79.少弐家に乗り込む
翌朝、佐伯達は自身の本拠地である宗像へと出立した。
弥太郎も同行し、宗像経由で博多に帰る。
弥太郎も佐伯も精霊の力が使えないから、こちらへの連絡手段がない。
仕方ないので、黒の精霊を貼り付かせた。
2人には「鷹が上空から獲物を見つけるように」こちらから見えるようになると説明した。
「まさか今までもそうやって見られていたのですか?そりゃあこちらの動きも筒抜けでしたなあ!弥太郎お主まさか斎藤殿のお力を知っていたのではあるまいな?」
「いや陰陽術というか神通力をお使いになられるのは知っていました。なにせ三善様が弟子と仰った方ですから。しかしそのような術をお使いになるとは存じあげませんでした」
「そうか。まあ儂らにとっては驚く事ばかりじゃ!」
そんな感じで、2人共見られていることを受け入れてくれた。
弥太郎が少弐家に事の顛末を報告するまで、とりあえず暇になった。
とはいえ、当面すぐにやらなければいけない事もない。戦闘でもっと土地が荒れるかと覚悟していたが、実際は被害らしい被害は出ていない。
とにかく、里の無事を喜びながら、いつもの日常に戻ることにしよう。子供達に勉強を教え、農作業や鍛治仕事、狩りや木炭作り、コークス作りに精を出す。
佐伯達が頻りに子供達を預けたがっていたのが気になっている。
考えてみればいいアイデアかもしれない。乳幼児ならともかく、元の世界での義務教育期間ぐらいの子供達なら、さほど手も掛からない。全寮制の学校のような感じで生活してもらい、手に職をつけて巣立ってもらうのはどうだろう。
程度の差はあれど、里で暮らしているうちに精霊を使役できるようになるかもしれない。そうすれば、宗像や他の集落との連絡にも便利だ。
そういえば最近は子供達の家が多少手狭になってきている。そろそろ部屋を大きくするか、いっそのこと二棟にわけたほうがいいかもしれない。ついでに新しい子供達を受け入れることを考慮して、2階建にするとかロフトを作るなどしたほうがいいだろう。
早速明日から作業に取り掛かろう。
そんな感じで、あっという間に4日が過ぎた。
佐伯達は宗像に帰り着き、それぞれの日常に戻っている。
弥太郎も夕方には博多に辿り着いた。明日には少弐家に報告に行くだろう。
さて、翌日の少弐家である。
板張の部屋の上座が10cmほど高く作られており、その中央に少弐家現当主の少弐資能が、一段下がった床面に左右に分かれて息子の少弐経資と少弐景資、三善のじいさんと本居が座っている。
三善のじいさんと本居は相談役という扱いなのだろう。
少弐家の面々はそうとう苛立っている様子で、部屋に集まった部下達数十人を見下ろしている。
俺と紅、黒、白でその様子を武装して里から見守る。少弐家が大人しく敗戦を認め、講和の道を探るなら良い。しかし再戦を命ずるようなら、そのまま室内に突入して“ちょっとだけ”お勉強していただく。
室内戦を想定して紅は槍を、黒はいつもの小太刀二刀流、白は里の中から矢を放ち、遠隔支援する手筈だ。
そこへ奥の襖を開けて弥太郎が入ってきた。
板張の床を器用に膝で進み、資能の前に出る。
「弥太郎、首尾はどうじゃった。何故佐伯の姿がないのじゃ?」
「少弐様、謹んで申し上げます。佐伯様以下ことごとく、お討ち死にでございます」
部下達に響めきが起こる。
「ことごとく……だと…200名全員が死んだというのか!」経資と景資が弥太郎に詰め寄る。
「いえ、足軽3名の命が繋がりましてございます」
「3名……たった3名しか生き残らなかったと……何があった!毒か!相手はどんな下法の術を使った!」
「私は佐伯様の軍の少し後ろから見ておりました。穂波の集落が見えた辺りから、音もなく上空や側方から飛んでくる矢によって少しずつ戦力が削られ、大隈の集落を過ぎる辺りでは足軽がほぼ全滅。残りの皆様が突撃を試みられましたが、逆に斬り込まれましてございます」
「矢のみで足軽が全滅だと……敵は一体何人いるのだ……」
「戦闘終結後に斎藤殿と会った際に聞いた話では、実際に戦闘に参加したのは4人とのことでした」
「そんな馬鹿な……」
経資と景資の驚愕も理解できる。
佐伯とも話していたのだが、弓矢はもともと十分な数を揃えることを前提とした面制圧用の武器だ。
水平射撃での殺傷射程は30mほどの弓矢でも、曲射すれば殺傷射程は大幅に伸びる。しかし狙いがつけられない。だいたいこの辺りだろうと見当をつけて矢をばら撒き、当たれば儲けもの。おそらく10本同時に撃って、敵に当たるのは1本ぐらいか。それが効果を与える確率はもっと低いだろう。
だから面制圧するには相当の射手を揃え、統制射撃をしなければならない。
ところがである。その矢が遥か遠くから、しかも鎧の隙間を射抜く精度で飛来したのだ。一矢一殺の矢など、敵にとっては悪夢でしかないだろう。
「いや、縦しんばそうであったとしても、斬り込まれて負けるなど……佐伯が……あの剛の者が易々(やすやす)と負ける筈もない!」
資能の言葉に弥太郎が答える。
「最後は一騎打ちにございました。幾合にも斬り結ばれた末に刀が折れ……佐伯様は負けをお認めになられました」
「馬鹿な……佐伯が打ち合った末に敗れただと……そんな馬鹿なことが……経資!景資!お前達すぐに出られるか!?」
「御意!手勢合わせて一千。直ぐに出立できまする!」
おいおい……敵の数が一気に5倍に増えた。戦うと言うなら是非もないが、無駄死にさせることもあるまい。黒の門を少弐家当主である資能の真後ろに開き、太刀を抜いて門を潜る。
「まあちょっと待て。これ以上死人を増やしてどうする」
そう言って資能の首に刃を押し当てる。
門を潜った紅と黒が、同じように経資と景資の首に刃を押し当てた。
「なんだ貴様ら!何者だ!どこから現れた!」
少弐家の面々が口々に叫ぶ。
「お前達が襲った里の当主だよ。斎藤健だ。以後お見知り置きを」
虚を突かれた面々は一様に黙る。
「その斎藤健が何の用だ」
少弐資能が震える声で聞いてくる。
「何の用かだと?貴様等性懲りも無くまた俺の里を襲うつもりだろう。何人で来ようと結果は変わらんが、兵が可哀想だし博多の護人が減るのも質が落ちるのも本意ではないからな。警告しに来た」
そう言って資能の首に押し当てた刃を少しだけ引く。首の皮を刃が少々切り裂き、一筋の血が流れる。
「貴様!ご当主様から離れろ!」
そう叫びながら躍りかかろうとした男の足を矢が貫き、板張の床に縫い付ける。
「言い忘れたが、全員動かぬほうが身の為だ。天空から飛来する矢は屋根や天井など無視してお前達を貫く。逃げも隠れも無駄だ」
立て膝になっていた男達の動きが止まる。これで落ち着いて話ができるだろう。




