80.少弐家との会談
少弐家当主、少弐資能が震える声で尋ねる。恐怖と憤りが半々というところか。
「お前達……何が望みだ?」
「俺の望みなど細やかなものだ。俺は里の連中が健康で文化的な生活を過ごせる豊かな地にしたい。だから近隣の集落も豊かにしたい。ついでに博多や宰府の人々が飢饉や疫病で困っていれば助けてやる。護人の数が足りないなら手助けしてやってもいい。だから俺達に手を出すな。それだけだ」
「それだけ……だと……?」
資能が訝しげに尋ねる。
「そもそもだ。何故俺の里を襲った。俺が何か法に触れることをしたか?」
「それは…」
「タケルよ。それには儂が答えよう。少弐様もタケルの力がよく分かったじゃろう。儂も肝が冷えたわ」
資能の言葉を遮って、三善のじいさんが語り出す。
「タケルよ。ここはひとつ儂の顔を立てて、刀を引いてくれんか。別に刀を収めよとは言わん。どうせお前の矢は何処にいても一瞬で其方の敵を撃つのじゃろ?」
このジジイ…全部貴様の仕込みだろうが。
「じいさんよ。そして本居。お前達にも世話になりはしたが、言いたい事も取らせたい責任もあるからな」
「分かっておるわ。とりあえずその刀を引け。いつまでこの者の足を床に縫い付けておくつもりじゃ」
「いいだろう。ただし忘れるな。ここにいる全員そして一族郎党の命運は俺に握られている」
そう言って俺は刀を資能の首から離し、白の精霊で床に縫い付けられていた男に刺さった矢柄を切り、解放する。
「悪いが、こいつの治療を手伝ってはくれんか?乗りかかった船じゃろう?」
まあついでだ。男達の手で矢柄が引き抜かれた事を確認し、緑の精霊で出血を止め傷を塞ぐ。
「これで痛みも減るだろう。内側の傷が癒えるまでには時間がかかる。2週間ぐらいは松葉杖でも付いてろ」
「では少々失礼して、皆の席替えをするぞ」
そう三善のじいさんが言って、俺達を立たせる。
一段上がった板の間はそのままに、奥に少弐家の3人、手前に俺達3人、ちょうど上座側に三善のじいさんが陣取る。まあ調停者という役割のつもりだろう。
「さて、腰も据えたところで、何故タケルの里を襲ったかという話じゃったな。それはな…」
「悪逆非道の限りを尽くす悪党どもが、その辺りを根城にしていたからだ!大方その方も野伏であろう!」
まだ若さの残る少弐景資が口角の泡を飛ばさんばかりに喰ってかかる。
野伏と言い野武士という。落ち武者狩りを行った農民などがそのまま武装し、商人や農村、武士の集団などを襲った武装集団だ。のちに武家の組織に組み込まれ、ゲリラ戦などを仕掛けるようになったが、それはもっと後世の話だ。
「野伏だと?俺達が野伏だと思い込んで襲ったのか?」
「そうに違いない!でなくば小野谷の集落に、雑穀とはいえ月に2石も渡せぬはずだ!」
「つまりあの集落を救った雑穀は、俺がどこぞの集落から奪ったものであると言いたいのだな。では聞くが、そのどこぞの集落とやらから訴えはあったのだな?」
「それは……ないが……」景資が答えに詰まる。
「訴えはないのか?俺が調べた限りでも、近隣の大隈、穂波、田川、飯塚のどの集落でも悪党に襲われた被害はなかった。被害がないことは間違いないか?」
「訴えはない。だがそれは未だ知られていないだけだ!もっと調べれば絶対に被害があるはずだ!」
「実際に被害が出ていないのに、俺がどこぞの集落から雑穀を奪い、小野谷に支援できたというのか?おかしいとは思わなかったのか?」
「それは……しかしそうでなければ説明ができない!」
いかん。これは不毛な論争だ。そもそもが出来レースなのだ。少弐家の一部はむしろ被害者なのだろう。
