

次郎よりも背は高く、すらっとした美丈夫びじょうふ

俗にいうイケメンというやつだ。父親に似なくて良かったな。


「斎藤殿、紹介が遅れましたな。当家の長男で太郎と申します。役職に就けば名乗りは変えます故、しばし太郎とお見知りおきください」

「斎藤殿、父と弟が世話になりました。無事に戦から返していただいたこと、感謝申し上げる」

太郎は俺に向かって深々と頭を下げた。礼を知った若者は苦手ではない。

「ですが!この仕合はあまりにも卑怯ではございませんか!実力の劣る弟を二人がかりでなど!」

ほう、卑怯と来たか。まあ途中から仕合を見ていたら、そう見えるか。

「卑怯だと?そのそもこの喧嘩を売ったのはお前の弟だ。二人同時に掛かってこいと言ったのもな。お前が言うとおり、自分の弟が実力で劣るというなら、まずは兄であるお前が自分の弟を諭すべきだろう」


紅が先に俺が言いたいことを言ってしまった。

見た感じ紅と太郎は同世代に見える。その紅に言われて、太郎も後に引けなくなったようだ。

「ですが、実力差は先の打ち合いを見ても明白!これ以上の仕合続行は卑怯のそしりをまぬがれませぬ。父上!なにとぞ仕合の中止をお命じください!」


「ならぬ。それはならぬぞ」

佐伯が低い声で語る。

「そもそもこれは次郎が吹っ掛けた喧嘩じゃ。彼我ひがの実力差を見誤ったのは次郎自身の責任ぞ。先の戦さにおいて、儂は斎藤殿の集落を全滅させよとの命を受けた。儂は斎藤殿の実力を見誤った。先に撃退された50人の報告は受けていた、ましてや戦端を開く直前に斎藤殿に会ったにも関わらずだ。その結果、我が一族の強者200名が打ち倒された。たった3日で全滅、しかも実際にやいばを交えたのは20人にも満たなかった。儂や次郎、その他50名が生きて帰ったのは、ひとえに斎藤殿の御慈悲によるものだ。太郎!この戦さで戦った者たちを、お主は卑怯だと言うか!」

「いいえ、それは戦さの結果でございます。立派に戦った父上や我が一族、生き残った者たちに慈悲の心を示された斎藤殿、いずれも誰も悪く言うものはおりませぬ」

「この喧嘩も同じことよ。我が息子次郎は、そこの桜殿と梅殿の実力を見誤った。両名ともまだ若い女子おなご。よもや幼少の頃から武芸に励んできたみずからより強いとは思うまい。だが、その結果がこれなのだ。まともな打ち合いにもならず、ほぼ一手で決着が着いておる。だがな、次郎はまだ戦意を捨てておらぬ。自らが挑んだ戦いは、自らが負けを認めぬ限り終わらんのだ」

「しかし…しかしこれではあまりにも!」

太郎がなおも喰い下がる。


「さて、どうするかのう斎藤殿」

押し問答になる佐伯と太郎を見かねたか、氏盛が口を開く。

「ひとつ提案なんじゃが、実力に劣る次郎を見かねて、太郎による援軍が来たというていで仕合を進めてはどうじゃ?見たところ其方そちらの二人は、この太郎と仕合しおうても負けず劣らずの実力。太郎と次郎にとっても不満はないじゃろ。あとは其方が納得できるかじゃが」

別に俺にも異存はない。あとは桜と梅次第だが。


「私達に異存はございませぬ。私達の修練は常に一人対複数、複数対複数などの実戦形式でございます。お相手が一人増えたところで、何ら支障はございませぬ」

なんだか棘のある物言いだが、まあ納得したということだろう。

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