「おい、じいさん。この件どう決着をつけるつもりだ?景資が言っているのは表向きの理由だろう」
三善のじいさんは禿げ頭をペシペシ叩きながら嘯く。
「いやあ正直言ってお前さんの力がこれほどとは思わんかった。お前さんが言うとおり、この景資が言っておるのは表向きの理由じゃ。だが景資以下の皆が信じておった理由でもある。お前さんを襲ったのは、有り体に言えばお前さんの力試しじゃ。お前さんの力を見誤った分、被害がとんでもないことになったがな」
力試しだと皆の面前で堂々と言いやがった。
「ちなみに、その理由はここにいる資能様と経資、それに本居は承知じゃ。ちと佐伯には惨いことをした」
なんとまあ……佐伯を殺さなくて良かった。200人全員を救えればもっと良かったのだが、過ぎたことを悔やんでも仕方ない。
「それでじゃ、この件の落とし前じゃが、失った佐伯は筑豊の地頭じゃった。これは資能様の御裁可が必要ではあるが、タケルよ。お主を佐伯の後釜に据えたい。地頭といっても実質は守護と同じじゃ。好きなように筑豊を発展させい。その恩恵をちびっと分けてくれるだけで、この博多も潤うじゃろう。年貢も免除する。その代わり、博多と筑前の発展と護りには貢献してもらう。恐らく近いうちに蒙古が襲来する。この博多も戦場になるじゃろう。其時にはお主にも存分に働いてもらう。これでどうじゃ?」
大方想定していた内容だ。だが更に詳細は詰める必要がある。
「確認しておきたいことが幾つかある。まず年貢を免除するとのことだが、例えば俺が農業指導した筑前の集落の収量が上がれば、その分が筑豊が支払う年貢に充当されると理解していいか?」
「ああ。正直そこまで考えておらんかったが、そう考えてくれると助かる」
「次だ。圧倒的に人手が足りんが、筑豊の集落からは人手を集めてもよいのだな?」
「もちろんじゃ。お主の国じゃ。お主の采配で好きなようにせい」
「筑前から筑豊へ、人が流出したらどうする。国境を封鎖でもするか?」
「度を越さねば問題ない。そもそも人はより豊かな地に流れるのは道理。村一つが夜逃げするようでは、そもそもが少弐家の統治がおかしいのだろうよ」
「では、俺達との交易も特に邪魔はしないのだな?」
「もちろんだ。そんなことをしては、こちらにも益はない。聞けばお主の里では極上の生糸が採れるそうではないか。そんなものを独り占めするなどもってのほかじゃ」
「わかった。最後にもう一つ。俺が治める地域はどこからどこまでだ?」
筑豊という地名を使ったが、元の世界では「筑豊」という名称が成立したのは明治以降だった。筑前と豊前を合わせた名称。主に石炭が採れる地域を便宜上筑豊と呼び、そのまま正式な地方名となったものだ。
俺は懐からA2サイズの紙に書いた地図を取り出し、筑豊がどこからどこまでを指すか示してもらう。
「なんと……これは地図か!こんな詳細な地図をどうやって手に入れた!」
経資と景資が盛り上がっている。どこの世界でも男の子は地図が大好きだ……
「この辺りじゃな。筑前国と豊前国の間じゃ。筑豊国とでも名乗るがいいじゃろ」
三善のじいさんが指した範囲は、遠賀川と多々良川に挟まれた流域。地名で言えば海沿いは宗像から志賀島を含み、南は英彦山の麓までの地域。遠賀川より北は豊前国であり、そもそもが少弐家の支配地域ではないらしい。田川は豊前に含まれるようだ。
「わかった。こちらはその条件で納得した。あとはそちら次第だ」
ずっと聞きに徹していた少弐家当主 資能が口を開く。
「当方も承知した。斎藤殿。くれぐれも蒙古襲来の折には、其方の力を貸してくれ」
こうして少弐家との交渉は終わった。実に平和裏に終わった……ということにしておこう。




